プラスチック・ファンタジア ~デザインナイフで作る異界のダンジョン~

蕪菁

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第六幕【それは楽な道ではない】

6-6【思い描いた姿】

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 帰宅後、夕食の準備をフィーちゃんに任せつつ俺は作業机の前に鎮座していた。

 部屋の明かりを点けず、作業に適した明るめのデスクライトだけを点けたやや薄暗い部屋。

 俺は腕組をしながらカッターマット上の小さなプラ板を見つめつつ、バスの中での話を思い返していた。


 俺が見た幻覚が勇者の記憶であり、それが今は失われた彼の故郷だということ。

 故郷の復興を願いつつも、その勇者は元の世界に帰ることすらできなくなった。

 世界のために自らを犠牲にしたのは分かるが、少なくとも大きな無念があったことには違いないはずだ。

 今日はある意味でそれを知る機会になったといえる。


(それが分かっても、なぁ……)


 俯き、小さなため息をつく。

 結局のところ俺は凡人だし、何より勇者からすれば完璧な他人だ。

 勇者の宿命を肩代わりすることなんて出来るはずもないし、彼の無念を晴らすことが出来るかと言われれば間違いなく無理だ。

 何より俺と勇者では立場が違い過ぎる。故に彼が抱える葛藤とかそういうものを理解する頭が備わっていない。

 フィーちゃんが話す勇者の半生も、俺からすれば物語のそれのように感じられてしまう。


 だが今俺が直面しているのはフィクションなどではなく、一人の生きた人間が成し遂げてきたことなのだ。

 映画やアニメのように見るなど以ての外だし、そんな心構えではきっとフィーちゃんの求める迷宮は造れない気がする。

 問題は、例えそうであるとしても俺とフィーちゃんたちの間にある溝を超えるのが、思いの外難しいということだ。


 あまり考えの浅いことはしたくない。だからといって中途半端な思い入れではフィーちゃんたちに失礼だ。

 そんな中で、凡人である俺はどれだけ自らのポテンシャルを発揮すればいいのだろう。


「あー……分からん」


 頭を抱え、薄暗い天井を見上げる。

 ぎしりと音を立てる背もたれに体を預け、俺は二度目の大きなため息をついた。

 実際は悩んでいる場合ではないというのに、考えることが増えるとどうしても作業の手が止まってしまう。


 しかしこういうのは、考え続けたところで百点満点の回答は得られないものだ。

 今や勇者の代弁者ともいえる立場にあるフィーちゃんが納得してくれても、それが本当に勇者の望みなのかは彼女ですら分からない。

 つまるところ、必要以上に考えすぎるのは何も良い結果を生み出さない訳で。


 考えがまとまらない中、ふと自分の作品を並べている棚に目を移す。

 既製品のプラモデルを自分なりにアレンジしたもの。

 スチレンボードを思うがままに削り出して作った土台をあらゆる材料で彩り、建物などを置いたジオラマ。

 そういえば、今度フィギュアを自作してみようとも思っていたが、フィーちゃんと出会ってから手を付けられずにいたな。

 まあ今はそういった事に時間を割く余裕はない。


「ここには飾れないんだよなぁ」


 今俺が造ろうとしているのは、多くの人の目には届かない場所に置かれる。

 きっと俺自身、気軽に見に行くことは難しいのだろう。

 逆に言えばそれは、ある特定の誰かに向けて作る特別な作品だ。


 人を寄せ付けない罠の数々に彩られた巨大な塔。

 最上階に鎮座するのは、瘴気と呼ばれる強力な魔力を放つ一体の巨人。

 その巨人は故郷を想い、その身を犠牲にした一人の人間で……。


「……やっぱり、これしか浮かばないんだよなぁ」


 俺は席を立ち、机とは反対側にあるふすまの方へと。

 ここには備え付けのクローゼットがあり、もちろん中には模型作りに使う物が色々と収まっている。

 俺は隣室の迷惑にならぬよう静かに扉を開き、積まれた箱の数々の中から古びたプラモデルの箱を取り出す。

 物入れとして再利用しているその箱には、使いどころを失った少し大きめの素材がしまってある。


 クローゼットを閉め、取り出した箱をベッドの上に置いて蓋を開く。

 その中に入っていた少し厚めのスチレンボードと石粉粘土を取り出し、それらを手に作業机の方に戻る。


 今からやることが、フィーちゃんの考える迷宮と噛み合うかどうか。

 何より、今後この中に封印される勇者にとって、これが正しい判断なのか。

 百点満点の正解などありえないとは思いつつ、これが全くの的外れなのではという不安はぬぐい切れない。


 でも結局のところ、俺がやってきたのはこういうことだ。

 あらゆる事を知り、それを頭に巡らせて浮かんだものを形にする。

 その先に待つ完成品は、ある意味で究極の【自己満足】だ。

 それを見た人がどういう感想を抱くかは、俺の与り知るところではない。


 ただ一つ。

 多くの無念を抱え、運命を受け入れた勇者が見せたあの情景に意味があるとするならば。

 それに対する俺の答えは、こういう形でしか示すことができないだろう。




 それほど大がかりなものでなければ、時間を見繕えば一週間くらいで作れるのがジオラマのいいところだ。

 そんなこんなであれから一週間。大学とバイト以外の時間はできるだけ作業に没頭し、俺は一つの作品を創り上げた。

 もちろんこれも迷宮の一部であり、フィーちゃんやリーンシェッテには自分の作ってきたものを秘密にしてきた。

 作業工程を見せる必要があるとも考えたが、これだけは二人の第一印象をある種の参考にしたかったのだ。


「随分ともったいぶったものだな。それだけ自信作ということか?」
「まあな。一番大事な部分だろうから、俺なりに本気で作ったつもりだ」


 いつもの居間で並んで座るフィーちゃんとリーンシェッテ。

 完成品についてはまだ作業部屋にあり、二人には最上階の部屋を作ってみたとしか話していない。


 問題は、【あれ】を見て二人が部屋と見てくれるかどうかだが。

 フィーちゃんはさっきからずっとそわそわしてるし、リーンシェッテも何だかんだ早く見せろという雰囲気をこちらに向けてきている。

 こうなると少し緊張感が湧いてくるものだが、見せて恥ずかしいものを作った覚えはない。

 俺は二人に持ってくることを告げた後、隣の作業部屋へと向かう。

 そして机の上に置かれた完成品を手に取り、ぶつけて壊さぬよう少し慎重に歩きながら二人の待つ居間へと戻る。


「これは……」


 戻ってきた俺の手を見て、フィーちゃんが言葉を漏らす。

 こちらを見る二つの視線を感じつつ、俺はテーブルの上に一週間で作り上げたその作品を置いた。


 それは部屋というには無理がある、草原の中の丘をイメージしたジオラマだ。

 三十センチ四方の厚みがあるスチレンボードを土台とし、加工を施した後丘を高くするために石粉粘土を盛ってある。

 後は表面を土色に塗装した後にボンドを塗り、芝生感を出すため緑色や土色のパウダーを満遍なく振りかけた。


 もちろんイメージしたのは、あの時見た勇者の記憶だ。

 高原の中の小高い丘。そこから見た牧場の風景。

 もっと広い空間が使えたならば、きっと牧場も見える一つの風景をジオラマにしたことだろう。

 しかし迷宮最上階という限られた空間の中で作れるのは、この緑ある丘の一部が精一杯だった。


「ずっと味気ない空間に置いておくってのも悪いと思って、こういうのにしてみたんだけど」


 俺の言葉を受け、ジオラマを見ていたリーンシェッテが小さくうなずく。


「この間の勇者の記憶を見て、そこからイメージを膨らませたわけだな」
「そうそう。もしかしたらと思ってできる限り再現してみたんだよ」


 あれが勇者の本心であり、願望が幻覚となって現れたものだとしたら。

 決して叶わぬ願いだとしても、もう一度あの場所に戻りたいのだとしたら。


 それを叶えられる人は誰もいないとしても、せめて緑の芝生だけでも感じられる場所はあってもいいじゃないか。

 そして最初に実体化させた家のジオラマで、庭にあった本物の芝生も再現できたフィーちゃんならばそれも可能かもしれない。

 だからこそ、この迷宮内部とは思えない緑の芝生を、最上階の一室として俺は完成させたのだ。


「迷宮の一室らしくはないと思うけど、まずはここに巨人を収めるつもりで作ったよ」


 そう言いつつ、俺はフィーちゃんの表情を窺う。

 彼女は真剣な表情でテーブル上の丘を眺め、まるで何か物思いに耽っているかのようだ。

 この中で唯一勇者と直接対面しており、その人物像を知るフィーちゃん。

 果たしてこれを見て、彼女は納得してくれるだろうか。


 しばらくの沈黙の後、ジオラマから俺の方へとフィーちゃんが視線を移す。


「……ものすごく、真剣に考えてくれたんですね」


 優しい言葉遣いとは裏腹に、その表情には決意のようなものが見え隠れする。

 予想とは少し違ったフィーちゃんの様子を目の当たりにし、場に緊張が走る。

 彼女の様子が果たして成否どちらを意味しているのか、俺には分からなかった。


「無関係であるはずの康介様が、こんなにも真っ直ぐターシャ様に向き合ってくれて……」


 再びジオラマへと視線を落とすフィーちゃん。

 テーブルに置かれたそれを両手で持ち、まるで大切な宝物のようにゆっくりと丁寧に持ち上げる。


「やっぱり、私がここに来たのは正しかった。康介様にお願いしたことは、私にとっての幸運です」


 感慨深くジオラマを見つめ、そしてようやく俺たちに笑顔を見せるフィーちゃん。


「この真心、ターシャ様に伝わるよう私が必ず形にしてみせます。必ず完成させますっ」


 これまでにない勢いで自らの意気込みを語ると、フィーちゃんはジオラマを持ったまま立ち上がる。

 今にも外に飛び出しそうな様子にハラハラしつつも、本気で喜んでくれている姿を見ると心底安心する。

 迷宮の一部というには無理のあるジオラマではあるが、少なくとも俺の思い描いたそれは彼女にとって正解だったのだ。


 最初の完成品にして、最初の一歩。

 ここから少しずつ迷宮は組み立てられ、やがて一つの塔として完成する。

 その第一歩を、今日ようやく踏み出すことができた。


「なあ、喜んでいるところ悪いが」


 喜ぶフィーちゃんに水を差すように、リーンシェッテが声をかける。


「お主らの迷宮は瘴気で汚染された際に交換するのだろう? つまりそれも毎度作り直すのか?」


 ……沈黙。


「一週間くらいで作れるから、交換自体は大丈夫……だよね?」
「……はい、大丈夫です。きっとっ」


 どれだけ気持ちを込めて作ろうとも、極端なことを言えば使い捨てになってしまう我らが迷宮。

 果たしてこの先、俺は何度真心を込めて緑の丘を作ることになるのだろうか。
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