「筋肉で女装を諦めた元女装男子」と「天性の女装男子」の初恋

takemura yu

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黒のボブウィッグをかぶり、胸にわずかな膨らみがある。
 紙袋に入っていた下着も、おそらく着けているのだろう。ワンピースのシルエットは、完璧な女性そのものだった。

「気持ち悪かったら、言ってくださいね」
 カオルはきっと、冗談で緊張を紛らせようとしたはずなのに、声が震えてしまって、余計に足がすくんでしまったようだった。

「大丈夫だから、鏡の前で見てみなよ」
 一度深く頷いたあと、カオルは、店で一番大きな姿見の前に立った。
 立ち尽くして、呆然と鏡に映った自分を見た。
「あっ・・・あの」
 口を開いても、息が漏れるだけで、声が言葉にならない。自分を見て、どう受け止めていいのか分からなないのだろう。
「いいんですかね、わたしが、その・・・」
 カオルはきっと、自嘲して卑下して、そんなフィルターにでしか、自分を見てこなかった。だから、自分で自分のことを褒めてもいいと、許すことができない、そんな気持ちが、痛いほど分かった。

「いいんだって、それで」
 ボクの言葉に、カオルは一瞬、キョトンとした顔を浮かべ、鏡越しにボクの方を見た。
 ボクも鏡に映ったカオルに向かって話す。

「死ぬほど勇気出してこの店まで来て、自分でメイクも頑張って、それでこんなに可愛くなれたんだから、何もしないことだけが、ありのままじゃないだろ」
 感情のまま、言葉に言葉を重ねてしまったが、途中で思いが溢れて、止まらなかった。
「だから、可愛くなれたことを、自分が頑張ったおかげだって、褒めていいだろ」
 言い切ったあとで、初めて気が付いた。
 カオルが鏡を見ながら、涙を流していた。

 カオルは涙を指の先で拭うと、突然ハッと気付いたように「せっかくメイクしてくれたのにすみません」と謝った。
 ウォータープルーフのマスカラを使ったので、目元はそれほど崩れていなかったが、すっと頬をつたうように、涙の線が光っていた。

「別に嫌だから泣いたんじゃなくて、その嬉し・・・」
 声に詰まったカオルを助けたくて、必死に続く言葉を探った。
「嬉し泣き?」
 カオルが言いかけた言葉を引き取ってボクの方から付け加えた。さっき、気恥ずかしいことを言ってしまったことを隠すために、わざと冗談に紛れさせたくて、笑って言った。

 だがカオルは、泣きながら首をかしげ、自分でも自分の気持ちがよく分からないと、困惑したように続けた。
「たぶん、たぶんなんですけど、順番が違うんです」
「順番?」
「たぶん、嬉しくて泣いたんじゃなくて、自分のことで、泣けたから、嬉しくなったんだと思います」

 この店に入ってから、初めて本当の笑顔を見た気がした。そして、カオルは泣き笑いの顔のまま続けた。
「さっきの夢の話なんですけど」
 鏡の中にではなく、ボクの方を向き直って、カオルは話した。
「先輩と一緒にいたときの夢ばっかり見てました」
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