フェイク ラブ

熊井けなこ

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第一章 烏と塵

烏と塵 10終

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キムと僕とのカタがついてから十日過ぎた。

ジョン…一人でお前は何処にいるんだよ……

何で姿を現さないんだよ…もう、僕の事なんてどうでもよくなっちゃったのかよ……



夕暮れの中、今日も教会のピアノの前に座る。
日に日にピアノも上達して弾きながら歌う事も出来るようになった。

好きな音楽に包まれる空間。浸れる空間。

ジョンへの思いに浸る事で、どうにか日々耐えてる……


「~~~~♪~~~」

『それ何の歌ですか?』

ワンギ先生から聞かれても、僕だって誰の歌なのかも知らない。

『ジョンクーが知ってるはず…』

『あのバカ…ホント何処に…』



「~~~~♪~~~」

『あれ?ピアノ弾けるんだ?』

『全然弾けない。初心者。テフォンは?』

『俺も殆ど弾けない。ワンギ兄は上手いよ。
…それに合わせて俺とジョンクーが歌うと、みんなに褒められたなー…』


ジョン……歌、上手いの?
お前の声で…聴ける日がくるかな…


「~~~~♪~~~」
「~~~~♪~」


僕の声とは違う美しい歌声が聴こえてピアノを弾く手も、声も止まる。
今、聴きたいと願ったものの、想像も出来なかった歌声。

「…あ、もっと聴きたいな…」

それはこっちのセリフ…近づいてくる、足音と優しい声。

ただただ待ちわびていた僕は、夢を見ているようで、現実かどうか知るのが怖くて、振り返れずに固まった。

「…久しぶり…」

ふわっと耳元に囁く声と、背中から回された腕で身体が包まれる。

ジョンだ。
視線も向けられないまま、声も出ないのに僕の目からは涙が零れ出す。

ジョンの腕の力が強くなる。
僕の肩にも雫が落ちているのは気のせいかな…


聞きたい事、伝えたい事は山程あるのに……

「…ジョン…遅い……」

「…ごめん……………騙しててごめん……」

「…謝るなよ…お前は、嘘ついてないんだろ…?」

「…ついてた。
嘘じゃないって思い込んでだけど、やっぱりソクワンさんにも隠して…騙して……ごめん…」

「………チャラにしてあげる…お前の嘘は、お前の行動で。
………会いたかった…お前が1人でいるなら、1人じゃないって言いたかった。
あと……なんだっけ……出てこない……」

「……キス、したかった?
僕は…早くこうして抱きしめて…また…キスしたかった…」

肩に置かれたジョンの顔にゆっくり顔を向ける。

窓が夕日の光でピンクと紫のグラデーション…照明を落としたままの僕の周りは窓からの光が間接照明のよう。
教会のステンドグラスが反射して幻想の中にいるようだけど、唇の感触を確かめる。

ゆっくりと優しく重ねた唇はお互い感触を確かめるように啄ばみ、舐めとり、味わい…
お互いの顔を確かめるように少し離れては…キスを繰り返した。

後ろ向きに捻った体制のまま、ハッとして僕はジョンの服を勢いよく捲り上げた。

「……傷は⁈どこ…?」

「あー…脇腹。ここ。けど、大した傷じゃ…」

血が滲んだガーゼが当てられ、雑にテープで留めてある。そのテープがなるべく取れないよう中を覗くと縫われた跡に血が固まっていた。

「……なんで病院から出たんだよ…
熱は?感染症とか……薬は?……もう…」


もっと自分を大事にして欲しい。
カタをつけると言い捨て、振り向かずに去ったジョンは、僕と同じようにいつでも自分の命を捨ててしまいそうで怖かった。

ジョンの胸にオデコを付け、伝わる心音、少し汗ばんだ肌…現実のジョンを実感して少しずつ安心して…

「……ソクワンさん…?」

ガーゼに手を添えながら周りに唇を這わせ、何度もキスをした。

「……ソクワン……」

脇腹の下を舐めると苦しそうな声…
すぐ近く、ボトムスの下で硬く膨らんだところへ手を伸ばすと同時に、頭を両手で持ち上げられ食い付かれるキス。

唇も舌も吸われて食べられているよう。
呼吸も疎かに深くキスをしながら、ジョンの手が僕の胸やお尻を這ってくる。

「……ここ、神聖な場所じゃないの…?」

唇を離し、呼吸を整えながら聞いた。

別に何にも信仰していないけど、ジョンはここで育ったんじゃ……?

「……そう、ここは、神聖に愛を誓う場所。
ソクワンさん、愛してます…」

ジョンの瞳を近くで覗くと、暗闇に瞳がピンクに光って見える。

また頭を持たれてキスを深くされる。
同時に身体まで持ち上げられそうに…

「……っ…」

「……傷、痛むっ?」

「……ははっ…少しね……こっち……」

僕の手を引き、数歩歩いてベンチに座るジョン。
手を繋いで向かい合いながらも僕は立ちすくんでいた。

「……ソクワンさんも、誓います?」

「……その前に聞いていい?…あの…
ストロベリーのオイルってどうした…?」

「?あの日使って…部屋に置きっぱなしかと…
なんで?使いたい…?」

「いや…一生使いたく無い。」

「え…まぁ使わないけど…なんで?
気持ち悪くなったとか?」

「…一生教えない。」

「…………ごめん。…何かあった?
ソクワンさん、キムの所行ったんでしょ…」

「僕も誓うから、ジョンも誓って。」

「?何を?愛してるって誓ったけど…?」

真面目な顔つきで心配そうに聞いてきたかと思ったら、優しく柔らかな笑顔で聞いてくる。
…ジョンが見せるいろんな表情にいつもときめいてる。

今日だって実感してる。

愛してるって。



手は繋いだまま、ジョンの脚の間に立つ。
唇にキスを落とすと首の後ろに手をかけられ、深く、長く、逃げられないキスに変わる。
…逃げようとも思わないけど。

そのままジョンの膝の上に乗るとお互い硬くなったものが当たりそうな距離。
そんな中繰り返すキスにもどかしくなって、キスだけで全身震えて感じてるのがジョンに伝わっていそう。
熱くなる身体。キスの合間…汗が滲んだジョンの額にオデコを重ねる。
肩を動かし呼吸を整える僕の瞳を見つめたまま
ジョンは僕の後ろに手を伸ばし、指で弄りだす。
刺すような視線を向けられたまま、感じて身が捩れる僕…微量な表情の変化も隠せない。

もう…さらけ出す事も、素直になる事も…
ジョンになら怖く無い。


「……入れて…?……傷…痛い…?」

「…ソクワンさんこそ…慣らすの無いけど…」

「…少し…濡らせば……」


ジョンの膝の上、僕の口で濡らしたジョンの指で奥を何度も突かれる。
感じすぎて悶える僕、触れ合う膨らんだ熱量、感じるのを我慢しているようなジョンの顔は余計に僕の欲情を刺激した。

…ジョンから降り、前にしゃがむ…
苦しそうなボトムスから解放させ、ジョンを見ながら舌を伸ばして舐めた。
泣きそうな程…苦しそうに感じているジョンに心臓が跳ねながら胸を締め付ける。

するとすぐ腕を引っ張ぱり身体を持ち上げ…
スボンを勢いよく下げられると下から熱く硬く…まだ触れない奥が、知っている快感を期待して痛みなど全く感じなかった。

痛みが無いとジョンに伝わると、これでもかと下から身体を揺さぶられる。
自分の身体を支えるのも言葉にするのも少し大変だけど……

「……っ、もう…ジョン以外なんて無理だから……ジョンっも……」

「………それが…ソクワンさんの誓い…?
こんなにっ…感じながらッ……今ッそんな事言うの…?
それをっ僕にも誓って欲しいの…?
ぁーーっ…何それ……
こんな時に…そんなに可愛くっ……」

「……っは?こんな時はっ…
普段言えないセリフ…言えちゃうだろっ…?」

「……本心…だねっ…
ソクワンさんっ……ソクワンとだけしか
…しないから……誓うっ…」


ジョンが自分の唇を噛みながら…
奥を突きドクドクと果てる時、僕も同時に果てた。





すっかり夕暮れも過ぎて外も教会の部屋も暗闇の中、座ったままのジョンの膝枕で僕はうとうと寛ぐ。
僕の髪を撫でてくるジョンの手が心地いい。


「……いつも…早く、ソクワンさんの所へ飛んで行きたいと思ってた…」

「………」

「……飛べるわけないのに…いつも、鳥みたいに飛びたいって…大人になっても…
夢っていうか…願いっていうか…」

「………」

「…呆れてる?まぁ…自分でも呆れるけど…」


優しく囁く声だけでも心地いいのに…
涙が横向きの顔を伝ってジョンの膝に落ちていく。
…僕も同じだよ。
昔から…大人になっても願っていたよ。
一緒だと伝えたら、呆れるかな…ビックリするかな…


「……ジョン…愛してるよ…」

「……もう…不意打ち…今キスしたいけど、傷が痛くて前に屈めない…
ソクワンさん…ソクワンだけを、愛してますよ…」

「なんだよ。その…時々呼び捨てで言うの…」

「フッ…俺は気分で好きに呼ぶんです。」

「なんだよ…僕にはジョンって呼んでって…」

「うん。守ってくれてる。」

「そうだよ…」

「え、じゃあ、なんて呼ばれたいとかある?」

「…ソクワンさん。」

「…普通ですね。…まぁ…臨機応変で。」

「……なんだよ。まぁ…もう好きに呼んで…
あ、ねぇ…僕、警察本部の仕事…
ジョンのおかげで出来るの…ありがとう…」

「あー…だって…ソクワンさんが潜入して…
僕の我慢とか努力した苦労が報われないの辛いじゃないですか…」

「…お前の我慢と苦労ね…そうだよな、お前が報われる為に本部の仕事、頑張るよ。
お前も警察戻る?それともツーマフィア?
…ホンソク君も待ってるって…」

「……んー………自由に生きます。
テフォンの仕事やツーボスの仕事もあるし…」

「そっか……全く一緒にはいられないか…」

「……2人暮らしします?」

「警察とマフィアじゃ…」

「……僕への捜査が始まっちゃうの…?」

「フッ…どうだろね…」

髪を撫でる手はずっと止まらず心地いい。



こんなに楽しみな未来の話をジョンとする。

こんなに幸せを感じられるのは初めてだ。








「いまどこ?」

市街の交差点。麻薬捜査の帰り。
仕事が早く終わった僕は、ジョンに早く会いたくて電話をした。

『え?これ捜査?』

「……違うよ。え?何?
お前、僕に捜査されたいの?」

『……えっとー…今、ワンギ兄の所…』

人が賑わう交差点を歩きながらタクシーを探す。
少し離れた所に黒塗りの車が目に付いた。


『…どうする?僕がそっち行く?
……ソクワン?』

「あ…ああ、ごめん、今タクシー乗るから。
とりあえず僕もワンギ先生の診療所に行くよ。」


不自然に停まったままのクルマ。

偶に視線を感じるけど、…カタは付いている。



潜入して得た情報で今もキムを苦しめてるのは事実。

騙してた事…謝るべきだった…?

いや…ちゃんと騙せても無かったし…
偽りの中、自分を偽る事は出来ず愛せなかった。



偽りの中にあった真実…

信じれる人、愛する人と巡り合えた。

それが真実。





今日はとても澄んだ青空で、隣を歩くカラスが今にも飛び立とうとしている。

羨ましいなんて思わない。

風で舞うようなホコリでも無い。 


強風の中、逆風の中だって…
僕はいつでもジョンの所へ飛んでいけるから。




今日も明日も明後日も……

僕達は決まった時間、場所じゃなくても

飛ぶように逢瀬する。


これが真実。






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