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第七幕【勇者に送る安寧の地】
7-8【デザインナイフから聖剣まで】
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我ながら、どうしてここまで冷静なのかと不思議でならない。
これから命の危機に対し体を張って挑まなきゃいけないというのに、恐怖を抱いている割には頭の方が落ち着いている。
変なスイッチが入ってしまったのか。人間っていうのは覚悟が決まるとこういうものなのか。
これでは自分が何でもできると錯覚してしまいそうだ。
「一つだけ、聞いていいか?」
膝をつく勇者がこちらを見上げる。
その表情は諦観か、それとも安堵なのか。
傷ついた体には似つかわしくない穏やかな表情を俺に向けてくる。
「自分が消えるっていうのに、怖くないのか?」
それを聞いても意味なんてないことは、俺自身分かっている。
もし怖いなんて返答を受けてしまえば剣を抜くことを躊躇してしまうかもしれない。
今から俺がやろうとしてるのは、人一人を殺すことに他ならないのだから。
こんなにも過酷な使命を背負わされた勇者の末路がこれでいいのか。
彼を助けようとするフィーちゃんの意思を踏みにじるようなことをしてもいいのか。
そんな迷いを抱く俺に向け、勇者は変わらぬ様子で微笑む。
「最初は……でも、もう怖くはない」
本当、これから死ぬ人がこんな顔をするなんて。
これが何かを成し遂げた人の姿なのだろうか。
「一人で苦しむだけだったはずなのに、またフィーと再会できた」
「フィーちゃんと……」
「うん。それに、最後の最後で誰かに自分のことを知ってもらえた。それって素晴らしいことだよ」
次から次へと、この人は俺にいろいろ重荷を背負わせてくる。
普段の俺だったら遠慮したいくらいに、彼が俺に向ける思いは強い。
でも……。
「……うん。俺も話ができて良かった」
今は本心でそう思う。
少なくとも、巻き込まれただけの一般人である俺が、ちゃんとみんなの役に立ててることは分かった。
それだけで今日までのことは確実に意味があったし、趣味の産物に他人では決して得られない価値を与えることができた。
区切りとするには、ちょうどいい。
「それじゃあ、俺は戻るよ。フィーちゃんに何か伝言とかあるか?」
「いや。僕が消えてしまったことを知ってほしくないから」
「それは……まぁ、そうか」
嘘でもいいからわずかな希望を、ということだろうか。
それでもフィーちゃんのことを語る勇者の顔には、明らかな罪悪感が見て取れた。
「分かった。じゃあ俺はこの辺で……後は任せて」
どう戻ればいいかは……いや、どうせすぐに向こうが俺を戻してくれるだろう。
俺は勇者に背を向け、上げた右手の親指を立てる。
俺たちの世界でのハンドサインが伝わるかどうかは分からないが、どうしても何か行動を示しておきたかった。
「……ありがとう、康介さん」
俺の背に向け礼を告げる勇者。
それにしても、一体俺の名前をどこで知ったのか。
いや、そもそも知る機会はいくらでもあったか。
勇者はずっとそこにいて、俺たちの様子を見ていたのだろうから。
(できることなら、会わせてあげたかったな)
フィーちゃんの姿を脳裏に浮かべつつ、俺は赤い空を見上げる。
この空の下で勇者たちは誤った最終決戦に挑み、そして勝利してしまったのだろう。
神様のいない世界では、ただ自然の赴くままに原因と結果が存在するだけ。
こうして勇者は、ただの他人である俺だけが知るところで消えていく……。
(俺のいる世界には、神様っているのかな)
何十何百の宗教があろうとも、正しく神の存在を示すものは何もない。
もしかしたらどの世界にも神様はいないのかもしれないし、つまり俺たちもまた因果の中で生きることしかできないことになる。
でも、もしも神様がいるとしたら、今は異世界の人間に手を差し伸べてもらいたい。
少しくらい、報われたっていいだろう……。
「……ッ!?」
まるで悪い夢から解放されたときのように、体が一気に覚醒する。
目を開けてまず目に入ったのは、ジオラマを壊すまいと必死に抱えた俺の手。
どうやら巨人の衝突による衝撃で室内に戻され、壁に背中を打ち付けていたらしい。
背中の痛みをこらえつつ、どうにかその場で立ち上がる。
そしてドアの方から外を覗き込むと……。
さきほどまでうずくまっていたはずのフィーちゃんが立ち上がり、巨人と対峙していた。
「フィーちゃんッ!?」
明らかに緊迫した状況を前に、俺は痛む背中のことも忘れて一気に駆け出す。
フィーちゃんはさっきまでリーンシェッテがやっていたように、魔力によるバリアを展開し巨人の動きを止めようとしていた。
青く輝くオーラの壁が彼女の両手から放たれ、巨人が衝突することで電気が弾けるような音が放たれる。
雷のような白い光がバリアのあちこちで瞬き、それを維持するフィーちゃんの表情は苦悶に満ちている。
このままではまずい。フィーちゃんは見るからに大量の魔力を消耗している。
この状況が続けば猫耳では済まされない事態になりかねない。
『今も同じ場所に刺さるこの聖剣を、僕の体から引き抜いて欲しいんだ』
記憶の中での言葉が思い起こされる。
果たして流れに身を任せているだけの存在に対し、剣を引き抜けばこの状況を変えることができるのか。
結局何も変わらず、フィーちゃんもまた人ならざる存在に変わってしまうのではないか。
だがリーンシェッテが不在の今、俺は俺が託されたことをやり遂げるしかない。
「フィーちゃんっ、ダメだ!!」
「えっ、康介様!?」
フィーちゃんに呼び掛けると、彼女は魔法展開の姿勢を解いてこちらを振り返る。
そんな彼女に対し、持っていたジオラマをすかさず手渡す。
「これ、直したから! 後はよろしくっ!!」
「え、えっ? 康介様、一体何を――」
フィーちゃんの背後で、巨人の体がこちら目がけてゆっくりと流されてくる。
衝突した地面は大きくえぐれ、砕けた土が芝生ごと狭間の向こうへ吹き飛ばされていく。
このまま巨人の流れを止められなければ、やがて背後の家もその巨体に潰されかねない。
もはやフィーちゃんとゆっくり話している暇はない。
手渡しを確認する間もなく俺は再び駆け出し、飛び散る土を払いながら巨人の左肩を目指す。
巨人は上半身が倒れ込む形でこの土地に引っ掛かる姿勢になっており、左腕がこちらに向かって伸ばされている。
既に巨人との距離は十メートルもなく、迫る巨体は想像以上に大きく感じられる。
そこからさらに一歩を踏み出した時、俺の背筋がぞくりと震える。
『痛い』
『苦しい』
『寂しい』
『帰りたい』
これも魔力が送り付けてくるものなのか、さきほど聞いた勇者の声が耳に届く。
あれほどまで穏やかな様子を見せていたはずなのに、今聞こえるのは嘆きばかり。
俺と話していた時の彼が本物なのか。それともこれこそが隠していた本心なのか。
いや、どうであれ今の勇者が苦しんでいることは間違いない。
嘆きを伝える魔力の奔流が、俺の体を駆け巡る。
その影響なのかは分からないが、脳みそを握るような軽い頭痛が襲い掛かる。
これのもっと強烈なのを受ければ、フィーちゃんみたいに倒れてしまうということだろうか。
……ああ、やっぱり別の世界の人間なんだな、俺は。
「この程度、新歓の後の二日酔いのがもっときつかったぞッ!」
俺は大きく頭を振り、更に脚に力を込める。
巨人に近づくにつれ声の数は多くなり、勇者が抱えるあらゆる感情が俺の頭に流れ込む。
『ごめん』
『ごめん』
『ごめんなさい』
『許してください』
世界に危機を招いたことへの後悔か。
繰り返される謝罪の声が涙する勇者の姿を想起させる。
仕方ないでは済まされないのかもしれない。
でも、アンタだけが悪いわけじゃないだろう。
神の世を信じた全ての人間が、平和を求めて勇者に頼った。
目の前のものは全てその結果でしかなく、それを望んだのは多くの人々の意思だ。
『ごめん……』
幾度目かの謝罪を聞いたところで、俺はついに巨人の左肩傍まで辿り着く。
「あった!!」
数メートルほど上の、首根元に刺さる黄金の剣。
当然貫通はしていないが、茶色い岩のような肌に突き刺さる聖剣の姿を確認する。
流される巨人の動きに気を付けつつ、巨人の左腕から肩を目指して上り始める。
足元の揺れはひどく、下手をすれば一発で足を踏み外してしまいそうだ。
かっこ悪い姿勢ではあるが、俺は四つん這いの姿勢になりながら、ごつごつとした巨人の肌を掴みながら慎重に肩を目指し進んでいく。
腕と肩の接合部分辺りからは傾斜が急になっており、坂を上った先には件の聖剣が見える。
俺は四つん這いの姿勢そのままに、更に上へと昇っていく。
『ごめん……ごめんな……』
ほんの少しの山登りみたいなもの。
それなのに落ちぬよう力を込める手は痛いし、膝もしんどい。
額には汗が浮かび、体の震えを抑えるよう強く歯を食いしばる。
『俺が、君に無茶を強いたから』
ああ、俺は頑張ったぞ。
手を伸ばせば、その先には聖剣の柄が届く。
俺は剣を支えにその場で立ち上がり、改めて巨人の横顔を窺う。
目も口も、ただの空洞があるだけの岩の塊にしか見えない顔。
ほぼシミュラクラ現象と言わざるを得ないそいつを眺めつつ、俺は両手で剣の柄を持つ。
『ごめん。僕のせいで、君はあるべき全てを捨ててしまって…………』
全身に力を込め、深く突き刺さった剣を引っ張る。
しかし、まるで聖剣が抜かれることを拒むかのように、どれだけ引っ張っても剣はわずかにしか動かない。
その間にも力流は巨人を押し流し、徐々にフィーちゃんの方へと近付いていく。
フィーちゃんが俺に向け何かを叫んでいるが、もはやそれも聞こえてこない。
だが、切羽詰まった様子の彼女が泣いている。
それだけは、なぜかはっきりと見えたような気がした。
『ごめん……ごめんね、フィー。僕のせいで』
「ああっ、もう謝るなッ!!! 後のことは残ったやつに任せればいいだろ!!」
喉が引き裂かれそうなほどに叫ぶ。
「アンタもフィーちゃんも十分責任を果たした! だからもうこれ以上何かを背負うなッ!!」
声を張り上げ、両腕に限界以上の力を引き出させる。
「部外者が何を言ってるって思うかもしれないけど、そいつをここまで深入りさせたのはアンタとフィーちゃんなんだぞ!」
手のひらは滑りそうなほどに汗ばみ、全身を使って剣を引っ張る。
おぼつかない足元のせいでバランスを崩しそうになるも、その度に剣を支えにして耐える。
剣は未だ巨人の肌から抜けない。
力流が更に巨人の体を押し進め、いよいよフィーちゃんも巨人に触れようかという位置だ。
「二人が俺を頼った。それでいろいろいいもの見せてもらった。本当に感謝してるよ……」
命を懸けることになるとは思いもしなかったが、今はそんなことどうでもいい。
あらゆるものに振り回され、最悪の結末を迎えてしまった勇者を。
大切な人に対し、取り返しのつかない選択をしてしまったフィーちゃんを。
どうしようもなく放っておけなくなってしまったこの二人の願いを、今は何が何でも叶えてやりたい。
部外者だからこそできる手の差し伸べ方があると信じて、俺は俺の決めたことをやり遂げる。
だから、もう一息だけ力を込める。
だから、どうか俺の声に応えてくれ。
「だからッ! 後のことは残ったやつに頼れッ!!」
わずかに巨人の肌が緩んだのか、刃が徐々に肌の外へと抜けていく。
あと少し……あと少しだ。
火事場の馬鹿力が実在するって言うなら、今ここで発揮しなくてどうする。
足裏に、両腕に、全身の筋肉に全ての力を込める。
「今――ッ」
刃を押さえ込む圧力が、一気に抜けていく。
まるで、誰かが握っていた手を手放したかのように。
渾身の力で引っ張った聖剣が、巨人の肌からするりと抜ける。
必死に引っ張っていた俺の体が反動でのけぞり、そのまま巨人の背中の方へとバランスを崩す。
「あ……」
巨人の背中を転げ落ち、そのまま何もない空間へと投げ出される。
世界の狭間に、放り出される……。
これから命の危機に対し体を張って挑まなきゃいけないというのに、恐怖を抱いている割には頭の方が落ち着いている。
変なスイッチが入ってしまったのか。人間っていうのは覚悟が決まるとこういうものなのか。
これでは自分が何でもできると錯覚してしまいそうだ。
「一つだけ、聞いていいか?」
膝をつく勇者がこちらを見上げる。
その表情は諦観か、それとも安堵なのか。
傷ついた体には似つかわしくない穏やかな表情を俺に向けてくる。
「自分が消えるっていうのに、怖くないのか?」
それを聞いても意味なんてないことは、俺自身分かっている。
もし怖いなんて返答を受けてしまえば剣を抜くことを躊躇してしまうかもしれない。
今から俺がやろうとしてるのは、人一人を殺すことに他ならないのだから。
こんなにも過酷な使命を背負わされた勇者の末路がこれでいいのか。
彼を助けようとするフィーちゃんの意思を踏みにじるようなことをしてもいいのか。
そんな迷いを抱く俺に向け、勇者は変わらぬ様子で微笑む。
「最初は……でも、もう怖くはない」
本当、これから死ぬ人がこんな顔をするなんて。
これが何かを成し遂げた人の姿なのだろうか。
「一人で苦しむだけだったはずなのに、またフィーと再会できた」
「フィーちゃんと……」
「うん。それに、最後の最後で誰かに自分のことを知ってもらえた。それって素晴らしいことだよ」
次から次へと、この人は俺にいろいろ重荷を背負わせてくる。
普段の俺だったら遠慮したいくらいに、彼が俺に向ける思いは強い。
でも……。
「……うん。俺も話ができて良かった」
今は本心でそう思う。
少なくとも、巻き込まれただけの一般人である俺が、ちゃんとみんなの役に立ててることは分かった。
それだけで今日までのことは確実に意味があったし、趣味の産物に他人では決して得られない価値を与えることができた。
区切りとするには、ちょうどいい。
「それじゃあ、俺は戻るよ。フィーちゃんに何か伝言とかあるか?」
「いや。僕が消えてしまったことを知ってほしくないから」
「それは……まぁ、そうか」
嘘でもいいからわずかな希望を、ということだろうか。
それでもフィーちゃんのことを語る勇者の顔には、明らかな罪悪感が見て取れた。
「分かった。じゃあ俺はこの辺で……後は任せて」
どう戻ればいいかは……いや、どうせすぐに向こうが俺を戻してくれるだろう。
俺は勇者に背を向け、上げた右手の親指を立てる。
俺たちの世界でのハンドサインが伝わるかどうかは分からないが、どうしても何か行動を示しておきたかった。
「……ありがとう、康介さん」
俺の背に向け礼を告げる勇者。
それにしても、一体俺の名前をどこで知ったのか。
いや、そもそも知る機会はいくらでもあったか。
勇者はずっとそこにいて、俺たちの様子を見ていたのだろうから。
(できることなら、会わせてあげたかったな)
フィーちゃんの姿を脳裏に浮かべつつ、俺は赤い空を見上げる。
この空の下で勇者たちは誤った最終決戦に挑み、そして勝利してしまったのだろう。
神様のいない世界では、ただ自然の赴くままに原因と結果が存在するだけ。
こうして勇者は、ただの他人である俺だけが知るところで消えていく……。
(俺のいる世界には、神様っているのかな)
何十何百の宗教があろうとも、正しく神の存在を示すものは何もない。
もしかしたらどの世界にも神様はいないのかもしれないし、つまり俺たちもまた因果の中で生きることしかできないことになる。
でも、もしも神様がいるとしたら、今は異世界の人間に手を差し伸べてもらいたい。
少しくらい、報われたっていいだろう……。
「……ッ!?」
まるで悪い夢から解放されたときのように、体が一気に覚醒する。
目を開けてまず目に入ったのは、ジオラマを壊すまいと必死に抱えた俺の手。
どうやら巨人の衝突による衝撃で室内に戻され、壁に背中を打ち付けていたらしい。
背中の痛みをこらえつつ、どうにかその場で立ち上がる。
そしてドアの方から外を覗き込むと……。
さきほどまでうずくまっていたはずのフィーちゃんが立ち上がり、巨人と対峙していた。
「フィーちゃんッ!?」
明らかに緊迫した状況を前に、俺は痛む背中のことも忘れて一気に駆け出す。
フィーちゃんはさっきまでリーンシェッテがやっていたように、魔力によるバリアを展開し巨人の動きを止めようとしていた。
青く輝くオーラの壁が彼女の両手から放たれ、巨人が衝突することで電気が弾けるような音が放たれる。
雷のような白い光がバリアのあちこちで瞬き、それを維持するフィーちゃんの表情は苦悶に満ちている。
このままではまずい。フィーちゃんは見るからに大量の魔力を消耗している。
この状況が続けば猫耳では済まされない事態になりかねない。
『今も同じ場所に刺さるこの聖剣を、僕の体から引き抜いて欲しいんだ』
記憶の中での言葉が思い起こされる。
果たして流れに身を任せているだけの存在に対し、剣を引き抜けばこの状況を変えることができるのか。
結局何も変わらず、フィーちゃんもまた人ならざる存在に変わってしまうのではないか。
だがリーンシェッテが不在の今、俺は俺が託されたことをやり遂げるしかない。
「フィーちゃんっ、ダメだ!!」
「えっ、康介様!?」
フィーちゃんに呼び掛けると、彼女は魔法展開の姿勢を解いてこちらを振り返る。
そんな彼女に対し、持っていたジオラマをすかさず手渡す。
「これ、直したから! 後はよろしくっ!!」
「え、えっ? 康介様、一体何を――」
フィーちゃんの背後で、巨人の体がこちら目がけてゆっくりと流されてくる。
衝突した地面は大きくえぐれ、砕けた土が芝生ごと狭間の向こうへ吹き飛ばされていく。
このまま巨人の流れを止められなければ、やがて背後の家もその巨体に潰されかねない。
もはやフィーちゃんとゆっくり話している暇はない。
手渡しを確認する間もなく俺は再び駆け出し、飛び散る土を払いながら巨人の左肩を目指す。
巨人は上半身が倒れ込む形でこの土地に引っ掛かる姿勢になっており、左腕がこちらに向かって伸ばされている。
既に巨人との距離は十メートルもなく、迫る巨体は想像以上に大きく感じられる。
そこからさらに一歩を踏み出した時、俺の背筋がぞくりと震える。
『痛い』
『苦しい』
『寂しい』
『帰りたい』
これも魔力が送り付けてくるものなのか、さきほど聞いた勇者の声が耳に届く。
あれほどまで穏やかな様子を見せていたはずなのに、今聞こえるのは嘆きばかり。
俺と話していた時の彼が本物なのか。それともこれこそが隠していた本心なのか。
いや、どうであれ今の勇者が苦しんでいることは間違いない。
嘆きを伝える魔力の奔流が、俺の体を駆け巡る。
その影響なのかは分からないが、脳みそを握るような軽い頭痛が襲い掛かる。
これのもっと強烈なのを受ければ、フィーちゃんみたいに倒れてしまうということだろうか。
……ああ、やっぱり別の世界の人間なんだな、俺は。
「この程度、新歓の後の二日酔いのがもっときつかったぞッ!」
俺は大きく頭を振り、更に脚に力を込める。
巨人に近づくにつれ声の数は多くなり、勇者が抱えるあらゆる感情が俺の頭に流れ込む。
『ごめん』
『ごめん』
『ごめんなさい』
『許してください』
世界に危機を招いたことへの後悔か。
繰り返される謝罪の声が涙する勇者の姿を想起させる。
仕方ないでは済まされないのかもしれない。
でも、アンタだけが悪いわけじゃないだろう。
神の世を信じた全ての人間が、平和を求めて勇者に頼った。
目の前のものは全てその結果でしかなく、それを望んだのは多くの人々の意思だ。
『ごめん……』
幾度目かの謝罪を聞いたところで、俺はついに巨人の左肩傍まで辿り着く。
「あった!!」
数メートルほど上の、首根元に刺さる黄金の剣。
当然貫通はしていないが、茶色い岩のような肌に突き刺さる聖剣の姿を確認する。
流される巨人の動きに気を付けつつ、巨人の左腕から肩を目指して上り始める。
足元の揺れはひどく、下手をすれば一発で足を踏み外してしまいそうだ。
かっこ悪い姿勢ではあるが、俺は四つん這いの姿勢になりながら、ごつごつとした巨人の肌を掴みながら慎重に肩を目指し進んでいく。
腕と肩の接合部分辺りからは傾斜が急になっており、坂を上った先には件の聖剣が見える。
俺は四つん這いの姿勢そのままに、更に上へと昇っていく。
『ごめん……ごめんな……』
ほんの少しの山登りみたいなもの。
それなのに落ちぬよう力を込める手は痛いし、膝もしんどい。
額には汗が浮かび、体の震えを抑えるよう強く歯を食いしばる。
『俺が、君に無茶を強いたから』
ああ、俺は頑張ったぞ。
手を伸ばせば、その先には聖剣の柄が届く。
俺は剣を支えにその場で立ち上がり、改めて巨人の横顔を窺う。
目も口も、ただの空洞があるだけの岩の塊にしか見えない顔。
ほぼシミュラクラ現象と言わざるを得ないそいつを眺めつつ、俺は両手で剣の柄を持つ。
『ごめん。僕のせいで、君はあるべき全てを捨ててしまって…………』
全身に力を込め、深く突き刺さった剣を引っ張る。
しかし、まるで聖剣が抜かれることを拒むかのように、どれだけ引っ張っても剣はわずかにしか動かない。
その間にも力流は巨人を押し流し、徐々にフィーちゃんの方へと近付いていく。
フィーちゃんが俺に向け何かを叫んでいるが、もはやそれも聞こえてこない。
だが、切羽詰まった様子の彼女が泣いている。
それだけは、なぜかはっきりと見えたような気がした。
『ごめん……ごめんね、フィー。僕のせいで』
「ああっ、もう謝るなッ!!! 後のことは残ったやつに任せればいいだろ!!」
喉が引き裂かれそうなほどに叫ぶ。
「アンタもフィーちゃんも十分責任を果たした! だからもうこれ以上何かを背負うなッ!!」
声を張り上げ、両腕に限界以上の力を引き出させる。
「部外者が何を言ってるって思うかもしれないけど、そいつをここまで深入りさせたのはアンタとフィーちゃんなんだぞ!」
手のひらは滑りそうなほどに汗ばみ、全身を使って剣を引っ張る。
おぼつかない足元のせいでバランスを崩しそうになるも、その度に剣を支えにして耐える。
剣は未だ巨人の肌から抜けない。
力流が更に巨人の体を押し進め、いよいよフィーちゃんも巨人に触れようかという位置だ。
「二人が俺を頼った。それでいろいろいいもの見せてもらった。本当に感謝してるよ……」
命を懸けることになるとは思いもしなかったが、今はそんなことどうでもいい。
あらゆるものに振り回され、最悪の結末を迎えてしまった勇者を。
大切な人に対し、取り返しのつかない選択をしてしまったフィーちゃんを。
どうしようもなく放っておけなくなってしまったこの二人の願いを、今は何が何でも叶えてやりたい。
部外者だからこそできる手の差し伸べ方があると信じて、俺は俺の決めたことをやり遂げる。
だから、もう一息だけ力を込める。
だから、どうか俺の声に応えてくれ。
「だからッ! 後のことは残ったやつに頼れッ!!」
わずかに巨人の肌が緩んだのか、刃が徐々に肌の外へと抜けていく。
あと少し……あと少しだ。
火事場の馬鹿力が実在するって言うなら、今ここで発揮しなくてどうする。
足裏に、両腕に、全身の筋肉に全ての力を込める。
「今――ッ」
刃を押さえ込む圧力が、一気に抜けていく。
まるで、誰かが握っていた手を手放したかのように。
渾身の力で引っ張った聖剣が、巨人の肌からするりと抜ける。
必死に引っ張っていた俺の体が反動でのけぞり、そのまま巨人の背中の方へとバランスを崩す。
「あ……」
巨人の背中を転げ落ち、そのまま何もない空間へと投げ出される。
世界の狭間に、放り出される……。
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