SEVEN TRIGGER

匿名BB

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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

夏の音(ヴァケーションフェスティバル)2

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 気づいたら、少年は自宅で見たあの円形模様の上ではなく、見知らぬ土地の建物に居た。
 なぜ自分はこんなところに居るのか、一時的なショックで記憶を欠損していた少年は、ベッドに横たわりながら自身を見つめる大人達へと眼を向けた。
 知らない言語を喋る、しすたー?と呼ばれた少女達。
 頭に頭巾を被った白い肌、黄金色こがねいろの髪、黒くない瞳をした見たことも無い容姿の少女達に、少年はここが今までとは違う世界であることを瞬時に理解した。
 夢かうつつか定かではないまま、言語も時代も何もかもが異なるこの地で、少年は長らく培われてきた剣術の腕と戦闘の勘を買われ、一人の兵士となる。
 兵士となった少年は青年となり、彼らの言語を理解し始めたころ、同じような境遇の仲間達と出会い、彼はその名もなき部隊の長となった。
 だが、異界の地で掴んだ小さな幸せもまた、そう長くは続かなかった……

「こいつは俺が何とかする!!お前達は早く逃げろ!

「それではフォルテ隊長が────!?」

「いいから!ここに居れば全員アイツに消されるだけだ!!早く逃げろ!!」

 東南アジアの密林。
 小さな孤島であるこの場所で、敵味方問わずに人を斬り殺していたのはたった一人の鬼。
 記憶を思い出すには十分だった。
 再び姿を見せた絶望を前に、青年は仲間達を逃すだけで精いっぱいだった。
 あの時、父や母、兄姉達のように囮になった青年。
 しかし、戦う前から心の折れていた青年に勝てる見込みは無く、その圧倒的剣撃によって隣の孤島まで肉体を弾き飛ばされた。
 数百メートルの遥か上空から叩き落とされても生きていたのは、たまたま深い葉叢はむらがクッションになってくれたおかげか、それともたまたまだったのかは分からない。だが、そんなことはどっちでも良かった。
 奴の斬撃を受け止めた両腕、そして落下の時の衝撃で全身は粉々。
 死ぬのは変わりようのない運命だった。
 眩しかった太陽が沈むように、眼の前の視界が遥か彼方へと遠ざかっていく。
 真夏だというのに酷く身体が寒かった。

 こんな誰もいない地で……俺は一人死ぬのか……?

 二度も家族を奪われた理不尽な宿命に憤りを感じた
 誰一人守ることのできなかった自分自身に殺意を覚えた。
 そして……あの鬼に初めて、この身を焼き焦がす程の復讐心を抱いた。

 ────そんな、死を前にした声にならない叫びが届いたのか────

「────生きているか?」

 微かに届いたのは懐かしい響きを伴った少女の声。
 まぶたを開く力さえ残っていない青年にはもう、その人物が天使か悪魔かの判別すらつけられなかった。

「……私は君を救う術を持ち合わせている。だが、それは君にとって死よりも地獄かもしれない……それでも求めるか?己が生を」

 答えは決まり切っていた。

 その日────青年は人から鬼へと生まれ変わった。






「────はぁ……」

「どうした?この世の終末でも悟ったような顔をして?」

 何処までも続いていそうな平原。
 清々しいはずの晴天へついた深い溜息に、隣にいた黒人の大男が訊ねてくる。
 このクソ熱い中、クリムゾンレッドのスーツをキッチリと着こなす現CIA局長、ジェイク・ウォルコットの言葉に、俺は更に嘆息を重ねた。

「別に大したことじゃねーよ」

 朝っぱらから仕事に付き合わされている俺は、着崩したスーツで額の汗を拭う。
 仕事とは言っても特にやることも無くただ突っ立っているだけだ。
 と、言うのも……

 キィィィィンッ!!

「ナイスショット」

 振り抜かれるドライバー。
 真っ直ぐと晴天の空に弾かれた白球へ、賞賛の意を示したのは一人のゴルフウェアを着た男性だった。
 黒髪の中に少し白髪の混じる六十代くらいで、日本人という印象を代弁するかのような控えめな物腰のその人物の名は『伊部昭三いべしょうぞう』。
 何処にでも居そうなおじいちゃんだが、その実、この国を代表する内閣総理大臣その人だ。

「ふむ……ありがとう」

 自分の打った白球の行方と賞賛に満足してそう返したのは、四十前半くらいの初老の男性だ。
 白髪と同じくらい白い肌を帽子とサングラスで覆ったゴルフウェアの男性は、言わずもがなアメリカ大統領、ガブリエル・ベアードだ。

「やるわね、わたくしも負けてはいられないわ……」

 見事なショットに闘志を燃やすのは、とても経産婦とは思えない張り艶がある肢体を、ピンクと白を基調としたベストと、タイトなミニスカートに隠している女性。政治にも絶大な力を持ち、セイナの母親でもあるイギリス女王のエリザベス三世は、意気揚々とティーペッグの位置を調整しに掛かる。
 ここは伊豆のとあるゴルフ場。
 今日は、以前ベアードの言っていた各国の代表同士が集まる会議『日米英首脳会合』……の前の交流会として、ゴルフコンパが行われていた。
 今日の俺達はその付き添いだ。
 セイナの神器を貸して貰っている兼ね合いで、数日後の会合での護衛は頼まれていたのが、今日もこうして付き添っているのはレンタル期間を過ぎた利息分とのことだ。
 しかし、神器を借りていることも、俺が無償で仕事を請け負っていることも、無用な心配を掛けないためにセイナへ伏せている。
 さっきの溜息も、昨日結局弁明することの叶わなかったことに対してのものだ。

『こちら……異常なし』

 不意に、耳に付けていたインカムに青年の報告が届く。
 上空のヘリから監視の指揮を執っていた、エリザベスの側近であるセバスチャンからだ。
 側近のボディーガードが俺達二人なだけであって、外部から護衛に当たっている連中も数多くいる。それこそ、アリ一匹入り込めないほど厳重に。
 故にボディーガードというよりはキャディーの仕事ばかりで、余った思考が昨日のことばかり思い出しては憂鬱な気分を持て余していた。

「分かった、女だな」

「……どうしてそう思った?」

 突然そう告げたジェイクに、俺は訝るように眉を寄せる。

「ふん、君がそこまでして悩みそうなことなんて、大体限られているからな。それにしても相変わらず罪な男だな……今回は誰を泣かせたんだ?」

「いやちょっと待て、相変わらず?今回?俺はそんなこと一度だってしたことは無いぞ?」

「……だから朴念仁って陰で言われているんだ……」

「何か言ったか?」

 いや別に。小声で何かを漏らしたジェイクは澄まし顔でそう告げた。

「それで?ホントのところどうなんだ?」

 強面な顔をにやけさせては肘で小突いてくるジェイク。
 まるで好きな子が誰か?と聞いてくる悪友のような態度に、もう否定することさえ億劫になってきた。

「はぁ……オオカミさんには隠し事もできないんだな……」

「おいおい……幾ら図星だからって、君はそんな昔のことを掘り返すのか?」

 俺からの仕返しの皮肉に、ジェイクはあからさまに嫌な表情を作って見せた。

「昔ってお前……あれからまだ一年とちょっとしか経ってないだろ。それに図星って言うな、俺はまだ一度も肯定してねえよ」

 否定もしてないけどな。

「自分自身の成長をかえりみれば一年だって立派な過去だ。あと、明確な否定が無い場合はたとえ肯定していなくても肯定になることを君は知らないのか?」

 こんなクソ熱い中、よく口が回る奴だ。
 不毛な言い合いが煩わしくなって、俺は顔を逸らすために再びスーツの裾で汗を拭う。
 ジリジリと肌を焼く日差しと、まだ二ホール目だということで心が先に折れた。

「……うちで面倒見ている……セイナの機嫌が悪いんだ」

「あぁ。以前来たあの少女のことか」

 口元を抑えてそう告げた。
 その様子を見て、なんで小声なんだ?と訊ねてきたジェイクの言葉は無視する。
 ジェイク達は知らないが、こんな話しを目の前の女王様にでも聞かれてみろ、位置を調整している彼女のティーペッグの上に乗るのがゴルフボールではなく。俺の顔になりかねない。

「原因は分かっているのか?」

「それが分かったら苦労しないさ、機嫌がいいと思ったら突然悪くなったんだ」

「何か異変や変わったことは無かったのか?」

「んー……そう言えば昨日……やけに今日の日付を気にしていたな……」

「日付ねぇ……」

 二人して顎に手を置き、俺が昨日のセイナの様子を思い出していると、不意にピュンピュンと風切る音が思考を途切れさせた。
 視界の先でティーペッグの調整を終えたエリザベスが、大層気合の入った素振りでドライバーを振り回していた。

「随分と気合が入っているな……アイツ」

 とても一国の王女様に向けてとは思えない俺の言葉に、ジェイクが「おい」と叱責を飛ばす。

「さぁーて!三百ヤードは飛ばすわよ!」

 自信満々にそう告げるエリザベスは、明らかに普段よりも生き生きとしていた。
 そんなにゴルフが好きだった記憶は無いが……

「確か今日は娘さん……王女様の誕生日だから、二人に勝って晴れやかな気持ちで盛大に祝うんだとか何とか言っていたような……」

「へぇー」

 エリザベスがドライバーショットに入る。
 それにしても、あのリリー王女の誕生日ねぇ……
 誕生日……

「……」

「……」

「……」

「……あぁっ!?」

「ひゃあっ!?」

 ────カコンッ!

 皆が邪魔しないよう黙っていた中、一人甲高い声を上げてしまった俺にエリザベスは驚き、フォームの崩れたドライバーがボールの真上を引っぱたいた。
 その結果、三百ヤードどころか十ヤードも飛ばなかったボールは、ティーイングエリア下のラフへと転げ落ちていった。

「バッカッ!!お前っ……!」

 ジェイクが無理矢理、俺の口元を抑えるも時すでに遅し。

「フォルテェ……ッ?」

 般若のように吊り上がった口の端が俺の名を呼ぶ。
 怨霊ですら裸足で逃げ出してしまいそうな形相を前にして、熱さとは別の嫌な汗が全身から溢れ出した。
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