アルファ貴公子のあまく意地悪な求婚

伽野せり

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最悪な出会い 1

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 一日の疲れがたまった身体を、つり革にもたせかけながら、窓の外にひろがる仲秋ちゅうしゅうの夜景を眺める。

 凪野陽斗なぎのはるとは、さっきまで訪問していた人材派遣会社の担当女性の言葉を思い出し、大きくため息をついた。

『残念ながら、凪野さんに適合するトリマーの求人はもう一件もありません』

 陽斗より少し年上の生真面目そうな女性は、申し訳なさそうにそう言った。

『凪野さんは、オメガでいらっしゃいますよね。やはりそれが、就職活動ではどうしても不利になってしまうんです』

 彼女と自分の間のテーブルにおかれたノートパソコンには、いくつもの社名が表示されていた。にもかかわらず自分を欲しがる企業はひとつもないという。それは彼女のせいではなかったし、もちろん陽斗が悪いわけでもなかった。
 どうしようもないことだと分かっていながら、思い返せばひどく落ちこむ。

『オメガ保護法で守られているとはいえ、現実問題として、オメガを採用することを雇用主は躊躇ちゅうちょしています。なので採用条件を厳しくしてなるべくオメガはふるい落とすようにしているのが現状なんです』

 陽斗はふたたびため息をつき、電車の窓にうつる自分の姿を眺めた。
 今年二十一歳になる容姿は、まだ成人らしさが身についていなくてぱっと見は高校生のようだ。

 短く整えた黒髪に、二重の大きな瞳。小さめの鼻に、少し厚みのある唇。見た目は中性的だが、性格は硬派なほうだと思う。脱げばそれなりに筋肉のある身体は、肉体労働のアルバイトで鍛えてもいる。けれど今日はさすがにぐったりとしていた。

 午後七時をすぎた通勤電車には、帰宅途中の人々が乗っている。この中に自分と同じオメガ性の人間はどれくらいいるのだろう。
 そう考えながら、車内の人間たちを観察する。

 男と女、老人と若者。会社員に学生――。
 オメガであることを示す太い首輪をさすりながら無意識に仲間を探す。

 陽斗の住む世界には、男女の性別の他にもうひとつの性別が存在する。
 すべての人間は、性を二種類持って生まれてくるのだ。
 男女以外の性別を、人々はバース性と呼んでいる。それは人間を、特殊な構成要素で三つに分類していた。

 ひとつは『オメガ』。陽斗が属する種だ。
 オメガは人口の0.1パーセントを占め、男も妊娠が可能で、一ヶ月に一度の発情期ヒートがくると、その間は強力なフェロモンを周囲にまき散らすという特性がある。大抵のオメガは知力体力共に、平均値よりも劣るという脆弱な種だ。

 そしてオメガの対極にあるのが『アルファ』。
 人口はオメガと同じ0.1パーセントと比率は同等だが、性質はまったく違う。頭脳や運動能力に秀でた人間が多く、容姿も格別に美しい。身体のつくりもアルファは他の種と異なっていて、特に大きな違いは生殖器の根元に特徴的なこぶがあることだった。

 残りの大多数の人たちは、目立った特色がないため便宜上『ベータ』という種に区分されている。

 バース性のうち、発情期という厄介な体質を持つオメガの陽斗は、そのせいで就職活動にも支障をきたしてしまうのだった。

 自宅の最寄り駅に電車が着いて、降車する人々にまざってホームに出る。改札を抜け、駅前にあるスーパーに足を向けながら、家で待っている弟の光斗みつとにスマホでメッセージを送った。

『今駅だけど。調子はどう? 何か食べたいものある?』
 するとすぐに返事がくる。

『何もいらないよー。絶賛発情中だから』
 ハートマークつきの答えがきて、ちょっと笑ってしまった。

 苦しい発情期をこんな風に明るくすごすことができるのは、天真爛漫な性格の光斗くらいのものだろう。
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