鈍感なオメガは3兄弟に溺愛される

キルキ

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次の日の朝。

 目をこすりながら体を起こそうとして、動きが重たいことに気づく。

「……?」

 そういえば発情期だったんだっけ。どうやらいつもよりも、抑制薬の効き目が悪い気がする。

時計の短針が3時を示していた。3時って……昼の3時!?

授業は前もって休みの連絡を入れているから問題ないけど、ここまで眠り込んでいたのは珍しい。知らぬ間に疲れでも溜まっていたのかも。

机の上には水と、紘一の書き置きが残されていた。何か急な案件でも入ったのだろうか、紘一にしては雑な文字だ。冷蔵庫に朝食の作り置きを入れてくれているらしい。俺のヒート中は過保護になるようで、体を冷やさないようにとか今日は絶対に外に出るなよということを何度も言い聞かされていた。

「薬……あれ?」

薬を入れているポーチが見当たらない。もしかしたら昨日、紘一の部屋に忘れてきたのかもしれない。

お腹が空いたし、ご飯を食べた後でもいっか。

眠気が覚めた頃合いを見はからって部屋を出て階段を降りる。手すりの冷たさでようやく、自分の身体が熱くなっていることを自覚した。なんかそういえば頭がくらくらしてるし、足元がよく見えないしで結構やばい状態かもしれない。まずい、薬を先に取りに行くべきだったか。

紘一の部屋は俺の部屋の隣で、2階にある。階段の途中でUターンをしようとして、がくんと足元が沈む。足を踏み外してしまったらしい。次に来るであろう痛みに身をこわばらせると、強い力の腕が腹に回った。

「ぐえ」
「……あっぶね」

かすれ気味の静かな声が耳にかかる。どうやら助けてもらえたらしい。

振り返れば、紘一の双子の弟である蓮が、けだるそうにこちらを見下ろしている。

最初に目に入ったのは、蓮の前髪にとまっているピンクのピンだ。女性からのもらい物だろうか、よく見ると可愛らしい柄が入っている。男がつけるには可愛すぎる代物だが、蓮の金色の髪にはよく合っていた。

「あ、ごめ……ありがとう」

木の手すりを握り直して会釈するが、蓮は無言で俺の前を通り過ぎると、さっさと階段を降りていってしまう。明らかな無視だが、蓮のこんな態度は日常茶飯事だ。

蓮は幼い頃から、俺のことが気に入らないようだった。顔を合わせても紘一や和馬に幼い俺の面倒を押し付けて他の友達と遊びに行くような人で、今でも俺にあまり関わろうとしない。だから二人で会話すること自体が稀なのだ。

バンドマンとして活動するようになってからは友人の家に居つくようになったらしい。また、バンドマンとして日本各地に赴くこともあり、こうして実家で蓮の姿をみるのは珍しいことだった。

俺がこの家に来た時にはそういう生活が始まっていたらしく、本当にたまに会う程度になっていた。おそらく、蓮は今日の朝に帰ってきていたんだろう。

発情期に彼と会うのは初めてだが、薬を飲んでいれば大丈夫だろう。蓮も紘一と同じアルファだが、俺は番がいるオメガだから、迂闊にフェロモンの影響を受けることはないはずだ。





紘一の部屋で薬を飲み、1階に降りると、リビングでソファに腰掛けた蓮がテレビを見ているところだった。眉間にしわが寄っている。今日は特に機嫌が悪そうだ。

邪魔しないようにそろりとキッチンに向かう。ソファの横を通り過ぎる時、舌打ちが聞こえた。

こえー……。なんでこんなイライラしてるんだろ。俺、何もしてないよね?

とばっちりを受けたら嫌だし、食事を持って早く部屋に戻ろう。

目玉焼きやサラダなどの軽いおかずに、みそ汁にごはん。朝食用に作ってくれていたのだろう。すっかり冷めてしまっているが温めれば大丈夫だろう。冷蔵庫扉を閉めようとして、手元に影が落ちる。

「……え、蓮?」
「……うわ、うざ」
「は?会って早々なんなの」

うざってなんだよ

突然の暴言にこちらまでイラッとして、食ってかかりそうになったが、蓮が一気に距離を詰めて来たせいで思わず息をのむ。

「うぁ……っ」

首元に鼻を寄せてきた蓮が、肌の上を這うように、顔をスライドさせる。首回りで、スン、と鼻を鳴らして、においを嗅いでいる。

「あー……よくわかんねえなぁ。そういや、番持ちのオメガって、においがしないんだっけ」
「っ、なんの、はなし」
「はは、これだけで感じてんの?———やっぱお前、発情期なんだな。紘一に相手してもらわなくていいのかよ」

馬鹿にした笑い声に、蔑むような視線。吐息が肌にかかって、ぞわぞわした。腰に回った手の意図に背筋が震え、咄嗟に蓮の胸を突き飛ばした。

「……確かに昨日、発情してたけど、もうだいぶ収まってきてたから」
「だからあいつ、お前を放って仕事に行ったって言うのかよ?なんだ、もしかして俺が思ってるよりもお前って、大事にされてねえの?それとももう飽きられた?」
「発情期に不用心に歩き回ってたのは悪かったよ。すぐ部屋に戻るから、頼むからどいて」

わかりやすい蓮の煽りに毅然とした態度を貫く。言い合いになるくらいならさっさと謝って、立ち去ったほうがいいだろう。

思っていた反応と違っていたのか、蓮が一瞬目を丸くした。だがすぐに不機嫌そうに目を細め、苛ついたように自分の頭を右手で掻く。

「お前が兄貴の番になってから、こっちは面倒なことばっか起きてんだよ。わかるだろ、ずっと兄貴と暮らしてきてんだからさ。お前らが起こした事件のせいで、世間の風当たりにも巻き込まれてんだよ。『オメガを襲ったレイプ犯がいる家』だってな」
「う……」
「それで、大学が近いからって言って、去年から勝手に住み着き始めてさ。兄貴から話を聞いた時、なんの冗談かと思ったよな。俺の許可も取らずに、自分の番を勝手に住まわせるとかさ、まじで迷惑だと思わねえ?ずっと我慢してたけど、もう限界だな」

静かな声の拒絶に、自分の心がナイフで刺されたような心地がした。

許可って、自分が紘一のメールを確認してなかったくせに。ろくに家に帰っていなかったから、紘一もなかなか蓮に相談できなかったんだろう。

この井原家に俺という異分子が入り込んでいることについて、後ろめたさがなかったわけではない。こうして正面から拒絶されるとは思わなかったけど。

楽だからって大学に近い井原家の家に住むことを決めたのも、後ろめたい相手とはいえ、番のそばにいられる安心感を得たかったのも、初恋の相手に会う口実になるかもと内心ほくそ笑んでいたのも。全部自分の都合で、蓮には関係ないことだ。いきなり兄弟の輪の中に入り込んだ俺が、さぞ目障りだったのだろう。

    
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