プラスチック・ファンタジア ~デザインナイフで作る異界のダンジョン~

蕪菁

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第七幕【勇者に送る安寧の地】

7-5【パテと接着剤】

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 青ざめた表情のフィーちゃんと、壁が破損した迷宮最上階部分。

 突然の異変で慌てていたため、こういうことが起きるのを失念していた俺の失態だ。

 普段があまりにも穏やかな空間だったため、転倒対策を怠ったのも原因の一つだろう。


「す、すみません……私がもっと気をつけていれば」


 俺が一番気を遣うべきだったのに、フィーちゃんは自責の念に囚われてしまっている。

 壊れたジオラマを胸に抱え、絶望しきった様子でその場に膝をつく。

 その間も地面の振動は続き、いい加減そのことに苛立ちを覚えながらも俺はフィーちゃんの傍に寄る。


「それは違うよ。こういう場合を想定すべきなのは俺の方なんだから」
「そんなこと……あっ」


 その場にしゃがみ込み、フィーちゃんが持つ壊れたジオラマを改めて確認する。

 内装部分に目立った変化は見られず、天井は一部に少し傷がついた程度で問題はない。

 やはり目立った破損は壁であり、一つは床に固定するためのジョイントが完全に折れてしまっている。

 また壁本体も大きくいびつに割れてしまったところがあり、見るも無残とはこのことを言うのだろう。


 しかし、俺から言わせるなら……。


「うん。この程度ならすぐ直せる」


 俺の言葉を受け、フィーちゃんが目を見開く。

 ジョイントの壊れた壁は三つのうち一つのみであり、壁自体が破損しているのは二つ。

 その壁の破損についても、大きな破片で割れているためくっつけること自体は容易だ。


「一番ひどく壊れた奴は、直した後に床に直接くっつければ問題ない。割れた壁についても、これくらいならちゃんとくっつけられるよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。ただ直すまでの間時間を稼いでもらいたいけど……リーンシェッテ!」


 下の方を警戒するリーンシェッテの背中に向け、騒音に負けぬよう大声で呼びかける。


「何だ騒々し……って、なんだそれは。壊れたのか?」
「これくらいなら直せるから平気だよ。それより何が起こってるんだ?」


 今もなお地面から突き上げる振動が断続的に襲い掛かり、立っているとそのまま突き上げられそうになる。

 そのような状況下でも安定した様子で歩くリーンシェッテだが、おそらく何か特殊な魔法でも使っているのだろう。

 だがそんな様子とは相反し、その険しい表情からはいつもの余裕が消え失せている。

 それだけでも、想定外のまずい事態が発生していることは理解できる。


「端的に言えば、この土地の固定が外れてしまい、力流に流されている状態だ」
「えっ!?」


 リーンシェッテの言葉に声を上げて驚くフィーちゃん。

 確か世界のひずみに引っ掛かる巨人と同じような原理で固定しているという話だが。


「人為的に作ったひずみに杭を打ち込むような形で固定していたのだろうが、そのひずみが消えているようなのだ」
「そんな……簡単に外れるようなものではないはずなのに」
「原因は分からん。ともかくこの土地は上から下に流されており、その先にあるひずみに衝突して衝撃が起きているのだ」


 つまるところ、川に流されている最中岩に衝突しているようなものか。

 ひずみというものがうまく理解できていなかったが、まさかこんな障害物になり得るものだったとは。


 しかし、巨人だけではなくこちらまで流されているとなると、もはや迷宮どうこう言っている場合ではないかも知れない。


「すぐに固定しなおすことはできないのか?」
「むしろ急いでそうすべきだろうな。しかし一時的にでもこの土地を止めなければそれも難しいだろう」


 それを肯定するかのようにうなずくフィーちゃん。

 どうやら二人の間では対策方法が頭の中にある様子だが、これについては二人に任せる他にない。

 それに、俺にも急いでやらなきゃいけないことができたのだ。


「フィーちゃん、それを」
「あ、はい」


 俺がフィーちゃんに向け手を差し出すと、彼女は丁寧に壊れたジオラマを渡してくる。

 それをしっかりと受け取り、揺れが収まらない中ふらつきながらもどうにか立ち上がる。


「それじゃあ、俺は中でこれを直しているから、こっちは任せる」
「ああ。しばらく揺れるだろうが、問題ないな?」
「その辺はどうにかするさ」


 務めて冷静さを見せつつ、改めて壊れた部分を確認する。

 繊細さが必要な作業もあれど、大半は現状でもどうにか進められるだろう。

 それに綺麗に割れてくれたことが幸いし、くっつけなおすにしてもそれほどてこずらないだろう。


 そんな俺を試すかのように再び地面が大きく突き動かされる。

 これ以上時間をかけていたら、いよいよこの場所が壊れかねない。


「よし、ひとまずワガハイの力でこの土地を止める。オフィレナ」
「は、はい。その間に私が再びこの場を固定します」


 二人の話し合う様子を見届けた後、俺は一人家の方へと戻る。

 珍しく名前で呼ばれたせいか、先程まで狼狽していたフィーちゃんも落ち着いた様子を見せていた。

 これならきっと大丈夫。そう思いながら、俺は家のドアを開き中に入ろうとする。


「康介様っ」


 直前、フィーちゃんに呼び止められ、俺は振り返る。

 そして顔を合わせた瞬間、彼女は大きく頭を下げ……。


「迷宮のこと、よろしくお願いします!」


 こちらの様子を窺うように、ゆっくりと顔を上げるフィーちゃん。

 そんな彼女に、俺は笑い掛けつつ親指を立てる。


 任せてくれて構わない。これは俺の得意分野だ。

 室内に入ると、俺は早速持ってきたカバンから工作道具の入ったケースを取り出す。

 ケースの中にはヤスリ一式にニッパー、デザインナイフや接着剤。

 今回必要なのはヤスリと瞬間接着剤、竹串とデザインナイフ。

 そして小瓶に入れておいたベビーパウダーだ。


 まずは割れたパーツの確認。

 パーツの厚みは五ミリほど。

 模様として彫ったモールドに沿って割れているため、この部分の模様は今回諦めることにする。

 その後は割れた部分近くの表面をヤスリで磨いて塗装を落とす。


 破損部分が綺麗になったところで、今度は適当に手にした皿へベビーパウダーを必要量取り出す。

 その隣に瞬間接着剤をベビーパウダーと同じくらい垂らし、竹串を使って混ぜ合わせる。

 これによりできる白い物体を、割れたパーツ同士を接着するパテとして利用するのだ。

 ベビーパウダーの量で接着剤が固まる速度が調節でき、接着後は瞬間接着剤を即硬化させるスプレーで固めることもできる便利な奴だ。


「よしよし……」


 独り言をつぶやきつつ作業を進めていく。

 その間に突き上げる振動も収まったようで、おそらくリーンシェッテがこの土地の動きを止めたのだろう。

 きっと今頃は、フィーちゃんが再び固定の作業に入っているに違いない。


 即席のパテが固まったら、今度はデザインナイフやヤスリを使ってはみ出た部分を削り取る。

 瞬間接着剤だけが固まった場合は非常に硬くなるのだが、ベビーパウダーが混ざることで切削作業がやりやすくなる。

 それでいて接着力もあるのがこいつのいいところだ。


 割れた部分の接着が完了すれば、後は他の壁と近い色のマーカーでその部分を塗りなおす。

 後は床と取り付ける部分が破損している方の壁を、瞬間接着剤を使い床と完全に固定してしまう。

 およそ作業時間は二十分ほど。

 直した俺にはわかるが、ひとまず割れた部分を目立たない形で修復することに成功した。


「ふぅ……よしっ」


 小さくため息をついた後、道具はそのままにジオラマを手にし、外に出るため立ち上がる。

 これを見ればフィーちゃんも安心してくれるに違いない。

 振動も止まっているし、後はまた巨人を探す作業に戻ればいい。

 でも今日見つからなかったらもっと時間をかけて修理することもできるよな。

 いや、結局のところフィーちゃんのイメージによって実物になるんだから、念入りな修理が必要というわけでも――。


「康介ッ、来るなッ!!」
「え……?」


 のん気なことを考えつつ、ドアを抜けたその時。

 リーンシェッテの怒鳴り声に動きを止めるも、俺は目の前の光景に心臓まで止まったかの如く体が硬直する。


 まただ。俺はまた一人で油断していた。

 でもこれはおかしいだろ。




 ――何で、俺たちに向けて巨人が進んできてるんだ?
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