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最終話 母さんからの最後の宿題
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それから三日がたって、ついに局長さんが視察に来ることになった。
午前中に来るらしく、急に知らされた侍女のお姉さんたちは大慌てで準備していた。
お姉さんたち、本当はお化粧しちゃいけないんだってさ。
「それで、どうしておじいさんがいるの?」
「公爵様から聞いてな。なに、あのくそ狸を笑いに来ただけよ」
すごく性格悪いこと言ってない?
「わしの昔の話は聞いたか?」
「うん。前の王様のなんとかと、騎士団の名誉師範なんだよね」
「うむ。城から出た理由も聞いたか?」
「えっと、局長さんを斬り殺そうとしたとかなんとか?」
「あー、まあ間違いではないんだがの」
間違っててほしかったよ、僕は。
「本当の理由はくそ狸が来たらわかる」
「よっぽど嫌いなんだね」
「きょうこそ息の根を止めてくれるわ」
局長さんは部下を三人引き連れてやってきた。ぶくぶく太っていて、おじいさんと違って不健康そうに見える。
案内役は騎士団長さんだ。
「して、レリーグル殿。なぜダガンがここにいるかはさておき、この少年は?」
「マクネビル公爵の要請により雇い入れました、アトロという少年でございます。まだ十歳のため魔法は使えませんが、掃除の腕がたしかとのことで下働きをさせております」
「ではあの報告とも関係が?」
「はい。実際にご覧になられた方が早いでしょう」
団長さんはそういって会議室の扉を開けた。
お名前、レリーグルさんていうんだね。
「こちらは侍女らが清掃魔法にて掃除をしている部屋です」
「ふむ、たしかに掃除してあるようだ。清掃魔法による残留魔力も感じるし、汚れているところも見当たらない。特に問題ないように思うが?」
「ではお隣の資料室へどうぞ」
局長さん、見る目ないね。
「こちらは清掃魔法を使わずに、少年主導で掃除をしてあります」
「む……こちらの方がきれいだと言われるとそのような気もするが、明確な違いがわからん。おい少年、どこがどう違うのか説明せい」
「え、僕がですか?」
「当たり前だろう! はよぅせい!」
怒鳴られちゃった。
あ、おじいさん抑えて抑えて。
「えっと、本当は実際にあちこち触ってみて手にほこりがつくかを調べれば早いんですけど、外から窓を見るのが手も汚れなくて済むし簡単です。あ、会議室のすみっこにはカビが生えてます」
「……なに? いまなんと言った?」
「カビ、生えてます」
「見せたまえ」
偉そうなうえに恐いよ、この人。
「こちらの黒いシミのようなものがカビです」
「おい、このなかで清掃魔法を使える者はおるか?」
「はっ、我々が」
「では使え」
「承知しました。――クリアルヴィレ」
「……消えぬな」
「はい。これでおわかりいただけましたかな? ゴルザール局長」
「……」
うわ、ぷるぷる震えてる。顔も真っ赤っか。
「だから言ったであろう、ゴルザール。真に衛生環境を保つためには、清掃魔法では不十分だと。お前たち、そろそろ仕事だ」
え? おじいさん知ってたの?
ていうか、その人たち誰?
「黙れダガン! それになぜ魔法局の連中までいるのだ!」
「わしが呼んだからだ」
「なんのために!」
「償い、かの。その者たちは魔力が生物に与える影響について研究している。伝染病にも詳しい」
「償いだとぉ? それと一体何の――」
「ダガン殿、このカビから、赤蛇痕熱――赤の死病の特徴が出ました」
赤の死病……。
「……そうか。お前たちは急ぎ陛下に伝えよ。さて、ゴルザール」
「な、なんだ」
「この事実から何がわかるか、貴様ならわかるだろう?」
「カ、カビが死病の原因に変質したということだ」
「どうやって?」
「……魔力だ。長い時間残留魔力にさらされたことで、変質したと考えられる」
「そうだ。かの死病は魔法が生活に根差し始めてから増えてきた。特に清掃魔法が普及してからの増え方が顕著だった。わしはそれを何度指摘した? 忘れたとは言わせんぞ」
「くっ……」
「先代の王は赤の死病に罹り、毒杯を呷った。だが、避けられたかもしれんのだ」
「だが先王は――」
「そうだ。肺病を召され、体力が落ちていた。たしかに体力が落ちていると死病に罹りやすくなるが、それでも危険性は下げられたはずだ」
おじいさんはそれだけ言うと帰ってしまった。
とぼとぼと歩く背中が、いつもより小さく見えた。
◇◆◇◆◇
それから一ヶ月が経ったある日、部屋の掃除をしていたらおじいさんがやってきた。
「元気にしておるか、アト坊」
「うん、元気。掃除が楽しいからね。なにかお城に用事?」
「いや、お前さんにな」
てっきり死病の原因がどうたらこうたらでお城に来たと思ったんだけど、違ったのか。
「死病の原因の話はどこまで聞いたか?」
「えっと、赤い方が黒カビで、青い方が白カビって聞いたよ」
「なんだ、青の方も聞いておったか」
「うん、昨日の夜に聞いた」
「すまなかったの」
「どうしておじいさんが謝るの?」
「死病と清掃魔法が関係しているのではと思ってはおったが、決め手がなくてな。結果、死病の拡大を止められなかった。ミゲルもアウラちゃんも、死なずに済んだかもしれなかったのにな」
おじいさんのせいじゃ、ない。
「先王が亡くなってから、ずっと心残りでな。あのとき、役所でアト坊がほこりっぽいと言ったあのとき、もしかしたらと思った。爺の無念を晴らしてくれて、ありがとう」
「僕はなにもしてないよ。掃除しただけだし」
「欲がないのぅ。でもこれで、アト坊が死病に罹る可能性もぐっと下がった。ミゲルもアウラちゃんも安心だろう」
「ううん、まだだよ。まだ、母さんの書き置きのなかで、やってないことあるもん」
「ほう、なにが残っとる?」
「かわいいお嫁さんを見つけること!」
午前中に来るらしく、急に知らされた侍女のお姉さんたちは大慌てで準備していた。
お姉さんたち、本当はお化粧しちゃいけないんだってさ。
「それで、どうしておじいさんがいるの?」
「公爵様から聞いてな。なに、あのくそ狸を笑いに来ただけよ」
すごく性格悪いこと言ってない?
「わしの昔の話は聞いたか?」
「うん。前の王様のなんとかと、騎士団の名誉師範なんだよね」
「うむ。城から出た理由も聞いたか?」
「えっと、局長さんを斬り殺そうとしたとかなんとか?」
「あー、まあ間違いではないんだがの」
間違っててほしかったよ、僕は。
「本当の理由はくそ狸が来たらわかる」
「よっぽど嫌いなんだね」
「きょうこそ息の根を止めてくれるわ」
局長さんは部下を三人引き連れてやってきた。ぶくぶく太っていて、おじいさんと違って不健康そうに見える。
案内役は騎士団長さんだ。
「して、レリーグル殿。なぜダガンがここにいるかはさておき、この少年は?」
「マクネビル公爵の要請により雇い入れました、アトロという少年でございます。まだ十歳のため魔法は使えませんが、掃除の腕がたしかとのことで下働きをさせております」
「ではあの報告とも関係が?」
「はい。実際にご覧になられた方が早いでしょう」
団長さんはそういって会議室の扉を開けた。
お名前、レリーグルさんていうんだね。
「こちらは侍女らが清掃魔法にて掃除をしている部屋です」
「ふむ、たしかに掃除してあるようだ。清掃魔法による残留魔力も感じるし、汚れているところも見当たらない。特に問題ないように思うが?」
「ではお隣の資料室へどうぞ」
局長さん、見る目ないね。
「こちらは清掃魔法を使わずに、少年主導で掃除をしてあります」
「む……こちらの方がきれいだと言われるとそのような気もするが、明確な違いがわからん。おい少年、どこがどう違うのか説明せい」
「え、僕がですか?」
「当たり前だろう! はよぅせい!」
怒鳴られちゃった。
あ、おじいさん抑えて抑えて。
「えっと、本当は実際にあちこち触ってみて手にほこりがつくかを調べれば早いんですけど、外から窓を見るのが手も汚れなくて済むし簡単です。あ、会議室のすみっこにはカビが生えてます」
「……なに? いまなんと言った?」
「カビ、生えてます」
「見せたまえ」
偉そうなうえに恐いよ、この人。
「こちらの黒いシミのようなものがカビです」
「おい、このなかで清掃魔法を使える者はおるか?」
「はっ、我々が」
「では使え」
「承知しました。――クリアルヴィレ」
「……消えぬな」
「はい。これでおわかりいただけましたかな? ゴルザール局長」
「……」
うわ、ぷるぷる震えてる。顔も真っ赤っか。
「だから言ったであろう、ゴルザール。真に衛生環境を保つためには、清掃魔法では不十分だと。お前たち、そろそろ仕事だ」
え? おじいさん知ってたの?
ていうか、その人たち誰?
「黙れダガン! それになぜ魔法局の連中までいるのだ!」
「わしが呼んだからだ」
「なんのために!」
「償い、かの。その者たちは魔力が生物に与える影響について研究している。伝染病にも詳しい」
「償いだとぉ? それと一体何の――」
「ダガン殿、このカビから、赤蛇痕熱――赤の死病の特徴が出ました」
赤の死病……。
「……そうか。お前たちは急ぎ陛下に伝えよ。さて、ゴルザール」
「な、なんだ」
「この事実から何がわかるか、貴様ならわかるだろう?」
「カ、カビが死病の原因に変質したということだ」
「どうやって?」
「……魔力だ。長い時間残留魔力にさらされたことで、変質したと考えられる」
「そうだ。かの死病は魔法が生活に根差し始めてから増えてきた。特に清掃魔法が普及してからの増え方が顕著だった。わしはそれを何度指摘した? 忘れたとは言わせんぞ」
「くっ……」
「先代の王は赤の死病に罹り、毒杯を呷った。だが、避けられたかもしれんのだ」
「だが先王は――」
「そうだ。肺病を召され、体力が落ちていた。たしかに体力が落ちていると死病に罹りやすくなるが、それでも危険性は下げられたはずだ」
おじいさんはそれだけ言うと帰ってしまった。
とぼとぼと歩く背中が、いつもより小さく見えた。
◇◆◇◆◇
それから一ヶ月が経ったある日、部屋の掃除をしていたらおじいさんがやってきた。
「元気にしておるか、アト坊」
「うん、元気。掃除が楽しいからね。なにかお城に用事?」
「いや、お前さんにな」
てっきり死病の原因がどうたらこうたらでお城に来たと思ったんだけど、違ったのか。
「死病の原因の話はどこまで聞いたか?」
「えっと、赤い方が黒カビで、青い方が白カビって聞いたよ」
「なんだ、青の方も聞いておったか」
「うん、昨日の夜に聞いた」
「すまなかったの」
「どうしておじいさんが謝るの?」
「死病と清掃魔法が関係しているのではと思ってはおったが、決め手がなくてな。結果、死病の拡大を止められなかった。ミゲルもアウラちゃんも、死なずに済んだかもしれなかったのにな」
おじいさんのせいじゃ、ない。
「先王が亡くなってから、ずっと心残りでな。あのとき、役所でアト坊がほこりっぽいと言ったあのとき、もしかしたらと思った。爺の無念を晴らしてくれて、ありがとう」
「僕はなにもしてないよ。掃除しただけだし」
「欲がないのぅ。でもこれで、アト坊が死病に罹る可能性もぐっと下がった。ミゲルもアウラちゃんも安心だろう」
「ううん、まだだよ。まだ、母さんの書き置きのなかで、やってないことあるもん」
「ほう、なにが残っとる?」
「かわいいお嫁さんを見つけること!」
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