SEVEN TRIGGER

匿名BB

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紫電の王《バイオレットブリッツ》

紫電の王《バイオレットブリッツ》10

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 報酬をもらって警視庁をあとにした俺たちは、無言のまま駅の方に向かって街灯と月明かりの照らす夜道を歩いていた。時刻はもうすぐ日付が変わるくらいの時間、さっきの歌舞伎町と違って人通りは少なく、道に吹いた春の冷たい夜風が、シャワーを浴びて少し火照っていた俺たちの肌を冷ましてくる。
「……」
「……」
 互いに終始無言、あのヤクザ達との戦闘を終えてから警視庁に行って報酬を貰い、この夜道を歩くまで互いに必要最低限以外のことをしゃべることはなかった。俺自身は流石にそろそろ声を掛けたいと思って色々と頭の中で考えていたが、いい言葉が思いつかないの。
 助かったよ。
 どうして。
 よくやったよ。
 助けることもできただろ。
 あれは仕方なかった。
 なぜ殺した。
 流石だね。
 いろんな単語や言葉が俺の頭の中でぐるぐると回る。この少女になんて声を掛けたらいいかが分からない。
 セイナがあの魔術中毒者を倒した時にも思ったが、この少女のことを心のどこかで俺は見誤っていたらしい。本当は分かっていたはずなのに、この少女はただの普通の少女ではない、殺しに何の躊躇ためらいもない特殊部隊出身の少女だということは分かっていたはずなのに、心のどこかで「この少女には殺しをさせてはいけない」という訳の分からない偽善のような気持ちに俺はなっていたらしい。
 こんな可愛らしい普通の少女が、神の加護や神器によって人生を狂わされ、幼い時から普通の学校にすら通えず、軍隊で最近までずっと過ごしてきたのを勝手に俺は憐れんでいたんだ。可愛そうだなと。この少女の本当の心情など知らずに。
 そして、勝手にそう思っていた俺は、この可愛い少女の前では人を殺さないようにしようと無意識にそうしていたらしい。ケンブリッジ大学のテロ事件が起きた時も、セイナと共闘している時はテロリストに殺意は湧かなかった。ただ無力化しようとしか考えていなかった。だが、その後の教唆犯を捕まえに行ったときは、セイナが来るまでは教唆犯に対して明確な殺意があった。セイナには汚い仕事はさせないし、見せない。そう言った仕事は俺がやればいいと。だが、それは偽善であると同時にセイナのことを心のどこかで舐めていたのだろうと俺は改めてそう思った。セイナは少女だから、覚悟などできていないと勝手に判断していた。
 傲慢だなと俺は顔を伏せながら思った。
 俺の実力ならセイナの手を汚さないで済むと本気で考えていたらしい。今回の仕事もこれくらいの仕事だったら肩慣らし程度にこなせるだろと。だが、その甘い考えはたった少しのイレギュラー要素で崩壊した。怪我や仕事を失敗することはなかったが、結局のところ彼女の手を汚させてしまった。自分の実力が無いばかりに。これを傲慢と呼ばずしてなんと呼ぶのだ。どうやら俺は自分の実力を過信するだけでなく、セイナよりも全く覚悟が足りていなかったらしい。彼女に人殺しをさせるという覚悟が。
「……」
 覚悟を持った人間でなければ、この歳の少女が、父親を捜すためにたった一人で異国の地まで来て、仮にも世間から凶悪犯と呼ばれる男と一つ屋根の下で暮らすなどできるはずがない。SASの訓練小隊で隊長をやれるはずがない。当たり前のことだった。当然のことだった。そんな少女よりも、隊の仲間を犠牲にして逃げた隊長の俺の覚悟が劣るのも必然である。
 俺は無言で歩くセイナを横に何となく夜空を見上げた。
 満月?いや、やや欠けたように見える小望月こもちづきが雲の隙間から輝いていた。
 そこでようやく俺は「ごめん」と言おうとする決心がついた。
 セイナのことを少女だからと覚悟が無いと勝手に決めつけていた。覚悟が足りてなかったのは俺の方だと。
「ねぇ……」
 後方からセイナに声を掛けられ、少し驚きながら自分の世界から戻ってきた俺は、声のした方に振り返った。
「ど、どうした?」
 色々考え込んでたせいでセイナが立ち止まっていたことにすら気づいていなかった俺はぎこちなくそう返した。セイナは顔を少し俯かせていて表情が見えない。街灯の光を背に浴びて、薄気味悪い影がこちらに伸びていた。3mくらいしか離れてなかったのにもの凄く遠い場所から話しかけられているようなそんな気分だった。
「アタシやっぱり、イギリスに帰ろうと思う」
「え……?」
 ポツリとセイナがそう呟いた。
 イギリスに帰る?言っている意味が一瞬理解できずに俺はそのまま聞き返してしまった。
「この一週間で分かったの。ここでアンタと一緒に行動していていても情報も手掛かりも見つからないし、アナタ自身が皇帝陛下や神器を探す気が無いということがよく分かったわ。今回の仕事は今後の資金集めと言っていたけど、結局それも生活の足しにでもする気なんでしょ?確かにアンタからしたらアタシは厄介者だし、神器や皇帝陛下を探す前に、日々の生活するために仕事をしなければいけないことはよく分かる……それでも、SEVENセブン TRIGGERトリガーの元隊長と聞いてアタシは期待していたのに、アンタのこの一週間の生活ぶりにはがっかりしたわ」
 セイナはここ数時間思っていた、いや、この一週間ずっとため込んでいたであろう気持ちを俺をまくし立てるようにしゃべりだした。
「探す気はある!今はそれに関しての準備を……」
「嘘よッ!!もし本当にそうなら、あんな珈琲店で金稼ぎする以外にいくらでもやることがあるでしょ!?」
 食い気味にセイナに言われて、俺も少しイラッとして熱くなってしまう。
「準備のための資金を集めるにはあれが一番手っ取り早かったんだ!それに俺はお前を厄介者だって思っていない、今日だってお前を仕事に誘っただろ?」
「じゃあなんでさっきあんな顔をしたの?」
 セイナの言葉に俺は一瞬動揺した。セイナはあの時の俺の表情に気づいていたんだ。
「アタシが魔術中毒者にとどめを刺したときに、アンタにをされるなんて思いもしなかったわ!あんなの屈辱以外でも何でもないわ……」
「あれは……わざわざセイナが人殺しをする必要はなかったと、そう思っただけだ……」
 言ってしまった。セイナに捲し立てられてつい、絶対に言うべきことでないことだと分かっているはずの言葉を俺は言ってしまった。
「なにそれ…?アンタが危険だと思って助けたのに、アタシに人を殺す覚悟が無いって言いたいの!?」
 俺の言葉に、セイナの口調がさらに荒くなる。
「そうじゃない、別にあの時俺は大丈夫だったし、お前みたいな少女がわざわざ殺人に手を染める必要はないって言いたいだけだ」
 止まれ、止まってくれ、そう思っていても俺の口は止まらない。
 なんだよその上から目線の態度は?俺から仕事に誘っておいて、助けてくれた少女に対してなんてこと言っているんだ。俺はくそったれの最低野郎だ……
 そう思っているはずなのに、俺は自分の感情を抑えることができない。売り言葉に買い言葉で思ってもないことまで口に出してしまっていた。
「なによそれ……アンタ…アタシをそんなふうに見ていたの…?」
 さっきの荒らしい口調から一変してセイナの口調が弱弱しいものに変わり、右拳を握って俯いたままこっちに向かって歩いてくる。
「そうだ、お前は仮にも王族の血を引く幼い少女なんだから、そんな覚悟を背負う必要なんて……」
 パチンッ!!
 誰もいない東京の薄暗い夜道に乾いた音が一つ響いた。
 俺は鋭い痛みを感じた左頬を抑えながら目の前に立つ少女を見下ろした。
 少女が俯いていて表情は見えなかったが、怒りからか悲しみからか、その小さな身体を小刻みに震えさせていた。
「アタシを頼ってくれてるんじゃなかったの……?」
 小さく喉から絞り出すように言ったその少女の言葉に、俺は思わず言葉が詰まる。
「アタシは特殊部隊の隊員としてイラクにもリビアにも行ったことがある!覚悟なんて何年も前に決めていたわ!それを少女だからって、王族のだからって、そのように思っていたなんて…侮辱以外の何でもないわ!!むしろアンタの方が覚悟が足りないんじゃないの?「ヨルムンガンド」やあの教唆犯と戦うと決めたくせに、仕事ばかりで鍛錬もロクにしないで…そんなに普段の生活が大切なの!?それでもほんとに特殊部隊の隊長だった人なの!?そんなんだからアタシにもあの教唆犯にも負けるのよ…」
 セイナが吐き捨てるようにそう言うとキッとブルーサファイアの瞳でこちらを見上げて睨んできた。
 怒りの感情よりも呆れや失望の混じったその瞳を前に、弁明したいことはいくつもあった俺は、反論するのを躊躇ためらってしまう。皇帝陛下のことも神器のこともセイナのこともそんなつもりでここ一週間行動していたのではないと、俺なりの考えがあって準備していたのだと、借金したことを隠そうとして、お金が無いから資金集めを手伝ってとなかなか言い出すことができず、今朝ようやく簡単な仕事に誘うことができたなどと今更そう言ったところで、そんなこと知らない彼女からしたらそれはただの言い訳にしかならないし、説明しなかった自分が悪い。さらに、セイナの言っていることは全て当たっている。覚悟が無かったのは俺の方で、あんな最低のことを言った俺に弁明の資格なんてない。
 なにより俺が彼女のため込んでいたこの気持ちに気づかなかったのが最大の問題なのだ。
 春の夜風がセイナの金髪のポニーテールと俺の黒髪を軽く靡かせる。俺が何も言わず、困惑して俯いているとセイナが口を開いた。
「とにかく、明日には荷物をまとめてイギリスに帰るわ」
 そう言ってセイナはスタスタと俺の横を通り過ぎていこうとした。セイナは俺の真横で一瞬止まってポツリと呟いた。
「チェンソーから助けてくれたことだけは感謝しているわ。でも二度とアナタの顔は見たくないわ。さようなら」
 セイナは俺の横を通り過ぎていき、駅に向かって歩いていく。
 街灯の照らす夜道で、俺はただ茫然ぼうぜんと俯いたままその場に立ち尽くしてしまった。
 街灯と一緒に夜道を照らしていた小望月こもちづきは、いつの間にか雲に隠れて見えなくなっていた。
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