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#03 Mission for Dating
第17話
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鼻腔を埋め尽くす鉄の臭い。
真っ赤に染まった血の海を渡るのはたった一人の化け犬。
握りしめた刀身は悪人の鮮血で幾重にも赤へと染まる。
能を興じる仮面のような素顔は、今日も今日とて闇夜の星明りを見つめていた。
「…………」
この惨憺たる煉獄の一部を切り取ったパノラマも、一夜に覚める悪夢に過ぎない。
誰にも気づかれることも無く、海辺の砂模様のように消えていく光景を惜しむことなく、化け犬はいつものように朝日が立ち上る前の暗闇へと沈んでいった。
人が目覚めるにはまだ数刻ばかり早い夜更け前の出来事。
御伽噺の一節に過ぎない惨状を目の当たりにする者など当然皆無だ。
────そのはずだった。
「…………っ」
普段なら決して踏み入れることの無い深き闇の中、気まぐれで迷い込んでしまったその猫は誰も知ってはならない秘密を見てしまった。
それは偶然か、はたまた運命か。
たった一人残された少女に、その答えを与えてくれる語り部はどこにもいなかった。
◇ ◇ ◇
「なんだって?」
それは、いつもと変わらない講義室で唐突に告げられた。
昼時に訪れる学院生達のつかの間の休息。そのほとんどの者が学食のある食堂へと足を運ぶため、広々とした講義室はがらんとしている。
「だから、昨日の夜、どこで何をしていたのかしら?そう聞いたのよ」
昨日より隣の席を牛耳るその人物は、毅然とした様子で腕組をしている。
やや殺気立って見えるのは、懲りずに居眠りをしていたことに対する、遠回しな苛立ちでも露わしているのだろうか?
その余裕の無き糾弾するような緋色の瞳へ、こちらは先日のことに対する抗議も含めた溜息を漏らした。
「別に何も、普通に真っ直ぐ家へ帰ったよ。強いて言うならばどっかの誰かさんに突き落とされたくらいだよ」
「それは今朝謝ったでしょ?いちいち女の子のやることに目くじらたてるような男はモテないわよ」
「癇癪持ちにモテないとか言われたくな────イッタァッ!!?」
本当のことを指摘したらミーアに殴られた。側頭部に気持ちの乗った左フックだ。
俺の悲鳴に講義室に残っていたクラスメイト達がそそくさと全員出て行ってしまう。誰も彼もが学年一位の癇癪には巻き込まれたくはないらしい。
「そんなこと言って本当に良いのかしら?」
殴られた場所を抑える俺の顔をしなやかな指先が優しく包み込む。ドキリとした心臓の鼓動を鷲掴みにする十の指先、そこから伝わる冷たい熱、鼻先が触れる寸前まで近づけられた黒き双眸が動揺を隠せない俺の顔を逃がさない。
傍から見ればキスしているようにも見えなくない距離。頬を擽る銀灰の髪から漂う甘いバニラの香水が鼻腔を埋め尽くす。大したものだよ、人の顔を掴み見つめるだけでどんな男でも言い逃れできない自白剤の完成だ。
「貴方が裏で何をしているのか皆にバラシてしまっても、私は別に構わないけど」
ほんの僅かでもも目を背けようものなら嘘がバれるこの状況。
全細胞から汗が吹き出しそうな緊張間に、瞳を逸らさないようにするだけで精いっぱいだった。だがしかし、
「嘘は言っていない、さっき言ったことは本当だ。昨日に関しては家に早く帰らないとならない用事があったから、寄り道せずに帰ったよ」
「…………」
確かに俺も人間だから隠し事はある。けれども昨日に関しては全くと言っていいほど心当たりがなかった。でもだからこそ怖かった。ミーアが何をもってそんなことを聞いてきているのか、本当に分からなかったからだ。
「はぁ……で、一体何が目的だよ?その秘密とやらで俺のことでも従わせるのか?」
否定とも肯定とも取れない曖昧な返事。まるで政治家のような的を得ない返答に、あろうことか勝手に満足したらしいミーアは、ようやく俺から視線を外して考えるように小首を傾げた。
「そうね……それも悪くないけど、あまりいやいや従わせるのは私の趣味じゃないのよね……」
おいおい、どの口が言うんだそれ?
と、舌まで出掛かった言葉を何とか唇で封鎖する。
あまり余計なことまで言って彼女の機嫌をこれ以上損ねるモノなら、俺が一番危惧している状況にも成りかねない。
それだけは何としても避けなければならない。例えこの学院の全員に嘘を付いたとしてもだ。
「そうだ。イチル、貴方今夜の予定は空いているかしら?」
「今日の夜?……放課後からなら、まあちょっとは時間あるけど」
いつもならもっと数秒単位で予定が詰まっているはずが、今日に限っていつもの仕事が何故か急遽キャンセルされたのだ。詳しい理由までは組織に聞いていないけど、スキップじゃないことを考えると何者かによって先を越されたと考えるのが妥当だろう。
そんな滅多に無い偶然もあってか、予定がぽっかりと空いているのだけど、なんで俺はここでクソ真面目に本当のことを答えてしまったのだろうと、後悔するよりも先にミーアが口を開いた。
「そ、じゃあデートしましょ?」
真っ赤に染まった血の海を渡るのはたった一人の化け犬。
握りしめた刀身は悪人の鮮血で幾重にも赤へと染まる。
能を興じる仮面のような素顔は、今日も今日とて闇夜の星明りを見つめていた。
「…………」
この惨憺たる煉獄の一部を切り取ったパノラマも、一夜に覚める悪夢に過ぎない。
誰にも気づかれることも無く、海辺の砂模様のように消えていく光景を惜しむことなく、化け犬はいつものように朝日が立ち上る前の暗闇へと沈んでいった。
人が目覚めるにはまだ数刻ばかり早い夜更け前の出来事。
御伽噺の一節に過ぎない惨状を目の当たりにする者など当然皆無だ。
────そのはずだった。
「…………っ」
普段なら決して踏み入れることの無い深き闇の中、気まぐれで迷い込んでしまったその猫は誰も知ってはならない秘密を見てしまった。
それは偶然か、はたまた運命か。
たった一人残された少女に、その答えを与えてくれる語り部はどこにもいなかった。
◇ ◇ ◇
「なんだって?」
それは、いつもと変わらない講義室で唐突に告げられた。
昼時に訪れる学院生達のつかの間の休息。そのほとんどの者が学食のある食堂へと足を運ぶため、広々とした講義室はがらんとしている。
「だから、昨日の夜、どこで何をしていたのかしら?そう聞いたのよ」
昨日より隣の席を牛耳るその人物は、毅然とした様子で腕組をしている。
やや殺気立って見えるのは、懲りずに居眠りをしていたことに対する、遠回しな苛立ちでも露わしているのだろうか?
その余裕の無き糾弾するような緋色の瞳へ、こちらは先日のことに対する抗議も含めた溜息を漏らした。
「別に何も、普通に真っ直ぐ家へ帰ったよ。強いて言うならばどっかの誰かさんに突き落とされたくらいだよ」
「それは今朝謝ったでしょ?いちいち女の子のやることに目くじらたてるような男はモテないわよ」
「癇癪持ちにモテないとか言われたくな────イッタァッ!!?」
本当のことを指摘したらミーアに殴られた。側頭部に気持ちの乗った左フックだ。
俺の悲鳴に講義室に残っていたクラスメイト達がそそくさと全員出て行ってしまう。誰も彼もが学年一位の癇癪には巻き込まれたくはないらしい。
「そんなこと言って本当に良いのかしら?」
殴られた場所を抑える俺の顔をしなやかな指先が優しく包み込む。ドキリとした心臓の鼓動を鷲掴みにする十の指先、そこから伝わる冷たい熱、鼻先が触れる寸前まで近づけられた黒き双眸が動揺を隠せない俺の顔を逃がさない。
傍から見ればキスしているようにも見えなくない距離。頬を擽る銀灰の髪から漂う甘いバニラの香水が鼻腔を埋め尽くす。大したものだよ、人の顔を掴み見つめるだけでどんな男でも言い逃れできない自白剤の完成だ。
「貴方が裏で何をしているのか皆にバラシてしまっても、私は別に構わないけど」
ほんの僅かでもも目を背けようものなら嘘がバれるこの状況。
全細胞から汗が吹き出しそうな緊張間に、瞳を逸らさないようにするだけで精いっぱいだった。だがしかし、
「嘘は言っていない、さっき言ったことは本当だ。昨日に関しては家に早く帰らないとならない用事があったから、寄り道せずに帰ったよ」
「…………」
確かに俺も人間だから隠し事はある。けれども昨日に関しては全くと言っていいほど心当たりがなかった。でもだからこそ怖かった。ミーアが何をもってそんなことを聞いてきているのか、本当に分からなかったからだ。
「はぁ……で、一体何が目的だよ?その秘密とやらで俺のことでも従わせるのか?」
否定とも肯定とも取れない曖昧な返事。まるで政治家のような的を得ない返答に、あろうことか勝手に満足したらしいミーアは、ようやく俺から視線を外して考えるように小首を傾げた。
「そうね……それも悪くないけど、あまりいやいや従わせるのは私の趣味じゃないのよね……」
おいおい、どの口が言うんだそれ?
と、舌まで出掛かった言葉を何とか唇で封鎖する。
あまり余計なことまで言って彼女の機嫌をこれ以上損ねるモノなら、俺が一番危惧している状況にも成りかねない。
それだけは何としても避けなければならない。例えこの学院の全員に嘘を付いたとしてもだ。
「そうだ。イチル、貴方今夜の予定は空いているかしら?」
「今日の夜?……放課後からなら、まあちょっとは時間あるけど」
いつもならもっと数秒単位で予定が詰まっているはずが、今日に限っていつもの仕事が何故か急遽キャンセルされたのだ。詳しい理由までは組織に聞いていないけど、スキップじゃないことを考えると何者かによって先を越されたと考えるのが妥当だろう。
そんな滅多に無い偶然もあってか、予定がぽっかりと空いているのだけど、なんで俺はここでクソ真面目に本当のことを答えてしまったのだろうと、後悔するよりも先にミーアが口を開いた。
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