SEVEN TRIGGER

匿名BB

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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》

鎮魂の慈雨《レクイエムレイン》14

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 大使館前の小さな広場から解散したあと。セイナとロナは共に着替えとシャワーを浴びると建物の中に入っていった。男の俺は割と慣れているのが、セイナ達女性にとっては二日近く風呂に入らないのはかなりキツイかっただろう……

「アイリスも一緒に行こ?」

「そうだよ!ロナちゃんが念入りに洗って────」

 両手をイソギンチャクのように動かしながら、うへへとよだれを垂らすロナに、セイナが一発重い手刀を叩き落とす。

「……いや、ごめん……ちょっと一人にさせてくれないか……」

 力なく俯いたままのアイリスは、後頭部を抑えるロナと目尻を吊り上げた三角目で切れるセイナの方には振り向かず、トボトボとどこかに歩いていってしまう。
 遠のく撫で肩の後ろ姿を、心配そうに見つめる二人。塀の外に出ていくことは無さそうだが……本当に一人にしてしまって大丈夫だろうか……

「大丈夫……アイツならきっと答えを出せるさ……」

 こっちの表情を察してそう告げたレクスは────
よりも身柄の引き渡しは終わったが、まだ手続きが山のように残っている」と、少し駆け足で建物の中に入っていってしまった。
 弟子の問題をと言ってしまうのは如何なものか。
 まぁ……俺よりもアイリスについては分かっていると思うし、アイツがそう言うなら大丈夫か……
 俺もそのまま大使館のシャワーを借りることにした。
 身体中汚れまみれで気持ち悪かったしな。
 密林を歩き回り、川に流され、雷雨に振られ、巨人との戦闘などなどでボロボロだった服を更衣室で脱ぎ捨て、シャワーを浴びた。大使館の激務に合わせて、泊まり込む職員用の設備なのだろう。大浴場のような場所で一人シャワーを浴び終えた俺は、身体だけ洗って風呂から出た。本当はゆっくり湯船にも浸かりたいところだったが、魔眼による消耗で起きているのが正直かなりキツイ状態だった。
 湯船になんて入ってしまったら、確実に寝るな。
 そう思った俺は、入りたいという気持ちを我慢しつつ大浴場を後にした。
 ちょっとくらい……とも思ったが、下手に入って寝てしまたら、次いつ目覚めることができるか分からない上、仮に寝てしまったとしてロナ辺りが救出に来たら、一体何されるか分かったものではない。
 だが、用意してもらった服に着替え終わると、火照った身体が良い感じの眠気を催し始めた。
 時刻を確認すると、まだ十七時十五分。約束の時刻まで四十五分もある……
 何もしないってのは逆に眠たくなるなぁ。
 セイナやロナ辺りが近くに居れば、これくらいの時間どうってことはないが、二人はまだ大浴場に入っているころだろう。しかもあれだけ豪華な湯船があるんだ。恐らく時間ギリギリまで出てこないだろう。
 アイリスはアイリスでどっか行っちまうし、レクスも仕事で忙しそうだし……
 色々と寝ないためにどうするか悩んだ末、フロントにあった小さなカフェでコーヒーでも飲もうかと考えていると────

「……雨か……」

 一階のエントランス外の窓が濡れていることに気づいた。
 この前のような暴風雨スコールほど強い雨ではないが、しとしと降る霧雨がオレンジ色の街灯に照らされ、霧で遠方が霞んで見える景色は、どこか幻想的だと感じた。
 雨はあまり好きではないが、これは綺麗な景色だな……
 我ながら柄にもなく感傷的な気分に浸っていると。

「ん……?」

 エントランス外の小さな広場奥、霞みがかった霧の向こうに誰かが立っているように見えた。
 あれは、アイリスか……?
 そのアイリスのらしき姿に、俺はどこか心配になってしまう。
 一人にしてとは言っていたが、雨が降っている中で放置しておいて本当に大丈夫か?それにさっきから見てるけど、一歩どころか一ミリも微動だにしない姿も気になる。まさか……また立ったまま寝てるんじゃあ……
 そうなればアイリスとはいえ風邪を引くやもしれない……それは流石に可哀そうだろ……
 そう思うと、身体は勝手に建物の外へと出ていた。折角風呂に入ったが仕方ない。
 それよりも女の子一人外に置き去りにしたまま、コーヒーを飲んでも美味くはないしな。
 傘は無いがこれくらいの雨なら問題ないか。
 広場を通り抜け、建物を囲む塀の近くにあった小さな植物園のような場所に、やはりアイリスはいた。
 色とりどりな花達と一緒に突っ立ったままのアイリスは、滴る雨水をぬぐおうとせずにやや上を見上げていた。

「……考えは纏まりそうか?」

 手入れの行き届いた植物園の一角に設けれたベンチ、丁度アイリスの背後の位置に座った俺がそう切り出すと────ふるふる……寝ていなかったアイリスは、こちらを振り返らずに小さく首を横に振った。

「……そうか……」

 一応寝てない確認が取れたので、ここにいる必要は無かったが、一言だけ言って建物に戻るのもどうかと思った俺は、そのままアイリスと一緒に降り注ぐ雨を見つめた。
 最初こそ鬱陶しかったが、こうしてみるとシャワーで火照っていた身体に気持ちいいな……

「……」

「……」

 互いに無言のまま、サァァァァ……という雨の静かな音と、植物園の花に溜まった水滴がピトッ……ピトッ……と水溜まりに波紋を広げる。
 一人にしてと言っていたが、特に何も言われないということは居ても問題ないん……だよな?
 内心で勝手にそう解釈した俺が居座ること数分、そろそろ何か話しかけるか?と考えていると────

「────フォルテならどうする……?」

「え……?」

 雨の音に混じりながら、アイリスの方から声をかけてきた。
 消え入りそうな静かな声で聞き取りにくかったが「どうする?」って言ったのか?

「どうする……ってのは軍に残るべきかどうか?ってことか?」

「それもそうなんだけど……もしフォルテがボクの立場なら、どうしていたかを聞きたいんだ……」

 アイリスはそう言ってこっちを振り返った。
 ベンチに座る俺を僅かに見下ろしたアイリスは、幼げな見た目とこの植物園の幻想的姿が相まって、まるで妖精のような可愛さと、儚げさを兼ね備えていた。頬から滴る水滴を眼で追う俺は瞳を細める。

「難しい質問だな……」

 どう答えればいいのか……俺は言葉に迷う。
 悩む俺の姿を見たアイリスは、気だるげな瞳を一度瞬いてからさらに続ける。

「分からなくなってしまったんだ……父と再会し、そして……撃たれたあの時から……ボクが本当にしたかったことは何だったんだろうなって……ふっ……おかしいだろ?父を二度も撃たれておきながら、そんなことを考えるなんて……」

 自嘲気味に苦笑を浮かべるアイリスは、そう言って肩を竦めた。
 ずっと弓の弦のように張りっぱなしだったアイリスの精神が、想像できない衝撃の連続で消耗し、心身ともにショック状態に陥ってしまったのだろう。
 その結果、自分が今までやってきたことに自信が持てなくなってしまった……一種の心的外P傷後TストレスT障害Dに近い症状を引き起こしてしまったのだろう。

「……復讐なんかに命を使うな……川に落ちる前にフォルテはそう言っていた……」

 先日俺が言っていたことを、アイリスは一語一語思い出すかのようにゆっくりと告げる。

「ボクが昔のフォルテと似ているとも……」

「……」

「だから……フォルテならどうするのかな……って思ったんだ……」

 そう言ってアイリスはギュッとマフラーに差していた鮮紅色の羽根を握る。
 復讐に身を焦がした彼女の生き様……それを否定した俺ならどう生きるのか……
 その答えを待つアイリスに、俺はベンチをズレて座り直した。顎でくいっ……と隣の席を勧めると、アイリスは何も言わずにちょこん……とベンチに座った。

「……俺はアイリスに「復讐なんかに命を使うな」確かにそう言った。だがな……」

 俺は一呼吸置いてから、隣に座ったアイリスの顔を覗き込む。
 こういう時は、下手に良いことを言おうとするよりも、正直に思ったことを伝えた方が良い……

「俺がもしアイリスの立場なら、きっと復讐する道を選ぶだろうな……矛盾しているけど……ただ、それでもアイリスには復讐なんかに人生を捧げて欲しくないと思ったのも本当だ……」

 綺麗ごとを並べる自分の言葉は、酷く痛々しいと感じた。
 その筋の通ってない答えに、アイリスは何も言わずコクリ……と頷く。
 その姿に俺はベンチの背もたれに寄りかかりながら、雨の降る曇り空を見上げた。

「実はよ……言ってもあまり信じられないかもしれないが、俺は生まれて九十年近く生きているんだ」

「……えっ……?きゅ、九十年……!?」

 普段感情を表に出さないアイリスも、流石に少し困惑したような眼でこっちを見た。
 見た目だけは、一応アイリスの師匠であるレクスよりも若く見えるからな。そう訝し気な視線を向けられても仕方ない。

「グリーズとの戦闘の時とかに見たかもしれないが、この魔眼……これは使用者の身体、魂共に成長を止める。いわば不老状態になってしまう呪いがついているんだ。俺は分け合ってそれを二つ所持している……」

 いきなり突拍子もない話しではあったが、アイリスは難しい顔つきのまま特に否定はせず、何とかそのことを受け入れてくれた。

「数年前だ……俺は何十年も復讐に生きて、それを成し遂げることに成功した。この魔眼を受け継いだのも、そのために必要な力を手に入れるためだった……」

 本当は思い出したくもない、苦い過去……

「だが復讐を成し遂げるために、俺は大切な人をたくさん失った。復讐を遂げるまでそのことに気づくことはなかった。その結果、俺の手元に何も残らなかったんだ……友人も家族も恋人も……誇れるものや守りたいものすら何一つない。あったのは虚無感だけだった……」

「……そのあとは……どうしたんだい?」

 天を見上げていた俺の横顔を見ていたアイリスが訊ねる。

「どう……してたんだろうなぁ……生きる屍のようになっちまった俺が、そのあと何をしていたかなんて、正直あんまり覚えてないんだ……ただ、どうやってその状況を抜け出したのかは覚えてる……今のアメリカ大統領のおかげだ」

「ベアード大統領……?」

「あぁ……生きる目的を失った俺のことを雇ってくれて、仲間をくれた。そこで俺はようやく、自分ではない、誰かのために生きる目的を持つことができたんだ」

 それを見つけるまで、とんでもない回り道をしたけどな。

「そういった経験があるからこそ、俺はアイリスに復讐なんてして欲しくないんだ……仇を恨む気持ちは分かる……だがな、ルーカスは……お前の父親はきっと、お前がその為だけに生きることなんて望んでないはずだ。だから俺はアイリスに、仇討ちだけに固執する生き方ではなく、もっと別の生きがいを見つけて欲しいと思ったんだ……」

「別の……生きがい……」

 噛み締めるようにそう呟くアイリスは、熟考するかのように渋い顔つきになる。

「そんなもの……ボクに見つけることなんてできるんだろうか……」

 濡れた赤茶色のレンガ道に視線を落とすアイリス。
 幼いころから狙撃に明け暮れた彼女にとって、いきなりそんなこと言われても難しいだろう……
 何十年も生きていた俺でも苦労したことだ、不安に感じるのも無理はない。

「すぐには見つからないかも知れないな……」

「……やっぱり、そうだよね……」

 シュン……とするアイリス。
 俺の打った相槌が、どこか否定的な感じでアイリスに伝わってしまったらしい。

「で、でも……別に生きていく上で生きがいが必ずしも必要ってわけじゃないんだ……」

 落ち込み気味だったアイリスに、俺はちょっと慌てながらもフォローを入れる。

「世の中には、生きがいを探すために生きている人もいるんだ。だから、そうだなぁ……折角面倒ごとが嫌いなレクスが、ああ言ってくれてたんだ。一年くらいはアイリスも、自分がやりたいことを探す旅に出てみるのはどうだ?それで見つからなかったら、また軍に戻るかどうか改めて考えればいいんじゃないか。俺も協力できることがあれば何でも力になるからさ」

「じゃあ────」

 何気なく言ったその言葉に、アイリスは────

「フォルテのところで働かせてよ……」

「────へ?」

 藪から棒なその言葉に、俺は再び視線をアイリスへと落とした。
 ハタラカセテ?働かせるってつまり……

「……雇ってくれってことか?」

 真っすぐな瞳でこっちを見ていたアイリスは、大きく一回、頷いて見せた。
 冗談ではなく、真面目な様子で。
 俺は言葉に詰まってしまう。
 現在、絶賛借金中の俺は、セイナなロナをほぼ無償で雇っている状態であり、正直誰かを雇えるほどお金に余裕があるわけではない。ましてや経営している喫茶店に高校生のバイトを雇うのとは訳が違う。一仕事数百万の腕のあるスナイパーを雇う金など、今の俺にはとても────
 だが、「何でも力になる」と言ってしまった以上、下手に断ることなんてできないぞ……
 もう一度アイリスの瞳を見ると、良心が痛むくらい誠実な眼差しで見つめられていた。
 ど、どうするか。

「お、俺のようなブラック企業は給料安いし……あ、あんまりオススメできないかな……?」

「……要らない」

「え……?」

「だから……給料なんて要らないから……その代わり、三食寝床だけ用意してくれれば、どんなことでも引き受ける……」

 破格の値段に、俺は喜んで!と口から出かけたのを咳払いで誤魔化した。了承したらしたで、モノホンのブラック企業になってしまうので、流石に簡単に「うん」とは言えなかった。

「お、お前なら、もっと稼げる場所が他にもあると思うぞ?射撃講師や、射撃のスポーツ選手。武器職人もできそうだし……俺のとこなんかで働いても、勿体ないんじゃないか?」

「────もしかして、迷惑だったかい?」

 俺よりも低身長のアイリスが、髪を耳に掻き上げながら、上目遣いに顔を覗き込んでくる。
 幼げな見た目に反したその大人っぽい仕草に、俺は自分の顔が少し熱くなるのを感じて視線を逸らした。
 セイナの時にあったが、普段やらないような仕草を女性がすると、ギャップからいつもよりも魅力的に見えてしまうあれ。それはアイリスでも破壊力は抜群だった。

「そうじゃないッ……俺以上に才能のあるお前が、そんな安い給料で働かせるのはもったいないと感じただけで……迷惑なんかじゃあ……でも本当にそれでいいのか?」

 念を押す俺に、アイリスは「うん」と首肯してから────

「今は分からないけど、フォルテ達と一緒に居れば、何か見つけられるような気がするんだ……そう感じるくらい、ここ数日はボクにとっても有意義な時間だった……父を失ったこと以外はね……だからボクを、フォルテ達のところに置いて欲しい……」

「……分かったよ……」

 そこまで言われたら断る理由なんてない。
 寧ろありがとうございます!ってこっちから頭を下げたいくらいだ。
 俺の返答にアイリスは嬉しいのか、瞳を優しく閉じてから目尻を緩ませた。
 笑顔……マフラーで上半分しか見えなかったが、雨の日でも輝くアイリスのそれは、ベトナムの曇り空の切れ間、そこから差し込む太陽の光のように美しく輝いていた。
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