プラスチック・ファンタジア ~デザインナイフで作る異界のダンジョン~

蕪菁

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第五幕【聖女と魔女が集うとき】

5-4【迷宮管理計画】

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 いつまで経っても居座り続けるリーンシェッテに呆れつつも、結局思いつく限りの迷宮案を日付が変わるまで説明し続けた。

 テーブルの上にはノートパソコンではなく、プラ板などを使って作った十センチ四方の試験的な迷宮がいくつも並んでいる。

 どれも今日までに作った簡易的なものであり、白いプラと黄色いパテが剥き出しで塗装すら施されていない。


 どれも床となるプラ板の上に壁に見立てて立てたプラ板を並べた、天井のない簡易迷路みたいなものばかりだ。

 というよりも、迷宮と言われて思いつくイメージがこれしかなかったわけだが。


「……普通だな」
「だよな。俺もそう思う」
「ですがそこまで奇をてらうものを用意する必要はありませんよ?」


 テーブルを囲い、試作品を見下ろす俺たち。

 フィーちゃんはそれらを楽しげに見つめているが、リーンシェッテは退屈を隠そうともしない。

 正直なところ、自分の貧相なイメージには俺自身退屈を覚えているわけで。

 だが気取って変なものを作ったところで、二人に理解されなければ無意味に終わってしまう。

 なのであえて今はこのシンプルな迷路を二人に見せることにしたのだ。


 それにシンプルだからこそ、フィーちゃんやリーンシェッテも想像を膨らませやすいはずだ。

 こうやって基本的なものから進めていくことこそ、完成への近道だと俺は思う。


 で、早速リーンシェッテがサンプルの一つを手に取り、考え込む仕草を見せる。


「大体迷宮を名乗るならばトラップの一つでも用意せい。坊も男子ならばスケベな奴の一つや二つ思いつくだろう?」
「この迷宮は全年齢対象だ!」


 何を言いだすかと思えば。このスケベ魔女は……。

 しかし本気で言っていたわけではないのだろう。ニヤニヤと笑いながら俺の顔を見ている。

 くそっ、無駄に顔が熱いぞ。


「というよりは、迷い込む方のいない迷宮に罠は必要ないのですが」
「甘いぞ娘。こういうのは必要か不必要かではないぞっ」
「ええ……」


 妙に張り切るリーンシェッテに対し、フィーちゃんはやや引き気味だ。


「大体サンプルの段階でも落とし穴くらいは用意すべきだろうに。まさか作れないのか?」
「は? そんなの簡単だよ。ちょっと待ってて」


 まるで挑発を受けたかのような発言に対し、俺は立ち上がり隣の部屋へ向かう。

 落とし穴なんていうのは、要は床が開閉すればいくらでも作れる。

 その程度造作もないし、そのために必要なものは既に作った経験がある。


 俺はこれまでプラ板で作った試作品の一つを引き出しの中から持ち出し、二人の待つ居間へと戻る。


「ほら、これを床に応用すればいいだけだろ?」


 俺の手のひらにあるそれを二人が見つめ、感嘆の声を上げる。

 それは二枚のプラ板を組み合わせて作ったヒンジだ。

 凹凸の形状にした二枚のプラ板を組み合わせ、噛み合う部分にドリルで穴をあけて真鍮線を通したシンプルな構造になっている。

 開閉物の練習に作った簡素なものだが、大体の動きは見て分かるはずだ。


「えと、触ってもいいですか?」
「いいよ。ただの練習で作ったやつだから」


 フィーちゃんが遠慮がちにプラ板のヒンジを手に取り、丁寧に扱いながら左右に動かす。

 何が心の琴線に触れたのかは分からないが、その動きを楽しそうに眺めているようだ。


「これで基本的なトラップは用意できそうだな。僥倖僥倖」
「僥倖って、そのトラップにかかる侵入者がいないってのに」
「馬鹿者。こういうのはあるとないとで大違いなのだっ」


 俺を指差し、頬を膨らませながら迷宮持論を語るリーンシェッテ。

 まあ呆れている俺もそういう気持ちは分からないでもないわけだが。

 それにただ壁を立てたものを並べるよりは、作る側としてもメリハリが生まれるのでいい刺激になる。

 その分かかる手間については見ないことにするが。


「やはり迷宮とは仕掛けがあって然りよ。特定のモンスターを倒すとか決まった壁を破壊するとかなっ」
「それってだいぶ昔のゲームの話だろ」


 その通りと言いつつ、リーンシェッテがけらけら笑う。

 そういや千年間日本で暮らしていたんだったな。そりゃあ古いゲームの一つや二つ知ってるか。


 だが某あの塔も気づかないうちに俺の迷宮イメージの一つになっていそうだ。

 だとすると、やはり建造物としては塔の形状にするべきなのか。

 最上階に巨人を眠らせる広いフロアを作って、それに繋がる階層を下に……。


「……あっ」


 塔というイメージが浮かんだその瞬間、抱える問題を解決するアイディアが脳裏に浮かぶ。

 声を上げた俺に反応するように、フィーちゃんとリーンシェッテが俺の顔を見る。


「あのさ、もしも多重の壁があった場合、瘴気ってのは外側の壁まで貫通して侵食するものなのか?」
「いえ。まずは一番近いものから侵食が進みますよ。もちろん瘴気の濃さによって進行速度は変わりますが」


 フィーちゃんの説明を受け、俺の頭に浮かんだアイディアが役に立つものだと確信する。

 俺は早速テーブル上の迷宮サンプルを端に寄せ、空いたところに紙を広げる。

 二人が何事かと覗き込んでくる中、俺は紙にボールペンで脳内のアイディアを簡潔に描き進めていく。


 それは、この迷宮の【核】となる部分の簡易的な図面だ。


「まずこれが最上階。ここには巨人を眠らせるための大きな空間を作る」


 まずは棒人間を描き、それを楕円で囲む。


「この空間は外側に壁を設けて二重にして、内側の壁で瘴気の浸食を受け止めるんだ」
「多重防壁か。これならば内側の壁を交換さえすれば、外側の浸食はある程度抑えられるだろうな」
「だよな。俺としては迷宮の侵食を抑える方法はこれしかないと思う」


 何も言わずにうなずくリーンシェッテだが、微妙な表情からしてきっと完璧な方法とは言えないのだろう。

 だが単純だからこそ効果の分かりやすい方法だ。もっと根本的な解決を見出すまではこれが一番の手段だ。


「後は侵食した壁については、外側も内側も交換しやすい構造にして適時入れ替えをできるようにする。これってどうかな?」
「そうですね。侵食を受けた壁の処分という課題はありますが、可能な方法です」


 残念ながら、処分方法については魔法の知識のない俺には手が出せない。

 だがフィーちゃんの自信に満ちた表情を見る限り、その手は彼女の中に存在するとみていいだろう。


 応急処置的な瘴気への対応。

 だが俺のアイディアはこれで終わりではない。

 ここからさらに、巨人を収める空間の下に柱を伸ばしていく。

 そして柱の周りにいくつもの四角を階層になるよう付け足していき、いくつもの四角を重ねた塔の形にする。


「こいつはなんだ?」


 中央の柱に集まる四角の集合体を指差し、リーンシェッテが俺の顔を見る。


「これはブロックに分けた迷宮だよ。ほら、これと同じような奴」


 俺は端に寄せていた迷宮サンプルの一つを紙の上に置き、その上に別のものを重ねる。

 ただ構造物を重ねているだけのものだが、これが俺のイメージ通りなのだ。


「巨人を収める空間に接続する形で長い柱を立てて、その周りにブロック別に作った迷宮を継ぎ足していくんだ」
「継ぎ足しか。ふむ、そういうことか」
「そういうこと?」


 どうやらリーンシェッテはすぐに理解ができたようだ。腕を組みながらうんうんとうなずいている。

 対するフィーちゃんはまだわかっていないようで、首をかしげながら積み重ねられた迷宮サンプルを見つめる。


「迷宮の中心になる大きな柱を先に作って、その周りに切り分けて作った迷宮をくっつけていくんだよ」
「くっつける……あっ、くっつけるということは」
「うん。その部分だけ外したりってこともできるんだ」


 迷宮サンプルを手にしながら、はっとした表情を見せるフィーちゃん。

 俺が言いたかったのは、ブロック別に作ったフロアで構築される積層構造の塔である。

 昔見た中央から先に作る高層ビルを思い出し、そこからの思い付きでこの方法を思いついたのだ。


「多重の壁でも完全に瘴気を抑え込むことはできないんだろ? だから壁と同じように、汚染された迷宮の一部を同じように交換してしまう構造にするんだよ」
「だいぶ大がかりではあるが、まあ理に適ってはいるな。中央の柱も直しが入れられればなおのこと完璧だ」
「はい。ですがそうなると康介様の手間が……」


 積まれた迷宮から俺の顔へと視線を送るフィーちゃん。

 その不安げな表情からも、この構造による俺が受ける負担の大きさに気づいているのは明白だ。


 交換できるようにするということは、その分俺が作る迷宮の数が膨大になる。

 何もかもが手作りになるし、その分の材料費や労力、必要な時間は膨大だ。

 これが模型でなく現物を建造するとなったら、一体どれほどのコストがかかることやら。


 だが幸いにも、これはプラスチックの迷宮だ。

 プラスチックが世界の狭間という特殊な環境下で、魔法の力によって現物になるという摩訶不思議だ。

 つまりこれは模型と世界救済。趣味と実益を兼ね備えた非常に有益なことになる。


「大丈夫だよ、フィーちゃん」


 今はまだプラスチックの張りぼてが手元にあるだけだ。

 だがそこから俺の壮大な作品が始まっていく。


 これを楽しみと思わずして、何だというのだ。


 作業部屋で一人こもり、黙々とジオラマを作ってはSNSに上げたり店の展示スペースに置くだけだった日々。

 そんな俺の趣味が、こんなにもすごいことを成し遂げられる機会を得られたのだ。

 机上にしかない俺のアイディアが、おそらく誰も経験したことのない形で現実となるなんて。


「俺、今すげぇやる気が湧いてるから」


 全てのアイディアが形になったとき、きっとそれは嬉しくて仕方のないことだ。

 その一瞬を想像したとき、俺の顔は自然と笑顔になってしまう。


 そんな俺を見て、フィーちゃんはようやく安堵の表情を浮かべるのだった。
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