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ヴィクトル
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※ ※
『ヴィクトル。お前も力を貸してくれないか?』
『一緒に世界を変えるんだ』
『エウリーカの縁談はこちらで決める。せっかく拾ってやったのだ、役に立ってもらわなければ困る』
『ヴィクトル!どうしてそんな馬鹿げたこと!ねえ、やめようよ!』
『もう知らない。勝手にすれば?』
『いよいよ明日だな。お前と一緒にここまで来れて良かったよ。ありがとう、ヴィクトル』
『ヴィクトル逃げろ!完全に包囲され─うぐっ!!』
『ち、くしょう!!』
『もうだめだ』
『最後まで諦めるな!』
『観念するんだな、ヴィクトル。さあ、どうする?今ここで降伏するのなら命だけは助けてやってもいい。エウリーカだってお前のことを心配していたぞ。馬鹿な真似はもうやめるんだ』
『そっちに逃げたぞ!追え!一人残らず殺せ!』
『ねえヴィクトル、お母さんが山菜取ってきてだって。どっちが多く採れるか競争ね!』
『あ!ヴィクトルそっちはあぶない!もう、いつまでたってもグズなんだから』
『そんなヒョロヒョロじゃあいつまで経っても私と結婚できないんだからね。私のこと抱き抱えたまま村中挨拶にまわらないといけないんだから。もう、心配だなあ』
『ヴィクトル、行こ!』
『ヴィクトル、こっちこっち!』
『ヴィクトル──』
※ ※
毎晩見ていた走馬灯のような夢を、やっぱり今日も見た。その夢を見ると必ず、割れるような頭痛とひどい吐き気に襲われ最悪な気分で目覚めていたというのに、今日はそれがない。不思議なことに。
嵐は過ぎ去ったようだ。
風の音も雨の音も、虫の声すら聞こえず、世界は息をしていないかのように静まり返っている。なんだか今の僕のようだ。
窓の外はまだ十分に暗い。でも、一刻も経たないうちに黒から藍へ、藍から青へと色を変えていくのだろう。
そうなる前に、ここを出なければ。
隣では穏やかな顔をしてエウリーカが眠っている。そっと手をのばし頬に触れてみると、エウリーカは小さく身動ぎしたものの、また穏やかな寝息を立てた。
思い出にする気かとエウリーカに言われた。自覚はしていなかったけど、僕はエウリーカの言う通り、死ぬ前の思い出作りにエウリーカに会いに来たんだ。
でも気付いてしまった。
違う。思い出になるのは僕だ。
僕がエウリーカの思い出になるのだ。ということに。
そう思ったら苦しくなった。それは嫌だなと思ってしまった。
何が死を覚悟しているだ。何がエウリーカの為だ。何がこれで悔いはないだ……!
僕のいないエウリーカの未来なんて、嫌だ。想像もしたくない。
どこまでも自分本位な本心に反吐が出る。
「でも、行かなくちゃ」
それでも、エウリーカを巻き込むわけにはいかない。僕の勝手な感情のせいでエウリーカの未来を奪うなんてことは絶対に許されない。絶対に。
何を今更と思われるかもしれないけど、これが本当の本当に最後だから。
名残惜しい離れがたい気持ちをぐっと堪え、ベッドを降りる。後ろを振り向いてしまったらすぐにまた意志薄弱な僕が顔を出しそうだから、もう見ない。それに、もういっぱい見たから大丈夫。大丈夫なはずだ。
僕が死ぬまでに残された僅かな時間には十分すぎる程、たくさん。
「行くの?」
ドアに手をかけた時、後ろからかけられた言葉に身体が固まった。
「……うん」
「あ、そ」
「じゃあ」
ごめんね、と言いかけて飲み込む。かけるべき言葉はそれじゃない。また、でもない。さようなら、も違う。
ありがとう、がいいかな。
最期にかけがえのない素晴らしい思い出をくれて。ありがとう。エウリーカ、ありがとう。
愛しのエウリーカ。僕の光。僕の希望。
そう伝えたいのに、言葉が喉の奥に引っかかって出てこない。
あ、の形のまま開いた口が、自分の意思とは関係なく小刻みに震えて動かない。
それを言ったら本当に最期になってしまうと分かっているから。
「ねえ、昨日気持ち良かった?」
「…え?」
「初めてだったんでしょ?どうだった?」
思いがけないエウリーカの言葉に後ろを振り向くと、エウリーカはベッドに横たわったまま、こちらをじっと見つめていた。その顔から感情は読み取れない。
「…あ、うん。気持ちよかった、けど」
「ならよかったね。私は全然気持ちよくなかったんだけどね」
「…へ?」
言葉で頭を叩かれたような衝撃が走り、真っ白になる。そんな僕の呆けた顔を見て、エウリーカが盛大に噴き出した。呆けて固まる僕を無視して、笑い続ける。ケラケラと、少女の様に。
ひとしきり笑った後、エウリーカは一息ついて僕に向き直った。
「セックスって男だけじゃなくて女も気持ちよくなれるんでしょ?お隣のメリーさんにそう聞いてたのに、全然違った。痛いだけじゃん」
「……ご、ごめん」
「でも、痛いのも最初だけで。何回もやると気持ちよくなるんだって。男だけ最初から気持ち良くってずるいよねえ、ってお隣のメリーさんが言ってた」
「メリーさん……」
「ねえ、これで終わりにする気?」
エウリーカに問われ、息を呑む。
「私だけ痛いままで、ヴィクトルばっかズルいと思わない?」
『ヴィクトル。お前も力を貸してくれないか?』
『一緒に世界を変えるんだ』
『エウリーカの縁談はこちらで決める。せっかく拾ってやったのだ、役に立ってもらわなければ困る』
『ヴィクトル!どうしてそんな馬鹿げたこと!ねえ、やめようよ!』
『もう知らない。勝手にすれば?』
『いよいよ明日だな。お前と一緒にここまで来れて良かったよ。ありがとう、ヴィクトル』
『ヴィクトル逃げろ!完全に包囲され─うぐっ!!』
『ち、くしょう!!』
『もうだめだ』
『最後まで諦めるな!』
『観念するんだな、ヴィクトル。さあ、どうする?今ここで降伏するのなら命だけは助けてやってもいい。エウリーカだってお前のことを心配していたぞ。馬鹿な真似はもうやめるんだ』
『そっちに逃げたぞ!追え!一人残らず殺せ!』
『ねえヴィクトル、お母さんが山菜取ってきてだって。どっちが多く採れるか競争ね!』
『あ!ヴィクトルそっちはあぶない!もう、いつまでたってもグズなんだから』
『そんなヒョロヒョロじゃあいつまで経っても私と結婚できないんだからね。私のこと抱き抱えたまま村中挨拶にまわらないといけないんだから。もう、心配だなあ』
『ヴィクトル、行こ!』
『ヴィクトル、こっちこっち!』
『ヴィクトル──』
※ ※
毎晩見ていた走馬灯のような夢を、やっぱり今日も見た。その夢を見ると必ず、割れるような頭痛とひどい吐き気に襲われ最悪な気分で目覚めていたというのに、今日はそれがない。不思議なことに。
嵐は過ぎ去ったようだ。
風の音も雨の音も、虫の声すら聞こえず、世界は息をしていないかのように静まり返っている。なんだか今の僕のようだ。
窓の外はまだ十分に暗い。でも、一刻も経たないうちに黒から藍へ、藍から青へと色を変えていくのだろう。
そうなる前に、ここを出なければ。
隣では穏やかな顔をしてエウリーカが眠っている。そっと手をのばし頬に触れてみると、エウリーカは小さく身動ぎしたものの、また穏やかな寝息を立てた。
思い出にする気かとエウリーカに言われた。自覚はしていなかったけど、僕はエウリーカの言う通り、死ぬ前の思い出作りにエウリーカに会いに来たんだ。
でも気付いてしまった。
違う。思い出になるのは僕だ。
僕がエウリーカの思い出になるのだ。ということに。
そう思ったら苦しくなった。それは嫌だなと思ってしまった。
何が死を覚悟しているだ。何がエウリーカの為だ。何がこれで悔いはないだ……!
僕のいないエウリーカの未来なんて、嫌だ。想像もしたくない。
どこまでも自分本位な本心に反吐が出る。
「でも、行かなくちゃ」
それでも、エウリーカを巻き込むわけにはいかない。僕の勝手な感情のせいでエウリーカの未来を奪うなんてことは絶対に許されない。絶対に。
何を今更と思われるかもしれないけど、これが本当の本当に最後だから。
名残惜しい離れがたい気持ちをぐっと堪え、ベッドを降りる。後ろを振り向いてしまったらすぐにまた意志薄弱な僕が顔を出しそうだから、もう見ない。それに、もういっぱい見たから大丈夫。大丈夫なはずだ。
僕が死ぬまでに残された僅かな時間には十分すぎる程、たくさん。
「行くの?」
ドアに手をかけた時、後ろからかけられた言葉に身体が固まった。
「……うん」
「あ、そ」
「じゃあ」
ごめんね、と言いかけて飲み込む。かけるべき言葉はそれじゃない。また、でもない。さようなら、も違う。
ありがとう、がいいかな。
最期にかけがえのない素晴らしい思い出をくれて。ありがとう。エウリーカ、ありがとう。
愛しのエウリーカ。僕の光。僕の希望。
そう伝えたいのに、言葉が喉の奥に引っかかって出てこない。
あ、の形のまま開いた口が、自分の意思とは関係なく小刻みに震えて動かない。
それを言ったら本当に最期になってしまうと分かっているから。
「ねえ、昨日気持ち良かった?」
「…え?」
「初めてだったんでしょ?どうだった?」
思いがけないエウリーカの言葉に後ろを振り向くと、エウリーカはベッドに横たわったまま、こちらをじっと見つめていた。その顔から感情は読み取れない。
「…あ、うん。気持ちよかった、けど」
「ならよかったね。私は全然気持ちよくなかったんだけどね」
「…へ?」
言葉で頭を叩かれたような衝撃が走り、真っ白になる。そんな僕の呆けた顔を見て、エウリーカが盛大に噴き出した。呆けて固まる僕を無視して、笑い続ける。ケラケラと、少女の様に。
ひとしきり笑った後、エウリーカは一息ついて僕に向き直った。
「セックスって男だけじゃなくて女も気持ちよくなれるんでしょ?お隣のメリーさんにそう聞いてたのに、全然違った。痛いだけじゃん」
「……ご、ごめん」
「でも、痛いのも最初だけで。何回もやると気持ちよくなるんだって。男だけ最初から気持ち良くってずるいよねえ、ってお隣のメリーさんが言ってた」
「メリーさん……」
「ねえ、これで終わりにする気?」
エウリーカに問われ、息を呑む。
「私だけ痛いままで、ヴィクトルばっかズルいと思わない?」
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