プラスチック・ファンタジア ~デザインナイフで作る異界のダンジョン~

蕪菁

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第五幕【聖女と魔女が集うとき】

5-5【長い長い日々の第一歩】

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 持続的な管理が可能な塔型迷宮。

 いくつかの問題に対し、力技ではあるものの俺なりに解決法を見出したこの迷宮に、二人は賛同の意思を示した。

 しかしこれはまだ始まりの一歩だ。

 実現に際し問題も出てくるだろうし、何より地面に塔を建てるのとはわけが違う。

 大地の存在しない世界の狭間にその塔は浮遊する形になり、内部には常に物質を侵食する瘴気を放つ巨人を収めないといけない。


 一つの指標が生まれると、それについて思考を巡らせ続けてしまうのが人の性というか、何というか。

 通学中も講義の最中も、バイトに勤しんでいるときだって俺の脳裏では迷宮のイメージが生まれては消えていく。

 その中で使えそうなものを消える前にすくい上げるというのを、延々と繰り返している感じだ。


 そんな日々を過ごしているせいか、どうにも一日が過ぎるのが早い。

 あの話し合いから四日が過ぎているが、正直まだ火曜日くらいの感覚がある。


「ふあぁ……」


 日が暮れ始めた住宅街。俺はフィーちゃんのいるアットライフに向け歩みを進める。

 ここ数日は正直寝不足だ。

 寝ても覚めてもという言葉はあるものの、考えを巡らせているとそもそも寝付くまでの時間が長くなってしまう。

 おかげで睡眠時間は短くなり、こうして情けなく大口を開けてしまうわけで。


 しかしこういう姿をフィーちゃんに見せるわけにはいかない。

 俺が疲れていると考えれば、あの子は必ず俺を心配して色々手を焼いてくれるからだ。

 俺がいない間の家事も率先してやってくれているというのに、あまりあの子の手を煩わせるのは正直気が引ける。


 そんなことを考えつつ歩いていると、向かう先にコンビニがあることに気づく。


(……何か買っていくか)


 眠気を晴らすのにコーヒーなんてのも悪くない。

 そんなことを考えていると、俺の足は自然とコンビニの方へ向く。


 フィーちゃんもそろそろバイト上がりだ。

 何か差し入れを買っていくのも悪くないだろう。




「お待たせしました、お兄さま」


 山奥で鳴くセミの合唱に耳を傾けながら数分。

 仕事を終えたフィーちゃんが、自動ドアを抜けてこちらへと駆け寄ってくる。

 リーンシェッテ以外の人前ではお兄さまと呼ぶのが定着しているが、俺の方は今でもこう呼ばれるとときめきのようなものを覚えてしまう。

 普通に立っているだけのフィーちゃんの背後に、アニメとか漫画で出てくるキラキラのエフェクトが見えてくる。


 って、見とれている場合じゃないだろ。


「お疲れフィーちゃん。はい、これ」


 俺は手に下げていたレジ袋の中からペットボトルのコーヒー牛乳を取り出し、それを彼女に手渡す。


「ありがとうございます。これはどういう飲み物なんですか?」
「牛乳にコーヒーとか色々混ぜてあってね。とりあえず甘いよ」


 甘いという言葉に、フィーちゃんはわずかに目を輝かす。

 そして早々にボトルのふたを開け中身を一口……。


 声には出さないが、フィーちゃんが輝く目線を俺に向けてきた。

 この子は言動のそれは大人びているものの、味覚に関しては年相応なところがある。

 甘いお菓子は好きだし、他には魚より肉派だ。

 なので様子を見て分かる通り、コーヒー牛乳はフィーちゃん的にアリだったようだ。


 そんな彼女の様子を眺めているわけだが、どうにも視線を感じるような。

 そう思い顔を上げてみると、店内でカウンターの方から俺たちの様子を見守る神主さんと彩さんの姿が。

 俺と目が合った直後、目を逸らした二人がその場で仕事してますよ風の動きを始める。


「……じゃあ、帰ろうか」
「あ、はい。ここに立っていたらご迷惑ですよね」


 ペットボトルのふたを閉め、肩にかけていた白色のトートバッグのポケットにそれを入れるフィーちゃん。

 その様子を見届けた後、俺は店内の二人に頭を下げてからその場を立ち去る。


「今日は大丈夫だった? 最近変な客に当たってるところよく見るけど」
「大丈夫ですよ。決まりを守っていただけない方は滅多にいらっしゃいませんので」
「それならよかった」


 昨今のプラモ事情に憂いを覚えつつも、軽快な足取りで付いてくるフィーちゃんの気配に安堵する。

 少なくとも表面上は今の仕事に大きな不満はないと信じられる。

 だが務めているのは異世界の仕事で、なおかつこれまでの経験が活かしきれない内容。

 相応のストレスはあるだろうと思うと、今後もできる限り気を配っていきたいところだ。


 そんなことを思いつつ、フィーちゃんと列になって歩く帰り道。

 時間があるときはこうやって迎えに行くようになったりと、それなりにフィーちゃんとの距離は縮まったものだと感じられる。

 しかしよく考えてみると、俺はあまりフィーちゃんのことをよく知らない気もしてくるわけで。


(つっても、向こうの世界でのことを聞いていいものか分からないんだよなぁ)


 強い決意を持って故郷を離れ、この世界へとやってきたフィーちゃん。

 そんな覚悟に対し、俺の好奇心による質問が水を差すのではないかと不安になってしまう。

 何せ思い人であろう勇者を見捨てた周囲への反発による行動だ。

 恨むとまではいかずとも、よく思ってはいない可能性は捨てきれない。

 俺が向こうの世界の質問をするということは、そういった感情に少なからず踏み入るということに他ならないだろう。


 山から聞こえるセミの鳴き声が、やたらとうるさく感じられてしまう。


「何か考え事ですか?」


 突如フィーちゃんの声が隣から聞こえ、俺は少し驚いた様子で振り向いてしまう。

 いつの間に移動してきたのか。

 フィーちゃんは不思議そうな様子で俺を見上げながら、俺の隣を歩いていた。


「意識が散漫なまま歩いていては危ないですよ。まずは立ち止まりましょう」
「あ、はい。すんません」


 その言葉に従いその場で立ち止まる。

 一応他の歩行者がいないかを確認し、邪魔にならぬよう俺たちは道の端へと移動した。


 さて、ここからどうしたものか。

 フィーちゃんにいらぬ心配をかけてしまい、どう誤魔化したものかと言葉を探す。

 そんなことを思っていると、目線も自然とフィーちゃんの顔から逸れていく。


「まさか、大学でお辛いことでもあったのですか?」
「いやいやそんなことないよ。それなりに充実してるし」
「そうですか……あ、まさか私がまた何か粗相をっ」
「それは絶ッッッ対にないから」


 こんないい子が粗相とか。むしろこっちのほうがやらかしそうで心配だよ。

 だが下手に誤魔化していては逆にフィーちゃんの心労に繋がるな。


「フィーちゃんがうちに来てそれなりに経ったけど、あまり昔の話とかしてないなと」
「昔の話、ですか?」
「うん。別の世界での生活で色々苦労してるんじゃって考えてたら、そんな風に思ってさ」


 「なるほど」と言い、フィーちゃんがうなずく。

 俺は自然と彼女の様子をうかがうが、先の言葉に嫌悪を示すような様子はない。

 むしろどこか納得したような顔を見せた後、改めて俺の方を見上げてきた。


「確かに私、世界の事情ばかりで個人的な話はあまりしてませんでした」
「まあ、お互いまだ知り合ったばかりで踏み込んだ内容は遠慮しちゃうしね」


 どれだけフィーちゃんが迷宮製作に積極的であっても、人間関係の距離感がそれだけで埋まるものではない。

 それは時間をかけて埋めるものだろうし、そこまで人付き合いに積極的でない俺ではそいつに長い時間を要してしまう。


 だが、フィーちゃんを個人的に気にしていないというわけではない。

 今後迷宮の根幹を完成させ管理していくとなると、きっと想像以上に長い期間俺たちは共に行動することになるだろう。

 俺とフィーちゃん。そしてリーンシェッテ。


「でもこの先色々長くなりそうだし、少しは互いのことを知る必要があるのかなと思ったり……そうでなかったりというか」


 改めて面と向かって言うには、どうにも恥ずかしい。

 俺はフィーちゃんから顔を背け、藍色に染まる空を見上げる。

 一番星にはまだ早い、少し明るい夕空だ。


「私のことなんて、それほど面白い話にはならないと思いますけど」


 視界の外で、苦笑気味にフィーちゃんがつぶやく。


「でも、康介様の言葉には一理あります。私自身も同感です」
「ああー……うん、そっか」


 ダメだ、どうにも照れくさい。フィーちゃんの方を見ることが出来ない。

 納得してくれたのはこれ幸いだが、面と向かって話すにはどうにも照れが上回る。


 ブロック塀に背中を預け、袋に入った飲みかけのペットボトルを取り出す。

 ふたを開けたそれを一気にあおり、残り少ないコーヒーを喉に流し込む。

 少しぬるくなったそれが通り過ぎ、体のほてりがわずかに覚まされるのを感じる。


「……とりあえず、帰ろうか」


 身の上話なんて外でするものではない。

 少し頭が冷えた俺は、改めてフィーちゃんの方へと顔を向ける。


「そ、そうですね。他の方に聞かれたら困ることですし」


 そう言ってはにかむフィーちゃん。

 頬がわずかに赤くなっているのは、夕空が見せる錯覚だろうか。

 当の夕焼けが山向こうに姿をくらましていることを無視して、俺はそんなことを思ってしまう。


 二人で納得した後、改めて俺たちは帰路を進む。

 帰った後はどんな話をすることになるのだろうか。

 今日はいつもより、一日が長く感じられそうだ。
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