【R18】溺れる身体~そこに愛はない

遙くるみ

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オサム

可哀想なのは誰なのか(1)

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 ーーここ最近の僕は変だ。



「オサムくん。おかえりー。外寒かった?早くこっちにおいでよ」

 家のドアを開けると、すぐそこに彼女がいた。どうやらキッチンで料理中らしい。包丁片手に、彼女は小動物を思わせる黒目がちな丸い目を細め、僕に向かって邪気のない笑みを向けた。

「今日はね、お鍋にしようと思って。じゃーん!土鍋も買ってきたんだよ。やっぱやるなら本格的にしたいもんね」

 そう言って彼女は、コンロに置いてあった彼女の顔の何倍もあるだろう重たそうな土鍋を、自慢げに掲げてみせた。それに応えるように僕は小さく笑い、ただいまと言って靴を脱ぎ部屋に上がる。リュックを肩から降ろすと自然な流れで彼女がそれを受け取り、促されるようにカーディガンも脱いだ。当然のように彼女はそれをハンガーへとかけ、消臭スプレーをシュッシュとかける。
 お店の客にでもなったかのようなこの一連の流れは、決して僕がしてほしいとい言ったわけではない。夕飯だってそうだ。作ってほしいと思ったことはあっても、口にしたことはない。でも彼女は付き合った当初から、嫌な顔一つせずせっせと僕の世話を焼く。そのことに対して、申し訳ないようなありがたいような、どっちとも取れない曖昧に濁した笑みを浮かべると、彼女は嬉しそうににこっと笑った。

「でね、何鍋がいいか分かんなかったから、適当にいくつか買ってきたの。買っておけばいつでも食べれるし、これからもっともっと寒くなるから別にいいよね。ねえ、オサムくんはどれがいい?」

 夕食の並べられたローテーブルの前に座らされ、その向かいに彼女がちょこんと座る。

「キムチ鍋でしょー、塩ちゃんこに醤油ちゃんこ。濃厚とんこつに、あと鶏白湯!!ねえねえ、何かコレってやつあった?」

 リズミカルに指を折りながらそう言う彼女は、とても可愛らしい。自分の一個下なのに、高校の制服を着ても全く違和感を感じない位には幼く見える。それは顔や体型だけでなく、性格や醸し出す雰囲気全てが、彼女をそう印象付けているのだろう。
 彼女はいつも楽しそうにニコニコと笑っている。そんな彼女を見てると僕の心も温かくなるのを感じるし、元気になる。それに、単純にそんな彼女が可愛いなと思う。
 ぼんやりそんなことを考えていると、彼女は話を聞いていないと思ったのか、「もう、聞いてるの?」と頬を膨らませ、怒ったように僕を見上げた。

「え、あ、ああ。そうだね、何でもいいかな」

「またそう言って。じゃあ私の好きなやつでもいいの?勝手に決めちゃうよ?」

「うん、いいよ。どれも美味しそうだし」

 彼女はすぐに目をキラキラさせて「どれにしようかなー」と悩みだし、結局決めたのは鶏白湯だった。お腹も空いていたし嫌いなものでもないので、そのことに異論はなく、僕はすぐに同意した。

 ーーただ、ふっと。
 神成かんなりさんだったら何味にするだろうか。
 そんなことが頭に過ぎった。

 そう思った瞬間、それを打ち消すかのように軽く頭を振った。やましいことなんて何もない、神成さんは仲のいい友人なのは明らかなのに。どうしてか、今ここで神成さんのことを思うのは間違っていると思った。そして、ナミちゃんに対して申し訳ないとも。


「ね、オサムくん。……しよ」

 ご飯を食べ、交互にお風呂に入り、適当につけたテレビを見ていたら、隣に座っていた彼女がしな垂れかかってきた。その口調はいつもの元気で明るいものではなく、しっとりと甘い。主語がなくても何をしたいのか、もちろん僕はわかっていた。

「……ナ、ナミちゃん。あの、今日は」

 やんわりと距離を取ろうとすると彼女ーナミちゃんに懇願する様にじっと見つめられ、言葉に詰まった。
 ここ最近、というか彼女と初めて身体を繋げて以来、僕たちは会えばほぼ必ずその行為をしていた。なので今日もするだろうという予想はしていたのだけど、何故か自分から誘おうという気にはなれなかった。そして彼女から誘われた今、咄嗟にそれを拒否するような言葉が出たことに、自分でも驚いた。

 ーー僕は、今、何て、どうして。
 居たたまれなくなって顔を逸らそうとすると、それを追いかけるようにナミちゃんの顔が近付き、唇がそっと重なった。ふにっとお互いの唇が押され、そして、ちゅっちゅっと啄むようなキスを繰り返される。
 角度を変えて食むように唇を合わせる頃には、すっかりキスに夢中になっていた。

「ん、はあ。ふふ、そんなこと言って、おっきくなってるよ」

「……だって、触るから」

 キスの合間にクスクスと彼女が笑う。いつの間にか彼女の右手は僕の股間の上にあり、慈しむかのようにそこを撫でていた。つい今さっきまでその気はないと思っていたくせに、自分のそこはすでに勃起していて、彼女の手を歓迎している。もっと撫でて刺激を与えてくれと、手招きさえしていた。

「じゃあ、脱がしていい?」

 小首を掲げるその仕草はとても可愛らしいのに、情欲によってナミちゃんの目はうるうると濡れ、頬は赤く染まっていた。その、少女らしくも大人の色香が漂うアンバランスさが、僕の興奮のボルテージを更に上げる。
 二人の服をいささか乱暴に脱がせ合い、素肌を晒して身体を絡ませる。ナミちゃんをベッドの上に膝立ちにさせると、僕は目の前にある柔らかな双丘を鷲掴みにした。

「あ、ああっ!オサムくん!ああっ……気もちいーよ」

 すっぽりと収まるその胸は大きいとは言い難いが、とても柔らかい。フニフニと感触を確かめるように揉みながら、中心にある突起を摘まみ上げれば、ナミちゃんは背を反らせて更に喘いだ。
 吸い寄せられるように片方の突起を口に含む。
 吸って、舐めて、舌でつついて、軽く噛んで。単調にならないように色んな方法でそこを可愛がっていると、ぎゅっと頭を抱え込まれた。耳元ででナミちゃんがあんあん気持ちよさそうに鳴いている。
 お腹に押し付けられた下生えに手を伸ばし、茂みの奥に指を進める。すでに濡れそぼったそこを掬うように指でなぞり、その蜜を塗り付けるように花蕾をぐりりと押した。

「あっああっ!やあ、だめだめえ……気持ちーよお」

 抱え込まれた頭にさらに力が入り、必死に快楽に耐えているのが伝わってくる。膝立ちでいるのも辛いのだろう。縋るように体重をかけられ、がくがくと震えている。

「もっと強いほうが良い?それとも中入れる?」

「ああんっ……もっと、擦って!あ、ああっ、イッちゃう、イッちゃうよう!」

 ナミちゃんの要望通りに花蕾を擦り、乳首を強く吸い上げると、程なくして彼女は達した。背中を反らせ、はあはあと荒くなった呼吸を繰り返し、僕の髪の毛を撫でている。
 ナミちゃんは自分が達するといつも僕の頭を撫でてくれる。いい子いい子、よくできました、という風に。

「はあ、すっごく気持ちよかったよ。……次はオサムくんの番ね」

 顔を離したナミちゃんが目をトロンとさせ、光悦な笑みを浮かべる。今の彼女は、可愛いというよりも色っぽい。艶やかに濡れる唇が、綺麗な弧を描き僕を誘惑していた。「ここ座って」と言われ、素直にベッドに腰かける。ナミちゃんは僕の足の間に座り、何の躊躇いもなく勃起した僕の半身をその口に含んだ。

「……ん」

 ナミちゃんの口の中は程よく温かく、程よく柔らかで、いつも僕を優しく包む。気持ちいいのはもちろんだけど、心地いい。下手するとこのまま眠ってしまう位に。穏やかな気持ちで足の間にあるナミちゃんの頭を撫でると、ふいに口に含まれたまま舌をぐるりと回され、思わず声が漏れた。ナミちゃんはそんな僕の反応に気を良くしたのかフッと鼻で笑ってから、何度も何度もそれを繰り返した。さっきまでの心地よさは呆気なく霧散し、今度は抗えない射精感が込み上げてくる。

「……ナミちゃん、待って。そんなにされると、すぐ」

 荒くなる呼吸を抑えながらそう言うと、ナミちゃんは口をすぼめて根元からきつく吸い上げた。あ、やばいと思った時にはもう遅く、僕は呆気なく果てた。ドクドクっと吐き出す間もナミちゃんは口を離すことなく、優しくそれを舐め上げてから、ごくんと全て飲み込む。そして少しだけ元気のなくなった僕のモノを両手で包み先端にチュッとキスをした。

「……飲まなくても、いいっていつも言ってるのに」

「いーの、オサムくんの好きだから」

「それに、フェラだって、毎回しなくてもいいって」

「したいからしてるの。オサムくん、やだ?気持ちよくない?」

 ペロリとペニスに舌を当てながら上目遣いで見つめられ、心臓がドキンと跳ねた。それと同時に握られたままの半身もビクッと震え、ムクムクと硬度を増していく。
「わあ!」と無邪気に驚くナミちゃんに構うことなく早急に避妊具を装着して、彼女の奥目がけて深く突き刺した。そして、最初から激しく腰を振り、彼女の身体を突き上げる。
 イッたばかりだというのに僕のモノはさっき以上に大きく硬く勃起していて、そして僕自身さっき以上に興奮していた。

「ああっ!やあ、あ、はげしっ!ああっ、すごいよ、オサムくん!」

 いわゆる正常位の体勢でガンガン突くと、ナミちゃんはそれを歓迎するかのように両腕と両足を僕の身体に絡ませた。
 眼鏡を外した僕の視界はボケボケで曖昧にしか見えない。薄明りの中だと尚更だ。何度も腰を振りながら、僕は目の前にある唇を自分のもので塞ぎ、こぼれ出る喘ぎ声を丸ごと呑み込んだ。すると部屋にはどちらのものか分からない荒い呼吸と、ギシギシときしむベッドの音しか聞こえなくなる。ついでに目も閉じると、僕の世界は真っ暗になり何も見えなくなった。

『--オサム』

「……っく、う」

 二度目の射精を迎え、ベッドに両手を突っ伏したまま、はあはあと乱れた息を整える。うすく目を開けると、すでに僕を見つめていたらしいナミちゃんと目が合い、心臓がドキッと跳ねてから、ズキッと痛んだ。

「ご、ごめん」

 咄嗟に謝罪が口から出て、バツが悪そうに「……先に一人でイッちゃって」と付け足すと、ナミちゃんは「ううん。私も気持ちよかったよ」と僕を慰めるように穏やかにほほ笑んだ。そのことに更に胸が痛む。

 そそくさと寝間着を着こみ、布団にもぐる。ナミちゃんを背中から抱きしめるようにして「おやすみ」と言えば、ナミちゃんも「おやすみ」と答えてくれた。行為が終わり後は寝るだけだと言うのに、心臓がいやに逸って仕方がない。すうすうと規則的な寝息が聞こえたことを確認してから、僕は回していた腕をそっと外し、反対側に寝返りをうった。

 さっきから感じているこの胸の痛み。これは、罪悪感だ。

 はあと大きく息をつき、寄った眉間を指で押さえた。
 考えてはいけない、ナミちゃんに対して失礼だし、裏切り行為だと言われてもおかしくないことをしている自覚はある。
 でも、どうしても頭から離れないんだ。

 ーーあの時の、研究室の飲み会でトイレに蹲って僕を見上げた、あの神成さんの表情が。

 頬だけでなく耳まで真っ赤に染めあげ、目いっぱいに涙を溜め、何かに必死に耐えるかのような、あの顔が。

 それは、今まで一度も見たことのなかった神成さんの一面だった。

 クールで論理的かつ道理的で知性と理性を兼ね備えた女性だと思っていたのに、あの時に見た彼女はどうしようもなく扇情的で魅惑的で、かつ挑発的で。下世話な言い方をすると、いやらしくて、ふしだらで、艶めかしかった。

 僕の知らなかった、見たこともない神成さんを目の当たりにして、全身に衝撃が走った。稲妻に打たれ、大波に攫われ、岩に打ち付けられ、粉々に砕け散った。

 はっきり言って、興奮した。あり得ない位、勃起した。
 さっきだってそうだ。ナミちゃんが僕を見上げた顔が、あの時の神成さんと重なって、どうしようもなく昂った。抑えられなかった。そして、結局欲望の赴くままにナミちゃんを突き上げた。

 あの時湧き上がったのは欲情だけじゃない。
 赤黒い嫉妬が僕の心から頭の中に抜け、そして全身を駆け巡った。

 神成さんは差し出した僕の手を取らずに安田くんを選んだ。そして、縋った。
 僕の目の前で。
 あの、神成さんが。誰の助けもいらないと、いつも突っぱねていた神成さんが、安田くんにーー
 とても、信じることができなかった。

 そして、更に追い打ちをかけたのは、安田くんのあの顔だ。

 僕を見下して、勝ち誇って蔑んで突き放して拒絶して。そして神成さんに向けたあの、何とも言い表せない表情。
 そんな安田くんの顔もまた、見たことのないものだった。

 何かもう、何もかもがよく分からなくなってしまった。
 神成さんも、安田くんも、そして僕も。
 今までそうだと思っていたものが、根底から覆された。

 あの日生まれて育まれたモヤモヤや燻ぶった苛立ちを、自分でも知らないうちに僕はナミちゃんにぶつけている。射精という最低な方法で。

 ーーここ最近の僕は変だ。
 どうにかしたいのにどうしていいのか分からず、結局どうにもできないまま何でもない顔をして日々を過ごしている。
 いや違うか。僕は変なんじゃない、ただ最低なだけだ。



 このまま消え去りたいと願いながら、僕は浅い眠りについた。


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