SEVEN TRIGGER

匿名BB

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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

神々の領域《ヨトゥンヘイム》6

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 狭い坑道のような道。
 閉所空間に自然の光は差さず、薄汚れた電球のチラチラと頼りない明かりだけが通路を照らしている。

「大丈夫かな……ダーリン」

 忍び込んだ艦内。
 ボクの前を走るロナが呟いた。
 彼女が懸念するのは、ここに侵入した際に囮となったフォルテのことだ。
 彼はボク達に注意を引き付けないためにも、話しで聞いていたあのベルゼとかいう狂人の相手を買って出たのだが……どうやらかなり手こずっているらしい。
 外から激しい揺れと衝突音が断続的に轟き、パラパラと粉吹雪のように埃が通路を舞っていた。

「ロナ、集中」

「うん……」

 魔術防壁が再び出現しているため恐らく空爆ではない。
 信じられないがこれはたった二人の男同士による喧嘩の余波であり、それに気取られるロナはさっきからどうも心ここにあらずといった調子だ。

「キミ、輸送ヘリに乗り込むあたりから随分調子がおかしかったけど、何かあったのかい?」

「別に……何でもない」

 集中していない言うよりもどこか塞ぎ込んだ態度に、流石のボクもウンザリして思わず足を止めてしまう。

「アイリス?」

 敵陣では通常考えられない突飛なボクの行動に、ロナが瞳を瞬いた。
 ようやくハニーイエローの瞳にボクの姿が映る。
 そこに居たのは、タダでさえ眼つきの悪い容姿を怒りでさらに上乗せした嫌な奴だった。

「キミはここへ何をしに来たんだ?」

 虚を突かれたようにロナは言葉を失う。
 まだ、ボクが言わんとしていることが理解できていないらしい。
 これは重症だな。と内心で溜息を漏らす。

「ここに乗り込むためにボク達は、各国との念密な計画に最新鋭のあんなスーツまで引っ張り出した。それは何のためだ聞いているんだよ」

「それはもちろん……セイナを救うために……」

「違う。それはあくまで最後の目標だ」

 力なく答えたロナの言葉をボクは真っ向から否定する。

「ボクが言いたいのは、フォルテを囮にしてまでここに来た目的が、彼の身を案じることかって言いたいんだ」

 ようやくそれで気づいたらしく、その大きな瞳を瞬かせる銀髪の少女。
 ここに来た本当の目的は、セイナを救うことでもフォルテを想うことでもない。
 自分が成すべき使命を思い出した彼女は、再びの激しい揺れにも気取られることは無くなっていた。

「ごめん、ロナが間違ってた。でも一つだけ聞かせて欲しい。アイリスはどうしてここまで命を懸けてまで協力してくれるの?あ、いや別に仲間云々では無くて、気持ち的な問題で……セイナは父親を捜すために、ロナはフォルテにお世話になっているし、他にも色々と……」

「つまりボクがどういった心情でみんなに協力しているかってことかい?」

 回りくどい言い方への代弁に、ロナは頷いた。
 確かに彼女が問いかけ通り、ボクはフォルテ達と出会ってまだ日が浅い。
 協力しているのは単に自分の立場が複雑であり、それらを踏まえて今一番安心して身を置ける場所がフォルテのところであっただけ。本来の目的であった父を撃ったスナイパーを探すというのも、今はどこか漠然としている。
 ならどうして、ボクは彼らと行動を共にするのか。
 本気そのきになれば幾らだって選択肢はあった。一人にしろ何処の組織にしろ、除隊という生まれて初めての自由にはそれを可能とする力が存在した。
 その中でもボク自身がフォルテ達を選んだ一番の理由は……

「やっぱり、ごはんかな?」

「えっ……?ごはんって、あのご飯のこと?」

「ちょっと待て、なんだその『コイツマジか?』みたいな顔は」

「いやだって、その……えーと……」

 正気の沙汰とは思えないとばかりに眼を丸くするロナ。
 まるで、解けない問題の答えがこんな単純なことだと言わんばかりである。
 自らの顔を触って表情を確かめている辺り、その怪訝顔は本当に無意識下で表れたようだが、こっちは大真面目に答えているというに、全く以て心外である。

「ボクが一番大切にしていることは食事だ。それも一人で済ませるものではなく、皆と共にテーブルを囲って行うことを指している。普通の家庭なら誰しもが持つ常識あたりまえだけど、ボクにとってそれは一度も経験したことのない理想だよ。それも家族を失った今となっては思い描くことすら許されない夢となった……」

 でも、と一度相槌を打つ。
 こんなに自身の想いの内を語るのも久しぶりだ。
 慣れない喉が渇いてひり付いていくことすら我慢して、ボクはさらに続ける。

「フォルテやキミ達は、そんなボクに安らげる場所をくれた。血の繋がりなんてなくともそう感じさせてくれる仲間。初めて手に入れたその場所を、仲間を、ボクは絶対に失いたくない。だからここに来た。またみんなと一緒にご飯が食べたいから。キミ達の笑う姿を見たいから」

「そっか……」

 まさかここまでボクが考えていると思っていなかったのだろう。
 実は周りがあまり知らないだけで、喋らない分ボクは自身の思考や心情を常に整理している。
 いざという時に迷いが生じない様にするスナイパーの職業病だ。
 その余分を含まない本心は、ロナにとっては後頭部を鈍器で叩かれたほどの衝撃らしく、普段饒舌な彼女が嘘のように言葉を詰まらせていた。

「価値観なんて人それぞれだよ。でもだからといって目的と手段を履き違えてはいけない。アルシェ達のようにね。いまここでキミの大切なフォルテを救うことは想うことではなく、行動に起こすことだ。彼に有利な状況を作り上げるためにも」

「うん……そうだね」

 ロナはようやく納得したように両頬を勢いよく叩いた。
 白い頬をじんわりと赤らめた彼女は、小さく『どうしてこんな簡単なことに気付けなかったんだろう』と漏らす。

「ごめんアイリス。ロナが間違ってたよ。あと……気づかせてくれてありがとう」

 パチンと乾いた音が止んだ後、銀髪の少女はいつもと同じように笑顔を作って見せる。

「別に大したことはしてないよ。ただボクはもう他人の思惑で動かされることだけは嫌なんだ」

 指示にただ付き従うのではなく、自分自身が成し遂げたい想いに準じると、父を失ったあの日に決意したのだから。

「いやーでも驚いちゃったな!まっさかこのロナちゃんがアイリスに慰められちゃうなんて」

 無理矢理作った表情それは痛いくらいの空元気。
 でも、必死な彼女の姿はそれ痛さすら突き抜けた愉快痛快爽快。
 思わず意識に反して自身の頬が僅かに上がるのを感じた。
 すると、再びの大きな揺れが通路に響き渡る。
 今までで一番大きな衝撃に、背後の通路で証明が音を立てて落下した。
 さっきまでのロナであればそれだけで懸念一色に染まるところだが、もう何かに惑わされるような彼女ではなかった。

「行こ、アイリス。みんなのためにも早く管制室を抑えよう」

 マフラーの口元を抑え直しつつ首肯するボクを認めて、地響きのように揺れる船内を再び走り出す。
 今朝からずっと感じていた憂いのような靄。
 先行する銀髪の背に感じていたそれも、今は翳りすら無く綺麗さっぱり消え去っている。
 どこか吹っ切れた彼女の姿は、まるで雨上がりの空を連想させるように溌溂はつらつとしていた。
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