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第七幕【勇者に送る安寧の地】
7-6【勇者と聖女】
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目の前の状況が理解できない。
先程まで影も形もなかった巨人が、なぜこんな目前まで迫っているのか。
周囲の力流とやらが変わったせいなのか? 俺たちが流されている間に近付いていたとでもいうのか?
どちらにせよ、巨人はこちらに顔を向けるようなこともせず、ただ流れに身を任せ俺たちのほうへ迫ってくる。
五メートル以上の巨体が衝突すれば、この場所はひとたまりもないだろう。
一瞬の硬直の後、俺は自然と修復を終えたジオラマを抱えるようにしてその場にかがむ。
目の前ではリーンシェッテが巨人に立ちはだかり、彼女の手のひらを起点にオレンジ色の半透明なバリアが展開される。
バリアは巨人と触れることでその色をより濃くし、雷鳴の如き轟音が断続的に打ち鳴らされる。
どうやらそれで巨人を押しとどめているようだが、遠くからもわかるその表情は苦悶に満ちている。
彼女一人では限界だと思い、俺とリーンシェッテの間にいるフィーちゃんの様子を窺う。
しかし巨人が近くにいることで瘴気の影響を受けてしまっているのだろう。
彼女もまた自らの胸を押さえ、苦しそうな表情を浮かべながらその場に跪いてしまっている。
まともに対峙できるリーンシェッテの限界が近く、巨人がぶつかれば俺たちは世界の狭間に投げ出されることになる。
絶体絶命という言葉が頭をよぎる中、更に悪いことが目の前で起きてしまう。
「うおっ!?」
一際大きな轟音の後、体勢を崩してしまうリーンシェッテ。
その直後、巨人を起点とした強烈な衝撃が俺たちを襲い、彼女の足裏が地面から離れてしまう。
「しまっ――」
それ以上の声は、彼女の姿と共に遠ざかる。
最悪だ。リーンシェッテが衝撃によって飛ばされ、狭間の世界に投げ出されてしまった。
見ているだけの俺は叫ぶことも出来ず、残されたバリアも小さな炸裂音と共に消失してしまう。
これで巨人を阻むものは何もない。
再び力流に身を任せ、俺たちの立つ場所目掛けて突き進む。
フィーちゃんは今も瘴気の影響で身動きを取ることが出来ず、当然ながら俺には抵抗する術も逃げ場もない。
想像以上のスピードで巨人が迫り、とうとう遠くでは窺い知ることのできなかったその顔と目を合わせる。
何もない。
目と口を示すような暗い穴が空いているだけで、そこには人らしいパーツは見当たらない。
ただ、開いた穴の形状のせいか、まるで巨人が自らの苦しみを訴えかけているかのようで……。
――暗闇。
「……ってて」
芝生の感触を頬に感じつつ、俺はゆっくりと閉じた目を開く。
まず目に入ったのは緑の絨毯と青い空。
少し離れた場所には一本の木が生えており、更に向こうには見慣れない建物も目につく。
俺はずっと世界の狭間にいたはずだ。
混沌の空間に青空などあるはずもなく、ここが別の世界だということはすぐに理解できた。
最後に覚えているのは、巨人が芝生に倒れ込んだことによる大きな衝撃。
その瞬間巻き起こった風圧により俺は室内に吹き飛ばされて……。
で、何故か今はどこぞの芝生にうつ伏せで倒れていると。
「……っ! 迷宮ッ!!」
俺は飛び跳ねるように立ち上がり、ずっと抱えていたはずのジオラマの行方を探す。
だが無傷のまま俺の傍に転がっているのが目につき、安堵のため息をついた後に改めてそれを手に取る。
さて、必要なものは無事だったが、俺は一体どこにいるのか。
世界の狭間というほどなのだから、どこか別の世界に飛ばされてしまったのだろうか。
もしくは元の世界……いや、やはりどうにも雰囲気が違う。
どうやらここはどこぞの施設の庭的な場所らしいが、その施設らしき建物が異様だ。
尖塔がいくつも建つ宗教施設らしき建物だが、まるで銀色の結晶を建材にしているのか、外壁が日光に照らされ輝いている。
どこか幻想的な雰囲気もありながら、やや近未来的な風にも見える謎の施設。
周囲に人の姿は見られず、異様な静けさが俺の周りに漂っている。
「おーいっ」
その時、俺の背後から若い男の声が聞こえる。
声質からして高校生くらいだろうか。というか俺を呼んでいるのか?
とりあえず振り返ってみると、割とすぐ近くに白い石の柱が美しい東屋が建っている。
その中には誰かが立っていて……。
「え……フィーちゃん?」
そこにいたのは、先程まで瘴気の影響を受けていたはずのフィーちゃんだった。
だがその様子は明らかにおかしい。
まず俺の知っているフィーちゃんより、その容姿がさらに幼い。
また着ている服も先程までの法衣よりも薄手で、金色の刺繍が施された白色のドレスのように思える。
何より、近くに立つ俺の存在を向こうが認識していない。
一瞬こちらを振り向く素振りも見せたが、俺に声をかけることもなくすぐに別の方を振り返る。
そして、そちらに向け満面の笑みを浮かべた直後。
「ターシャ様っ」
彼女が発したその名前は、石の巨人となってしまった勇者の名前。
その声に釣られて俺も同じ方向を見てみると、赤いレンガで舗装された歩道をこちらに向けて走り寄ってくる少年が一人。
赤みがかった茶髪と、純朴さを感じさせる穏やかな容姿。
しかし体格はだいぶ鍛えているのだろう。服の上からでも分かる広めの肩幅からは、頼りがいが感じられる。
明らかに年下なのだが、身長も俺と同じか少し高い印象を受ける。
彼は手を振るフィーちゃんの傍に寄ると、彼女に向け優しい笑顔を見せる。
「突然このような場所に呼び出してしまい、申し訳ありません」
「気にしなくていいよ。モンスター討伐も終わって、今はみんなのんびりしてるから」
仲良さげに語り合う二人。
特にフィーちゃんは彼とのひと時を心から楽しんでいるようで、本当に無邪気なように見える。
(そうか。これって……)
そこで俺が前に公園で見たものと同じく、再び勇者ターシャの記憶の中に立っているのだと気付く。
確か勇者はフィーちゃんの住む都に来て、そこで仲間や彼女と共に都の問題を解決するため奔走していたと言っていた。
これはその問題を解決した後の出来事というわけか。
「それより僕なんかと会って大丈夫なのかい? ご両親はともかく、教会の偉い人が反発しているって」
「そんなの知りませんっ。我々のため尽力してくれたターシャ様達を勇者と認めないなんて、教会の関係者として恥ずかしい限りです」
「あはは……聖女様は言うことが違うね」
聖女? 今、フィーちゃんのことをそう呼んだのか?
ただの神官だとずっと思っていた俺からすれば、フィーちゃんがそういう風に呼ばれるのは少々仰々しく思えてしまう。
「あまりからかわないでください。私はターシャ様達のことを思って怒ってるのにっ」
「ごめんごめん。でも仕方ないんじゃないかな、彼らには彼らが決めた勇者がいるんだろうし」
「聖剣が与えられぬ限り、この世に勇者はいません。でしたら誰にでも勇者になる資格はあって然るべきなのです」
聖女、聖剣。そして資格……。
もしかして、俺は今極めて重要な場面に鉢合わせているのではないか。
可愛らしい怒りを露わにするフィーちゃんと、困った様子で彼女をなだめる勇者。
しかし俺が勇者として彼を認識しているだけで、今の彼は世間的には勇者ではないということらしい。
そして、それを定める権利をフィーちゃんの所属する教会が有していて、その者には聖剣が与えられる……。
具体的なことは話していないが、予想としてはそんなところだろう。
そんな教会で、フィーちゃんは聖女と呼ばれる立場だったと。
「数日後には儀式が執り行われます。私はその場で、あなたを勇者として任命するつもりでいます」
「フィーっ、それは危険すぎる! いくら君が特別な存在だからといって……」
フィーちゃんの発言を受け、ターシャの表情が険しくなる。
だが彼女の覚悟は固いようで、信頼する男の言葉であっても意思を曲げるつもりはない様子だ。
見上げるほど大きなターシャと真っ直ぐ目を合わせるその姿からは、彼を本物の勇者と信じて疑わない気持ちがよく伝わってくる。
「グランデール卿がどれほど武に覚えがあろうとも、真に勇気を示すことができたのはターシャ様ではないですか」
「それは、俺も必死だっただけで」
「その困難に立ち向かえる必死さこそが、勇者として必要なものでは?」
真っ直ぐ見据えてくるフィーちゃんの顔を前に、わずかにたじろいでしまうターシャ。
そんな彼に向け、フィーちゃんは更に言葉を続ける。
「儀式の日、私はもう一度あなたの勇気を見せていただきたいのです。失われた故郷を想い、それでもなお見ず知らずの人々に手を差し伸べられるあなたの勇気を」
「フィー……」
長い沈黙が場を包む。
ターシャはフィーちゃんから目を逸らし、それでもなお彼女は勇者と信じて疑わない者の姿を見る。
彼女の言う儀式なんてのは、結局のところ何たら卿とやらを任命するための建前に過ぎない。
それに説得力という箔を付けるため、聖女であるフィーちゃんを任命の儀に立たせるのだろう。
だが予定調和を乱すということは、彼女にだってそれ相応の危険が及ぶはずだ。
それでも彼を勇者と信じ、そして今も彼のために奔走し続けるフィーちゃん。
前後に何があったかは分からないが、彼に対する思いの強さは俺の想像を超えて深いということか。
「ターシャ様達は、聖剣が必要とのことでこの都まで訪れた。でしたら勇気をもって、その剣を手に取ってください」
フィーちゃんが一歩前に進み、ターシャの胸元に寄り添う。
「私は、喜んであなたに聖剣を授けましょう……」
寄り添うフィーちゃんの両肩に、ターシャの肩が添えられる。
その姿はまるで物語の一幕を思わせるほど可憐であり、そして儚い。
儚く思えてしまうのは、俺が二人を待つ未来を知ってしまっているからだ。
あらゆるしがらみの中であっても、ターシャへの気持ちを貫こうとするフィーちゃん。
できることなら、俺なんかと出会う必要がない未来を送ってもらいたかったが……。
……記憶の世界が崩れていく。
先程まで影も形もなかった巨人が、なぜこんな目前まで迫っているのか。
周囲の力流とやらが変わったせいなのか? 俺たちが流されている間に近付いていたとでもいうのか?
どちらにせよ、巨人はこちらに顔を向けるようなこともせず、ただ流れに身を任せ俺たちのほうへ迫ってくる。
五メートル以上の巨体が衝突すれば、この場所はひとたまりもないだろう。
一瞬の硬直の後、俺は自然と修復を終えたジオラマを抱えるようにしてその場にかがむ。
目の前ではリーンシェッテが巨人に立ちはだかり、彼女の手のひらを起点にオレンジ色の半透明なバリアが展開される。
バリアは巨人と触れることでその色をより濃くし、雷鳴の如き轟音が断続的に打ち鳴らされる。
どうやらそれで巨人を押しとどめているようだが、遠くからもわかるその表情は苦悶に満ちている。
彼女一人では限界だと思い、俺とリーンシェッテの間にいるフィーちゃんの様子を窺う。
しかし巨人が近くにいることで瘴気の影響を受けてしまっているのだろう。
彼女もまた自らの胸を押さえ、苦しそうな表情を浮かべながらその場に跪いてしまっている。
まともに対峙できるリーンシェッテの限界が近く、巨人がぶつかれば俺たちは世界の狭間に投げ出されることになる。
絶体絶命という言葉が頭をよぎる中、更に悪いことが目の前で起きてしまう。
「うおっ!?」
一際大きな轟音の後、体勢を崩してしまうリーンシェッテ。
その直後、巨人を起点とした強烈な衝撃が俺たちを襲い、彼女の足裏が地面から離れてしまう。
「しまっ――」
それ以上の声は、彼女の姿と共に遠ざかる。
最悪だ。リーンシェッテが衝撃によって飛ばされ、狭間の世界に投げ出されてしまった。
見ているだけの俺は叫ぶことも出来ず、残されたバリアも小さな炸裂音と共に消失してしまう。
これで巨人を阻むものは何もない。
再び力流に身を任せ、俺たちの立つ場所目掛けて突き進む。
フィーちゃんは今も瘴気の影響で身動きを取ることが出来ず、当然ながら俺には抵抗する術も逃げ場もない。
想像以上のスピードで巨人が迫り、とうとう遠くでは窺い知ることのできなかったその顔と目を合わせる。
何もない。
目と口を示すような暗い穴が空いているだけで、そこには人らしいパーツは見当たらない。
ただ、開いた穴の形状のせいか、まるで巨人が自らの苦しみを訴えかけているかのようで……。
――暗闇。
「……ってて」
芝生の感触を頬に感じつつ、俺はゆっくりと閉じた目を開く。
まず目に入ったのは緑の絨毯と青い空。
少し離れた場所には一本の木が生えており、更に向こうには見慣れない建物も目につく。
俺はずっと世界の狭間にいたはずだ。
混沌の空間に青空などあるはずもなく、ここが別の世界だということはすぐに理解できた。
最後に覚えているのは、巨人が芝生に倒れ込んだことによる大きな衝撃。
その瞬間巻き起こった風圧により俺は室内に吹き飛ばされて……。
で、何故か今はどこぞの芝生にうつ伏せで倒れていると。
「……っ! 迷宮ッ!!」
俺は飛び跳ねるように立ち上がり、ずっと抱えていたはずのジオラマの行方を探す。
だが無傷のまま俺の傍に転がっているのが目につき、安堵のため息をついた後に改めてそれを手に取る。
さて、必要なものは無事だったが、俺は一体どこにいるのか。
世界の狭間というほどなのだから、どこか別の世界に飛ばされてしまったのだろうか。
もしくは元の世界……いや、やはりどうにも雰囲気が違う。
どうやらここはどこぞの施設の庭的な場所らしいが、その施設らしき建物が異様だ。
尖塔がいくつも建つ宗教施設らしき建物だが、まるで銀色の結晶を建材にしているのか、外壁が日光に照らされ輝いている。
どこか幻想的な雰囲気もありながら、やや近未来的な風にも見える謎の施設。
周囲に人の姿は見られず、異様な静けさが俺の周りに漂っている。
「おーいっ」
その時、俺の背後から若い男の声が聞こえる。
声質からして高校生くらいだろうか。というか俺を呼んでいるのか?
とりあえず振り返ってみると、割とすぐ近くに白い石の柱が美しい東屋が建っている。
その中には誰かが立っていて……。
「え……フィーちゃん?」
そこにいたのは、先程まで瘴気の影響を受けていたはずのフィーちゃんだった。
だがその様子は明らかにおかしい。
まず俺の知っているフィーちゃんより、その容姿がさらに幼い。
また着ている服も先程までの法衣よりも薄手で、金色の刺繍が施された白色のドレスのように思える。
何より、近くに立つ俺の存在を向こうが認識していない。
一瞬こちらを振り向く素振りも見せたが、俺に声をかけることもなくすぐに別の方を振り返る。
そして、そちらに向け満面の笑みを浮かべた直後。
「ターシャ様っ」
彼女が発したその名前は、石の巨人となってしまった勇者の名前。
その声に釣られて俺も同じ方向を見てみると、赤いレンガで舗装された歩道をこちらに向けて走り寄ってくる少年が一人。
赤みがかった茶髪と、純朴さを感じさせる穏やかな容姿。
しかし体格はだいぶ鍛えているのだろう。服の上からでも分かる広めの肩幅からは、頼りがいが感じられる。
明らかに年下なのだが、身長も俺と同じか少し高い印象を受ける。
彼は手を振るフィーちゃんの傍に寄ると、彼女に向け優しい笑顔を見せる。
「突然このような場所に呼び出してしまい、申し訳ありません」
「気にしなくていいよ。モンスター討伐も終わって、今はみんなのんびりしてるから」
仲良さげに語り合う二人。
特にフィーちゃんは彼とのひと時を心から楽しんでいるようで、本当に無邪気なように見える。
(そうか。これって……)
そこで俺が前に公園で見たものと同じく、再び勇者ターシャの記憶の中に立っているのだと気付く。
確か勇者はフィーちゃんの住む都に来て、そこで仲間や彼女と共に都の問題を解決するため奔走していたと言っていた。
これはその問題を解決した後の出来事というわけか。
「それより僕なんかと会って大丈夫なのかい? ご両親はともかく、教会の偉い人が反発しているって」
「そんなの知りませんっ。我々のため尽力してくれたターシャ様達を勇者と認めないなんて、教会の関係者として恥ずかしい限りです」
「あはは……聖女様は言うことが違うね」
聖女? 今、フィーちゃんのことをそう呼んだのか?
ただの神官だとずっと思っていた俺からすれば、フィーちゃんがそういう風に呼ばれるのは少々仰々しく思えてしまう。
「あまりからかわないでください。私はターシャ様達のことを思って怒ってるのにっ」
「ごめんごめん。でも仕方ないんじゃないかな、彼らには彼らが決めた勇者がいるんだろうし」
「聖剣が与えられぬ限り、この世に勇者はいません。でしたら誰にでも勇者になる資格はあって然るべきなのです」
聖女、聖剣。そして資格……。
もしかして、俺は今極めて重要な場面に鉢合わせているのではないか。
可愛らしい怒りを露わにするフィーちゃんと、困った様子で彼女をなだめる勇者。
しかし俺が勇者として彼を認識しているだけで、今の彼は世間的には勇者ではないということらしい。
そして、それを定める権利をフィーちゃんの所属する教会が有していて、その者には聖剣が与えられる……。
具体的なことは話していないが、予想としてはそんなところだろう。
そんな教会で、フィーちゃんは聖女と呼ばれる立場だったと。
「数日後には儀式が執り行われます。私はその場で、あなたを勇者として任命するつもりでいます」
「フィーっ、それは危険すぎる! いくら君が特別な存在だからといって……」
フィーちゃんの発言を受け、ターシャの表情が険しくなる。
だが彼女の覚悟は固いようで、信頼する男の言葉であっても意思を曲げるつもりはない様子だ。
見上げるほど大きなターシャと真っ直ぐ目を合わせるその姿からは、彼を本物の勇者と信じて疑わない気持ちがよく伝わってくる。
「グランデール卿がどれほど武に覚えがあろうとも、真に勇気を示すことができたのはターシャ様ではないですか」
「それは、俺も必死だっただけで」
「その困難に立ち向かえる必死さこそが、勇者として必要なものでは?」
真っ直ぐ見据えてくるフィーちゃんの顔を前に、わずかにたじろいでしまうターシャ。
そんな彼に向け、フィーちゃんは更に言葉を続ける。
「儀式の日、私はもう一度あなたの勇気を見せていただきたいのです。失われた故郷を想い、それでもなお見ず知らずの人々に手を差し伸べられるあなたの勇気を」
「フィー……」
長い沈黙が場を包む。
ターシャはフィーちゃんから目を逸らし、それでもなお彼女は勇者と信じて疑わない者の姿を見る。
彼女の言う儀式なんてのは、結局のところ何たら卿とやらを任命するための建前に過ぎない。
それに説得力という箔を付けるため、聖女であるフィーちゃんを任命の儀に立たせるのだろう。
だが予定調和を乱すということは、彼女にだってそれ相応の危険が及ぶはずだ。
それでも彼を勇者と信じ、そして今も彼のために奔走し続けるフィーちゃん。
前後に何があったかは分からないが、彼に対する思いの強さは俺の想像を超えて深いということか。
「ターシャ様達は、聖剣が必要とのことでこの都まで訪れた。でしたら勇気をもって、その剣を手に取ってください」
フィーちゃんが一歩前に進み、ターシャの胸元に寄り添う。
「私は、喜んであなたに聖剣を授けましょう……」
寄り添うフィーちゃんの両肩に、ターシャの肩が添えられる。
その姿はまるで物語の一幕を思わせるほど可憐であり、そして儚い。
儚く思えてしまうのは、俺が二人を待つ未来を知ってしまっているからだ。
あらゆるしがらみの中であっても、ターシャへの気持ちを貫こうとするフィーちゃん。
できることなら、俺なんかと出会う必要がない未来を送ってもらいたかったが……。
……記憶の世界が崩れていく。
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