明日死ぬ君と最後の夜を

遙くるみ

文字の大きさ
10 / 11
ヴィクトル

しおりを挟む
 ※ ※

『ヴィクトル。お前も力を貸してくれないか?』
『一緒に世界を変えるんだ』
『エウリーカの縁談はこちらで決める。せっかく拾ってやったのだ、役に立ってもらわなければ困る』
『ヴィクトル!どうしてそんな馬鹿げたこと!ねえ、やめようよ!』
『もう知らない。勝手にすれば?』
『いよいよ明日だな。お前と一緒にここまで来れて良かったよ。ありがとう、ヴィクトル』
『ヴィクトル逃げろ!完全に包囲され─うぐっ!!』
『ち、くしょう!!』
『もうだめだ』
『最後まで諦めるな!』
『観念するんだな、ヴィクトル。さあ、どうする?今ここで降伏するのなら命だけは助けてやってもいい。エウリーカだってお前のことを心配していたぞ。馬鹿な真似はもうやめるんだ』
『そっちに逃げたぞ!追え!一人残らず殺せ!』
『ねえヴィクトル、お母さんが山菜取ってきてだって。どっちが多く採れるか競争ね!』
『あ!ヴィクトルそっちはあぶない!もう、いつまでたってもグズなんだから』
『そんなヒョロヒョロじゃあいつまで経っても私と結婚できないんだからね。私のこと抱き抱えたまま村中挨拶にまわらないといけないんだから。もう、心配だなあ』
『ヴィクトル、行こ!』
『ヴィクトル、こっちこっち!』
『ヴィクトル──』

 ※ ※

 毎晩見ていた走馬灯のような夢を、やっぱり今日も見た。その夢を見ると必ず、割れるような頭痛とひどい吐き気に襲われ最悪な気分で目覚めていたというのに、今日はそれがない。不思議なことに。

 嵐は過ぎ去ったようだ。
 風の音も雨の音も、虫の声すら聞こえず、世界は息をしていないかのように静まり返っている。なんだか今の僕のようだ。

 窓の外はまだ十分に暗い。でも、一刻も経たないうちに黒から藍へ、藍から青へと色を変えていくのだろう。
  
 そうなる前に、ここを出なければ。

 隣では穏やかな顔をしてエウリーカが眠っている。そっと手をのばし頬に触れてみると、エウリーカは小さく身動ぎしたものの、また穏やかな寝息を立てた。

 思い出にする気かとエウリーカに言われた。自覚はしていなかったけど、僕はエウリーカの言う通り、死ぬ前の思い出作りにエウリーカに会いに来たんだ。
 でも気付いてしまった。
 違う。思い出になるのは僕だ。
 僕がエウリーカの思い出になるのだ。ということに。

 そう思ったら苦しくなった。それは嫌だなと思ってしまった。

 何が死を覚悟しているだ。何がエウリーカの為だ。何がこれで悔いはないだ……!
 僕のいないエウリーカの未来なんて、嫌だ。想像もしたくない。

 どこまでも自分本位な本心に反吐が出る。

「でも、行かなくちゃ」

 それでも、エウリーカを巻き込むわけにはいかない。僕の勝手な感情のせいでエウリーカの未来を奪うなんてことは絶対に許されない。絶対に。
 何を今更と思われるかもしれないけど、これが本当の本当に最後だから。

 名残惜しい離れがたい気持ちをぐっと堪え、ベッドを降りる。後ろを振り向いてしまったらすぐにまた意志薄弱な僕が顔を出しそうだから、もう見ない。それに、もういっぱい見たから大丈夫。大丈夫なはずだ。
 僕が死ぬまでに残された僅かな時間には十分すぎる程、たくさん。

「行くの?」

 ドアに手をかけた時、後ろからかけられた言葉に身体が固まった。

「……うん」

「あ、そ」
 
「じゃあ」
 
 ごめんね、と言いかけて飲み込む。かけるべき言葉はそれじゃない。また、でもない。さようなら、も違う。
 ありがとう、がいいかな。
 最期にかけがえのない素晴らしい思い出をくれて。ありがとう。エウリーカ、ありがとう。
 愛しのエウリーカ。僕の光。僕の希望。
 
 そう伝えたいのに、言葉が喉の奥に引っかかって出てこない。
 あ、の形のまま開いた口が、自分の意思とは関係なく小刻みに震えて動かない。
 それを言ったら本当に最期になってしまうと分かっているから。
 
「ねえ、昨日気持ち良かった?」

「…え?」

「初めてだったんでしょ?どうだった?」

 思いがけないエウリーカの言葉に後ろを振り向くと、エウリーカはベッドに横たわったまま、こちらをじっと見つめていた。その顔から感情は読み取れない。

「…あ、うん。気持ちよかった、けど」

「ならよかったね。私は全然気持ちよくなかったんだけどね」

「…へ?」

 言葉で頭を叩かれたような衝撃が走り、真っ白になる。そんな僕の呆けた顔を見て、エウリーカが盛大に噴き出した。呆けて固まる僕を無視して、笑い続ける。ケラケラと、少女の様に。
 ひとしきり笑った後、エウリーカは一息ついて僕に向き直った。

「セックスって男だけじゃなくて女も気持ちよくなれるんでしょ?お隣のメリーさんにそう聞いてたのに、全然違った。痛いだけじゃん」

「……ご、ごめん」

「でも、痛いのも最初だけで。何回もやると気持ちよくなるんだって。男だけ最初から気持ち良くってずるいよねえ、ってお隣のメリーさんが言ってた」

「メリーさん……」

「ねえ、これで終わりにする気?」

 エウリーカに問われ、息を呑む。

「私だけ痛いままで、ヴィクトルばっかズルいと思わない?」


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...