鈍感なオメガは3兄弟に溺愛される

キルキ

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賢い年上の男の子ということもあり、もしかしたら憧れも混じっていたのかもしれない。とはいえ、俺がこの人に想いを伝えるつもりはなかった。
なぜならこの人は昔から、絵に描いたようなストレートなのだ。今時同性婚も珍しくないご時世だが、漫画やゲームの趣味を聞くに女の子が好きなようだ。

「ヒートって大変だね。身動きが取れなくなるんでしょ」
「身動きとれないだけじゃないよ。しんどくて見っともない気持ちになる」
「男がハアハアしててもなぁ」
「俺だって、ハアハアしたくてしてるわけじゃないし」

彼が男に興味がないことはとうに知っている。切ない気持ちが無いと言えば嘘になるが、大人になった今では、幼い頃の恋心の芽はとうに摘んでいた。紘一と番った時点でこの想いは、子供の頃の懐かしい思い出へと変化していたのである。半年前に和馬に彼女ができた時だって、素直に祝福することができたのだ。完全に吹っ切れていると言ってもいいかもしれない。

だからこそ、誰よりも信頼している和馬にだけは悩みを打ち明けることができる。

「はいはい。でもさ、いつまでも薬使って抑えていられないでしょ」
「大丈夫だって。今は研究も進んでるし、どんどん強い薬も出てるから」
「……本当に大丈夫なの?」

俺は言葉に詰まった。実は、病院の先生に嘘をついて、普通より強い薬を処方してもらっていることは、誰にも話していない。
とはいえ、誰でも使っている薬だし、副作用の話も特に聞いていなかった。だから大丈夫だろうと、高を括っているのだ。

「そもそもさ、抑制剤でそこまでヒートが収まるあんたの体の方がおかしいと思うんだけど」
「それは、そもそも俺、症状が軽い方だし」
「それにしてもじゃない?ヒート中のオメガってもっとしんどそうにしてるじゃん」

ごもっともな指摘に、口を噤む。画面の中で俺が操作していたキャラのHPがゼロになったところで、ゲームの操作音が消える。

つかの間の静寂に、俺が気にしてると思ったのか、和馬さんが空気を変えるかのように声色を変えた。

「まあ俺も、あんたと話すの嫌いじゃないよ。俺の趣味に付き合ってくれるのも、春斗くらいだし」

軽く肩をすくめてそう言うと、和馬さんはコントローラーをデスクの端に置いた。
指先が離れた瞬間、部屋にゲーム音が途切れて、代わりにパソコンのファンの低い音が浮かび上がる。

和馬さんはくるりとデスクチェアを回し、パソコン画面に視線を移した。
モニターには、細かい数値と折れ線グラフがびっしりと並んでいる。
一見すると意味不明なその羅列も、彼にとってはちゃんとした言葉なのだろう。

彼はデイトレーダーだ。

和馬は自分の趣味や仕事のことについて、人に語るのが好きなようだったが、株だの経済だのに関する話は正直、俺には難しい。専門用語も多いし、説明の途中で話が横に逸れることもある。

それでも、俺は和馬さんの話を聞くのが好きだった。ちゃんと聞いて、うなずいたり質問したりすると、彼はほんの少しだけ饒舌になる。その変化に、俺はいつも気づいている。

俺の質問を聞いて、一緒に考えてくれて、必要があれば文献を調べてくれて。
だからつい、彼には何でも話してしまうのだ。相談事も弱音も、紘一とのことだって、本当は和馬にもいうつもりはなかったのに。

「オメガはさ、一度番ったらその人だけになるけど。アルファは違うじゃん」

俺はパソコン画面を見つめたまま、ぽつりと言った。

「だから、いつか紘一には……本当に好きな人と結ばれてほしいんだよ。俺じゃなくて、紘一が自分で選んだ人と」
「……でもさ」

和馬さんがちらりと俺を見る。

「お前、兄貴が自分を愛してないって言ってるけどさ。本人に、そう言われたわけじゃないんでしょ?」
「……そうだけどさ。でも、エッチしてくれないし」
「ガキ相手だからって気を使ってんのかもしれないよ。自分で誘ってみれば?」

言い返しきれずに、視線を逸らす。自分で誘うとか、できるわけがない。

俺が頼めばきっと紘一は最後までしてくれるだろう。彼は番としての務めを、責任を果たすために尽力している。俺が頼めば彼は言うとおりに動んじゃないか。でも、この立場を使って無理矢理体をつなげさせるのは、それは俺の本意じゃない。

沈黙が重くなりかけた、そのとき。

「ねえ、これ教えて」

俺は話題を変えるように、スマホの画面を差し出した。

「経済学の勉強なんだけど」
「はぁ~?」

和馬さんは眉をひそめたあと、画面を覗き込んで、ふっと息を吐いた。

「……うわ、懐かし。こんなの勉強したな~。マクロ経済だっけ。でも、俺より兄貴に教わったほうがいいんじゃない。あいつのほうが頭いいし、説明もうまいでしょ」
「でも、和馬さん詳しいでしょこういうの。それに俺は、和馬さんに教えてもらいたいんだよ」

そう言うと、彼は一瞬だけ言葉に詰まったみたいに口を閉じた。そして、気まずそうにしながらスマホの画面を伏せる。

「……一つ言っていい?」
「なに」
「一回、顔洗ってきてほしいんだけど」
「え」
「気づいてないみたいだけどさ、頬がまだ赤いし、なんか目が潤んでるし、触ったらびくってされるし」

黒縁眼鏡の奥で、視線が一度だけ彷徨った。

「いくら俺がベータでも……その、目のやり場に困るんだけど」

言い終わると同時に、彼は咳払いをして、デスクの端に置かれたコントローラーを指先で軽く押しやった。

「え、あ、ごめん」

慌てて立ち上がる。
彼を惑わすつもりなんてなかったから、俺は余計に焦った。
椅子が床を擦る音が、やけに大きく部屋に響く。

「戻ってきたら教えてやるからなー」

和馬がひらひらと手を振っていた。ぶっきらぼうだけどどこか落ち着くその声を聞きながら、部屋を出た。
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