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神成
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「ちょっと、いつまでこうしてつもり?いい加減放してよ」
「はいはい、女王様」
好奇の視線とヒソヒソ声をひたすら無視し、食堂を出たところでそう言えば、意外にも安田は素直に抱いていた肩を放した。と思ったら、すぐに手を取られた。しかも指を絡めて。
「ちょっ!離せって言ったでしょ!」
ブンブンと手を振って離そうとするも、ぎゅうっと力を込められ全然離れそうな気配がない。もがけばもがくほど首に食い込んで抜けなくなるっていう拷問器具が、フッと思い起こされた。素知らぬ顔で手を握り続ける安田は、さっきの従順な態度は幻かと思う位ふてぶてしい。それでもどこか上機嫌に口笛を吹く安田を見てたら、まあいいかと諦めにも似た気持ちになってしまい、これ以上の抵抗は止めてしぶしぶ歩き出した。
「で、どういう経緯で俺はお前のモノになった訳?」
「勘違いしてるかもしれないけど、本当はあんたみたいなやつ、私の所有物にしたくなかったんだから。成り行き上仕方なく、嫌々、よ」
「あっそ。で?本当は嫌なんだけど俺をお前のモンにした理由は?」
安田の問いに、ぐっと詰まる。あまり言いたくないけれど、どうやら安田は理由を聞きたいらしい。まあ、それもそうか。理由も聞かず勝手にお前は私のモノだと言われて、はい喜んで!なんていう奴そうそういない。
あ、ここにいたか。
「それは……あんたが、フラフラしてるから。そうやって色んな女に手を出して、ヤルことばっか考えてるようなどうしようもないクズ野郎だからよ。あんたがこれからもずっとそんなことをしてたら、私まであんたに誘われたらすぐに股を広げるチョロい女の一人だって思われるじゃない。そんな風に思われるのは、まっぴらごめんだって言ってるの。ねえ、手離して」
言ってるうちに無性に恥ずかしくなってきて、早口でまくし立てると、安田は繋いだ手を目に見える位置まで上げ、意味深に笑ってみせた。
「いーんだ?離したらフラフラどっかに行っちゃうかもよ。ほら、俺ヤルことばっか考えてるようなどうしようもないクズ野郎だし」
わざと私の台詞を繰り返し、試す様な視線を向けられ、ぐうの音も出ない。その三日月型に弧を描いた目は、嫌味たらしくって憎たらしいだけだったはずなのに、今の安田にはどこか甘さが含まれていて、反論する気も失せてしまう。
惚れた方が負けだなんて言うけれど、本当それだ。自分の気持ちを自覚した途端、安田の全てを許してしまいそうになる。
「まるで躾のなってない駄犬ね」
まあ、絶対に許さないけど。
フンっと前を向いて冷たく言い放つも、安田には全然効いてないようだ。相も変わらず機嫌良さげにフンフン鼻を鳴らして、スキップでも踏み出しそうなほどなのが気持ち悪い。
「おっ、ペットに昇格?やったね。良い子にするからご褒美くれよ、ご主人様」
「誰が主人よ。女王様とお呼び」
「ノリノリじゃねーかよ、全く」
安田がくつくつと笑い、「それがお堅い頭で必死に考えた言い訳ね。いーんじゃない?」と私と反対側の空に向かって呟いた。
大学の西門に着いた所で示し合わせていた訳でもなく自然と足を止めた。「どっち?」と聞かれ、「うち」と答える。そして、西門から出て右側、私の家の方へと歩き始める。
まだ明るいうちから安田とこうして手を繋いで公道を歩いてるとか。何これ、信じらんない。見慣れた景色のはずなのに、世界がまるで別物に見える。
「で、俺はお前のモンになったけど。お前は?俺のモノ?それとも、オサム?」
一瞬だけその質問の意図を考えて、すぐに口を開く。
「そんなもの、私は私のモノに決まってるでしょ。誰のものでもないわ」
「……ふーん。せっかくオサムが自分のモノになるかもしれなかったのに、いーんだ」
チラリと横目で私を見る安田は、いつも通り軽薄な笑みを張り付けながらも、どこかホッとしているようにも見えた。その顔は、そこら辺にいる年相応の大学生そのもので、そういえば安田も人間なんだよなと、当たり前のことを思いだした。
「なんで、それを。聞いてたの?」
「あ、当たった?適当に言ってみただけなんだけど。オサムの考えなんて単純すぎて丸わかり。まあ俺がそう仕向けたっていうのがおっきいけど。あーあ。オサムも可哀想になー、この後ナミちゃんにされることを想像すると流石の俺も同情するわ。ま、悪いなんて一ミリも思わねーけど」
「……何言ってるか、全然分かんないんだけど」
「あ、そう?まあそのうち教えてやるよ。ほら、鍵」
話しているうちにあっという間に自宅マンションに着いた。大学から徒歩五分をこんなに早いと感じたのは初めてかもしれない。
鍵を開けて部屋に入り扉を閉める。完全に外界と遮断され、ようやく自分のパーソナルスペースに安田を囲い込むことができ、無意識のうちに私は安堵のため息を吐いた。
安田が何のためらいも遠慮もなくスニーカーを脱ぎ、「ただいまー」と我が物顔で部屋の奥へとズンズン進む。他人様の部屋だというのに、全く図々しいにも程がある。
でもその言葉に、その背中に、ぶわっと感情の波が込み上がってきた。
どうしよう。泣きたいくらい、今嬉しい。
「あんたの家じゃないし。図々しいわよ、所有物のくせに」
まあ、泣かないけど。
部屋に突っ立っている安田を押しのけて、鞄を置く。
自分の弱みを見せては駄目だ。常に私が上位に立って主導権を握るのだ。安田のことを好きだなんて死んでも悟られてはいけない。
そう改めて決意して、私は緩みそうになる口元をきっと引き締めた。
「あれ?また所有物に降格?女王様のご機嫌伺いも楽じゃねーな」
「うちはペット不可なのよ」
「くくっ、モノなら置いてくれるって?で、持ち主の神成さんは、所有物の俺に何をお望みで?」
絨毯の上で当然のようにくつろぐ安田の前に膝を降ろし、正面から向き合う。ちょっと見下ろす位置から安田の瞳を睨みつけるも、安田は飄々とした態度を崩さず面白そうに目を細めているだけだ。
この誰にも囚われない、自由すぎる男を、どうにか自分のものにしたい。私のことだけ、見てほしい。
そう、素直に口にした。
「……私以外の子と、淫らな行為はしないで」
「ふっ、淫らな行為って。お前は教科書か。そんなお堅い言い回しじゃわかんねえから、具体的に言えって」
「そ、んなの。考えれば分かるでしょ!?淫らな行為は淫らな行為よ!」
急激に恥ずかしさが込み上げてきて立とうとすると、手首を取られ引き寄せられた。そしてそのまま、後ろ手に座る安田の上に誘導される。安田の脚を膝立ちでまたいで向かい合い、視線が絡むと、心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。
「えーわかんねえな。つまり、挿れなきゃオッケーってこと?」
「ダメに決まってるじゃない!あっ!」
安田が身体を起こし、掴んだ手と逆の手で下から掬うように胸を揉んだ。その瞬間、部屋の空気も私の頭も身体も、一気にスイッチが切り替わった。
私を包む全てが、甘く蕩けて、白く霞む。
「じゃあ、これもダメ?」
「ん、ダメ」
弾力を確かめるように胸をやわやわと揉み、もう片方の手は掴んでいた手首を離し、足の付け根へと滑り込む。反射的に膝を閉じようとするも、間に安田の足があって閉じることはできない。表面をなぞるだけの優しい刺激のはずなのに、私の膝は早速がくがくと震え始める。とてもこのままの状態を維持することができず、私は安田の肩に手をかけて身体を支えた。
「じゃあ、ここは?こっちも?」
胸を揉んでいた手が滑る様に背中へと移動し、円を描くようにそこを撫でる。思わず安田にしがみつくと、安田の顔が私の肩に埋まり、首筋をぺろりと舐められた。
「あっああ、んん!だめ、全部だめ」
「ふっ、じゃあキスは?」
安田がふっと顔を上げ、至近距離で目が合った。近すぎて、ぼやけて、安田がどんな顔をしてるのかよくわからない。だけど、目の前の二つの丸の中にはしっかりと私が映っていて、なんかそれだけで私は満たされてしまった。
その瞳に映るなら、安田が私を見てくれるなら、もう何でもいい。
「だめ」と呟きながら、私は吸い寄せられるように安田の唇に自分のそれを重ねた。
優しく一回触れ合わせ、そして離れるぎりぎりの所でまた重ねる。唇の弾力を楽しむのも始めだけで、あっという間に口づけは深く、激しいものに変わった。
合間合間に漏れる息が安田によって飲み込まれていく。私主導で始めたはずが、あっという間に安田の好きなようにやられてる気がする。でも、気持ちいいからいいや。頭がボーとして、ふわふわ飛んでいきそうだ。
気が付けば私たちは、お互いの身体を痛い位抱き合ってキスに没頭していた。無我夢中で唇を重ねしばらくすると、それは少しずつ穏やかなキスに変わっていく。それなのに身体中の熱は高まる一方で、収まる気配がない。ちゅぱっと唇を離すと、熱い視線と荒い息が絡み合った。
「私以外の子に触っちゃだめ。二人きりになるのも話すのも目を合わせるのもダメ。……あんたはもう、私のモノなんだから、私のこと以外は考えちゃダメ」
自分でもとんでもないことを言ってる自覚はあった。頭が沸いてセーブが効かなくなっている。こんなセリフ、付き合ってる相手に言われても重すぎて引くというのに、馬鹿じゃないのか。
だけど、意外にも安田は嫌がるどころかあっさりとそれを承知した。
「ふっ、りょーかい」
目を思いきり細め、作りものじゃない満面の笑みで。
私はその初めて見る安田の顔に、不覚にも見とれて動けなくなってしまった。
なんだそれ、反則だ。そんな、見るからに嬉しそうな顔。え、嬉しいの?今の発言のどこに嬉しくなる要素があるというんだ。じゃあ今のはどういう顔?
……もう頭がこんがらがって、訳がわかんない。
それに、どうしよう。ドキドキが止まらない。
振り回すどころか、やっぱり私が振り回されてる。悔しいはずなのに、それより、嬉しい。
そんな私の心情に構うことなく、背中に回った安田の手がそろそろと不埒な動きを始める。
「あ、ちょ、待って。待ちなさい!」
「じゃあ早く俺に命令しろよ。どこ触ってほしいのか、何されたいのか。じゃなきゃ勝手にやるぞ」
「だから、ちょっと待ちなさいってば!あっ、ああっ!」
片手で背中をかき抱かれ、耳の縁を軽く食まれる。もう片方の手は私のジーンズのボタンを外し、その隙間から手を差し込まれた。耳元に響く低くも甘い安田の声に、下腹部がきゅんと締まった。
「俺だってお預けされまくって、いい加減限界なんだよ。このまま仙人になるかと思ったぞ」
「は?仙人?」
「こっちの話。で、待ってやるから何してほしいのか言えよ。今なら何でもやってやるよ」
下着の上から割れ目になぞる様に指を動かされ、背がのけぞる。いつの間にか背中のホックも外されていて、服の中に安田の手が入り込んでいた。そして、直接私の胸を揉みこみ、「あったけえ」とポツリと呟いた。さっきは年相応の大学生に見えた安田が、今は寂しいのを必死に堪える少年に見える。そんな安田を斜め上から見下ろしていたら胸に温かいものが込み上げてきて、私はその茶色い頭をぎゅっとかき抱いた。
なんだろ、この気持ち。母性本能?
そんないかにも女性らしい感情が私にもあったなんて、自分でも信じられないけど。
「何もしなくていい」
「は?」
「私が、やるから。あんたはじっとしてて」
とんと、肩を押して安田を床に倒す。仰向けになって私を見上げる安田はびっくりしたように目を丸くしていて、それがどこか少年っぽくて可愛かった。そんな顔をもっとさせたい。
「何それ、今までの復讐?ごーもんじゃん」
「思い知れ、クソ男」
妖艶に笑って見せて、安田に跨ったまま躊躇なく自分の服を脱ぐ。寝そべった安田の服も脱がせ、露わになった素肌にそっと手を当てた。そして胸元にそっと口を寄せ、きつく吸い付く。ちらっと安田の顔を見上げると、眉を顰めながらも私をじっと見つめていた。ちょっと痛かったのかもしれない。でも全然気にすることなくそのすぐ隣にも吸い付いた。
ちゅ、ちゅと何回も吸い付き顔を上げると、安田の胸に赤い痕がいくつも散っていた。
私が付けた、私のモノだという証。
それを確認して、私はまた満足げに笑って見せた。
「ねえ、俺もしたいんだけど」
「ダメ」
「ちょっとだけだから」
「動いたら捨ててやる」
「にべもねー」
冗談を言ってるかのような軽い口調だが、安田の目は全然笑っていない。
余裕の欠片もない、情欲で濡れた瞳を一身に私に向けている。その事実に、全身が震えた。
今、確実に安田は私の所有物になった。そして、絶対に離してやんない。
恋愛感情というよりは、歪で浅ましい独占欲が満たされていく。
気が付けば私は笑っていた。いつか安田が私に見せた、あの優しくも無慈悲な、悪い悪い悪魔の様な微笑みを。
そして、安田の瞳をじっと見据えたまま、私はまた唇を重ねた。
「はいはい、女王様」
好奇の視線とヒソヒソ声をひたすら無視し、食堂を出たところでそう言えば、意外にも安田は素直に抱いていた肩を放した。と思ったら、すぐに手を取られた。しかも指を絡めて。
「ちょっ!離せって言ったでしょ!」
ブンブンと手を振って離そうとするも、ぎゅうっと力を込められ全然離れそうな気配がない。もがけばもがくほど首に食い込んで抜けなくなるっていう拷問器具が、フッと思い起こされた。素知らぬ顔で手を握り続ける安田は、さっきの従順な態度は幻かと思う位ふてぶてしい。それでもどこか上機嫌に口笛を吹く安田を見てたら、まあいいかと諦めにも似た気持ちになってしまい、これ以上の抵抗は止めてしぶしぶ歩き出した。
「で、どういう経緯で俺はお前のモノになった訳?」
「勘違いしてるかもしれないけど、本当はあんたみたいなやつ、私の所有物にしたくなかったんだから。成り行き上仕方なく、嫌々、よ」
「あっそ。で?本当は嫌なんだけど俺をお前のモンにした理由は?」
安田の問いに、ぐっと詰まる。あまり言いたくないけれど、どうやら安田は理由を聞きたいらしい。まあ、それもそうか。理由も聞かず勝手にお前は私のモノだと言われて、はい喜んで!なんていう奴そうそういない。
あ、ここにいたか。
「それは……あんたが、フラフラしてるから。そうやって色んな女に手を出して、ヤルことばっか考えてるようなどうしようもないクズ野郎だからよ。あんたがこれからもずっとそんなことをしてたら、私まであんたに誘われたらすぐに股を広げるチョロい女の一人だって思われるじゃない。そんな風に思われるのは、まっぴらごめんだって言ってるの。ねえ、手離して」
言ってるうちに無性に恥ずかしくなってきて、早口でまくし立てると、安田は繋いだ手を目に見える位置まで上げ、意味深に笑ってみせた。
「いーんだ?離したらフラフラどっかに行っちゃうかもよ。ほら、俺ヤルことばっか考えてるようなどうしようもないクズ野郎だし」
わざと私の台詞を繰り返し、試す様な視線を向けられ、ぐうの音も出ない。その三日月型に弧を描いた目は、嫌味たらしくって憎たらしいだけだったはずなのに、今の安田にはどこか甘さが含まれていて、反論する気も失せてしまう。
惚れた方が負けだなんて言うけれど、本当それだ。自分の気持ちを自覚した途端、安田の全てを許してしまいそうになる。
「まるで躾のなってない駄犬ね」
まあ、絶対に許さないけど。
フンっと前を向いて冷たく言い放つも、安田には全然効いてないようだ。相も変わらず機嫌良さげにフンフン鼻を鳴らして、スキップでも踏み出しそうなほどなのが気持ち悪い。
「おっ、ペットに昇格?やったね。良い子にするからご褒美くれよ、ご主人様」
「誰が主人よ。女王様とお呼び」
「ノリノリじゃねーかよ、全く」
安田がくつくつと笑い、「それがお堅い頭で必死に考えた言い訳ね。いーんじゃない?」と私と反対側の空に向かって呟いた。
大学の西門に着いた所で示し合わせていた訳でもなく自然と足を止めた。「どっち?」と聞かれ、「うち」と答える。そして、西門から出て右側、私の家の方へと歩き始める。
まだ明るいうちから安田とこうして手を繋いで公道を歩いてるとか。何これ、信じらんない。見慣れた景色のはずなのに、世界がまるで別物に見える。
「で、俺はお前のモンになったけど。お前は?俺のモノ?それとも、オサム?」
一瞬だけその質問の意図を考えて、すぐに口を開く。
「そんなもの、私は私のモノに決まってるでしょ。誰のものでもないわ」
「……ふーん。せっかくオサムが自分のモノになるかもしれなかったのに、いーんだ」
チラリと横目で私を見る安田は、いつも通り軽薄な笑みを張り付けながらも、どこかホッとしているようにも見えた。その顔は、そこら辺にいる年相応の大学生そのもので、そういえば安田も人間なんだよなと、当たり前のことを思いだした。
「なんで、それを。聞いてたの?」
「あ、当たった?適当に言ってみただけなんだけど。オサムの考えなんて単純すぎて丸わかり。まあ俺がそう仕向けたっていうのがおっきいけど。あーあ。オサムも可哀想になー、この後ナミちゃんにされることを想像すると流石の俺も同情するわ。ま、悪いなんて一ミリも思わねーけど」
「……何言ってるか、全然分かんないんだけど」
「あ、そう?まあそのうち教えてやるよ。ほら、鍵」
話しているうちにあっという間に自宅マンションに着いた。大学から徒歩五分をこんなに早いと感じたのは初めてかもしれない。
鍵を開けて部屋に入り扉を閉める。完全に外界と遮断され、ようやく自分のパーソナルスペースに安田を囲い込むことができ、無意識のうちに私は安堵のため息を吐いた。
安田が何のためらいも遠慮もなくスニーカーを脱ぎ、「ただいまー」と我が物顔で部屋の奥へとズンズン進む。他人様の部屋だというのに、全く図々しいにも程がある。
でもその言葉に、その背中に、ぶわっと感情の波が込み上がってきた。
どうしよう。泣きたいくらい、今嬉しい。
「あんたの家じゃないし。図々しいわよ、所有物のくせに」
まあ、泣かないけど。
部屋に突っ立っている安田を押しのけて、鞄を置く。
自分の弱みを見せては駄目だ。常に私が上位に立って主導権を握るのだ。安田のことを好きだなんて死んでも悟られてはいけない。
そう改めて決意して、私は緩みそうになる口元をきっと引き締めた。
「あれ?また所有物に降格?女王様のご機嫌伺いも楽じゃねーな」
「うちはペット不可なのよ」
「くくっ、モノなら置いてくれるって?で、持ち主の神成さんは、所有物の俺に何をお望みで?」
絨毯の上で当然のようにくつろぐ安田の前に膝を降ろし、正面から向き合う。ちょっと見下ろす位置から安田の瞳を睨みつけるも、安田は飄々とした態度を崩さず面白そうに目を細めているだけだ。
この誰にも囚われない、自由すぎる男を、どうにか自分のものにしたい。私のことだけ、見てほしい。
そう、素直に口にした。
「……私以外の子と、淫らな行為はしないで」
「ふっ、淫らな行為って。お前は教科書か。そんなお堅い言い回しじゃわかんねえから、具体的に言えって」
「そ、んなの。考えれば分かるでしょ!?淫らな行為は淫らな行為よ!」
急激に恥ずかしさが込み上げてきて立とうとすると、手首を取られ引き寄せられた。そしてそのまま、後ろ手に座る安田の上に誘導される。安田の脚を膝立ちでまたいで向かい合い、視線が絡むと、心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。
「えーわかんねえな。つまり、挿れなきゃオッケーってこと?」
「ダメに決まってるじゃない!あっ!」
安田が身体を起こし、掴んだ手と逆の手で下から掬うように胸を揉んだ。その瞬間、部屋の空気も私の頭も身体も、一気にスイッチが切り替わった。
私を包む全てが、甘く蕩けて、白く霞む。
「じゃあ、これもダメ?」
「ん、ダメ」
弾力を確かめるように胸をやわやわと揉み、もう片方の手は掴んでいた手首を離し、足の付け根へと滑り込む。反射的に膝を閉じようとするも、間に安田の足があって閉じることはできない。表面をなぞるだけの優しい刺激のはずなのに、私の膝は早速がくがくと震え始める。とてもこのままの状態を維持することができず、私は安田の肩に手をかけて身体を支えた。
「じゃあ、ここは?こっちも?」
胸を揉んでいた手が滑る様に背中へと移動し、円を描くようにそこを撫でる。思わず安田にしがみつくと、安田の顔が私の肩に埋まり、首筋をぺろりと舐められた。
「あっああ、んん!だめ、全部だめ」
「ふっ、じゃあキスは?」
安田がふっと顔を上げ、至近距離で目が合った。近すぎて、ぼやけて、安田がどんな顔をしてるのかよくわからない。だけど、目の前の二つの丸の中にはしっかりと私が映っていて、なんかそれだけで私は満たされてしまった。
その瞳に映るなら、安田が私を見てくれるなら、もう何でもいい。
「だめ」と呟きながら、私は吸い寄せられるように安田の唇に自分のそれを重ねた。
優しく一回触れ合わせ、そして離れるぎりぎりの所でまた重ねる。唇の弾力を楽しむのも始めだけで、あっという間に口づけは深く、激しいものに変わった。
合間合間に漏れる息が安田によって飲み込まれていく。私主導で始めたはずが、あっという間に安田の好きなようにやられてる気がする。でも、気持ちいいからいいや。頭がボーとして、ふわふわ飛んでいきそうだ。
気が付けば私たちは、お互いの身体を痛い位抱き合ってキスに没頭していた。無我夢中で唇を重ねしばらくすると、それは少しずつ穏やかなキスに変わっていく。それなのに身体中の熱は高まる一方で、収まる気配がない。ちゅぱっと唇を離すと、熱い視線と荒い息が絡み合った。
「私以外の子に触っちゃだめ。二人きりになるのも話すのも目を合わせるのもダメ。……あんたはもう、私のモノなんだから、私のこと以外は考えちゃダメ」
自分でもとんでもないことを言ってる自覚はあった。頭が沸いてセーブが効かなくなっている。こんなセリフ、付き合ってる相手に言われても重すぎて引くというのに、馬鹿じゃないのか。
だけど、意外にも安田は嫌がるどころかあっさりとそれを承知した。
「ふっ、りょーかい」
目を思いきり細め、作りものじゃない満面の笑みで。
私はその初めて見る安田の顔に、不覚にも見とれて動けなくなってしまった。
なんだそれ、反則だ。そんな、見るからに嬉しそうな顔。え、嬉しいの?今の発言のどこに嬉しくなる要素があるというんだ。じゃあ今のはどういう顔?
……もう頭がこんがらがって、訳がわかんない。
それに、どうしよう。ドキドキが止まらない。
振り回すどころか、やっぱり私が振り回されてる。悔しいはずなのに、それより、嬉しい。
そんな私の心情に構うことなく、背中に回った安田の手がそろそろと不埒な動きを始める。
「あ、ちょ、待って。待ちなさい!」
「じゃあ早く俺に命令しろよ。どこ触ってほしいのか、何されたいのか。じゃなきゃ勝手にやるぞ」
「だから、ちょっと待ちなさいってば!あっ、ああっ!」
片手で背中をかき抱かれ、耳の縁を軽く食まれる。もう片方の手は私のジーンズのボタンを外し、その隙間から手を差し込まれた。耳元に響く低くも甘い安田の声に、下腹部がきゅんと締まった。
「俺だってお預けされまくって、いい加減限界なんだよ。このまま仙人になるかと思ったぞ」
「は?仙人?」
「こっちの話。で、待ってやるから何してほしいのか言えよ。今なら何でもやってやるよ」
下着の上から割れ目になぞる様に指を動かされ、背がのけぞる。いつの間にか背中のホックも外されていて、服の中に安田の手が入り込んでいた。そして、直接私の胸を揉みこみ、「あったけえ」とポツリと呟いた。さっきは年相応の大学生に見えた安田が、今は寂しいのを必死に堪える少年に見える。そんな安田を斜め上から見下ろしていたら胸に温かいものが込み上げてきて、私はその茶色い頭をぎゅっとかき抱いた。
なんだろ、この気持ち。母性本能?
そんないかにも女性らしい感情が私にもあったなんて、自分でも信じられないけど。
「何もしなくていい」
「は?」
「私が、やるから。あんたはじっとしてて」
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「何それ、今までの復讐?ごーもんじゃん」
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妖艶に笑って見せて、安田に跨ったまま躊躇なく自分の服を脱ぐ。寝そべった安田の服も脱がせ、露わになった素肌にそっと手を当てた。そして胸元にそっと口を寄せ、きつく吸い付く。ちらっと安田の顔を見上げると、眉を顰めながらも私をじっと見つめていた。ちょっと痛かったのかもしれない。でも全然気にすることなくそのすぐ隣にも吸い付いた。
ちゅ、ちゅと何回も吸い付き顔を上げると、安田の胸に赤い痕がいくつも散っていた。
私が付けた、私のモノだという証。
それを確認して、私はまた満足げに笑って見せた。
「ねえ、俺もしたいんだけど」
「ダメ」
「ちょっとだけだから」
「動いたら捨ててやる」
「にべもねー」
冗談を言ってるかのような軽い口調だが、安田の目は全然笑っていない。
余裕の欠片もない、情欲で濡れた瞳を一身に私に向けている。その事実に、全身が震えた。
今、確実に安田は私の所有物になった。そして、絶対に離してやんない。
恋愛感情というよりは、歪で浅ましい独占欲が満たされていく。
気が付けば私は笑っていた。いつか安田が私に見せた、あの優しくも無慈悲な、悪い悪い悪魔の様な微笑みを。
そして、安田の瞳をじっと見据えたまま、私はまた唇を重ねた。
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