プラスチック・ファンタジア ~デザインナイフで作る異界のダンジョン~

蕪菁

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第三幕【古き魔女の復活】

3-5【暴走の後遺症】

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 急激に静まり返る室内。

 俺はリーンシェッテから視線を離すと、ちょうど膝から崩れ落ちるフィーちゃんの姿が目に入った。

 先ほどまで支えにしていた杖は床に転がり、額には大粒の汗を浮かべている。

 息も荒く苦悶の表情を浮かべているのを見るに、体に相当大きな負担がかかっていたことは明白だ。


 薬なり何なり、早くあの子に持っていかなければ。

 そういえばテーブルに置いた薬の中に魔力回復のものがあったはずだ。

 幸い俺があの時手にした薬瓶は割れずに床で転がっている。


 俺は両手を床に付き、穴から抜け出そうと両腕に力を込める。

 しかし足首を掴まれ引っ張られるような感覚に妨害され、なかなか下半身を持ち上げることができない。


「まったく、どいつもこいつも世話が焼ける」


 俺が悪戦苦闘している中、突如頭上に影が差し、柔らかい布地が俺の頭を撫でる。

 同時に漂うやけに甘ったるい匂いが通り過ぎて行ったところで、リーンシェッテが俺の頭をまたいで行ったのだと気づく。


 彼女はそのままフィーちゃんの傍へと歩み寄り、息を切らす彼女の目線に合わせるようその場にしゃがみ込む。


「無駄に魔力を消耗しおって。余計に瘴気を取り込んでどうする」
「そんな……こと……平気ですっ」


 やはり簡単にリーンシェッテを受け入れることはできないだろう。

 言葉ばかりの心配を見せる彼女に対し、フィーちゃんは鋭い眼光を向ける。

 しかし言葉も表情も弱々しく、とてもではないが威嚇には程遠い様子だ。


 とはいえ最初に挑発してきたのはリーンシェッテだし、フィーちゃんが警戒を解かないのも当たり前だ。

 だが疲労困憊の体を無理して動かし、間合いを取ろうとするのは少々よろしくない。


「おいっ! 早く俺をここから出せ!」
「安全確認が済むまで待っておれ……んっ?」


 フィーちゃんの帽子が床に落ちる。

 そしてこちらに顔を向ける様子もないリーンシェッテ。


 どういうわけかフィーちゃんの姿を見ながら口を閉ざしてしまった。

 一体どこを見ているというのか。

 最初はリーンシェッテの体に隠れて見えなかったフィーちゃんの姿だったが、彼女がゆっくり後ずさることでその全容が見えてくる。


 そしてフィーちゃんの頭が見えたとき、俺もリーンシェッテと同じく言葉を失ってしまった。


「ど……どうしたんですか。私の顔をじっと見つめて」
「あー。うむ、そうだな。どう思うよ、坊」
「どう思うって、うん」


 場を包んでいた緊張感が一気に薄れ、俺たちはフィーちゃんの頭頂部にある【それ】に目が釘付けとなっていた。


 瘴気を取り込むと異形に変化するというのは本当だったらしい。

 ただしそれがどういった変化を及ぼすかまでは教えてもらっていないわけで。


 だからフィーちゃんの頭頂部から可愛らしいケモミミが生えていても、それは異形への変化で間違いないのだ。

 髪色と同じ金色で大きく、先端の尖った感じは狐の耳だろうか。

 フィーちゃんたちの世界に俺が知るような狐が生息しているかは知らないが。


「なな、何ですかっ。私に何かおかしなところでもっ!?」


 俺たちの煮え切らない態度に不安を覚えたのか、怯えた表情を見せるフィーちゃん。

 少し顔に力が戻っているあたり、体力も多少は回復したということだろうか。

 とはいえ狐耳が生えるのは異常事態であることに違いはないわけで。


 やがて俺たちの視線が自身の頭頂部に向けられていることに気づいたのか。

 フィーちゃんは上目遣いになりながら、恐る恐る自らの頭上に手を伸ばす。


「え……えぇっ? ななっ、何ですかこれ!?」


 ああ、気づいてしまったか。

 自らの頭頂部に生えた新たな耳を掴み、目を丸くするフィーちゃん。

 状況が理解できないのだろう。うろたえた様子で俺とリーンシェッテに目配せをする。


「落ち着け。瘴気を取り込んだことによる一時的な変化だろうて」
「い、一時的? 元に戻るんですかっ?」
「そんなこと知らん。第一お前が無闇に魔力を消耗したのが原因だろうて」
「そんなぁ」


 その原因を作ったのはリーンシェッテの言動なんだけどな。

 しかしフィーちゃん的には相当ショックなのだろう。

 先ほどまで警戒していた相手が目の前にいるというのに完全にうなだれてしまった。

 彼女の感情を表すかのように耳も力なくへたっている。


「むしろその程度で済んだことを幸運に思うのだな。全身が変化していたらそれこそ救いようがなかったぞ」
「うぅ……わたくしが未熟なばかりに」


 この異常事態を受け、最初の頃の張り詰めた空気は完全に払拭されてしまった。

 落ち込むフィーちゃんの頭を、リーンシェッテが優しく撫で回している。

 それはさながらペットを愛でる飼い主の様相だ。フィーちゃんには口が裂けても言えないが。


 というか、安全そうならいい加減俺の体も解放してもらいたいものだ。

 今も一応抜け出そうとあがいてはみているのだが、やはり人力で抜け出せそうなものではない。


「それよりも、これで自分の未熟さと狭間の地での危険を身をもって理解しただろうに」


 フィーちゃんの頭に乗せていた手を放し、リーンシェッテがその場で立ち上がる。

 フィーちゃんに背を向けこちらに歩み寄ってきたかと思えば、右手で俺の服の襟を雑に掴み、片手で俺を穴から引き揚げた。

 これではまるで首根っこを掴まれた猫じゃないか。


 必然的にリーンシェッテと顔を合わせる形になり、気まずくなった俺は彼女から目を逸らす。


「高い志を持ってはいるようだが、理想で限界は超えられん」


 どういう心境の変化だろうか。

 先程の挑発的な態度から言い聞かせるような言葉を選ぶリーンシェッテ。

 いや、暴走させないよう言葉を選んでいるだけかもしれないが、フィーちゃんのような子にはこういった言葉の方が通じそうではある。

 事実現状を顧みれば、リーンシェッテの言葉は正論でしかないのだ。


 リーンシェッテは俺を床に立たせると、襟を掴んでいた手を離してフィーちゃんの方を振り返る。

 彼女の後ろからフィーちゃんの様子を確認すると、先程と変わらず落ち込んだ様子だった。


「何より協力を申し込んだ坊を危険に追いやったのだ。ならばおとなしく身を引くのが礼儀ではないのか?」
「そ、それは……」


 フィーちゃんが一瞬体を震わせた後、申し訳なさげに顔を上げる。

 上目遣いで俺の方を窺うその様子からしても、リーンシェッテの言葉を自分でも理解しているということだろう。


 確かに俺はまだ全ての事情を知らない完璧な部外者だ。

 何せつい数時間前に店で話をして、ここまで一気に駆け抜けてきたようなものなのだから。

 俺自身、さすがに命の危険がある状況に巻き込まれるのだけは勘弁願いたい。


 しかし……。


「それを決めるのって、まだ早いんじゃないかな」


 俺の言葉を受け、フィーちゃんは狐の耳を立て、リーンシェッテが横顔をこちらに向けてくる。


「だってほら、俺たちって結局のところまだ出会ったばかりだし。お互い色々知らないことが多すぎるだろ」
「それはそうかも知れんが。というかお前は自分が死ぬかも知れなかったことを分かっているのか?」
「でもあれってリーンシェッテの言葉にも問題があったと俺は思うんだけど」


 その一言で、リーンシェッテが不快感をあらわにする。

 だが彼女の挑発がなければ俺が死ぬような思いをせずに済んだのも事実だし、逆にこうして生き延びたのもリーンシェッテのおかげだ。


 それもあってか、俺は何となくリーンシェッテも話せばわかる相手なのではないかという予感を覚えていた。


「つまりあれか? 坊は結論を急ぐなとでも言いたいわけか?」
「そういうこと。あれじゃあ交渉なんて成り立つわけないじゃないか」
「ワガハイは交渉をしに来たつもりはないんだがの」


 呆れた調子でリーンシェッテがそう言うと、今度はフィーちゃんの方を横目で窺う。


「まぁ、人間がどのような知恵を働かせたのかという興味もあるが」


 そうつぶやくと、リーンシェッテはいつの間にか倒れていた椅子を起こし、再びそこに腰を落ち着かせる。

 そして俺たちを交互に見やった後、めんどくさそうに深いため息をついた。


「……仕方あるまい、一度向こうに戻るぞ。坊、お前我らに飯を用意しろ」
「は? フィーちゃんは分かるけど何で」
「さっきバイト代もらっただろう。命を助けた礼に何か奢れ」


 どんな様子でも、やはり傲慢さは変わらないらしい。

 だが一度元の世界に戻ることについては同意見だ。


 俺は今もなおへたり込んでいるフィーちゃんの傍に駆け寄り、彼女に手を差し伸べる。


「康介様……」


 差し出された手を見つめるフィーちゃんの顔は、まるで叱られた後の子犬のような弱々しさを感じさせた。


「とりあえず帰ろう。フィーちゃんもお腹空いたでしょ」
「……はい」


 お互い思うところはあるかも知れないが、少なくともこの子を放っておくことなど俺にはできない。

 気掛かりなのは、俺の顔にわずかながら残る恐怖心が出ていないかということだが。


 しばらく俺の手と顔を小動物のような首の動きで交互に見比べるフィーちゃん。

 とはいえ今は戻る以外の選択肢はない。

 フィーちゃんはこちらからわずかに目を逸らし、俺の差し出した手を申し訳なさげに握り返す。

 だがへたっていた狐耳が真っ直ぐ立っている辺り、少なくとも好意的には受け取ってくれたようだ。


 これで尻尾も生えていたらどうなっていたことか。

 そんなことを考えながら、俺はフィーちゃんが立ち上がるのを手助けした。
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