フェイク ラブ

熊井けなこ

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第二章 烏と燼

烏と燼 7

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ソクワンさんの蕩けた身体と、僕の熱を持った身体が混ざるように重なる。
蕩けているから熱くなるのか、熱いから蕩けてるのか、どっちがどっちか分からない…混ざり合いたい………強い香りの中で気持ちも余計甘くなる。

「っ…もう…入れて…いいですよね?」

「…早くっ欲しいっ…もう…壊れてもいいから
思い切り…奥をっ…たくさんっ…ジョンのでっ」


大切な人、大切に抱きたいのに、この気持ちと一緒に強く荒く動いてしまう体。ソクワンさんの後ろで動かしていた自分の指を全部抜き抜く前に自分のを…突っ込んだ。
全身に力が入って、感じてくれてる…?
腰を押し付け捻じ込むと、ソクワンさんの中に全て収まる。
けどそれで一息もつかず、引いて押してを繰り返した。

中から追い出そうとする熱い粘膜。
同時に離れないように吸い付く粘膜。

熱い。蕩けてる。
……ソクワンさんの中で溶けて無くならないかな…

「…ぁ……っ…いっ…ちゃッ…そう…」

目を強く閉じながら囁くソクワンさんの声は甘くてただでさえ可愛いのに…そんな舌足らずで甘えるように囁かれると…

「ぁーっ……締めっ…付けないで…
俺は…まだやだ…」

まだこれからなのに…
いっちゃいそう、と言うソクワンさんは限界のようで、ジェルが付いた手で包み込んだらあっと言う間に飛び散る液。

「……ぇ…ぁ……っ……」

少し戸惑うソクワンさんの身体を抑えて、繋がり腰を強く押し付ける。揺さぶられるままに反応して跳ねだし、ビクビクする身体に手を這わせ感触を確めるけど繋がった所は意識が飛びそうな程圧迫されて……限界だった。
奥深く突くと、勢い良く飛び出してるのが見れなくても分かる。
圧迫に負けない勢い…
2人してビクビク震える身体を抱き締め合った。

いつもより目を閉じているソクワンさんの顔色を伺う。

「……ソク…ワン…さん?
顔…赤いけどッ…いつもか……涙もッ…出てる…」

涙や汗も、キスを繰り返して舐め取る。

「…ジョン……」

うわ言のように囁かれる僕の名前。
力尽きてぐったりしているから、ホントに意識が薄れてるのかも知れない。

それでも僕がシャワーへ向かおうとすると、抱きついて来て一緒に動こうとする。

「……ジョン…」

「……はい?シャワー浴びます?」

「………んー…」

抱きつかれたままソクワンさんを抱えてシャワーに入り、身体を絡ませながらイチゴのジェルを洗い流し、バスタオルで包みながら全身を拭いた。

「……ジョン…」

されるがままの身体だけど、僕の名前を何度も囁いてるし、事あるごとに抱きついてくる。

泡で刺激したりして綺麗に洗い、拭き終わった身体をタオルや指で何気なく愛撫していた。


さっき2人で思い切り果てたはずなのに、乳首は綺麗なピンク色だし、唇は一段と赤くて……どこもかしこも美味しそう。

指で転がしていたプクッとした乳首を、舌で転がしたり吸って味わう。全身、細かい指先まで…すごく可愛い。

「……ジョン…」

うわ言の囁きも甘く可愛く高くなる。


さっきの強烈なsexじゃなく柔らかくて緩いsexを、半分寝ているようなソクワンさんと僕で繰り返し…気づかない間に2人でベットで爆睡していた。



「…ジョン?仕事何時から?」

「えーっと……まだ…大丈夫…」

カーテンから漏れる朝日。
ベットサイドの目覚まし時計に手を伸ばし、確認したらまだ起きなくて良い時間だった。

寝ぼけながら隣のソクワンさんを抱きしめる。

「ジョン……?もう行かなきゃ……
……また…来るよ…」

まだ甘い舌ったらずな声が耳に残ってるのに、もう普通の声になってる。なんとなく抱きしめられて戸惑うソクワンさん。

「………またって……知ってる。
いつになるか分からない。
…ソクワンさんは、そういう事…平気で嘘を付く。」

「………ジョンだって…
僕が来なきゃ、来るって言ったくせに…」

……戸惑いじゃなく…今度は怒ってる?

「……もしかして……待ってた?」

「いや…?僕が来るなって言ったんだし…
まぁ来たら殴ってやろうって待ってた。」

…今度はあどけて…コロコロ変わる表情。

「……フッ……殴られに行けば良かった。
……凄い我慢した。何度もギリギリのところまで…今度は…殴られに行くね?」

「……嘘だよ…来るなよ……」

そしてソクワンさんの落ち着いたトーン…
何かを諦めたような…飛んで消えてしまいそうな……掴めないソクワンさん。

「…ソクワンさんのが嘘だって事?
僕が言ってる事が嘘だって事?」

「……どっちも。」

「……僕は、ソクワンさんに嘘つかないよ…」


確かに僕は嘘をついてる。
けど、ソクワンさんへの気持ちで嘘をついた事なんて無い。

ソクワンさんを抱きしめ、ソクワンさんの細い手首を握りしめた。離したくない。
このまま2人で……なんて無理だけど…
ソクワンさんが出て行った後の自分を想像したら……もう会いたい。


「……なんでこんなに会いたくなるんだろ…
まだ離れても無いのに
次、早く…会いたいって……」

自分が口に出したかと思うくらいのセリフがソクワンさんの声で聴こえた。ほんと、僕が思っているように、心底…そう思っているような声色で。

……こんなに…気持ちって重なるものなのか?
僕がソクワンさんを愛おしむように、ソクワンさんも僕を想ってくれてる…?
驚きと悦びで思わずソクワンさんの瞳を間近に見つめ問い詰めた。

「それは…僕がソクワンさんに会いたいみたいに…僕と同じ気持ちだからでしょ?」

「……そう…だよね…
僕と…ジョン、同じ気持ち…?
フフッ…お前も物好きだね…
そんなお前が大好きだよ。」

認めた。

笑顔で、僕に、僕が好きだと。


瞬きをしながら更に近づくソクワンさんの瞳、朝日が反射してるように眩しくて溶けるように瞼を閉じる。
そっと、陽射しがかすったようなキス。
瞼を閉じていても眩しくて、嬉しくて、ニヤニヤ口元が蕩けて…そのままベットで全身の力が抜けた。

力が抜けた掌からソクワンさんは離れていったけど、見送って消える背中を見つめるより、このまま寝ていた方が幸せな気持ちが続くかも…なんて…

ソクワンさんが出て行くのを、物音で確認して……静寂の中で幸せな気持ちのまま眠ろうとした。




呼び出し音が鳴る。

何か忘れ物…?
もう会いたくなった?

もっとキスしたい……僕と同じ気持ちとか…?


甘い事しか浮かばない。
目も薄くしか開けれない寝ぼけた頭のまま、パンツだけの格好で…何気なくドアを開けた。


「……あれ?まだ寝てたの?
ソクワンさんが来てたでしょ?」


……何日か前、部屋にも入れずに追い返した婚約者のナウン。
ここへ来る事はルール違反なのに、また破って来たのか…
そして…もしかして………

「…ソクワンさん……に、会った?」



ナウンに僕とソクワンさんの繋がりがバレた。
賢いナウンなら、僕の身体を見たら情事の跡に気づくだろう。

信用がものを言う世界、勘繰られたぐらいでも誤魔化すのは大変なのに、僕はもう取り返しが付かないのは確かだ。

ここで、大きく動き出すしかない。
キムボスを裏切った僕はマフィア同士の争いを
大きくしないように、出来るだけツーボスやみんなに迷惑をかけないようしなければ。


……ソクワンさんは?


急いで服を着る為に部屋の奥へ。

僕を追いかけて初めて部屋へ入って来たナウン。
呼び止められても、耳に入らない。
適当に服を身に纏い、拳銃もベルトに嵌めた。

もう…この部屋からも、ナウンからも、キムボスからも、離れる時が来た。


どういう事⁉︎と繰り返し怒ってくるナウン。

「ごめん。……事情があったんだ。
マフィアの娘として、これからも賢く生きてくれ。ごめん…」

言いなりになったとは言え、裏切っていた事に対して…
謝って済む問題じゃないけど、ナウンに謝罪を繰り返しながら部屋を出た。

辺りを探し回る。


ケータイを手にしても、ソクワンさんに繋がる番号など知らない。

ソクワンさんの現在地をクルマで追いかけても、細かくは判らずなかなか見つからなかった。


絶対不安に思ってる。

僕が警察じゃなかった事が知られた。
キムボスと繋がっていて…キムボスの妹と深い仲だという事も知られた。

しかも…刻々と時間が過ぎて行く。

キムボスは、どこまで情報を手に入れて、どこまで手を回しただろう。

ソクワンさんが狙われているかも。
警察が守れるか?
そもそも動いてくれるか?
……早く守らないと……


こんな事なら、ソクワンさんに事情を話すべきだったかも。

ソクワンさんの気持ちが知りたくて、ソクワンさんと離れ難くて、ソクワンさんの警官としての居場所を確保したくて、少しだけ先延ばしにしたから…
こんなタイミングになってしまった。



ソクワンさんの居場所が確定した。
けど……もう時間的に、僕だけじゃ助けれないかも知れない。
…頼みの綱に…電話をかけた。

「ワンギ兄、ソクワンさんの命が危険なんだ。
今から言う場所に、迎えに来て欲しい。」

『……分かった。お前は?お前の命もか?』

「……ああ。だけど、僕のは自分でどうにかする。ソクワンさんを頼む。もしかしたら…」

『……なんだ?』

「いや…何でもない…住所は………」



あと数分で着くというワンギ兄を信じて、ソクワンさんがいるビルへ向かった。

僕の後ろからは、キムマフィアの錚々たる顔ぶれの'お片付けが得意な奴'や'特攻専門の奴ら'が
コソコソついて来ていた。

流石キムボス、この人数、顔ぶれだと…ソクワンさんだけでも逃すのは難しいかも知れない。

エレベーターで屋上へ向かいながら、電話をかけた。


「……キム、ボス。どうも。ジョンクーです。」

『……何か用かな?』

「ご存知でしょう?
ボスの命令で何人かが動いてる。
僕…の事も、もうご存知ですよね?」

『……いや?』

僕がツーマフィアだとバレているか微妙な今…
ツーボスの名前を借りてでも、僕を盾にしてでも、ソクワンさんを守れたら…

「暫く騙されて頂きありがとうございました。
けど、そんなにご迷惑はかけなかったでしょう?
僕の命は、保留にしといた方がそちらのマフィアの為だと思います。
ツーボスは優しいので…」

『……そうみたいだね。
もう、ツーボスから連絡が来たよ。
君は……大物なんだね?
下っ端だったらもう粉々にされてただろうけど
…運がいいね?』

「……そうですね。これから先、仕事でまたお会いする時もあるかも…」

『そのつもりだ。けど……ナウンはどうしても直ぐに君に会いたいと血眼だ。
…このままソクワンさんへの怒りが鎮まらなかったら何をしでかすか……』





屋上へ着くと、頭上の太陽のせいで眩しくてうまく目が開けられない。
光に慣れた頃には身に付けている黒い靴や服で、全身がジリジリ燃えるような痛みに似た感覚が襲ってくる。

この痛みは胸が締め付けられるからか…いざ、1人佇む…ソクワンさんを前にしたからか。

後ろからそっと近寄ると、独り言だろうか。
盗聴して聴いていた時のような独り言が、今は直接聴こえてる。

この先もう盗聴する事は無いだろう。
寂しさと、もうキムボスとの声を聴かなくて済む安堵。

後ろからはさっき見かけたキムボスの手下が銃を構えて僕とソクワンさんの様子を探りだした。


「………聞いてたかな…ホンソク君、
……君はどっち?警察?マフィア?
それともまた違う何か…?」

「ホンソクさんは、本物の警察です。
僕が騙されてなければ。」

こんな風にソクワンさんの独り言へ、僕もいつも独り言で返していた。
僕の方こそ届かない言葉が、今になってソクワンさんに届いたかな。

キムボスの手下が見ている。
そんな手前、ソクワンさんへ銃口を向けた。

こんな状況、こんな状態で、僕の言葉がどれだけ信用出来ないか……
ソクワンさんから撃たれる事もあり得る。

ソクワンさんがこちらを振り向くと、ソクワンさんの手元にこちらを向き黒く光る拳銃。
ほぼ、僕と同じポーズ…近くで真っ直ぐ、拳銃で狙い合った。

僕は許容範囲内だけど、ソクワンさんは僕の銃に当然驚き戸惑ってる。
ソクワンさんの揺れ動く瞳孔を見つめながら、僕はどうにか信じて欲しくて懇望した。

「……ソクワンさん、
撃つ前に…僕の話、少しだけ聞いて下さい…」

「……何?まだ僕を騙すの?
それとも真実で僕が傷付くとでも?
…騙されてたかもしれないけど、信じてたわけじゃない。…お前の事なんて…
お前の銃口が最初から僕に向いてる時点で、今にも僕の人差し指が動きそうだけど?」

…今ここでソクワンさんが僕を撃ったら、ソクワンさんは必ずキムの手下に捕まるか殺される。
それだけは避けなければ…今更、何を言えば信じて貰えるだろう…

「……これは、もうキムの手下がここに来てるから…」

「へー……僕は狙われてて?お前は狙われて無い…
お前が僕を撃って終わりって事か…」

「……僕の背後に何人かいるの見えます?
銃口向けられてますよね?」

視線が僕の後ろへ移ると、更に戸惑うソクワンさん。
早く、ワンギ兄に安全な場所へ連れてって貰わなければ…

「1.2.3で僕の銃を手ごと殴って下さい。
そうしたら僕を背後から首でも抑えながら銃口をこめかみに当てて。
……それでも撃つのはちょっと待って…
僕とそのまま下まで降りれたらクルマが用意してあるんで、逃げて下さい。
1、
…2、
……3!」

3.でソクワンさんが殴ったかのように僕は僕の拳銃を落とし…
揉み合ったように見せかけてソクワンさんの手ごと銃を自分のコメカミへ、ソクワンさんの腕を自分の首に回し、背中から僕が捕らえられたように密着させた。

「…このまま進みますよ…」

少しずつ小さく…歩を進める。

「……お前は何がしたいの?
こんな何人かでお芝居してまで僕から信用されたいの?」

…改めて、愛する人に信用されないのは辛い。
いっそ殺してくれてもいいと思うけど…

「……ふっ…お芝居か…
…お芝居だったら楽なんだけど…
今はソクワンさんが殺られないかって…
…殺されたらどうしようって…」


出入口に近付くにつれ、キムの手下に向かって'そのまま'、と手を下に広げアピールした。

僕の命は取り敢えず保証されたようで、後ずさりする3人。3人から逃げるように、ソクワンさんとそのままの体制で階段を下に降りた。

薄暗く続く階段。2人きりになったけど、……信じて貰えるような言葉は見つからない。
何段もの階段を下りてる途中、ソクワンさんが微かに震えだした。

長い間いつも、ボスの前やみんなの前で高貴な佇まいで気丈に振る舞い、仕事にも真摯に向き合って…弱い者にも優しく、強く、…あり続けた彼が。

「…ソクワンさん…?」

「……ジョン…キミは…」

「……はい……」

振り返えると目と鼻の先で視線が重なる。

「…これから……今まで何をしていて…
これから何をして…これから何者に……?」

僕、の事だろうか。
それともソクワンさんの…自分の事だろうか…

「……」

「僕はこれから何処へ…?
……もう何者でも無いんだけど………」


初めて弱音を見せてくれた。
信用出来ない男、何者かも分からない、僕に。

目と鼻の先の、お互いの唇。ゆっくり近づけると、ソクワンさんが瞳を閉じるのがぼやけながらにも見えた。
近づけた唇を……ゆっくり…重ねた。


僕に向けていた銃を支えていた腕、2人とも力が抜けて…銃口が地面を向いた。

「ソクワンさん……ソクワンさんが行きたい所に…
なりたい自分に……これから、自由な環境……
…もしかして怖いですか?」

少し唇を離し、おでこがお互い付いてる事で髪が顔に付き、その髪の隙間から覗く瞳と重なる視線。

今更'信じて'なんて、陳腐過ぎて言えない。
ソクワンさんを助けたかったのに、足を引っ張り危険に晒してる自分。
ワンギ兄や、キムボスでさえもソクワンさんを守ってくれるはず。


………それでも、僕は、ソクワンさんを愛してた。守りたかった。

嘘偽り無く。今も。これからも。


「……」

「……僕は…ソクワンさんとなら……
自分が何者とか関係なく……」


バタバタと遠くから聞こえて来る足音が、だんだん大きくなる。

「……急ぎましょう。」

銃を持つソクワンさんの手を、自分のコメカミに戻した。





ビルを出たところでワンギ兄が待ってくれていた。後部座席にソクワンさんを押し込む。
僕とソクワンさん、離れた身体、ぎこちなくソクワンさんから掴まれた腕がなかなか離されなくてそっと手で離す。

こんな所を誰かに見られても危険で…
何も聞かずに察してくれているワンギ兄にソクワンさんを任せてすぐに車から離れた。




いろんな人間の死にざまを見て来た。
誰にも…誰1人として、満足な死にざまなんて
与えられない事を学んだ。
それなら…ソクワンさんが自由でいれるなら…


燃え尽きて死ぬのが自らの本望だった。
それを、全うする時が来たのかも。



太陽は今もジリジリと黒い服や拳銃を照らす。

いつ着火して煙が出てもおかしくない、この身ひとつで、先を急いだ。





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