明日死ぬ君と最後の夜を

遙くるみ

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ヴィクトル

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 エウリーカは何て答えていいのかわからず立ち尽くす僕を待つことなく(鼻から僕がすぐ答えるとは思っていなかったのかもしれないが)、すくっとベッドから起き上がり、んーっと一回大きく伸びた。
 そして、妙にスッキリとした顔でニカリと笑った。

「なんでアンタが男で私が女なのか、わかった気がする」

 そして、ゆっくりと僕に歩み寄る。

「私が男だったら、ヴィクトルと一緒にいれたのに。連れてってもらえたのに。同じものを見て、感じて。一緒に戦って一緒に死ねたのにって、ずっと思ってた。でも、違った。ヴィクトルが男で私が女だから、繋がることができた。それだけじゃない。ヴィクトルを繋ぎ止めることだってできる。命を繋げることだって、一緒に生きることだってできる」

「……エウリーカ」

「ヴィクトルだって気持ち良かったんでしょ?ねえ、もっとしたいと思わない?もっと色んなことしたいって」

「それは、でも」

「一回抱けたらもう満足?私の身体にまた触りたいって思わない?」

「エウリーカ」

「昨日の一回でもう未練はない?」

 未練なんて……

 あるに決まっている。未練だらけだ。未練しかない。
 セックスに。エウリーカとのセックスに。エウリーカの身体に。エウリーカと過ごす時間に。
 一回したからもう十分だなんてどうして思えるのだろう。一回で足りるわけがない。一回経験してしまったからこそもっともっとと強欲にになる。執着が増す。手放し難くなる。でも、たがらこそ──

「ねえ、私のことも気持ちよくさせてよ。気持ちいいってどんな感じなのか私にも教えてよ」

 懇願するような瞳で射抜かれ、ぐっと言葉を呑み込む。

「……エウリーカ、もう行かなきゃ」

「私を置いていくの?」

「君の為だから」

「私の?」

「君を巻き込むわけにはいかないんだ」

「もう巻き込まれてるよ」

「そう、かもしれない。ごめん。だから追手が君の所に来る前に早く出ないと─」

「私も連れてってよ」

 飛び出しそうになるものを堪えるように、ぎゅっと強く拳を握る。

 それができるなら、とっくにやっているさ。
 僕だって君といたい。もっと君を見たい。君に触れたい。君と生きたい!もっともっと!!

 死にたくなんて、ない。

「…それは無理だよ。君には、幸せになってほしいんだ」

「私の幸せって何?」

「誰かいい人と結婚して、家庭を築いて」

「誰かって誰よ。誰でもいいならヴィクトルでいいじゃない。私のことお嫁さんにしてくれるって言ってたじゃない」

 やめてくれ。聞きたくない。せっかく我慢してるのに。そんなこと言われたら、心が揺らいでしまう。せっかく覚悟を決めたのに、最後の最後になって揺さぶらないでくれ。

「……僕じゃ無理だよ。お願いだ、エウリーカ。君にはこれからも生きていてほしいんだ。僕はもう近いうちに」

「私だって!!ヴィクトルに生きていてほしいんだよ!!」

「エウリーカ…」
 
「私の幸せは、私が決める。どっかの誰かと結婚しても私は絶対に幸せになんてなれない。ヴィクトルと一緒にいたいの。例え一緒に生きれなくても、一緒にいたいの」

 強い意志を宿したエウリーカの瞳に、心が引っ張られる。満天の星空のように美しいエウリーカの瞳が、僕だけを映して、僕をこんなにも欲している。

「お願い。側にいさせて。ううん、絶対についてく。だめだって言われたって絶対に聞いてやんない」

「で、でも。僕と来たら、エウリーカだって」

「いいの。ヴィクトルと一緒なら、生きるも死ぬもどっちだっていいの」

「僕はエウリーカに生きていてほしい」

「私だってヴィクトルに生きてほしい」

「僕だって死にたくはないさ。でも無理なんだ」

「じゃあ私も一緒に死ぬ」

「エウリーカ!」

 駄々をこねる子供を叱り付けるように名前を呼ぶも、エウリーカの瞳は揺らがない。

 わかってた。わかってたさ、そんなこと。最初から。
 エウリーカには敵わない。身体は僕の方が大きくなったかもしれないけど、エウリーカに勝てたことなんて一度もない。

 互いに譲ることなく見つめ合うこと数秒。根負けしたのは、やっぱり僕だった。

 視線を外し俯く僕の頬にエウリーカの手が当てられ、覗き込むように無理矢理視線を合わされる。そして、エウリーカがふわりと笑った。

「もう一人は嫌なの。ヴィクトルがいないと、私は幸せにはなれないの」

 いいよ、なんて一言も言っていないのに、エウリーカの中ではもう決定事項のようだ。こうなるともう、僕が何を言おうと絶対に聞き入れてくれない。こうなったエウリーカを説得できたことなんてない。

 だから、諦めてしまった。

 これ以上エウリーカを説得することを。自分の気持ちに嘘をつくことを。エウリーカを残して一人で死ぬことを。
 
 何も言葉にしていないのに僕の考えている事が分かったのだろう。エウリーカはにかっと歯を見せて、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 それが、トドメ。

 どちらともなく顔を近づけ、そっと唇を触れ合わせる。
 昨日したものとは違う。じんわりと胸が温かくなる春の陽だまりのような口づけだった。

 ※ ※

 僕らは二人で家を出た。きつく、互いに手を握り合って。

 白み始めた世界はそんな僕らをどう映していたのだろう。僕らにそれを知る術はない。それに、他の誰かの目にどう映っていようとも、僕らには関係ない。

 エウリーカと二人、生きている。それだけで十分だった。



「団長、いました」

「……ああ、わかってる。ダメな子達だな」



 僕らは幸せだった。この上なく幸せだった。

 最期、目を閉じて世界が闇に包まれるその瞬間まで。

 僕らはきつく手を繋いでいた。




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感想 4

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みんなの感想(4件)

2020.08.29 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2020.08.29 遙くるみ

Dust様、感想ありがとうございます^ ^
こちらこそ読んでいただき感謝です!
この一瞬を生きる!みたいな青春っぽいやつを書きたかったんです。少しでも伝われば嬉しいっす!

解除
べるでん
2020.08.28 べるでん
ネタバレ含む
2020.08.28 遙くるみ

感想ありがとうございます!
タグにハッピーエンドはつけれなかったけど、私的にはハッピーエンドですね^ ^もやもやしたものを書きたかったんですww
お読みいただきありがとうございました!

解除
べるでん
2020.08.25 べるでん

小出しに一つ一つ「何!?何!?」って、既になってる(笑)

2020.08.26 遙くるみ

深く考えないで!雰囲気で読んで!w

解除

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