プラスチック・ファンタジア ~デザインナイフで作る異界のダンジョン~

蕪菁

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第三幕【古き魔女の復活】

3-1【狭間の者】

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「いやはや笑える! ワガハイが放逐されて早や千年、連中は何も変わらぬというわけかっ」


 狭い室内に響く声。

 それはやや高めの女性の声で、声質からして俺と大差ないくらいの年齢だと思われる。


 俺たちは椅子を跳ね除けて立ち上がり、背中合わせに周囲を見渡す。

 当然ながら俺たち以外に人の気配はなく、声自体もどこから聞こえているのか見当もつかない。

 外か? いや、窓から見える風景は変わらずの無だ。


「気を付けてください康介様。私が絶対にお守りいたしますっ」


 フィーちゃんの声からは先ほどまでの狼狽が消え、はっきりと通った声へと戻っている。

 そういったところからも、俺のような一般人とは全く違う人生を送ってきたことが分かる。


「んん? ああそうか、姿を隠していてはまともに対話も出来んからのぉ」


 緊張が走る室内に、気の抜けた様子の声が響く。


「え、わっ、ちょ!?」


 突然感じた足元の違和感に驚き、俺はその場でたじろぐ。


 燭台の灯りによって床に落ちる俺の影。

 その一部が何の前触れもなく盛り上がりだしたのだ。

 床板が持ち上がったりとか、板の隙間から何かがあふれているということではない。

 明らかに影そのものがゆっくりと持ち上がってきたのだ。


 そんな状況に驚く俺の背中を、後ろに立っていたフィーちゃんが思いっきり引き倒す。

 乱暴な形にはなってしまったものの、結果として俺はフィーちゃんの後ろに移動させられる。


 その間にも盛り上がった影……いや、黒い物体は床を離れ、十センチほどの球体となり俺たちの目の前に浮かぶ。


 直後、球体が弾けるようにして消失し……。


「よぉ、坊。先方さきがたぶりだな」


 物が散乱するテーブルに着地したもの。


 それはアットライフの看板猫、タケルだった。


「え、タケル……は? しゃ、喋って……」
「むむ? 猫が喋るのはそんなに不思議か? まぁ不思議かっ」


 先ほどまで聞こえていた女性の声でけらけらと笑う牛柄の猫。

 タケルはオスではなかったのかとか、しゃべる猫という存在の前では些細な問題だ。


 とはいえ、見慣れた猫が喋っているという摩訶不思議な状況を前に、俺の緊張は少しずつほぐされていく。

 普段見慣れた猫のしなやかな動作が、女性の声でしゃべるということを意識してしまうとどこか魅惑的に見えてしまう。

 だが俺の前に立ち、タケルと対峙するフィーちゃん。

 その様子は背中からでも分かるほど警戒心に満ちていた。


「おやぁん? 娘、随分と恐ろしい顔をしているではないか。店での無邪気な様子はどうした?」
「正体不明の相手に対して気を許すことなどできませんっ」
「正体不明とな? そういえばあの世界にこういった猫はおらんかったな」


 杖を構えるフィーちゃんの姿は今にも攻撃魔法を使うと言わんばかりだ。使えるのかは分からないが。

 それよりも先程から聞こえてくるタケルの言葉。

 その内容から察するに、タケルはフィーちゃんの故郷である異世界のことを知っているのか?


「仕方ない、せっかく新鮮な魔力を得られたんだ。久々に元の姿にでも戻ろうか」


 敵対心を向けるフィーちゃんを意に介さず、身を翻しながら床に降りるタケル。

 タケルの前足が床に付くその瞬間、その体が再び黒い物質へと変異した。


 突然の変異を目の当たりにし、俺も立ち上がり身構える。

 物体の表面は波打ち、うごめきながらその質量を増していく。

 やがて見慣れた女性くらいの身長ほどの高さになると、今度は物体が枝分かれを始める。

 枝分かれた部分は人間の手足のような形に変形し、頂点の部分に首のようなくびれが出現。


 完全な人型となった黒い物体は、とうとう色と形を与えられ完全な人へと変異した。


「なっ……」


 馴染みの店に住む猫が、人間へと変異する。

 いよいよ俺の頭も追い付かなくなってきた。


 それは肩口や胸元、お腹周りなどが露出した黒いナイトドレス姿の女性だった。

 外見上は俺と同じか少し年上か。色白の肌とほっそりとした腕や脚に、メリハリのある体はモデル体型というやつだ。

 髪は透き通るような銀髪で、緩いウェーブが掛かる前髪と長い後ろ髪を三つ編みにし頭頂部でまとめた髪型……シニヨンとかいうやつだったか。

 目鼻立ちは鋭く大人びており、妖艶な釣り目に対し表情はどこか無邪気さも感じさせる笑みを浮かべていた。


「おやまぁ、坊は見惚れてしまったか?」
「は? いやそういう訳じゃ……ってか人間!?」


 正直美人であることは認めざるを得ない。

 だがそれ以前に、目の前にいたはずのタケルが完全な人型に変化したのだ。

 神社の猫とかそんなものじゃない。完全な超常の存在だったということだ。


「まさか人が化けていたとは……あなたも私と同じ世界の者ですね?」
「そうなるのぉ。まぁワガハイの場合、お前さんより千年以上年上だとは思うがの」


 そういえば、最初の時に千年がどうとか言っていたはずだ。

 つまり見た目と年齢が釣り合わない長寿種族ということか。


「リーンシェッテ・バラ・バラク・トゥルーリエ。神官ならばその名を聞いたことはあろう?」
「リーン、シェッテ……まさか、そんなっ!?」


 リーンシェッテ何某なにがし。これまた長い名前だな。

 だが声を荒げるフィーちゃんの様子からして、有名人であることは確からしい。

 もちろん俺が知るはずもない。異世界の有名人なんて。


 それでもわかる。フィーちゃんの驚き方は、明らかに警戒心を持ったものだ。

 つまりタケルことリーンシェッテ。彼女は相応に危険な人物ということだろう。


「お前さんのご先祖共が勝手に魔女だの悪魔だの因縁付けてくれたからな。連中には本当世話になったよ」
「いくつもの街を滅ぼした伝承を、因縁の一言で片付けられるはずがありません!」
「そいつは誤解さ。ただちょっと意見の相違があって敵対しただけのことよ」


 自らの悪行を誇るわけでもなく、まるで幼少の頃の思い出のように語るリーンシェッテ。

 魔女や悪魔という異名の通りの所業を繰り返してきたことは間違いないらしい。


「それにワガハイ、あの時は人間を見逃してやっていたはずだがのぉ?」
「えっ……い、いや、その言葉を信用できるとでもっ?」


 そうは言うものの、突然の発言にフィーちゃんはうろたえた様子を見せる。

 おそらく信じていた神が誤った存在だったことも影響しているのだろう。

 きっと自分が実際に見聞きしていないあらゆる伝承に対し、疑いのようなものを抱いてしまっているのではないだろうか。

 しかしそういった感情を隠し切れないと、目の前の相手に対し不利になるのではないだろうか。


 事実うろたえる彼女を見て、リーンシェッテはにやりと笑っている。

 今のところ敵意のようなものは感じられないが、このままだとフィーちゃんに勝ち目はなさそうだ。


「まあよい、所詮千年前のことよ。子供にどう思われようとワガハイは気にせん」


 そう言ってけらけら笑うリーンシェッテからは、既に余裕しか感じられなかった。

 そんな彼女は俺たちを一瞥いちべつすると、そのまま近くで倒れていた椅子を立て直し、そこに腰を下ろす。

 困惑しつつも臨戦態勢を崩さないフィーちゃんを前にしてのこの余裕。

 つまりこちらが何をしようとも、向こうには毛ほどの効果もないと言いたいのだろうか。


 だがそもそもの話、彼女は何のために俺たちの前に姿を現したんだ?

 なまめかしい動作で脚を組む彼女に見とれつつ、そんなことを考えてしまう。


「さて、お前さん方。どうやら面白い企みを練っているようだが」
「……それが何か」


 企みという言葉に不快感があったか、フィーちゃんの言葉遣いが少々荒くなったように感じられた。

 その間にも彼女は間合いを取りつつ杖の先端をリーンシェッテへ向ける。

 しかしこれではあまり話が進まないだろう。


「そう怖い顔をするな。別に取って食おうというわけではない」
「じゃ、じゃあ一体なんだって言うんだ? 別にそっちには関係のないことだと思うんだけど」


 たまらず俺が声をかけると、待ってましたと言わんばかりに明るい表情を見せるリーンシェッテ。


 だが、突如俺たちの前に現れた魔女の提案は、それこそろくでもないものだった。


「何ということはない。かの勇者の成れの果てをそなたらから頂こうと思ってのぉ」


 ああ、これは大変なことになるぞ。

 そんなことを考えつつ、俺は余裕の笑みを見せるリーンシェッテを見つめていた。
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