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第七幕【勇者に送る安寧の地】
7-9【全てを投げ出して】
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――失敗した。
そう思ったときには時すでに遅し。俺の体は地面を離れ、底のない空間へと真っ逆さまに落ちていく。
見上げた視線の先には綺麗な四角に切り取られた地面が浮かび、そこに巨人の体が深々とめり込んでいる。
だがその距離はどんどんと離れていき、既に手の届かないところまで落ちてしまう。
それでも、俺はやり遂げた。
巨人の体に刺さっていた聖剣を引き抜き、それは今俺の右手に握られている。
こいつを巨人から引き離せば、魔力同士のせめぎ合いも収まるはずだ。
これで本当に問題が解決するのかは分からない。
それを確認することはもうできなさそうだし、後のことはフィーちゃんや無事でいてくれているはずのリーンシェッテに任せるとしよう。
死にたくはない。
そんな感情が沸き立っているはずなのに、いやに落ち着いてしまっているこの不思議な感覚。
やはりこれは、一つ重要な仕事をやり遂げた達成感のおかげなのかもしれない。
俺が手にした聖剣が、その証なのだ……。
「どうするかな、これ」
右手に握る剣を見つめ、今更どうでもいいことをつぶやいてしまう。
どうするも何もどうしようもない。俺はこの剣と運命を共にし、この何にもない空間でくたばって……。
「馬鹿者がッ!」
怒号。そして俺の襟を掴み上げる何者かの手。
落ちていたはずの体は急速に上昇を始め、気づけば巨人や家を見下ろす位置まで来ていた。
だがそれも一瞬のことで、まるで地面に叩きつけられるのではという勢いで急降下。
それも激突寸前のところで急激に速度が落とされ、俺は尻もちをつく形で地面に落とされた。
一体何が起きたのか。
目の前には呆然とした様子でジオラマを手にしたフィーちゃんが。
互いに顔を合わせたその直後、後頭部を何者かに叩かれる。
「全く、手間をかけさせおって。ワガハイがいたからよいものを」
「あ……」
俺の左隣に降り立ったのは、不意打ちにより投げ出されていたリーンシェッテだった。
彼女は珍しく真剣な様子で怒りを露わにしつつ、俺のことを見下ろしている。
そんな俺たちを見つめるフィーちゃんだったが、安心したせいかその場で膝から崩れ落ちてしまう。
「ああ……良かった、お二人ともご無事で」
「ふん、あの程度でワガハイがどうこうなるものか。戻るのには少々てこずったがな」
リーンシェッテの体には一切の外傷もなく、息一つ切らす様子も見られない。
まるで何事もなかったかのような姿を目の当たりにし、やはり彼女が強大な魔女であることを再認識させられる。
「で、一体お前らは何をした? 巨人の放つ魔力が急激に下がっているのだが」
リーンシェッテが振り返り、合わせて俺も後ろを向く。
そこには、完全に動きを止めた状態で巨人の上半身が横たわっている。
本来はこの空間の力流に流されて動いていただけのはずなので、全く移動していないというのは少々不可解だ。
それに今もなお瘴気を放っているのだとしたら、フィーちゃんの体に変調が起きているはずだ。
だが今のフィーちゃんは自力で立ち上がり、歩いて俺の隣まで移動してきている。
そこからさらに歩み寄り、ついには巨人の頬に触れられる位置にまで立った。
「これが本来の、安定している状態ということでしょうか」
「おそらくな。つまり今までは想定を超える暴走の状態……まさかこ奴を押し流していた力流もそれが作用していたのか?」
まるで台風一過を思わせる穏やかさに、逆に戸惑いを隠せずにいる二人。
全ての原因が暴走だったかどうかまでは俺にも分からないが、少なくとも安定化した理由だけは分かる。
俺は立ち上がり、聖剣を持ってフィーちゃんの後ろに立つ。
「フィーちゃん」
俺が声をかけると、彼女は不思議そうな様子でこちらに振り返る。
「えっ…………」
そして、俺が手にしていた剣を見て言葉を詰まらせた。
当然だろう。かつて彼女が勇者と認めた少年に与えた聖剣が、自分の目の前に戻ってきているのだ。
きっといざこざの果てに失われたと思っていたかもしれないし、その存在に意識が向いてなかった可能性もある。
だが、俺は確かに持ち帰った。
絶対に手放してはいけないものだという強い意志で、この右手を決して離しはしなかった。
「振り落とされる前、また勇者の記憶を見たんだ」
「ターシャ様の……」
「うん。フィーちゃんが彼を勇者と任命して、この剣を渡したところとか」
聖女としての役割を自ら説明していなかったからだろう。
剣を見ていたフィーちゃんが、目を見開いて俺の方へと顔を上げる。
「勇者が今の姿になる直前、仲間が彼を守るためにこの剣を体に突き刺したんだ。それが同じ場所に残っていた」
俺も自分が持つ聖剣に視線を落とす。
一体どんな素材を使っているのだろうか、金色の金属からはほのかな熱を感じる。
わずかながら自ら光を放つような様子も見せ、聖剣と呼ぶにふさわしい神々しさを放っていることが分かる。
そのせいだろう。リーンシェッテが剣を一瞬覗き込んだ後、怪訝そうな顔をして剣から離れたのは。
「天の魔力に満ちた剣……そんなものを地の魔力の根源たる存在に突き刺したのか」
「ああ。そのせいで二つの魔力がせめぎ合って、それで暴走をしていたって」
もう一度、俺はフィーちゃんの背後に眠る巨人へと視線を向ける。
「教えてくれたんだよ、勇者が」
今はもう、何の言葉も発することのない巨人。
剣が抜かれたことで、その中にあったターシャ・クエンティンという存在は完全に消えてしまったのだろう。
そしてそれは彼が最期に望んだことであり、決して口外してはいけない秘密だ。
「剣が離れて、ようやく落ち着けたんだ」
それでいい。フィーちゃんにはそう信じてもらいたい。
きっと、勇者もそう望んでいるだろうから。
「ターシャ様……」
もう一度巨人の方へと向き直り、その頬に右手を寄せるフィーちゃん。
しばらくの沈黙が辺りを包み込み、やがて彼女が肩を震わせる。
彼女の表情を見ることはできない。
だが背中越しから聞こえるすすり泣く声だけで十分だ。
勇者に対する罪悪感を抱え、聖女や故郷も捨て去り旅に出たフィーちゃん。
世界の壁すら飛び越えた先で、彼女はようやく旅の終着点に辿り着くことができた。
すべての問題が解決したわけではないだろう。
この先フィーちゃんは迷宮の管理者として寄り添い、眠りについた勇者の……。
いや、証である聖剣を手放した今、彼は勇者としての責務から解放された。
ターシャ・クエンティンという一人の少年に戻り、ようやく休息を得ることができた。
夢であった故郷の復興を叶えることはできなかったが、少なくとも長い苦しみからは解放されたのだ。
「これからは……これからは、私が傍に寄り添います。だから…………ッ」
それ以上をフィーちゃんが言葉にすることはできなかった。
巨人の頬に縋り、声を上げて泣き続ける。
彼女の後姿を俺とリーンシェッテはただ見守り続け、それ以上言葉をかけることはしなかった。
フィーちゃんの手の中にある迷宮のジオラマ。
中央の芝生を模した部分に、涙の雨が降る。
◇
さて、その後のことだがまあ何てことはない。
お互いに状況を把握した後、安定した状態に落ち着いた巨人を何事もなく迷宮の中に収めることに成功した。
必死に直した屋上部分は完全にその様相を変化させ、石造りの巨大な神殿へと変貌している。
ドーム状の天井には半透明のガラスが模様になるようはめ込まれており、そこから中央の芝生に向けて常に柔らかな光が降り注いでいる。
作った俺ですらどんな構造になっているか全く分からないが、まあ魔法なんだからと今は勝手に納得している。
それともう一つ想定外なことに、今この空間には家が一軒収まっている。
もちろんそれはフィーちゃんが最初に実体化させたあの家なのだが、巨人がめり込んだために移動させることができなくなった。
本来は円形の芝生があるだけだったはずなのに、今は数メートルほどある芝生の丘に巨人が横たわっている。
その傍には件の家があり、まあつまるところ小さな丘の一軒家という様相だ。
やむを得ず強引に神殿最上階の一部とすることで解決したのだが、神殿の中に牧歌的な民家があるというのはどうにもちぐはぐだ。
「これなら大丈夫、か」
実体化作業を終えた後、俺は一人ここに来て最後のチェックを行っていた。
破損した部分が影響を及ぼしていないかとか、まあいろいろ見てみたが特に問題はないだろう。
しかし改めて、自分にとって最も巨大なジオラマがこんな形になると壮観だ。
大学生なんてまあまあ大人みたいなものなのに、子供の頃みたいにテンションが上がってしまう。
もちろんはしゃぐ姿を見られるのはみっともないので我慢するが。
……まあ、今は誰もいないしな。
一応辺りを見渡した後、俺はその場で大きくガッツポーズをする。
その時、俺の傍で大きな物がずれるような音が響く。
すぐさま俺の体に緊張が走り、どこかのパーツがずれたのかと辺りを見渡す。
「えっ?」
内部の様相に変化はない。
あれほどの音が起きるのならば目に見える変化があってもおかしくないのだが、相変わらず穏やかな光が差し込む風景が目につくばかり。
だが、一つだけ明らかな変化をしているものを見つけてしまう。
それはうつ伏せの形で、わずかに体が地面にめり込んだあの時の状態そのままの巨人。
そんな巨人の右手がわずかに動いており、まるで俺に見えるような形で親指を立てていたのだ。
ターシャという存在が消えた今、巨人の体を動かす意思は存在しない。
フィーちゃんやリーンシェッテには眠っているということにしてあるが、俺が知る限り巨人が動くなんてことは絶対にあり得ない。
なのに俺の世界にあるハンドサインを、わざわざ俺に見せる形で向けるなんて……。
「何だ、案外奇跡って起こるんだな」
魔力の知識など皆無の俺に、何が起こったかなんてわかるはずもない。
魂の存在だってよく分からないし、あの巨人がどういうものかさっぱりだ。
でも確かに俺の目の前で巨人は動き、記憶の中で送ったサインを俺に向けてきた。
どうせなら、明るい方向に考えたい。
ならばこれを奇跡と呼ばず何と呼ぶのか。
ターシャが本当に眠っているだけで、いつか自分の意志で目覚めることができたのなら。
その時は、せめて彼のことを本気で想う相手と共に、末永く幸せであってほしいものだ。
俺は物言わぬ巨人に笑い返し、同じように右手の親指を立ててみせた。
了
そう思ったときには時すでに遅し。俺の体は地面を離れ、底のない空間へと真っ逆さまに落ちていく。
見上げた視線の先には綺麗な四角に切り取られた地面が浮かび、そこに巨人の体が深々とめり込んでいる。
だがその距離はどんどんと離れていき、既に手の届かないところまで落ちてしまう。
それでも、俺はやり遂げた。
巨人の体に刺さっていた聖剣を引き抜き、それは今俺の右手に握られている。
こいつを巨人から引き離せば、魔力同士のせめぎ合いも収まるはずだ。
これで本当に問題が解決するのかは分からない。
それを確認することはもうできなさそうだし、後のことはフィーちゃんや無事でいてくれているはずのリーンシェッテに任せるとしよう。
死にたくはない。
そんな感情が沸き立っているはずなのに、いやに落ち着いてしまっているこの不思議な感覚。
やはりこれは、一つ重要な仕事をやり遂げた達成感のおかげなのかもしれない。
俺が手にした聖剣が、その証なのだ……。
「どうするかな、これ」
右手に握る剣を見つめ、今更どうでもいいことをつぶやいてしまう。
どうするも何もどうしようもない。俺はこの剣と運命を共にし、この何にもない空間でくたばって……。
「馬鹿者がッ!」
怒号。そして俺の襟を掴み上げる何者かの手。
落ちていたはずの体は急速に上昇を始め、気づけば巨人や家を見下ろす位置まで来ていた。
だがそれも一瞬のことで、まるで地面に叩きつけられるのではという勢いで急降下。
それも激突寸前のところで急激に速度が落とされ、俺は尻もちをつく形で地面に落とされた。
一体何が起きたのか。
目の前には呆然とした様子でジオラマを手にしたフィーちゃんが。
互いに顔を合わせたその直後、後頭部を何者かに叩かれる。
「全く、手間をかけさせおって。ワガハイがいたからよいものを」
「あ……」
俺の左隣に降り立ったのは、不意打ちにより投げ出されていたリーンシェッテだった。
彼女は珍しく真剣な様子で怒りを露わにしつつ、俺のことを見下ろしている。
そんな俺たちを見つめるフィーちゃんだったが、安心したせいかその場で膝から崩れ落ちてしまう。
「ああ……良かった、お二人ともご無事で」
「ふん、あの程度でワガハイがどうこうなるものか。戻るのには少々てこずったがな」
リーンシェッテの体には一切の外傷もなく、息一つ切らす様子も見られない。
まるで何事もなかったかのような姿を目の当たりにし、やはり彼女が強大な魔女であることを再認識させられる。
「で、一体お前らは何をした? 巨人の放つ魔力が急激に下がっているのだが」
リーンシェッテが振り返り、合わせて俺も後ろを向く。
そこには、完全に動きを止めた状態で巨人の上半身が横たわっている。
本来はこの空間の力流に流されて動いていただけのはずなので、全く移動していないというのは少々不可解だ。
それに今もなお瘴気を放っているのだとしたら、フィーちゃんの体に変調が起きているはずだ。
だが今のフィーちゃんは自力で立ち上がり、歩いて俺の隣まで移動してきている。
そこからさらに歩み寄り、ついには巨人の頬に触れられる位置にまで立った。
「これが本来の、安定している状態ということでしょうか」
「おそらくな。つまり今までは想定を超える暴走の状態……まさかこ奴を押し流していた力流もそれが作用していたのか?」
まるで台風一過を思わせる穏やかさに、逆に戸惑いを隠せずにいる二人。
全ての原因が暴走だったかどうかまでは俺にも分からないが、少なくとも安定化した理由だけは分かる。
俺は立ち上がり、聖剣を持ってフィーちゃんの後ろに立つ。
「フィーちゃん」
俺が声をかけると、彼女は不思議そうな様子でこちらに振り返る。
「えっ…………」
そして、俺が手にしていた剣を見て言葉を詰まらせた。
当然だろう。かつて彼女が勇者と認めた少年に与えた聖剣が、自分の目の前に戻ってきているのだ。
きっといざこざの果てに失われたと思っていたかもしれないし、その存在に意識が向いてなかった可能性もある。
だが、俺は確かに持ち帰った。
絶対に手放してはいけないものだという強い意志で、この右手を決して離しはしなかった。
「振り落とされる前、また勇者の記憶を見たんだ」
「ターシャ様の……」
「うん。フィーちゃんが彼を勇者と任命して、この剣を渡したところとか」
聖女としての役割を自ら説明していなかったからだろう。
剣を見ていたフィーちゃんが、目を見開いて俺の方へと顔を上げる。
「勇者が今の姿になる直前、仲間が彼を守るためにこの剣を体に突き刺したんだ。それが同じ場所に残っていた」
俺も自分が持つ聖剣に視線を落とす。
一体どんな素材を使っているのだろうか、金色の金属からはほのかな熱を感じる。
わずかながら自ら光を放つような様子も見せ、聖剣と呼ぶにふさわしい神々しさを放っていることが分かる。
そのせいだろう。リーンシェッテが剣を一瞬覗き込んだ後、怪訝そうな顔をして剣から離れたのは。
「天の魔力に満ちた剣……そんなものを地の魔力の根源たる存在に突き刺したのか」
「ああ。そのせいで二つの魔力がせめぎ合って、それで暴走をしていたって」
もう一度、俺はフィーちゃんの背後に眠る巨人へと視線を向ける。
「教えてくれたんだよ、勇者が」
今はもう、何の言葉も発することのない巨人。
剣が抜かれたことで、その中にあったターシャ・クエンティンという存在は完全に消えてしまったのだろう。
そしてそれは彼が最期に望んだことであり、決して口外してはいけない秘密だ。
「剣が離れて、ようやく落ち着けたんだ」
それでいい。フィーちゃんにはそう信じてもらいたい。
きっと、勇者もそう望んでいるだろうから。
「ターシャ様……」
もう一度巨人の方へと向き直り、その頬に右手を寄せるフィーちゃん。
しばらくの沈黙が辺りを包み込み、やがて彼女が肩を震わせる。
彼女の表情を見ることはできない。
だが背中越しから聞こえるすすり泣く声だけで十分だ。
勇者に対する罪悪感を抱え、聖女や故郷も捨て去り旅に出たフィーちゃん。
世界の壁すら飛び越えた先で、彼女はようやく旅の終着点に辿り着くことができた。
すべての問題が解決したわけではないだろう。
この先フィーちゃんは迷宮の管理者として寄り添い、眠りについた勇者の……。
いや、証である聖剣を手放した今、彼は勇者としての責務から解放された。
ターシャ・クエンティンという一人の少年に戻り、ようやく休息を得ることができた。
夢であった故郷の復興を叶えることはできなかったが、少なくとも長い苦しみからは解放されたのだ。
「これからは……これからは、私が傍に寄り添います。だから…………ッ」
それ以上をフィーちゃんが言葉にすることはできなかった。
巨人の頬に縋り、声を上げて泣き続ける。
彼女の後姿を俺とリーンシェッテはただ見守り続け、それ以上言葉をかけることはしなかった。
フィーちゃんの手の中にある迷宮のジオラマ。
中央の芝生を模した部分に、涙の雨が降る。
◇
さて、その後のことだがまあ何てことはない。
お互いに状況を把握した後、安定した状態に落ち着いた巨人を何事もなく迷宮の中に収めることに成功した。
必死に直した屋上部分は完全にその様相を変化させ、石造りの巨大な神殿へと変貌している。
ドーム状の天井には半透明のガラスが模様になるようはめ込まれており、そこから中央の芝生に向けて常に柔らかな光が降り注いでいる。
作った俺ですらどんな構造になっているか全く分からないが、まあ魔法なんだからと今は勝手に納得している。
それともう一つ想定外なことに、今この空間には家が一軒収まっている。
もちろんそれはフィーちゃんが最初に実体化させたあの家なのだが、巨人がめり込んだために移動させることができなくなった。
本来は円形の芝生があるだけだったはずなのに、今は数メートルほどある芝生の丘に巨人が横たわっている。
その傍には件の家があり、まあつまるところ小さな丘の一軒家という様相だ。
やむを得ず強引に神殿最上階の一部とすることで解決したのだが、神殿の中に牧歌的な民家があるというのはどうにもちぐはぐだ。
「これなら大丈夫、か」
実体化作業を終えた後、俺は一人ここに来て最後のチェックを行っていた。
破損した部分が影響を及ぼしていないかとか、まあいろいろ見てみたが特に問題はないだろう。
しかし改めて、自分にとって最も巨大なジオラマがこんな形になると壮観だ。
大学生なんてまあまあ大人みたいなものなのに、子供の頃みたいにテンションが上がってしまう。
もちろんはしゃぐ姿を見られるのはみっともないので我慢するが。
……まあ、今は誰もいないしな。
一応辺りを見渡した後、俺はその場で大きくガッツポーズをする。
その時、俺の傍で大きな物がずれるような音が響く。
すぐさま俺の体に緊張が走り、どこかのパーツがずれたのかと辺りを見渡す。
「えっ?」
内部の様相に変化はない。
あれほどの音が起きるのならば目に見える変化があってもおかしくないのだが、相変わらず穏やかな光が差し込む風景が目につくばかり。
だが、一つだけ明らかな変化をしているものを見つけてしまう。
それはうつ伏せの形で、わずかに体が地面にめり込んだあの時の状態そのままの巨人。
そんな巨人の右手がわずかに動いており、まるで俺に見えるような形で親指を立てていたのだ。
ターシャという存在が消えた今、巨人の体を動かす意思は存在しない。
フィーちゃんやリーンシェッテには眠っているということにしてあるが、俺が知る限り巨人が動くなんてことは絶対にあり得ない。
なのに俺の世界にあるハンドサインを、わざわざ俺に見せる形で向けるなんて……。
「何だ、案外奇跡って起こるんだな」
魔力の知識など皆無の俺に、何が起こったかなんてわかるはずもない。
魂の存在だってよく分からないし、あの巨人がどういうものかさっぱりだ。
でも確かに俺の目の前で巨人は動き、記憶の中で送ったサインを俺に向けてきた。
どうせなら、明るい方向に考えたい。
ならばこれを奇跡と呼ばず何と呼ぶのか。
ターシャが本当に眠っているだけで、いつか自分の意志で目覚めることができたのなら。
その時は、せめて彼のことを本気で想う相手と共に、末永く幸せであってほしいものだ。
俺は物言わぬ巨人に笑い返し、同じように右手の親指を立ててみせた。
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