SEVEN TRIGGER

匿名BB

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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》

バンゾック・フォールズ6

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「そうだったのか……ごめん、辛いことを思い出せるようなことしちまって……」

 パートナーを失うだけでも辛いのに……まさか、その相棒が父親だったとは……
 もしそれが本当なら、キーソン川に飛び込む前、アイリスがあそこまで取り乱すのにも合点がいく。
 俺の謝罪に対し、焚き火を挟んだ対面の位置で、両膝を抱え込んでいたアイリスは、小さく横に首を振った。

「いや、大丈夫……ボクの方こそ、みっともなく取り乱してすまなかった。悪い癖であると自覚はしているのだけどね……この体質に変わってからどうも、戦闘時に周りが見えなくなってしまうことがあるんだ……」

「体質……?」

 自分の胸の位置に手を置くようにしてそう告げたアイリスに、俺は首を捻る。
 確かにアイリスは普通の人と比べたら、多少は変わっているかもしれない。だが俺の周りではそもそも、普通の人というサンプルがほぼ皆無に等しい……比較できる対象と言っても、ある意味普通とは対義語的存在に値する、セイナやロナしかいないせいか、そこまで変わったところは見受けられないが……

「ナルコレプシーって障害、知ってる?」

「なるこ?いや、知らないな……」

 俺が首を振ると、アイリスは少しだけ目を背け、劣等感や不快を示すような表情を作った。
 それは、俺にというよりも、アイリス自身に対して向けているような、まるで、直したくても直せない、自分のコンプレックスに、嫌悪感を表しているといった感じに近かった。

「ナルコレプシー、別名居眠り病。ボクは、通常の人の倍近い睡眠が必要な人間なんだ。その発病の原因は未だ明確に解明されてないけど、主にストレスから発症すると言われている。症状としては、いくら睡眠を取っても突然眠くなる。急激な感情の変化、笑ったり、泣いたりしても眠くなってしまうんだ」

「なるほど……だからアイリスは、普段から感情を抑えるように心がけているんだな……あれ、でも崖の時は……」

 うんうん、と相槌あいづちを打つ俺が、そこまで言いかけた言葉を、喉元でなんとかこらえる。「泣いていたけど、その後、キーソン川に飛び降りるまで眠ってなかったよな……?」と聞くのは流石に失礼だろと思ったからだ。
 だが、不覚にもそこまで言ってしまい、本人にはそれが伝わってしまったようで、コクリと小さく頷いたアイリスが、気を利かせて話を先に切り出してくれる。

「うん、言おうとしていることは分かるよ。確かにあの時ボクは感情を露わにしていた。それでも、突然の眠気を回避する方法は、一応あるんだ────」

 そう言って、着ていたグレーのパーカーにあるフロントポケットに右手を突っ込み、何かを探してごそごそとまさぐる。
 ちょっと前から気になっていたけど、ライフル弾といい地図といい、そのポケットに物を入れすぎじゃね?対して膨らみはないはずなのに、面白いぐらい色んなもんが飛び出してくる。四次元ポケットかな?と心の中で入れた俺のツッコミなど知らずに、アイリスは、あれでもない、これでもないと、日本の国民的ネコ型ロボットのようなことをぶつぶつ呟きながらも、さらに話を続ける。

「ナルコレプシーは本来、何らかの原因で体内のオレキシンっていう成分が欠乏して、眠くなるんだ。でも、ボクの場合は他の人の症状と違って、オレキシンの代わりに魔力が欠乏して、眠くなってしまうんだ」

「それって結構不味いんじゃ……」

 アイリスは風邪を引いた、くらいの呑気な様子で答えているが、体内から魔力が欠乏するなんて、風邪のような生易しいレベルではない、死活問題に匹敵することだぞ……
 というのも、魔力は基本、空気中に含まれていて、人の身体にも密接な関係にある。しかし、魔力はどこで生成されているのかについては未だ判明しておらず、各学会が血眼ちまなこになって探している永遠の謎でもあるのだ。そんな魔力は、魔術に変換することができ、炎や水といった別のエネルギーに変換する際、体内外から魔力を集めて変換できるのだが……魔力を多く消費する高位の魔術や、短時間内で使用回数が多くなると、人は魔力が足りなくなって動けなくなり、最悪場合、脳の中枢神経系などの重要な部位が全てマヒして死に至る。簡単に例えるなら、人の身体から酸素が無くなるようなもんだ。
 魔力の保有できる量は人によって大きく異なるため、欠乏する量の限度も人それぞれだが……何らかの原因で失った魔力を回復するための手段としてあるのは、せいぜい魔力を原動力にしている器官を休ませることくらいしかない。そういう意味では、アイリスが良く寝るということは理解できるのだが────それ以外に魔力を補給する方法なんて……
 そう考えていた俺をよそに、アイリスはふところから一本の注射器を取り出した。黄色っぽい怪しげな液体の入ったあれは確か、アイリスがのブースタードラッグと呼んでいたものだ。

「これ、ボク専用に作ってもらった特別製で、物理的に魔力を回復することのできる優れものなんだ。これ一本で、一日の成人男性平均の魔力消費量×かける三十倍もの魔力が回復できるんだ」

「さ、三十倍!?」

 あまりの桁の違いに、手のひらで支えていた顎が、ガクリと地面に落ちかけた。
 三倍でも十分ヤバいのに、三十倍とは……それを打ってもケロッとしているあたり、明らかに異常体質だ。
 魔術は少なすぎるのはもちろん、多すぎてもそれはそれで害になる。
 普通の人間が、一日で三十人が泥酔する量のアルコールを摂取できないのと一緒で、魔力が多すぎると体が処理しきれず、次第にふわふわした意識に包まれてブラックアウトする。これは数か月前、新宿のヤクザ狩りの時に見た、魔術中毒者と酷似こくじしている。
 大げさに驚く俺の姿を見て、苦笑いを浮かべるアイリス、どこか気恥ずかしそうにこめかみの当たりを、その細い艶やかな指でポリポリと掻いていた。

「うん、で、でも、ボクだって最低八時間は間隔を開けないと、流石にちょっときついんだよ……」

 その言葉に俺はついに絶句してしまう。
 おそらく本人は弁明したつもりなのだろう、現に俺の絶句顔に「何か変なこと言ったかい?」と気づいていない様子。さらっとエグいこと言っているのに……もしかして、コイツ意外に天然なのかもしれないな。
 最低八時間休憩で一本あの注射が打てるということは、つまり、アイリスは一日に最高三本、約百人近い魔力を扱うことができるということだ。
 正確な数値を知らないため、はっきりと断言できないが、魔力の保有量だけ見れば、氷を操るアルシェよりもハイスペックかもしれないぞ……
 舌を巻く俺が小さくうなる中────突然、荒れ狂う風が洞窟内を吹き付ける。
 密林を横殴りにしていた風が、乾いた砂塵を巻き上げ、俺やアイリス、そして、オレンジ色に揺蕩たゆたう焚き火を襲った。

「やば────!」

 咄嗟に俺が身をていして突風から守ろうとしたが間に合わない!
 人工的なほむらは逃げるように激しく揺れ動くが、大自然の前では悲しいくらいに非力だ。
 みるみる小さくなっていく火種を前に、折角苦労してつけた火が消える────そう覚悟した瞬間、立ち上がったアイリスが。人差し指を魔法の杖のように振りかざした。
 途端、突風に逆らうように、洞窟の中から外に向かって風が流れ出す。丁度、焚き火を守るように。
 突風が止み、顔の前に覆っていた手をどけると、焚き火は幾分か小さくなってしまったが、激しい反復運動は止まっていた。消えることなく燃え続けている。

「い、今のは魔術……?」

 俺の言葉に、アイリスは人差し指を引っ込めながら小さく頷いた。

「四大魔術の一つ「風」ボクが唯一、尊敬する父さんよりも優れていたもの……誇りみたいなものなんだ」

 感慨深くそう呟くアイリスは、甘栗色のマフラーに挿していた鮮紅色せんこうしょくの羽を、大事そうに握っていた。

「話が色々と脱線してしまったね……どこまで話したかな……」

 記憶を辿るように、中性的で美形の顔を傾げるアイリスが、小さくなってしまった焚き火の中に、新しい若木の薪を放り投げた。灰になった竹節が、ベトナムの嵐の中、散りゆく花びらのように舞い上がった。
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