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第二章 蠅、付きまとう

20.発見

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 二階ベランダにいる浅霧の背中を中心として、窓から外に広がる対面する建物。

 鉄塔に集まろうとは言ったものの、こうしている間にもゾンビは襲ってくる。休む暇など与えてくれはしない。堂々と中央で待機するわけにも行かず、かといって、このまま家に待機しているのも、出来るはずもない。

 身を乗り出して右側の鉄塔が見えるかと思ったのか、浅霧が寝室のベランダから、確認しようとする。帆野もそちらに向かった。

「ここからでは、見えませんね……」
 同じく、そちらに向かって、身を乗り出した。鉄塔の上部が見えるのみ。よくよく考えれば、それもそのはずだ。鉄塔から建物を二つほど、間を挟んでいる。

「ですね……行くしかなさそうです」
 仰向けに倒れているゾンビを跨って、玄関まで移動した。そのまま同じ道を辿る。鉄塔は、もう目の前と言ったところであり、今のところはゾンビが見当たらない。声は聞こえているが、やまびこが返ってくるくらいの声量で、周囲の気配や様子は感じ取れない。

 しかし、そうはいっても、鉄塔の前で堂々と待っているわけにもいかず、一番早くたどり着いたであろう浅霧と帆野は、一方通行のこの歩道から出ず、背中を建物の敷地内を阻んでいる石造りの塀に付けたまま、覗くようにして様子を窺う。

「すみません、そっち見ていてくれますか?」
「大丈夫です」
 万が一にも建物から出てきて、襲われるということはあってはならないため、浅霧に念のために牽制してもらった。

 こうしている間にも、刻々と時間は過ぎていく。気持ちばかりが急かしてしまい、時計を何度も確認してしまう。あれから十分かそこら。ようやく、雲原夫婦が、対面に位置する歩道に現れる。片手を振っているので、こちらもそれに答えた。

 正平は、斧を握りしめている。どこかで武器を拾ってきたようだ。さすがに、腕に覚えがあるとはいえ、抵抗しても関係なく、ただの食欲だけで襲ってくるような相手だ。武器を使って完全に始末しなければ、こちらがやられてしまう。

(あと、来るとすれば……)
 雲原夫婦と同じ歩道か、右側の対角線上にある歩道からか。右斜め前に到着した際、ここからでは正直、上手く判断できないかもしれない。覗く姿くらいは確認できそうだが……鉄塔や、左右の歩道を時折確認している正平の姿に、変化が訪れる。体をすっと引き、首を振って、後ろの方に少しばかり後退した。

 左の歩道か、右の歩道か。どちらかにゾンビがいるような反応だろう。やはり、スムーズにことは進んでくれないようだ。耳を澄ませてみても、確かに先ほどと比べて、声は近くになっている様子だ。しかし、それも確定的かと言われると、そういうわけでもない。

 複数の声が同時に聞こえ、そしてまるで四面楚歌のよう、どこからともなく聞こえてしまう。この周りは、異常に多い気もする……とも感じたが、帆野がいたAエリアも少ないわけではない。建物を考慮してみても、あまり離れていないのだろう。

 そんなことを考えている最中、正平が再び通路を覗くと、左側の歩道に体を向けた。男女一人ずつの姿が目の前に現れる。殻屋と高郷だ。
 急いで、そちらの方に向かった。
「殻屋さん、怪我、どうしました?」

 近くに来てみてわかったが、服に付着した渇いた血液に、右足だけズボンの裾を上げて、包帯がきつく巻かれていた。肩を支えずに歩いてきたところを見ると、殻屋がそれを拒んだのだろう。高郷は、気を配って歩いていた。
「大丈夫よ。これくらい」

「噛まれました?」
 そう、ストレートに聞いたのは、正平だ。
「おい、なにもそんな聞き方はないだろう」
 と、高郷が守る。
「……噛まれました」
「言わなくていい! なにも、伝染すると決まったわけじゃない! さっき言っただろ!」
「そうはいってもね! こんな年になってまで、みんなに迷惑かけたくないんだよ。放っておいてくれない?」
「そんなこと言って、震えてるじゃないか!」

「連れていけない」
 残酷にも、正平はそう言い放った。
「あんた、それでも人間かよ!」
「みんなの命を危険にさらすわけにはいかない! そうだろ?」

 誰もなにも言えず、だからと言って、簡単に殻屋を引き離すことはしなかった。当然、口ではそういいつつ、皮肉にも自分から離れるのを待つかのよう、正平もまた、引き離すように突き飛ばすことはしなかった。

 そんな時、殻屋と高郷が来たところから、二人のゾンビが気づき、腕を向けて襲い掛かろうとしている。引き離そうとする殻屋だが、高郷は無理にでも助けようと、腕を肩に回した。

「こっちだ!」
 そう、正平がいって、来た道を引き返す。決断することもままならない。急かされた判断は、状況に流されるが如く、殻屋を連れていく形になった。

    ・  ・  ・

 右や左やと進んだ先、洞窟の前にたどり着いた。確かに、普通に過ごしていては気づかないかもしれない。有刺鉄線が張られていたように、他にも森林に近いところがあり、鉄線を張っていた杭を、地面から抜いた跡を感じられるそれを抜き、超えてしばらく歩いた先にあった。

 とはいえ、進入禁止のマークがあるものの、土のわかりやすい道はあるため、複雑ではないと言えば、そうかもしれない。土の道の通りに進むと、右に曲がった先に、その洞窟の入口が見えていた。

「たぶん、ここで間違いないと思う」
 正平が言う。
「ルールを守ったんですかね」
 それに、浅霧が答えた。
「え?」
「気づかないわけでもないなと思って」

「まぁ、進入禁止が書かれているところを、あえて行くのなんて、冒険心の強い子どもくらいじゃないのか?」
「ここは、幽霊が出ると噂されてるところ。当時の殺された村長が住み着いてるらしい。村長の家もこの近くだし、ましてや立ち入り禁止で今は使われてない。洞窟自体、集まりやすいしね。だから、選ばれたんでしょう」

 村人である殻屋が、そう答えた。儀式に、ということだろう。未だにその根深い欲は、消えていないのだろうか。そうなると、住処すみかを脅かされるだけで、牙をむいてくる可能性はある。

「そう、なんですね」
 浅霧は、それで納得した様子だが、ゾンビの声は消えることはない。それに、立ち向かうように背中を向けたのは、高郷だった。

「俺がやる。行ってくれ」
「でも!」
 そう言わずには、いられなかった。
「時間がないんだろう? だったら早く!」
 正平はなにも言わず、洞窟の中へと入っていく。景子もその後に続いた。殻屋は、高郷と同じように、立ち向かうし姿勢で、こちらには体の正面を向けていない。

「早く行って! どうせ私は助からない!」
「わからないじゃないですか!」
「そんなこと言ってる暇があるなら、さっさとどっか行きなさい!」

 浅霧は、帆野の腕を掴んで、洞窟へと引き込んだ。
「たかが二人に死ぬような人じゃないです。信じましょう」
 後を追って、洞窟の中に入る。
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