箒は魔法よりも強し

薄荷グミ

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第一話 突然の別れ

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 父さんと母さんが死んだ。
 死病だった。

 死病には大人だけが罹るものと、子どもも罹るものの二種類があって、父さんと母さんが罹ったのは後者だった。

 この死病、どちらも症状は似ている。はじめ、蛇が這った跡のような不思議な模様の痣が腕に現れる。それが全身に広がると、高熱や嘔吐といった症状が出て、死に至る。熱が出るまで、つまり痣が全身に広がるまでは、他人に伝染しないらしい。
 二つの違いは、その痣の色だ。大人だけが罹るものは赤色、子どもも罹るものは青色の痣が現れる。

 父さんと母さんの場合、店の仕入れから帰ってきた次の日に青色の痣が出た。
 数日様子を見て僕の腕に痣が現れないことを確認すると、父さんはこう言った。

「アトロ、父さんと母さんはお前をまだ死なせたくない。だから、お別れだ。明日、南の山の崖から身投げする。門衛には死体を焼くようお願いしてあるから、一通り済んだら、お隣の食堂と大通りの革雑貨屋にそこの手紙を持っていきなさい」

 父さんの目にはたくさんの涙が溜まっていたけれど、一滴もこぼれなかった。母さんは、何も言わずにずっと泣いていた。


 そして今日。僕は母さんと一緒に朝ご飯を作った。三人でいっぱい笑いながら食べて、笑顔で見送った。涙は隠せていた、と思う。

 二時間ほど泣いて少し落ち着いた頃に、お客さんが来た。騎士団の人だった。

「君がアトロくん?」
「はい、そうです。父さんと母さんのことですか?」
「……うん。墓地で簡単にだけど火葬を行うから、迎えに来たんだ。つらいようなら埋葬が終わってから呼びに来るけど、来られるかい?」
「……いきます。いってらっしゃいしか、言えなかったから」
「わかった。じゃあ準備が出来たら声をかけてね」


 葬式は三時間ほどで終わった。
 不思議と涙は出てこなくて、すっきりした気持ちで別れの挨拶をすることができた。

 帰りも騎士団の人が送ってくれた。

「アトロくん、いまいくつ?」
「10歳です」
「奉公に出るにはまだ早いか。これからどうするかは……決まってないよね」
「母さんが書いてくれた手紙があるので、それを読んでから考えます」

 食堂と革雑貨屋に渡す分とは別に、もう一通あったはずだ。

「そっか。もし、どうしても困ったら騎士団を頼るといいよ。おすすめはしないけど、子どもにも出来ることで誰もやりたがらない仕事は山ほどあるから」
「子どもでもできるのに、騎士団の人はやらないんですね」
「やらなくても困るのは俺たちで、市民には影響ないからね……っと、着いたね。じゃ、色々大変だろうけど、しっかりね。しばらくこの通りの警備は増員されるから、何かあったら遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます。がんばります」

 あ、名前聞くの忘れてた。騎士にしては細くて頼りない感じだけど、優しくていい人だったな。

「ただいま」

 しまった。行ってきますって言わなかったな。挨拶はちゃんとしなさいって、言われてたのに。

 手洗いうがいをし、母さんが書いた手紙の封を切る。
 他の二通は宛名が整った字で書かれているのに、これは母さんらしい丸っこくてかわいい字で書いてあって、思わず笑ってしまう。


『親愛なるアトロへ

 アトロ、ごめんね。せめてもう一年あとだったら、学校に行かせてあげられたのに、ごめんね。

 中略

 時間がなくて十分に準備をすることはできなかったけれど、最低限のことはお隣と革雑貨屋さんにお願いしてあります。必ず自分で手紙を渡すこと。食事はお隣、お役所の手続き関係は革雑貨屋さんが面倒を見てくれます。
 お役所の手続きですが、これはうちのお店のことで必要になります。ここの土地はマクネビル公爵様からお借りしています。収入がないと借りられない決まりなので、いつまでに退去するか、いつまで住んでいて良いかの相談をしなきゃいけません。早めに付き添いをお願いすること。
 貯金が少なくてごめんね。借金はないので、お店の物、お父さんとお母さんの私物は好きに使ってください。

 中略

 お父さんとお母さんがいなくても、掃除は毎日必ずすること。早寝早起きをすること。手洗いうがいを忘れないこと。歯みがきを欠かさないこと。はっきりと挨拶をすること。好き嫌いしないこと。かわいいお嫁さんを見つけること。

 私たちのかわいいアトロが、いつまでも健康でいられますように

                                       ミゲル アウラ』


「これじゃ書き置きみたいだよ、母さん」

 そういえば今朝は掃除しなかったな。夕飯までもうちょっと時間あるし、今のうちにやっておこう。

 いつものように掃除用具入れを開けたところで、ふと気づいた。

「そっか。母さんの箒も、父さんのはたきも、僕が使っていいんだ」

 僕は昔から掃除が好きだった。
 父さんと母さんが使っているものは全部欲しがっていたし、お店の手伝いもしたくてしょうがなかった。親の真似をしたくてしょうがなかった。
 小さいうちに手伝えることなんて掃除くらいだったから、雑巾で床を撫でて満足していたのをなんとなく覚えている。自分用の小さい箒を買ってもらったのは、五歳の頃だったかな。
 それ以来、掃除ができれば満足だった。きれいに掃除をすると母さんは喜んでくれたし、母さんの機嫌が良いとたまに父さんがお小遣いをくれた。

 その意味がわかったのは、一年前だ。

「いや、やっぱり今日は自分のでやろう。今日は二人ともお休み。明日からよろしくね」


 一人でやる掃除は、やっぱり寂しい。
 品物の仕入れとかで一人で掃除することはあったけど、それがずっと続くと考えると泣きそうになる。

 でも、父さんの担当だった戸棚の上とか、母さんの担当だったキッチンの掃除ができるのはちょと嬉しい。つらいことばかりじゃ、ないよね。


 掃除が終わって時計を見ると、夜の八時を過ぎていた。

「これからお世話になるのに、遅くなっちゃった」

 お隣宛の手紙をとり、店の鍵をかける。

「行ってきます」

 大股で十歩のお隣さんだけどね。

「こんばんは、おばちゃん」
「ああ、アトちゃん。いらっしゃい、ごはん食べられそう?」
「うん、お昼食べそこなっちゃったからお腹ぺこぺこ」
「……そう。あ、カウンターの端っこの席がアトちゃん専用になったから。何食べる?」
「え、おばちゃんたちと同じのじゃないの?」
「私たちは閉店してから余りもの食べるから」
「じゃあ父さんがいつも食べてた鶏肉のやつ下さい」
「あ……ちょっと辛いわよ?」
「そう言っていつもわけてくれなかったから、気になってて」

 嘘だ。
 ただ、思い出をなぞりたいだけ。辛いの苦手だし。

「そうだ、これ父さんと母さんから手紙。おじちゃんは配達?」
「うん、アトちゃんが来るちょっと前にね。あら、アウラちゃん、こんな字だったかしら」
「頑張って書いたみたいだよ? 僕のはいつもの丸い字だったけど」
「こんなところで気遣わなくていいのにねぇ……」

 なんて書いてあるんだろう。聞いてもいいのかな。

「おーう戻ったぜぇ。っとアトロ来てたのか。遅かったな」
「こんばんは、おじちゃん。お世話になります。ちょっと掃除に熱中しちゃって」
「なんだ、思ったより元気そうじゃねぇか。こういうときは泣いていいんだぜ? うちのばーさんみたいによ」
「今朝いっぱい泣いたから、今日はもう売り切れ。しばらくは毎日入荷するけど」
「そうかい。ばーさんがさっきから読んでるのは、ミゲルからか?」
「父さんが書いたら読めないよ。二人からだと思うけど、書いたのは母さん」
「そういやあいつ字書くの下手くそだったな。ばーさん、読んだらよこせ」
「あんたはアトちゃんのごはん作っておくれよ。鶏肉の薄紅揚げだってさ」
「へぇ、じゃあ明日は豚とトマトの刻み揚げだな」

 母さんが好きだったのは白身魚の香草焼きなんだけどなぁ。高いから滅多に頼まなかったんだよね。

「で、ばーさん。何て書いてあったんだ?」
「退去するときの片づけのお手伝いのお願いと、アトちゃんの帰る場所になってほしいって」
「なんだ、昨日言いに来たことと同じじゃねぇか」
「あの、帰る場所って?」
「アトちゃん、遠くないうちにお店から出なきゃいけなくなるでしょ? アトちゃんがこれからどうするかはわからないけど、どうしても身を寄せる場所がないって状況になったら、うちが面倒見るってこと。命綱みたいなものね」
「あとあれだな。もし働き口とかが見つかっても、帰る家があるのと無いのじゃ全然違うからよ、お隣なら家の代わりくらいにはなるだろ? そういうこった」
「すみません、ありがとうございます」

 子ども一人育てるのも楽じゃないはずなのに。
 恵まれてるなぁ。


 初めて食べる鶏肉の薄紅揚げは、思ったよりも辛かった。
 思わずむせて、慌てて水を飲むはめになって、恥ずかしかった。
 背伸び、しなければよかったかな。

「さ、もういい時間だ。今日は疲れただろうし、もう寝な」
「アトちゃん、寂しかったらうちで寝てもいいのよ?」
「平気。一日目から外泊なんて、母さん絶対怒るよ」
「ミゲルは心配で押しかけてくるかもなぁ」
「あんた……」
「ごはん、ごちそうさまでした。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
「また明日ね。待ってるわ」

 また明日、か。
 何時ごろに行けばいいか聞きそびれちゃったな。

「ただいま」

 まずは手洗いうがい、だよね。

「うぅ……まだちょっとヒリヒリする」

 大きくなったらリベンジしよう。

 お風呂に入って、歯磨きを済ませたらもう十時前だった。
 明日は革雑貨のおじいさんのところに行かなきゃね。

「おやすみなさい」


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