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屋敷へ 1
◇◇◇
それでも仕事と割り切れば、一ヶ月後には、自分は自由になる。
高梨は『やるだけやって捨てる』とは言ったけれど、あれはただ強い台詞を使って、取引に緊張感を持たせようと口先だけで言ったという可能性もある。彼のような紳士があまりひどいことをするとも思えない。しかしそれも、陽斗の単なる楽観なのかもしれないが。
高梨の考えていることがよくわからない。向こうはこちらの考えを簡単に読んでしまっているようだけれど。
陽斗は翌日、朝食の席で光斗に『通っている医者の勧めで、発情カウンセリングのグループワークに一ヶ月間泊まりこみで参加することにした』と説明した。
光斗は驚いたが、陽斗がどうしても自分も発情が欲しいからと言うと納得してくれた。その後、家に高梨のもとから派遣されたボディガードが三人と家政婦がひとりやってきた。
「一ヶ月も離れるの、さみしいよ」
玄関先で光斗が抱きついてくる。陽斗は弟の背中を撫でながら優しく言い聞かせた。
「毎日、メッセージを送るから。そうすれば一ヶ月くらいあっという間さ」
「陽斗、無理しないでね」
「光斗も何かあったら連絡くれよな。この人たちは、治療の伝手で知りあった高梨さんという人が手配してくれたんだ。信頼できる人の紹介だから、安心していいから」
「ん。わかった。……けど、こんなすごい人たち雇って、金銭面は大丈夫?」
心配そうな顔でたずねてくる。
「大丈夫だ。補助金の範囲内でおさまってるよ」
「そか。ならよかったけど。陽斗もいい結果が出るといいね」
「そうだな。俺も頑張るよ」
「……うん」
まだちょっと不安そうな光斗を大学に送り出してから、家の中を片付け、午後五時すぎに自分も当面の荷物をつめたリュックを手にして家を出る。門の外には、高梨がいつも乗っている黒い車が迎えにきていた。
「どうぞ、凪野様」
以前、ホテルに送ってもらったときに会った運転手が、後部ドアをあけてくれる。
「どうもすいません」
四十代半ばの真面目そうな運転手に挨拶をしてから、後部座席に乗りこんだ。
車は一時間ほど走った後、都内の高級住宅街の中にある瀟洒な洋館の前に到着した。そこは以前、テレビ番組で観た建物だった。
「こちらにどうぞ、凪野様」
車が鉄製の頑丈な正門をくぐり玄関前の車よせにとまると、運転手がまたドアをあけてくれる。陽斗は車からおりて周囲を見渡した。
広い敷地には、レンガ造りの大きな屋敷と、その奥に英国風の庭園が見える。屋敷自体は古いものらしく、レトロな丸いランプのともる玄関は、夕暮れのせいもあり外国映画のワンシーンを思い起こさせた。
「社長はあと三十分ほどでこちらに戻られる予定です。それまではご自由におくつろぎくださいとのことです」
屋敷の中に案内されて、応接室に通された後、運転手が言う。
「私は秘書の鷺沼と申します。今後お目にかかる機会が多くなると思いますので、何かお困りのことがあれば、遠慮なくお申しつけください」
「あ、はい、すみません」
少しすると、鷺沼自らお茶を持ってきてくれる。それを恐縮しながら受け取った。秘書が茶をいれてくれたということは、どうやらこの屋敷には鷺沼と自分しかいないようだ。
「では、私は社に戻りますので。失礼いたします」
鷺沼が出ていくと陽斗はひとりになり、手持ちぶさたに立ちあがって部屋の中を見て回った。
高そうな調度品ばかりが並ぶチェストや、窓の外の美しい庭。蔦模様の入った壁紙に、年代物のシャンデリア。インテリアサイトのフォトグラフに出てきそうな光景だ。
しかし灯りの光度が抑えられているせいで、部屋の隅々は薄暗い。外の宵闇と相まって、美しいがどこか寂寞な印象を受ける。
それでも仕事と割り切れば、一ヶ月後には、自分は自由になる。
高梨は『やるだけやって捨てる』とは言ったけれど、あれはただ強い台詞を使って、取引に緊張感を持たせようと口先だけで言ったという可能性もある。彼のような紳士があまりひどいことをするとも思えない。しかしそれも、陽斗の単なる楽観なのかもしれないが。
高梨の考えていることがよくわからない。向こうはこちらの考えを簡単に読んでしまっているようだけれど。
陽斗は翌日、朝食の席で光斗に『通っている医者の勧めで、発情カウンセリングのグループワークに一ヶ月間泊まりこみで参加することにした』と説明した。
光斗は驚いたが、陽斗がどうしても自分も発情が欲しいからと言うと納得してくれた。その後、家に高梨のもとから派遣されたボディガードが三人と家政婦がひとりやってきた。
「一ヶ月も離れるの、さみしいよ」
玄関先で光斗が抱きついてくる。陽斗は弟の背中を撫でながら優しく言い聞かせた。
「毎日、メッセージを送るから。そうすれば一ヶ月くらいあっという間さ」
「陽斗、無理しないでね」
「光斗も何かあったら連絡くれよな。この人たちは、治療の伝手で知りあった高梨さんという人が手配してくれたんだ。信頼できる人の紹介だから、安心していいから」
「ん。わかった。……けど、こんなすごい人たち雇って、金銭面は大丈夫?」
心配そうな顔でたずねてくる。
「大丈夫だ。補助金の範囲内でおさまってるよ」
「そか。ならよかったけど。陽斗もいい結果が出るといいね」
「そうだな。俺も頑張るよ」
「……うん」
まだちょっと不安そうな光斗を大学に送り出してから、家の中を片付け、午後五時すぎに自分も当面の荷物をつめたリュックを手にして家を出る。門の外には、高梨がいつも乗っている黒い車が迎えにきていた。
「どうぞ、凪野様」
以前、ホテルに送ってもらったときに会った運転手が、後部ドアをあけてくれる。
「どうもすいません」
四十代半ばの真面目そうな運転手に挨拶をしてから、後部座席に乗りこんだ。
車は一時間ほど走った後、都内の高級住宅街の中にある瀟洒な洋館の前に到着した。そこは以前、テレビ番組で観た建物だった。
「こちらにどうぞ、凪野様」
車が鉄製の頑丈な正門をくぐり玄関前の車よせにとまると、運転手がまたドアをあけてくれる。陽斗は車からおりて周囲を見渡した。
広い敷地には、レンガ造りの大きな屋敷と、その奥に英国風の庭園が見える。屋敷自体は古いものらしく、レトロな丸いランプのともる玄関は、夕暮れのせいもあり外国映画のワンシーンを思い起こさせた。
「社長はあと三十分ほどでこちらに戻られる予定です。それまではご自由におくつろぎくださいとのことです」
屋敷の中に案内されて、応接室に通された後、運転手が言う。
「私は秘書の鷺沼と申します。今後お目にかかる機会が多くなると思いますので、何かお困りのことがあれば、遠慮なくお申しつけください」
「あ、はい、すみません」
少しすると、鷺沼自らお茶を持ってきてくれる。それを恐縮しながら受け取った。秘書が茶をいれてくれたということは、どうやらこの屋敷には鷺沼と自分しかいないようだ。
「では、私は社に戻りますので。失礼いたします」
鷺沼が出ていくと陽斗はひとりになり、手持ちぶさたに立ちあがって部屋の中を見て回った。
高そうな調度品ばかりが並ぶチェストや、窓の外の美しい庭。蔦模様の入った壁紙に、年代物のシャンデリア。インテリアサイトのフォトグラフに出てきそうな光景だ。
しかし灯りの光度が抑えられているせいで、部屋の隅々は薄暗い。外の宵闇と相まって、美しいがどこか寂寞な印象を受ける。
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2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
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