11 / 42
#02 虚ろなる学院生活
第11話
しおりを挟む引くに引けない両者の間へ待ったをかける命知らずが声を荒げた。
カツカツとブランド物のハイヒールを鳴らし、その絶対的オーラで通り道の雑踏を両分したのは、如何にもプライドが高そうな金髪縦巻きロールのご令嬢。
キリッとした目尻と日本人離れしたオリオンブルーの瞳。
よっぽど育ちが良いのか、大人顔負けの豊満な両胸が苦しそうに制服を押し上げている様に、周囲の男子は思わず生唾を飲み込む。
「狛戌一縷。Miss.ラグナージの言う通り、アナタの授業態度は看過できませんわ」
透明感のあるシルクの長手袋に覆われた人差し指が、不躾にも正眼に差し向けられる。
その先端恐怖症なら発狂しそうな距離に、俺も渋々後ずさりしてしまう。
ミーアを人間離れした可愛さと例えるなら、こっちの少女はモデル以上の魅惑的な綺麗さを持ち合わせていた。
「優秀な教授方が貴重なお時間を割いて教えてくださっているというのに、ぐぅぐぅ豚のようにいびきをかかれては授業に集中できませんわ!おまけにぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーと落ち着きのない。真面目に魔学について勉強する気がありましての?」
「うるさいなぁ、耳元できーきー喚くなこのドリル女、こっちは寝不足で頭が痛いんだ。っていうか、誰なんだお前?」
その一言にクラス中が顔面蒼白で後ずさりをした。
え、なんで?
そう思って首を傾げようとした俺は視界に入ったのは、かつてミーアが付けていた紅い校章。つまりこの掘削機のような頭の女も、名高い貴族様のご令嬢ということらしい。
「あー……なるほど?」
弁明する間も無く、眼前から現れた鮮烈な殺気に眠気が吹き飛ぶ。
恐る恐る顔を見れば、ドリル女が色白の頬を売れたイチゴみたいに真っ赤にしていた。
逆立てた縦巻きロールの髪は重力に反して竜巻のように渦を描き、感情で抑制を失った魔力が校庭を一望できる壁面耐魔ガラスの一枚へヒビを入れる。
技量については知らないが、一人の人間が持つことのできる魔力総量だけ見れば、学年主席に匹敵すると言って過言ではない。
「私のことを知らないですって……いいですわ、二度と忘れないように懇切丁寧にその怠惰な脳裏に刻み込んで差し上げますわ!!」
括れた腰と片頬に手を置き、絵画の一枚を連想させるようなポーズをわざわざ取り直した少女は、声高々に名乗りを上げる。
「私は『エルレリーチェ・ル・ラヴァンス』。日本四軍種が一つ『魔軍』の創始者である『マルティナ・ル・ラヴァンス』を曽祖母に持つラヴァンス家第八代目次期当主にしてこの一-三を纏める学級員長よ。どう?驚きで声も出せないでしょ。オーホッホッホッホッ!!」
日本には四つの軍隊が存在する。
陸海空軍、そして魔術を扱う『魔軍』と呼ばれる軍種だ。数十年前の第二次大戦敗戦後の日本にドイツ系アメリカ人であったマルティナ・ル・ラヴァンス氏は、当時米軍最先端技術であった魔術を主体とした軍の設立を発起した。
それによって設立されたのが魔軍であり、諸外国の技術や血筋を吸収した日本は今や世界トップレベルの水準を誇っていると言われている。
その孫娘らしいエルレリーチェは決まった。とばかりにニヤニヤとドヤ顔を浮かべ、漫画の住人だけだと思っていたお嬢様笑いを恥ずかしげもなく披露する。
どこの貴族様も目立つという行為が尊厳を保てるとして大好物らしい。
色々と呆気にとられていたものの、その様子を見ただけで色々と合点がいってしまった。
「なるほど、通りで似ていると思ったよ……」
「?なにか言ったかしら」
「いいや別に。それで、そんな生まれも育ちも貴族様のエルちゃんが一体俺達に何の用かな?」
「それは勿論このエルちゃんが学級院長として貴方の捻曲がった根性を叩き直して────って、誰がエルちゃんですわよこのおバカァ!」
軽い冗談にノリノリの突っ込みで返すエル。
最初の殺気には驚いたものの、存外、堅物というわけではないらしい。
「全く。私のことをそんな呼び方したのは貴方が初めてですわ。特別にエルレリーチェ様と呼ぶことを許可致しますわ」
「いやーその権利はちょっと俺には勿体ないから、お気持ちだけもらっておくよ。エルちゃん」
「なんで断っておいて余計に馴れ馴れしい呼び方になっているのですの!?権利の価値が圧倒的に飛躍し過ぎてますの!?頭おかしいですわよこの男!」
立場を判らせようとして軽く往なされたことに腹を立てたエルがピーピーと喚く。
どうしよう。叩けば鳴く面白いオモチャを見つけてしまったかもしれない。
「大体、私はこのMiss.ラグナージとライバル関係にあたる秀才。光翼の魔女の忌み名だって持ち合わせいますの」
「へぇー七色に光って見えるのはそういうカラクリか」
「誰が親の七光りですの!?確かに御父上は私と違って七つの光を扱うことが────って、そういうことを暗喩している訳ではないですわよ!!」
ゼーハーゼーハー、必死な否定と叫喚のオンパレード。
エルは一人だけフルマラソン走ったみたいに肩を上下させて呼吸を整えようと躍起になっている。
「もう埒があきませんわ。このおバカさんにハッキリと言って差し上げて下さいなMiss.ラグナージ」
「いや……盛り上がっているところ水を差すようで悪いのだけど、私この娘のこと知らないわよ」
我儘の権化のあのミーアが、どこか申し訳なさそうに右手を上げる。
ぽかーんと間の抜けた音が講義室に響いた気がした。
「ちょ、ちょっと冗談でしょ、ミーア・獅子峰・ラグナージ!?昨年行われたクロノス銓衡儀礼において繰り広げたあの手に汗握る熱戦をお忘れになって!?ほら、準決勝で紙一重の死闘を繰り広げたこの光翼の魔女のことを────」
「確かに貴方の言う通り準決勝には出場したかもしれないけど、あんまり対戦相手の特徴までは覚えていないわ。ごめんなさい」
歯に衣着せぬ何気ない言葉に、打てば響く鋼のようなエルのメンタルが塵砂となって崩れ去る。
「そんな……あんな、あんなにも健闘した私のことを褒め称えてくれていたのに……あの、あの言葉は偽りだったのかしら……」
お花畑で埋め尽くされていた彼女の脳は現在、眼の前の事象を受け入れることができず白目を向いたままショートしていた。
ちなみに周囲のクラスメイト達も純潔の黒獅子と光翼の魔女の死闘は記憶に新しく、故にそんな彼女のことが不憫とばかりに表情を歪ませていた。
ミーアという人物にとっては彼女ほどの実力の持ち主であろうと、眼中に無いと宣言したようなものなのだから。
「って、あら?そんなことより、イチルは何処に行ったのかしら」
尊厳という観点で言うならば、人殺しに匹敵する酷薄的行為を『そんなこと』で片づけた無垢な少女は、キョトンと瞳を丸くした。
唯一いまの彼女が興味を持っていたその人物の姿が忽然と教室から消えていたのだ。
ミーア達に注目していた周りのクラスメイト達も一同にきょろきょろと見渡すが、瞬きと共に消えてしまう妖精のように、パッタリその存在を掻き消していた。
「────アイツなら講義室の外へ出てったぞ」
ガサツな声に野次馬含めた全員が一斉に振り返る。
講義室入り口に立っていたのは、学院の購買で買ったパンを砲張りながら帰ってきた伊嶋だ。
「今朝の九時からずっとその席に磔にされてたからな。トイレ行くって言ってたぞ」
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる