プラスチック・ファンタジア ~デザインナイフで作る異界のダンジョン~

蕪菁

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第七幕【勇者に送る安寧の地】

7-1【仕上げに向けて】

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 六月の末にフィーちゃんと出会い、あれよあれよと七月が過ぎ去る。

 そして八月の初めに入ったところで、俺の作業は一つの節目を迎えた。


「できた……」


 屋上を支える柱を中心とした、階層を自由に増やすことのできる迷宮の塔。

 その基礎となるジオラマが、今作業部屋の床に鎮座していた。

 高さは大体一メートル半。俺が作ったものの中では圧倒的に巨大なジオラマだ。


 高原のジオラマを有する最上階は、ジオラマ部分を囲うように明るい神殿をイメージした外装で覆われている。

 先日二人に見せたものは大きすぎたため、こちらの大きさは両手に乗せられるくらいにサイズダウンしてある。


 直下には最上階を支えるのに十分な太さがある中空の柱があり、表面には階層を取り付けるためのジョイントを有している。

 見た目は大理石のような雰囲気のある白い石っぽくしているが、その正体はホームセンターで買った塩ビ管のガワを加工したものだ。

 この内部には管理者となる俺たち三人だけが使えるエレベーター的なものを仕込む予定だったが、間に合わなかったのでそちらは後日取り付けることにしよう。


 今のところ完成したのはこの部分だけ。

 少なくとも、これだけがあれば最低限勇者を迷宮に留めておくこともできるはずだ。

 ちなみにそれをやりやすくするために、最上階の外装は簡単に取り外せるようになっている。

 フィーちゃんの手で実物に昇華されたらどうなるかは分からないが、攻略する側がこれを知ったら容易く突破されるだろうな。


 とはいえ、そもそもこの迷宮の目的は瘴気によって生まれるであろうモンスターを出さないようにするものだ。

 攻略する者が現れない以上、管理しやすさを優先する方が賢いだろう。


(これが世界の狭間で実物になるんだなぁ)


 改めて、これがどれほどの高さの建造物になるのか想像を巡らせてみる。

 五メートルほどの巨人が窮屈にならないようなサイズになるのだから、屋上だけでも高さは軽く十メートルを超えてくるかもしれない。

 直径十センチほどの塩ビ管も、もしかしたら東京タワーみたいな高さになるんじゃないだろうか。

 そんな有り得ないことを現実に変えてしまうのだから、フィーちゃんたちの世界の魔法というやつは末恐ろしい。


 この辺りはフィーちゃんの匙加減……あの子がこれを見て、どういう風に昇華させるかというイメージに寄ることになる。

 しかし、あの世界であの子が魔法を扱うことについては一抹の不安もある。


『あの娘は人ならざる化け物になるぞ』


 リーンシェッテに煽られ、怒りのあまり力を暴走させたフィーちゃん。

 あの時は頭から猫耳が生えたくらいで、それもすぐに元通りになっていた。

 だが例え暴走させなかったとしても、大きな建造物を実物化するには大きな魔力を必要とするはずだ。

 そうなると、枯渇した魔力の分瘴気があの子の体内に取り込まれ、フィーちゃんをモンスターへと変貌させてしまう危険性がある。


 もちろん、今は瘴気……地の魔力のエキスパートであるリーンシェッテの協力が得られる。

 彼女の知識があればその危険を防ぐことだってできるかもしれないが、確実に安全とは言い難い気もする。

 リーンシェッテを俺なりに信用しているとしても、だ。


(できたこと、フィーちゃんに言うべきなのだろうか)


 瘴気を放つ巨人となった勇者を留めておくなら、今目の前にあるこのジオラマだけがあれば十分だ。

 それはフィーちゃんだってすぐに気づくはずだし、そうなればすぐにでも計画を実行に移したいと願うはず。

 だが明らかに危険な行為だと分かっていると、正直なところ及び腰になってしまう。


 自分を犠牲にするに等しい行為に対し、あんないい子に躊躇がないのは危うい。

 それを分かっていながら、果たして素直にこれを譲るのは正しい行いなのか。


「……もう少し、手を加えようか」


 これはただの時間稼ぎだ。

 俺自身、踏ん切りがつかず時間が欲しいからと問題を引き延ばしにしたいだけだ。

 本当ならば急がなければならないことだというのに。


 俺は柱の上から屋上部分を取り外し、それを持って作業机に戻る。

 カッターマットの上に屋上部分を置いた後、外装を外して改めて中身を確認する。


 円形の床の中央部分に高原を模したジオラマを配置した内装は、シンプルでありながらなかなか違和感のあるものだ。

 建物の中にある庭というイメージもあるが、実物になればそれなりに広い草原になることだろう。

 それが、今は机の上から見下ろせるほどの大きさというわけだ。


 さて、手を入れようととりあえず眺めてみるわけだが、どうにもアイディアが浮かばない。

 普段ならば細かいところが気になったりして作業に没頭できるものだが、今回はそういった方向に頭が働いてくれない。

 考え事が多すぎて集中できないのか。それともこれが俺のできる限界ということなのか。


 結局この日、俺はただ隣で家事を進めるフィーちゃんの物音に耳を傾けつつ、夜の静かな時間を浪費していくだけだった。




「で、わざわざワガハイをこんなところに呼び寄せたというわけか」


 次の日、俺は頃合いを見計らってリーンシェッテを近所のラーメン屋に誘った。

 清掃の行き届いた店内には、昼食時を過ぎているためか人もまばらである。

 そんな中、テーブル席で向かい合って座るリーンシェッテは、大盛の豚骨醤油をすすりながら俺の話に耳を傾けていた。


「まあ、坊の懸念は理解できるな。あの娘は少々生真面目すぎる」
「だよなぁ。責任感じているせいもあるけど、無茶な方向に走りがちというか」


 俺はリーンシェッテの言葉にうなずきつつ、どんぶりの中のもやしを箸でつまみ上げる。

 真面目なのはフィーちゃんのいいところだが、それが過剰に働いてしまうと自己犠牲の方向に進みかねない。


「面と向かって話し合えればいいんだけどな」


 もやしを口に運びつつ、俺は窓からの風景に目を向ける。

 何てことない日常が流れる住宅街。

 まばらに車が走り、外の暑さを嫌って出歩く人も少ない。

 時折気だるそうに歩くビジネススタイルの人を見ると、何年かすれば俺も社会の中の仲間入りかと思ってしまい憂鬱になる。


 学生時代にこんな経験ができているのは、ある意味俺にとって幸せなことなのかもしれない。

 社会人になっていたら、果たして迷宮の製作にここまで本気で挑めたかどうか。


 気がつけば俺もだいぶ今回のことに入れ込んでるな。

 最初依頼を受けた頃はフィーちゃんや勇者への同情心が強かった気がするけど、今じゃこの計画の成功を本気で願っている。

 そして、できる限りこの三人で無事に目的を達成し、末永い迷宮管理に力を向けたいという目標まで抱いている始末だ。


「そう思うのは尤もだ。ワガハイとて無暗に悲劇を望んだりはせん」


 コップを手に取り、水を口に含むリーンシェッテ。


「とはいえ、娘を差し置いてこんな話をしていても、何の解決にもならんぞ」
「それはまぁ、分かってるけどさ」
「娘の顔色を窺ってしまうか? ワガハイから言わせれば無用の気遣いだな」


 小さくため息をついた後、リーンシェッテは再びラーメンをすすり始める。

 いらん気遣いというのは俺自身重々承知している。

 というよりは、今の俺にフィーちゃんの気持ちに対し水を差す勇気がないというか。

 結局のところ、優柔不断なところで頭を悩ませているわけだ。


 そんなことはあり得ないのに、万が一フィーちゃんに愛想を尽かされたら。

 俺以外の誰かを、改めて協力者として選ぶなんてことがあったら。


 我ながら馬鹿なことを考えていると思うが、そういった不安が思った以上に足踏みを強いてくる。

 あの子の意思を尊重するのなら、今すぐにでも完成したことを告げなければならないのに。

 俺が抱く懸念だって、無茶をしないようにとしっかり言い聞かせればいいだけなのに。


「今の俺って、やっぱかなり情けない?」
「そうだな。正直むかつくのぉ」
「サーセン……」


 呆れた様子のリーンシェッテに頭を下げつつ、油の浮かぶ茶色いスープへ視線を落とす。

 麺が沈むスープの中は、まるでごちゃごちゃになってる俺の頭の中みたいだ。


「そいつが分かっているのなら、さっさと膝を突き合わせて話をしろ」


 少し大げさな音を立てながら、リーンシェッテがどんぶりをテーブルに置く。


「万が一問題が起きたらワガハイがどうにかしてやる」
「えっ?」


 顔を上げると、目の前には呆れた様子で俺を見つめるリーンシェッテがいた。

 テーブルに頬杖をつきながら、空いた右手に持った箸で空のどんぶりの縁をなぞっている。


「最後まで付き合ってやると言っておるのだ。だから坊は坊のできることにちゃんと向き合え」
「リーンシェッテ……」
「何感激しておる。ただの気まぐれだ、気まぐれ」


 そう言いつつも、リーンシェッテは不敵な笑みを浮かべつつ箸を置く。

 出会った当初は恐ろしい魔女だという認識だったが、今ではもう今回の計画においてなくてはならない協力者だ。


 思えば出会ってそれほど日が経ったわけでもないのに、俺たちの間ではそれなりの信頼が構築されていた。

 それは目の前のリーンシェッテもそうだし、依頼をしてきたフィーちゃんだって同じだ。

 そんな信頼があるのに、俺が懸念を示したせいでフィーちゃんが愛想を尽かすなんて考えが浮かぶこと自体情けなくないか。


 俺は残った野菜と麺を一気に頬張り、スープを一気に飲み干す。

 程よい温度のスープが体内に流れ込み、腹の内から心地よい熱が伝わってくる。


「馬鹿みたいに暑い日だというのに、普通こんな店に誘うか?」
「ん、リーンシェッテはラーメン嫌いか?」
「……いや、悪くない」


 額に汗を浮かべつつ、俺たちは笑い合う。

 確かにこんな暑い日には、もっとふさわしい食べ物があるのにな。


 その後、俺たちは追加でソフトクリームを注文し、二人でそれを食べ終えてから店を後にする。

 せっかく冷やされた体を太陽の光がじりじりと焼いてくるが、それすらも俺の気持ちを鼓舞してくれているかのようだ。


「最後の仕上げ、片付けるとするか」


 今日の作業を終えたら、フィーちゃんとしっかり話し合おう。

 無事に三人で迷宮を創り上げ、うまい飯を食って祝うために。
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