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レア・アルファ 7
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「僕の父は、非常に経営の才のあるアルファでね。一代で財を築いたんだ。けれど運命の番に出会うことはなかった。晩年、父は結婚することなく優秀なアルファ女性の卵子提供を受けて僕を作った。自分の財産と事業を守るために。ただ、それだけのために」
話し方は淡々としていて、そこに悲しみは感じられない。けれど何となく空虚な印象を受けた。
「僕は母親を知らない。彼女は僕に卵子を提供しただけだから。そして、父は僕を自分の都合のいいようにコーディネートして製作した」
高梨の声は平坦だ。
「コーディネート……?」
「そう。主と決められた人間には決して逆らうことなく命令をきく、反抗的で攻撃的な因子を持たない大人しい子供を選択して作ったんだ。父は生前言ってた。数十個のアルファ受精卵を作って捨てて、その中からお前を選んだのだと」
「……そんな。そんなことが可能なの?」
高梨は小さく頷いた。
「知能や性格が遺伝子の構成要素に影響を受けるという研究は、ヒトゲノム解明の進歩と共に日々明らかになりつつある。今はまだ、その恩恵を享受しているのは一握りの人たちだけなんだけどね」
それが世界中の裕福なレア・アルファなのだろうと推察する。
たしかに同じ親から生まれた子供でも、兄弟によって性格は異なるのが普通だ。その中から、生まれる前に遺伝要素を見て取捨選択するとは。凡人には考えられない思考だった。
「レア・アルファに白金髪が多いのも、その特殊性を際立たせるためなんだ。天然でこの色は非常に珍しいから。そういう遺伝子を持ったアルファ女性の卵子を高額で購入する。僕らはいわば、親のエゴから作られた芸術品ってところかな」
高梨は白金色の睫をふせて続けた。
「そうやって作られた僕は、彼の望みどおりに勉学にはげみ、経営学を身につけた。しかし四年前、その主を病気で失って僕も生きる意味をなくした。命令する主人がいないと、路頭に迷うロボットのように」
「……」
「父と僕は、主従の関係でしかなかった。愛された記憶はない。だから、家族愛とか兄弟愛とか、そういったものは見当がつかないんだよ」
それを哀しいこととは思っていないようで、至って普通の口調で言う。そしてロックのグラスを空けた。
陽斗は目の前に立つ、魅力あふれる男を見あげた。何もかもを手に入れて、幸福しか身につけていないような人だけれど、見た目だけではわからないものだ。
「君がそれを教えてくれると、嬉しいな」
そんなことを言われて、すげなく断れる冷淡な性格でもない。
陽斗はスツールをおりて、カウンター内に入り、男の横に立った。
「今度は、俺が作ってやるよ。何か飲みたいものある?」
「え」
いつも光斗の世話をしているせいか、もてなされるよりもてなすほうが性にあっている。
「そんで、一緒に飲もう」
「陽斗君……」
「俺たち、なんか、共通点とかありそうだし。親のこととかさ。もっと話をしよう。あと性格なんだけどさ。あんたさっき、自分を大人しくて従順に作られたロボットって言ったけど、割と行動的だと思うよ。それに自己主張強いし」
高梨が目をみはってこちらを見てくる。
「愛とかって、どこにでも転がってるもんだと思う。見つけようと気をつければ、人間関係の中に、チョコチョコ落ちてるもんだよ」
グラスを出して、調理台の上にならべる。陽斗のそんな姿を見て高梨はふっと頬をゆるめた。
「そうだね」
甘い笑みが戻ってきて、陽斗は居心地悪さと同時に安堵を覚えた。自分はいったい、この男を喜ばせたいのか、それとも避けたいのか。わからなくなり始めている。
ふたりでグラスとボトル、それに氷の入ったアイスペールを持って、リビングのソファセットに移動する。光斗に『ちょっと遅くなる』とメッセージを送ったのは、何時ごろだったのか。
高梨の仕事のことや、自分の将来つきたいトリマーの説明などをつらつらと話しているうちに、酔いが回った陽斗はいつのまにか意識を手放していた。
話し方は淡々としていて、そこに悲しみは感じられない。けれど何となく空虚な印象を受けた。
「僕は母親を知らない。彼女は僕に卵子を提供しただけだから。そして、父は僕を自分の都合のいいようにコーディネートして製作した」
高梨の声は平坦だ。
「コーディネート……?」
「そう。主と決められた人間には決して逆らうことなく命令をきく、反抗的で攻撃的な因子を持たない大人しい子供を選択して作ったんだ。父は生前言ってた。数十個のアルファ受精卵を作って捨てて、その中からお前を選んだのだと」
「……そんな。そんなことが可能なの?」
高梨は小さく頷いた。
「知能や性格が遺伝子の構成要素に影響を受けるという研究は、ヒトゲノム解明の進歩と共に日々明らかになりつつある。今はまだ、その恩恵を享受しているのは一握りの人たちだけなんだけどね」
それが世界中の裕福なレア・アルファなのだろうと推察する。
たしかに同じ親から生まれた子供でも、兄弟によって性格は異なるのが普通だ。その中から、生まれる前に遺伝要素を見て取捨選択するとは。凡人には考えられない思考だった。
「レア・アルファに白金髪が多いのも、その特殊性を際立たせるためなんだ。天然でこの色は非常に珍しいから。そういう遺伝子を持ったアルファ女性の卵子を高額で購入する。僕らはいわば、親のエゴから作られた芸術品ってところかな」
高梨は白金色の睫をふせて続けた。
「そうやって作られた僕は、彼の望みどおりに勉学にはげみ、経営学を身につけた。しかし四年前、その主を病気で失って僕も生きる意味をなくした。命令する主人がいないと、路頭に迷うロボットのように」
「……」
「父と僕は、主従の関係でしかなかった。愛された記憶はない。だから、家族愛とか兄弟愛とか、そういったものは見当がつかないんだよ」
それを哀しいこととは思っていないようで、至って普通の口調で言う。そしてロックのグラスを空けた。
陽斗は目の前に立つ、魅力あふれる男を見あげた。何もかもを手に入れて、幸福しか身につけていないような人だけれど、見た目だけではわからないものだ。
「君がそれを教えてくれると、嬉しいな」
そんなことを言われて、すげなく断れる冷淡な性格でもない。
陽斗はスツールをおりて、カウンター内に入り、男の横に立った。
「今度は、俺が作ってやるよ。何か飲みたいものある?」
「え」
いつも光斗の世話をしているせいか、もてなされるよりもてなすほうが性にあっている。
「そんで、一緒に飲もう」
「陽斗君……」
「俺たち、なんか、共通点とかありそうだし。親のこととかさ。もっと話をしよう。あと性格なんだけどさ。あんたさっき、自分を大人しくて従順に作られたロボットって言ったけど、割と行動的だと思うよ。それに自己主張強いし」
高梨が目をみはってこちらを見てくる。
「愛とかって、どこにでも転がってるもんだと思う。見つけようと気をつければ、人間関係の中に、チョコチョコ落ちてるもんだよ」
グラスを出して、調理台の上にならべる。陽斗のそんな姿を見て高梨はふっと頬をゆるめた。
「そうだね」
甘い笑みが戻ってきて、陽斗は居心地悪さと同時に安堵を覚えた。自分はいったい、この男を喜ばせたいのか、それとも避けたいのか。わからなくなり始めている。
ふたりでグラスとボトル、それに氷の入ったアイスペールを持って、リビングのソファセットに移動する。光斗に『ちょっと遅くなる』とメッセージを送ったのは、何時ごろだったのか。
高梨の仕事のことや、自分の将来つきたいトリマーの説明などをつらつらと話しているうちに、酔いが回った陽斗はいつのまにか意識を手放していた。
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