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第二章 蠅、付きまとう

19.近づくリミット

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 徒歩でようやく、Dエリアにたどり着いた。建物が右斜め前に見えているだけで、近くは田んぼに囲まれていた。

 ゾンビを避け、時には戦闘をするという中、時間もかなり経ってしまい、次第に近づくリミット。時計を確認してみても、深夜四時を回っている。洞窟はすぐに見つかりそうなものだが……

 しかし、ゾンビはここからの景色だけで三人や四人見える。数自体は多くはなく、徘徊する存在は目立つため、避けて通ることは出来るとは言え、襲われることも考慮しなければならない。住宅が並ぶ場所に入れば、格段にリスクは上がるだろう。

 はっきりとしない意識に加え、歩き過ぎの疲労感。まさか、双子姉妹に続いて、また寝られない状況が続くとは思いもしなかった。

 Aエリアとは真反対に位置するため、幾度となく心に生まれた諦めの感情。振り絞ってここまで歩いてきて、ようやく努力が報われる達成感が、まだそれなりに距離があるとはいっても、実感できるところまでは来た。

「持ちましょうか?」
 浅霧が言う。左手で持ってる刀を通り越した右手を見る限り、恐らく、刀ではなく本だろう。
「大丈夫です」
「戦いづらくないですか?」

(確かに……これじゃあ、ちゃんと守れない)
「じゃあ、お願いします」
 と、本を渡す。

 後もう少しが長く感じたが、田んぼに囲まれた空間からようやく、建物が目と鼻の先になった。目に飛び込んだ、水車小屋と近くに流れる川。石造りの橋を渡れば、その空間に行き着く。

 しかし、渡る前から、その殺伐とした空気は伝わってくる。ゾンビの声、誰かの話し声。うまく聞き取れはしないが、ここにも住んでいる人たちが、多くいるようだ。

 水車小屋と、左の木造の建物の間の道を通っていく。
 すると、左の建物の扉から、一人の人間が飛び出してきた。
「ほら、来いよ! やってみろ!」
 高郷だ。
「下がってください」

 建物の中から、粘ついた口を開き、腕を向けたゾンビ襲いかかっている。そのゾンビを、鞘から引いた刀を、頭目掛けて突き刺す。

「どうしたんだ、それ?」
「ご信用に持ってください」
「あ、あぁ……」
 使った刀を戻して、高郷に渡した。
「殻屋さんは?」
「ちょっと、怪我してしまってな」

「怪我? 大丈夫なんですか?」
「あぁ。とりあえず、そこの家で救急箱探して、手当したよ」
 だから、家から出てきたのだろう。

「噛まれたってことですか?」
「そうじゃない。ちょっと転んだだけだ。大丈夫。心配するな」
「それならよかったです……」
「先、行っててくれないか。殻屋さんの様子が気になる」

「わかりました。絶対に無事でいてください」
「もちろんだ」

 高郷と別れ、再び建物に入り、浅霧と帆野はそのまま前進した。

 建物に囲まれた広場の中央に、鉄格子で覆われた鉄塔に電線が引かれていた。その周りをここからどうやら電気供給がされているよう。

 格子を貫いた先に、おぼろげに浮かび上がるゾンビ。誰にも気づいておらず、頭や体を前後に動かして、たたずんでいる。刀という武器があるとは言え、なるべく戦闘は避けたい。

 その上、聞いた話では、あくまで時代劇でやっているアクションは、フィクション。人を、多くは連続して切れないようだ。肝心な時に切れないでは困る。右手の対角線上にいるゾンビの想定しうる経路として、そのまま左に向かって前進しそうだ。

 このまま前進するのは、間違いなく気づかれる。
 左に曲がるにしても、建物が並んでいるだけ。こうなれば、右に曲がればいいだろうか。木々が見えるのは、右の方向だ。

 こうして考えている間に、ゾンビは予想通り前進している。ゾンビを警戒しながら、右に曲がって足を進めた。

 突き当りまで進むも、行き止まりになっていた。崖や山になっている思いきや、緩やかな波を打つ地面に木々がはえているだけで、どこに終りがあるかはここからではわからない。中に入れないよう、腰の高さまである柵に、有刺鉄線が覆われているところを見ると、動物が入ってくるのだろうか。
(探すなら、こっちだよな……)

 左手の建物は、一軒家に格子状の黒いプラスチックの格子状の柵で囲まれたと庭、私有地にめり込んだ黒い玄関扉に、柵に持たれかけさせたような赤い自転車と玄関近くの鉢植えなどが目立つ。
「向こう側に行きますか?」
 と、鉄線を目の前にして、そう答える。
 跨いで通れる高さではない。無理に乗り越えようとすれば、服が破れたり、怪我をする恐れはあるが……そんなことを気にしている場合でもなさそうだ。端から端まで、掛けられている。

 浅霧は、柵がどこまで続いているのか気になっている様子で、ギリギリまで顔を近づけて覗いていた。
(なにか、梯子のようなものがあれば……)
 目視で様々なところを探している最中、ゾンビが姿を表した。
(ヤバい!)
 浅霧の腕を掴んで、共に仕方なく右手の建物に入っていく。

 気づかれているかもしれない……
「どうします?」
「中にはいりましょう」
「はい」
 黒い玄関扉を押すと、無抵抗に開いた。ゆっくりと中へと入っていく。横長の二階建て。そこから先をどうするか……もし、この通路に入ってきたとしたら。それこそ袋小路と言っても過言ではないが……

 木造の茶色い玄関扉の左上に見える電球は、自動で動いているのだろう。ほのかに周囲を照らしている。玄関を正面にして、左に曲がれば庭にたどり着ける。ここから見える庭の風景は、一部分しかない。窓を割られ、外に破片が飛び散り、一緒に網戸や窓の枠が、石造りの地面とすのこにかけて寝そべっている。ここで襲われた痕跡だろうか。

 庭に入るにしても、あの格子状の柵からゾンビの姿が見えてしまう。逃げ込むにしても、建物に入るしかないだろうか。いや、森の方に逃げ込むのがベストかもしれない。しかし、建物の敷地内であるのに関わらず、格子状の柵にもグルグルに有刺鉄線が巻かれ、かつ乗り越えられないようにしている。これではまるで、入らないようにしているようにも見える。

 ひとまず、ここから声だけでも様子を把握しよう。唸り声は聞こえる、少しばかり遠い気もするが……
「来てますね」
「ですね」

 早々の判断で、仕方なく中に入ることに。もし、まだ中にいたらと思うと、入ったとしても安全とは限らない。気が休まらない中、建物の中に入り、ゆっくりと扉を閉める。

 入って左に曲がれば、リビングといったところだろうか。正面は、きれいな草原と青空の絵が、掛けられていた。目立った下駄箱がないところを見ると、右手にある天井までの両開きの戸が、下駄箱代わりということだろうか。玄関はあまりに綺麗だ。

 窓が割れているところを見ると、やはりリビングから出た、と考えてもおかしくはないだろう……そんな事を考えている間、浅霧は中に入っていた。

 靴を脱がずにリビングに入ると、かなり広い。右手、突き当りから二階へ上る階段、玄関の向こう側はトイレと風呂。こちら側の空間は、テーブルに椅子が四脚。奥にソファーとテレビが見え、右手奥はキッチンになっているが……中は散々の様子だ。

 乾いた血液が床を汚し、椅子が倒れ、テーブルの位置がずれている。キッチン側と帆野側の両方、左手にある今や窓がある痕跡が残っているのみ。

 浅霧はもう、リビングには見当たらない。二階へ行ったのだろうか。立ち止まって、耳を澄ませてみる。ゾンビの声は……聞こえた。距離に変化はない。近づいているか、あるいはもう、敷地内には入っていると考えても良い。しかも、二人分だ。片方は家の中からのようにも聞こえなくもない。

(どっちだ、どっちだ……!)
 窓か玄関か……あるいは、外が中か。浅霧が心配にしても、ゾンビを意識していて、その場から体が動かなくなっていた。背中と前方を交互に視線を向け、刀を鞘から抜いた。そんな時、左ポケットに入っている、スマホが振動した。

 洞窟が見つかった連絡だと察する。こんな状況で、鞘にしまうこともしたくない。
(くそっ!)
 確認したくても出来ない。途端、二階から強い振動と物音。
「浅霧さん!」
 それが合図になったのか、窓から男のゾンビが侵入してきた。

「くっそおおお!」
 体に斬り掛かったために、ゾンビは吹き飛んだが、しばらくしてうねるように、そしてナメクジが床を這うように、うつ伏せになってこちらに向かって這ってくる。

 その頭目掛けて、刀を突き刺した。
 なんとか動きが止まったものの、二階に急ぐ。
 半回転した階段を上がった先は、真っ直ぐな通路になっていたが、二つの扉は開いたまま。雰囲気で、近くの部屋からそれがする。足早に向かおうと部屋を覗いた時、背中を向けていた、息の上がった浅霧がいた。

 浅霧が振り返る。
「隣の部屋にいたようです」
「すみません、俺の不注意で……」
「いいんです。二階から見れば、わかると思って」
「あ、あぁ……ありがとう」
「大丈夫です」

「もしかして、さっきのロードって……」
「はい、私が送りました」
「ごめん、てっきり洞窟が見つかったのかと……」
「言えばよかったですね」
「気にしないでください」

 寝室とその廊下で一息ついた時、スマホが再び震える。鞘に刀をしまい、スマホを手に取った。
――洞窟が見つかった。
 雲原夫婦からだ。
――わかりました。鉄塔わかります? あそこで集合しましょう。

 皆からの返信があり、目立つ鉄塔の周りで集合することになった。
「証拠……これだと、わかりにくいですね」
「あっ……」
 言われてみれば、確かに血が付着していては、判別するのに難しくなる上、素手で握りしめてしまっている。これでは、使い物にならないかもしれない。

(血……?)
 そうだ。思い返してみれば、あれだけ切られているのにかかわらず、血液一つ吹き出していない。
「浅霧さん、血、出てないですよ」
「そう、ですね。言われてみれば……」
「ゾンビってそういうものなんですかね」

「ゾンビ映画とか見てても、血は出てましたけど……」
 あくまでフィクションということだろうか……しかし、SFである以上は、しっかりと科学的な考察に沿って作られているはず。そんなことは……

 しかし、今考えていても仕方がない。鉄塔に早く向かおう。
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