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悠馬
類似点と相違点
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「うわー、やっぱり汚いねえ」
「うるせえな。誰か来るなんて思ってなかったんだから、しょうがねえだろ」
「汚いから汚いって言っただけで、別に悪いなんて言ってないよ。むしろ、悠馬らしくて安心した。っと。それより、漫画漫画!お邪魔しまーす」
勝手知ったる元カレの家。かすみは迷うことなく道を進み、迷うことなく105号室へと向かい、家主の俺より先に靴を脱いで、迷うことなくリビングではなく寝室のドアを開けた。そして、ベッドと平行して設置された本棚を、勝手に物色し始める。
「あっ、あったあった。じゃあ、私読んでるから悠馬も好きにしててー。お風呂入るでも、テレビ見るでも、お好きにどーぞ」
「俺ん家なんだから、言われなくても好きにするわ」
自由奔放すぎるかすみの態度に、怒りや呆れを通り越し、笑いがこみ上げる。
釣られるようにかすみが手に取った漫画から視線を上げ、へへっと笑う。早く漫画が読みたくて期待に胸を膨らませている、少女のような無邪気な笑顔だった。
かすみは言葉通り、集中して漫画を読んでいた。一度こうなると、話しかけても無駄だ。作品の世界に入り込んで、何も聞こえなくなる。まあ、話すことなんて何も思いつかないのだから困らないのだけど。聞こえてるか分からないけど一応「風呂入ってくるわ」と声をかけてみる。やはり何も反応はない。漫画に読みふけるかすみを部屋に残し、風呂場に向かった。
シャワーを浴びながら、おかしな事になったなと思う。まさか、元カノと再会して飲みに行って一緒に帰宅することになるとは。朝家を出た時には想像もしていなかった。いや、こんなん想像する方が難しい。
まさか再会したかすみとこんな何でもないように会話できるとは――
今のこの状況より何よりも一番、俺はそのことに驚いていた。
頭の先からつま先まで、全身を泡で洗いシャワーで流す。汗でべたべただった身体が浄化され、それと同時に心までも軽くなったような気がする。
足取り軽く、寝室へ戻る。いつもの俺の部屋に、いつもはいないはずの誰かがいる。なのにその光景は不思議なくらい溶け込んでいて、違和感なんてものは感じなかった。
昔、実際にあった光景。頻繁に目にしていた光景。かすみは俺を一瞥することなく、相変わらず同じポーズで漫画を読んでいた。
思わず、ふっと笑いがこぼれる。
こういう所は変わらない。それは、俺がかすみに対して抱いていた、好ましい彼女の一面だった。
※ ※
「……っはあーーーっ!読んだ!続き!めっちゃ気になるーー!」
最後のページをめくり、静かに漫画を閉じ、止まっていた時が動き出すようにかすみが大きく伸びをした。両手を伸ばしたままのかすみが俺の存在を確認し、あっという顔をする。その、素のリアクションに思わず吹き出すと、かすみも一緒になってケラケラ笑った。
「面白かった?」
「悠馬の家だってこと忘れるくらい面白かった!はあ、すごいね。この人。なんでこんな話思いつくんだろ。どうしよう、もっと色々感想言いたいのに、すごいしか言葉が出ない。なんか、もう、とにかく最高」
漫画を胸に抱いたままかすみがベッドに背中を預け、余韻に浸る様に目を閉じる。たっぷり一人分空けてベッドに腰かけると、その反動でかすみの身体が小さく上下した。
かすみが持つ漫画を取り、ぺらぺらとめくる。読んでいたのは、近未来のような異世界の様な、独特の世界観の中で繰り広げられる人々の日常を描いた漫画だ。主人公の少年の父親が、実は母親を殺した犯人かもしれないと幼馴染の少女に告げられたところで、最新話は終わっている。続きが気になるのは俺も同じだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
天井を仰いだ体勢のまま、目だけ俺に向ける。不意を突かれたように、胸が跳ねた。
「……あ、ああ。いや、終電もうないだろ」
「うん、ないねえ」
スマホの時計は、もう一時過ぎ。バスはもちろん電車もとっくに終わっている。
「ないねえ、ってお前。じゃあどうする気」
「どうするって、帰るつもりだってば。それ以外にある?」
かすみが今どこに住んでいるのかは知らないが、まさか徒歩で帰れる距離ではないだろう。現実的なのはタクシーだが、一体どれくらいの料金がかかるのか。財布の中身にあといくら入ってたっけと、咄嗟に頭を巡らすが、さっきの五千円でほぼ札は消えた気がする。
「じゃあさ、泊めてくれるの?」
さらりと発されたかすみの言葉が、胸に深く突き刺さる。
泊める?かすみを、俺の部屋に?
何も反応することもできずに呆然と固まる俺を、かすみもまたじっと見つめていた。
かすみが俺の部屋で漫画を読む姿が自然すぎるのがいけない。かすみが過去を過去と完全に割り切って仲の良い友人のように接してくるのがいけない。かすみといる空間が居心地良すぎるのがいけない。
浮かんでくるのは、誰に対してかわからない言い訳ばかりだ。
気がつけば俺はこの空気に流されて、飲み込まれていた。かすみに言われて、今それに気づいた。かすみにその言葉を言われなければ、何の疑いもなく当然泊めるするものだと思っていた。
付き合ってた頃のように。
今はもう、付き合ってないというのに。
そうだ。付き合っていないのだ。付き合っていない異性と二人きりで、さらに泊めるなんて、あり得な過ぎるだろ。
「いや、それはー」
「悠馬はさー、付き合ってる相手がいない時にシタくなったらどうしてるの?」
「うるせえな。誰か来るなんて思ってなかったんだから、しょうがねえだろ」
「汚いから汚いって言っただけで、別に悪いなんて言ってないよ。むしろ、悠馬らしくて安心した。っと。それより、漫画漫画!お邪魔しまーす」
勝手知ったる元カレの家。かすみは迷うことなく道を進み、迷うことなく105号室へと向かい、家主の俺より先に靴を脱いで、迷うことなくリビングではなく寝室のドアを開けた。そして、ベッドと平行して設置された本棚を、勝手に物色し始める。
「あっ、あったあった。じゃあ、私読んでるから悠馬も好きにしててー。お風呂入るでも、テレビ見るでも、お好きにどーぞ」
「俺ん家なんだから、言われなくても好きにするわ」
自由奔放すぎるかすみの態度に、怒りや呆れを通り越し、笑いがこみ上げる。
釣られるようにかすみが手に取った漫画から視線を上げ、へへっと笑う。早く漫画が読みたくて期待に胸を膨らませている、少女のような無邪気な笑顔だった。
かすみは言葉通り、集中して漫画を読んでいた。一度こうなると、話しかけても無駄だ。作品の世界に入り込んで、何も聞こえなくなる。まあ、話すことなんて何も思いつかないのだから困らないのだけど。聞こえてるか分からないけど一応「風呂入ってくるわ」と声をかけてみる。やはり何も反応はない。漫画に読みふけるかすみを部屋に残し、風呂場に向かった。
シャワーを浴びながら、おかしな事になったなと思う。まさか、元カノと再会して飲みに行って一緒に帰宅することになるとは。朝家を出た時には想像もしていなかった。いや、こんなん想像する方が難しい。
まさか再会したかすみとこんな何でもないように会話できるとは――
今のこの状況より何よりも一番、俺はそのことに驚いていた。
頭の先からつま先まで、全身を泡で洗いシャワーで流す。汗でべたべただった身体が浄化され、それと同時に心までも軽くなったような気がする。
足取り軽く、寝室へ戻る。いつもの俺の部屋に、いつもはいないはずの誰かがいる。なのにその光景は不思議なくらい溶け込んでいて、違和感なんてものは感じなかった。
昔、実際にあった光景。頻繁に目にしていた光景。かすみは俺を一瞥することなく、相変わらず同じポーズで漫画を読んでいた。
思わず、ふっと笑いがこぼれる。
こういう所は変わらない。それは、俺がかすみに対して抱いていた、好ましい彼女の一面だった。
※ ※
「……っはあーーーっ!読んだ!続き!めっちゃ気になるーー!」
最後のページをめくり、静かに漫画を閉じ、止まっていた時が動き出すようにかすみが大きく伸びをした。両手を伸ばしたままのかすみが俺の存在を確認し、あっという顔をする。その、素のリアクションに思わず吹き出すと、かすみも一緒になってケラケラ笑った。
「面白かった?」
「悠馬の家だってこと忘れるくらい面白かった!はあ、すごいね。この人。なんでこんな話思いつくんだろ。どうしよう、もっと色々感想言いたいのに、すごいしか言葉が出ない。なんか、もう、とにかく最高」
漫画を胸に抱いたままかすみがベッドに背中を預け、余韻に浸る様に目を閉じる。たっぷり一人分空けてベッドに腰かけると、その反動でかすみの身体が小さく上下した。
かすみが持つ漫画を取り、ぺらぺらとめくる。読んでいたのは、近未来のような異世界の様な、独特の世界観の中で繰り広げられる人々の日常を描いた漫画だ。主人公の少年の父親が、実は母親を殺した犯人かもしれないと幼馴染の少女に告げられたところで、最新話は終わっている。続きが気になるのは俺も同じだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
天井を仰いだ体勢のまま、目だけ俺に向ける。不意を突かれたように、胸が跳ねた。
「……あ、ああ。いや、終電もうないだろ」
「うん、ないねえ」
スマホの時計は、もう一時過ぎ。バスはもちろん電車もとっくに終わっている。
「ないねえ、ってお前。じゃあどうする気」
「どうするって、帰るつもりだってば。それ以外にある?」
かすみが今どこに住んでいるのかは知らないが、まさか徒歩で帰れる距離ではないだろう。現実的なのはタクシーだが、一体どれくらいの料金がかかるのか。財布の中身にあといくら入ってたっけと、咄嗟に頭を巡らすが、さっきの五千円でほぼ札は消えた気がする。
「じゃあさ、泊めてくれるの?」
さらりと発されたかすみの言葉が、胸に深く突き刺さる。
泊める?かすみを、俺の部屋に?
何も反応することもできずに呆然と固まる俺を、かすみもまたじっと見つめていた。
かすみが俺の部屋で漫画を読む姿が自然すぎるのがいけない。かすみが過去を過去と完全に割り切って仲の良い友人のように接してくるのがいけない。かすみといる空間が居心地良すぎるのがいけない。
浮かんでくるのは、誰に対してかわからない言い訳ばかりだ。
気がつけば俺はこの空気に流されて、飲み込まれていた。かすみに言われて、今それに気づいた。かすみにその言葉を言われなければ、何の疑いもなく当然泊めるするものだと思っていた。
付き合ってた頃のように。
今はもう、付き合ってないというのに。
そうだ。付き合っていないのだ。付き合っていない異性と二人きりで、さらに泊めるなんて、あり得な過ぎるだろ。
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