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第二話 僕とおじいさんと公爵様
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朝日の眩しさで目が覚めた。
母さんがごはんを作る音が聞こえないだけで、ずいぶん静かに感じる。
「おはよう」
もう父さんを起こしに行くこともないんだね。
うるさかったいびきも、もう聞けないんだ。
「どうざん……があざん……!」
涙をごまかすように顔を洗って、ついでに歯を磨く。
さすがにこのままお隣に行くとおばちゃんが心配しそうなので、落ち着くまで掃除をすることにする。
母さんの箒と、父さんのはたき。
「今日から僕が使うから、よろしくね」
鼻をすすりながらじゃあ、何を言っても格好つかないね。
掃除は昨日よりも時間がかかった。
泣きながらだったからなのか、ずっと使いたかった道具で掃除できるのが嬉しかったからなのかは、わからない。
「もう九時半って、三時間も掃除してたのか。朝ごはん食べなきゃ」
「おはよう、おばちゃん」
「おはよう。お寝坊さんだったの?」
「ううん、掃除してた」
「アトロは本当に掃除が好きだなぁ」
「あ、おじちゃんおはよう」
「おう、おはようさん。ベーコンと目玉焼きでいいか?」
「うん。あ、目玉焼きは完熟がいいな」
「あいよ」
「アトちゃん、きょうはどうするの?」
「きょうは革雑貨のおじいさんのところに行くよ。お役所の手続きを手伝ってもらうことになってるんだ」
「ダガンさんなら安心ね。あの人、色々なところに顔が利くから」
「でも昔の話はしてくれないんだよね」
「俺と違ってやましいことだらけなんだろうよ」
「おじちゃん嘘つきだからなぁ」
何気ない会話が、楽しい。
今までそんなこと、考えたこともなかった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
「おい、パンのおかわりはしなくてよかったのか?」
「うん。もう十時だし、お昼ご飯食べられなくなっちゃう」
「明日からはもう少し早くいらっしゃいね」
「役所に行くのは午後だろ? それまでどうすんだ?」
「お店開けるよ。在庫はなるべく減らさないと、お店返すとき大変だもん」
「そりゃまた、たくましいこって」
「それじゃあ十二時過ぎにまたくるね」
お店には常連さんが一人だけ来た。
うちは日用品を扱っているけれど、石けん以外は買わないお客さんだった。
先立つものが必要だろうと、普段は買わない食器や掃除用具を買っていってくれた。
その優しさが、ちょっとだけ痛い。
お昼はサンドイッチだった。
時々差し入れでもらっていたから食べ慣れてはいるんだけど、チーズと甘く炊いたニンジンが一緒に挟んであるやつだけはよくわからない。母さんはいつも父さんにあげてたなぁ。
「ごちそうさまでした。そろそろ行かないと」
「お手紙持った? ダガンさんによろしくね」
「気ぃつけていけよ」
「うん、いってきます」
大通り沿いにある革雑貨屋さんには、五分ちょっとで着いた。
「いらっしゃい。ああ、アト坊か。もうしばらくは来ないと思ってたけど、来たな」
「こんにちは、おじいさん。これ、父さんと母さんから手紙」
「アウラちゃんはまめだねぇ。ちょっと読むから、適当にくつろいでなさい」
「はーい」
おじいさんのお店は、革のにおいがするから昔は苦手だった。
革製品の手入れ道具があるのを知ってからは、時々遊びに来ている。革靴の手入れの仕方を教わって、父さんの靴を磨いたりもしたなぁ。あの靴、どうしようかな。
「待たせたな。役所行くんだろう?」
「あ、うん。手紙、なんて書いてあったの?」
「アト坊がオロの食堂で世話になることになったら、後見人になってくれってよ。まあこないだ直接頼まれたことだ、今さらよ」
「後見人って、おじちゃんたちとは違うの?」
「学校に通うためには身元を保証する人が必要でな、オロたちは本当の親じゃないから別の誰かからお墨付きをもらわなきゃいかんのよ。その役割を果たすのが後見人ってやつだ。本当はほかにも色々あるが、まあ気にせんでいいぞ」
「ふうん。じゃ、そうなったらよろしくお願いします」
役所は貴族街と下町の境目にあった。
お城が近くに見えて、少し興奮する。掃除のしがいがありそうなんだよね。
「こんにちは。どのようなご用件で?」
「下町の西通りにある雑貨屋ルナクルスの借用条件その他について、この子が確認せにゃならんでな、その付き添いよ」
「ああ、先日連絡があった……ってダガンさん!? 失礼しました、応接室にご案内しますのでお待ちください」
「おじいさん、実は偉いの?」
「まあ、オロよりは偉いな」
「浮気は三回以内ってことね」
「死んだばあさんには言うなよ?」
「どうしよっかなー」
でも本当になんなんだろうね。
「お、お待たせしました。こちらです……」
「青い顔をしてどうした? わしがそんなに怖いか」
「い、いえ……その……」
「言えんのか」
「か、閣下の使いの者に話をしたのですが、その……閣下がお会いになるとのことでして……」
「閣下って公爵様のこと?」
「え、ええ」
「あの公爵様が直々にだなんて、アト坊も大物だな」
「それはおじいさんのほうでしょ」
案内されたのは机も椅子も絨毯もすごく高そうな、広い部屋だった。
ちょっとほこりっぽい? あまり使ってないのかな。
「こちらでお待ちください。三十分ほどでお見えになるそうです」
「じゃあ紅茶淹れてくれ。アト坊はミルクいるか?」
「ううん。レモンでお願いします」
「承知しました」
おじいさん、くつろぐ気満々だよね。
僕ちょっと緊張してるのに。
「アト坊、公爵様は一時間は来ないからな。部屋から出ないならうろちょろしてても大丈夫だぞ」
「え? 三十分って言ってなかった?」
「お貴族様は時間通りには来ない。ひとつ賢くなったな」
「よくわかんないけど、公爵様も忙しいよねきっと。お屋敷も貴族街の奥の方なんでしょ?」
「いや、公爵様のお屋敷はすぐそこだぞ。そこの窓から見えるんじゃないか? とんがり帽子の白いやつだ」
「へえ……あ、あった。あれだけ広いと掃除のしがいがありそうだね」
「公爵様に雇ってくれって頼んでみるか?」
「……」
「どうした、空に何か見えるのか?」
「え? あ、ううん。ちょっと窓が汚れてるなーって思って」
「そうか?」
「うん。それに、ちょっとこの部屋ほこりっぽくない?」
「わしにはわからんなぁ……」
「もう歳だもんね」
「おう、いたわれよ」
公爵様が来たのは、一時間と二十分くらい経ってからだった。
思っていたよりも若い人で、父さんよりちょっと年上くらいに見える。四十を過ぎたくらいかな。
「君がアトロくんだね、はじめまして。ダガンも久しぶり」
「は、はじめまして」
「三年ぶりですかな、公爵様」
「もうそんなになるか。早いものだね」
おじいさん、何者なの。
「ええと、アトロくんがいま住んでいる土地のお話だよね」
「はい。いつまでに公爵様にお返しすれば良いのかの確認をしに参りました」
「おや、お行儀が良いんだね。ご両親のことは……残念だったね」
「お気遣い、ありがとうございます……」
「まずいつまでに、ということだけど、本当なら一週間以内に退去しなきゃいけないんだ。でも君はまだ子どもだし、一週間でこの先の生き方を決めるのは酷だと思ってね。ひと月はこのまま使っても構わないよ。もちろん、それより早く方針が決まったら返してもらうことになるけど」
「公爵様はお優しいですな。わしも安心しましたぞ」
お、おじいさん……
「茶化さないでくれよ、ひと月でも心苦しいくらいなんだから。それでね、アトロくん。もしよかったらなんだけど、引き払うときに売れ残ったお店の商品を譲ってほしいんだ」
「構いませんけど……公爵様がお使いになるようなものがあるかどうか……」
「たしか日用品を扱っているんだったよね? 騎士団とか宮仕えの者たちなら使うと思ってね。行き渡らないようならうちの使用人に回すし」
「お優しい公爵様なら、買い取ってくださると思っておったのですが」
「入居者病死から半年以内に同居人退去の場合、改修費用の一割を負担する。この王都で共通のルールだよ、ダガン。それに代わる提案だったんだけど」
「それをちゃんとこの子に説明せねば、そこらの傲慢貴族と大差ありませんぞ」
「ああ、そうか、そうだったね。すまない、説明不足だった」
「いえ、いまちゃんとご説明いただきましたので」
おじいさんに来てもらってよかった。
借用書は僕にはまだ難しいし、いま聞いたルールだって知らなかった。
ちょっと失礼な発言が目立つけど、大丈夫なのかな。
このあと、いまはどうしているのかとか、ひと月分の生活費はあるかとかを聞かれた。
お貴族様ってもっと偉そうにしていると思ってたけど、公爵様はいい人だったな。
役所を出ようとしたとき、
「おっと、公爵様に伝え忘れたことがあった。アト坊、受付のとこの長椅子に座って待ってなさい。すぐ戻る」
「え、うん、わかった」
おじいさんは十分ちょっとで戻ってきた。
「すまんすまん。さ、帰ろうか」
「うん。なに話してたの?」
「まあちょっと、な。大人の話だ」
「ふーん? おじいさんと公爵様ってどういう関係なの?」
「大家さんと知り合いじゃおかしいか?」
「でも、公爵様ってとっても偉いんだよね?」
「そうだな、陛下の末の弟だから偉いかもしれないな」
「王様の弟……おじいさん、不敬だったんじゃない?」
「お、難しい言葉知ってるなぁ。でもなアト坊、年寄りはいたわるもんだ」
「なにそれ、変なの。じゃあさ――」
結局、おじいさんの昔のことは一つも教えてもらえなかった。
おじちゃんの言うとおり、やましいことがあるのかな。
「じゃ、しっかりやれよ。オロとニナじゃどうにもならんときは、わしのところに来なさい」
「うん、ありがとう。またね」
書き置きにあったやらなきゃいけないことは大体済んだけど、あと一か月どうしよう。
住み込みで働けるところ、どう探せばいいのかな。
おじいさんに聞けばよかった。
母さんがごはんを作る音が聞こえないだけで、ずいぶん静かに感じる。
「おはよう」
もう父さんを起こしに行くこともないんだね。
うるさかったいびきも、もう聞けないんだ。
「どうざん……があざん……!」
涙をごまかすように顔を洗って、ついでに歯を磨く。
さすがにこのままお隣に行くとおばちゃんが心配しそうなので、落ち着くまで掃除をすることにする。
母さんの箒と、父さんのはたき。
「今日から僕が使うから、よろしくね」
鼻をすすりながらじゃあ、何を言っても格好つかないね。
掃除は昨日よりも時間がかかった。
泣きながらだったからなのか、ずっと使いたかった道具で掃除できるのが嬉しかったからなのかは、わからない。
「もう九時半って、三時間も掃除してたのか。朝ごはん食べなきゃ」
「おはよう、おばちゃん」
「おはよう。お寝坊さんだったの?」
「ううん、掃除してた」
「アトロは本当に掃除が好きだなぁ」
「あ、おじちゃんおはよう」
「おう、おはようさん。ベーコンと目玉焼きでいいか?」
「うん。あ、目玉焼きは完熟がいいな」
「あいよ」
「アトちゃん、きょうはどうするの?」
「きょうは革雑貨のおじいさんのところに行くよ。お役所の手続きを手伝ってもらうことになってるんだ」
「ダガンさんなら安心ね。あの人、色々なところに顔が利くから」
「でも昔の話はしてくれないんだよね」
「俺と違ってやましいことだらけなんだろうよ」
「おじちゃん嘘つきだからなぁ」
何気ない会話が、楽しい。
今までそんなこと、考えたこともなかった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
「おい、パンのおかわりはしなくてよかったのか?」
「うん。もう十時だし、お昼ご飯食べられなくなっちゃう」
「明日からはもう少し早くいらっしゃいね」
「役所に行くのは午後だろ? それまでどうすんだ?」
「お店開けるよ。在庫はなるべく減らさないと、お店返すとき大変だもん」
「そりゃまた、たくましいこって」
「それじゃあ十二時過ぎにまたくるね」
お店には常連さんが一人だけ来た。
うちは日用品を扱っているけれど、石けん以外は買わないお客さんだった。
先立つものが必要だろうと、普段は買わない食器や掃除用具を買っていってくれた。
その優しさが、ちょっとだけ痛い。
お昼はサンドイッチだった。
時々差し入れでもらっていたから食べ慣れてはいるんだけど、チーズと甘く炊いたニンジンが一緒に挟んであるやつだけはよくわからない。母さんはいつも父さんにあげてたなぁ。
「ごちそうさまでした。そろそろ行かないと」
「お手紙持った? ダガンさんによろしくね」
「気ぃつけていけよ」
「うん、いってきます」
大通り沿いにある革雑貨屋さんには、五分ちょっとで着いた。
「いらっしゃい。ああ、アト坊か。もうしばらくは来ないと思ってたけど、来たな」
「こんにちは、おじいさん。これ、父さんと母さんから手紙」
「アウラちゃんはまめだねぇ。ちょっと読むから、適当にくつろいでなさい」
「はーい」
おじいさんのお店は、革のにおいがするから昔は苦手だった。
革製品の手入れ道具があるのを知ってからは、時々遊びに来ている。革靴の手入れの仕方を教わって、父さんの靴を磨いたりもしたなぁ。あの靴、どうしようかな。
「待たせたな。役所行くんだろう?」
「あ、うん。手紙、なんて書いてあったの?」
「アト坊がオロの食堂で世話になることになったら、後見人になってくれってよ。まあこないだ直接頼まれたことだ、今さらよ」
「後見人って、おじちゃんたちとは違うの?」
「学校に通うためには身元を保証する人が必要でな、オロたちは本当の親じゃないから別の誰かからお墨付きをもらわなきゃいかんのよ。その役割を果たすのが後見人ってやつだ。本当はほかにも色々あるが、まあ気にせんでいいぞ」
「ふうん。じゃ、そうなったらよろしくお願いします」
役所は貴族街と下町の境目にあった。
お城が近くに見えて、少し興奮する。掃除のしがいがありそうなんだよね。
「こんにちは。どのようなご用件で?」
「下町の西通りにある雑貨屋ルナクルスの借用条件その他について、この子が確認せにゃならんでな、その付き添いよ」
「ああ、先日連絡があった……ってダガンさん!? 失礼しました、応接室にご案内しますのでお待ちください」
「おじいさん、実は偉いの?」
「まあ、オロよりは偉いな」
「浮気は三回以内ってことね」
「死んだばあさんには言うなよ?」
「どうしよっかなー」
でも本当になんなんだろうね。
「お、お待たせしました。こちらです……」
「青い顔をしてどうした? わしがそんなに怖いか」
「い、いえ……その……」
「言えんのか」
「か、閣下の使いの者に話をしたのですが、その……閣下がお会いになるとのことでして……」
「閣下って公爵様のこと?」
「え、ええ」
「あの公爵様が直々にだなんて、アト坊も大物だな」
「それはおじいさんのほうでしょ」
案内されたのは机も椅子も絨毯もすごく高そうな、広い部屋だった。
ちょっとほこりっぽい? あまり使ってないのかな。
「こちらでお待ちください。三十分ほどでお見えになるそうです」
「じゃあ紅茶淹れてくれ。アト坊はミルクいるか?」
「ううん。レモンでお願いします」
「承知しました」
おじいさん、くつろぐ気満々だよね。
僕ちょっと緊張してるのに。
「アト坊、公爵様は一時間は来ないからな。部屋から出ないならうろちょろしてても大丈夫だぞ」
「え? 三十分って言ってなかった?」
「お貴族様は時間通りには来ない。ひとつ賢くなったな」
「よくわかんないけど、公爵様も忙しいよねきっと。お屋敷も貴族街の奥の方なんでしょ?」
「いや、公爵様のお屋敷はすぐそこだぞ。そこの窓から見えるんじゃないか? とんがり帽子の白いやつだ」
「へえ……あ、あった。あれだけ広いと掃除のしがいがありそうだね」
「公爵様に雇ってくれって頼んでみるか?」
「……」
「どうした、空に何か見えるのか?」
「え? あ、ううん。ちょっと窓が汚れてるなーって思って」
「そうか?」
「うん。それに、ちょっとこの部屋ほこりっぽくない?」
「わしにはわからんなぁ……」
「もう歳だもんね」
「おう、いたわれよ」
公爵様が来たのは、一時間と二十分くらい経ってからだった。
思っていたよりも若い人で、父さんよりちょっと年上くらいに見える。四十を過ぎたくらいかな。
「君がアトロくんだね、はじめまして。ダガンも久しぶり」
「は、はじめまして」
「三年ぶりですかな、公爵様」
「もうそんなになるか。早いものだね」
おじいさん、何者なの。
「ええと、アトロくんがいま住んでいる土地のお話だよね」
「はい。いつまでに公爵様にお返しすれば良いのかの確認をしに参りました」
「おや、お行儀が良いんだね。ご両親のことは……残念だったね」
「お気遣い、ありがとうございます……」
「まずいつまでに、ということだけど、本当なら一週間以内に退去しなきゃいけないんだ。でも君はまだ子どもだし、一週間でこの先の生き方を決めるのは酷だと思ってね。ひと月はこのまま使っても構わないよ。もちろん、それより早く方針が決まったら返してもらうことになるけど」
「公爵様はお優しいですな。わしも安心しましたぞ」
お、おじいさん……
「茶化さないでくれよ、ひと月でも心苦しいくらいなんだから。それでね、アトロくん。もしよかったらなんだけど、引き払うときに売れ残ったお店の商品を譲ってほしいんだ」
「構いませんけど……公爵様がお使いになるようなものがあるかどうか……」
「たしか日用品を扱っているんだったよね? 騎士団とか宮仕えの者たちなら使うと思ってね。行き渡らないようならうちの使用人に回すし」
「お優しい公爵様なら、買い取ってくださると思っておったのですが」
「入居者病死から半年以内に同居人退去の場合、改修費用の一割を負担する。この王都で共通のルールだよ、ダガン。それに代わる提案だったんだけど」
「それをちゃんとこの子に説明せねば、そこらの傲慢貴族と大差ありませんぞ」
「ああ、そうか、そうだったね。すまない、説明不足だった」
「いえ、いまちゃんとご説明いただきましたので」
おじいさんに来てもらってよかった。
借用書は僕にはまだ難しいし、いま聞いたルールだって知らなかった。
ちょっと失礼な発言が目立つけど、大丈夫なのかな。
このあと、いまはどうしているのかとか、ひと月分の生活費はあるかとかを聞かれた。
お貴族様ってもっと偉そうにしていると思ってたけど、公爵様はいい人だったな。
役所を出ようとしたとき、
「おっと、公爵様に伝え忘れたことがあった。アト坊、受付のとこの長椅子に座って待ってなさい。すぐ戻る」
「え、うん、わかった」
おじいさんは十分ちょっとで戻ってきた。
「すまんすまん。さ、帰ろうか」
「うん。なに話してたの?」
「まあちょっと、な。大人の話だ」
「ふーん? おじいさんと公爵様ってどういう関係なの?」
「大家さんと知り合いじゃおかしいか?」
「でも、公爵様ってとっても偉いんだよね?」
「そうだな、陛下の末の弟だから偉いかもしれないな」
「王様の弟……おじいさん、不敬だったんじゃない?」
「お、難しい言葉知ってるなぁ。でもなアト坊、年寄りはいたわるもんだ」
「なにそれ、変なの。じゃあさ――」
結局、おじいさんの昔のことは一つも教えてもらえなかった。
おじちゃんの言うとおり、やましいことがあるのかな。
「じゃ、しっかりやれよ。オロとニナじゃどうにもならんときは、わしのところに来なさい」
「うん、ありがとう。またね」
書き置きにあったやらなきゃいけないことは大体済んだけど、あと一か月どうしよう。
住み込みで働けるところ、どう探せばいいのかな。
おじいさんに聞けばよかった。
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