【R18】異世界でもキャリアアップを望む

遙くるみ

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本編

日常(1)

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「セイミハナ。ナナヤ科。薄青色の花が春の初めに咲く。葉っぱの形は尖っている」

「そうそう。合ってるよ。薄い青のことをセイミ色って言うんだ。それくらいポピュラーな花だよ」

「この間、庭の端に植えていたのはこれ?」

「うん。今から植えておくと暖かくなる頃に芽が出てくるんだ」

「ふーん、春なのに青い花が咲くんだ。黄色とかピンクって感じなのに。あっ、でも青空の色だから春っぽいか。ジョセフの瞳は空の色だと思ってたけど、セイミ色って言うのかな?」

 隣に座るジョセフを見上げて、じっと瞳を覗き込む。透き通るような薄い青はやっぱり澄んだ青空の色だ。
 ジョセフの頬がじわじわと赤くなっていくのを観察しながら、関係が始まって三ヶ月が経ったけどこういう童貞臭いとこは変わんないな、としみじみ思う。あの時・・・は全然童貞っぽくないんだけど。

「そ、そうだね。それより、ここにある本は大体読めたんじゃない?」

「だって園芸の本ばっかで似たような言い回しが多いから。なんか違う本ないの?」

 勉強は基本ジョセフの部屋でやり、ジョセフの園芸の本を一緒に読み進めていった。教科書なんてものはもちろんないので、あるものを使うしかない。幸運にもジョセフの部屋には、伯爵家が代々所有しているという園芸の本が何冊もあった。紙も高価なので書き取りはあまりやらず、主に単語や文法を習い、読めるようにしているところだ。

 日本にいた時、植物や園芸には特に興味はなかったけど、こうやって勉強してみると実に面白い。種類もたくさんあるし、育て方、増やし方などにも興味がわき、純粋に勉強は楽しかった。
 ジョセフの育てた植物も見せてもらい日々の成長を見守るのは、現代社会で生きてきた私にとって、とても新鮮なものだった。

「……ねえ、今日はだめ?」

 ぎゅっとジョセフに抱きしめられて、一瞬ドキリと胸が跳ねた。

「だめ。言ったでしょ。今日は危険日。五日後くらいならいいかな」

「ええ、あと五日も。我慢できないよ。ちょっとだけ、だめ?」

「だめ。最初契約したでしょ。私がいいって言った日だけだって」

「………はーい」

 ジョセフはショボくれた返事をしながらも、私の首元にちゅっちゅっと吸い付いてくる。
 背中にまわった手がそろそろと上下し、優しく撫であげながら、耳にすっと通った鼻筋を当てられた。

「……っ!」

 耳は!耳は止めてほしい!!思わず声が出そうになったが何とかこらえ、目をぎゅっと瞑る。
 耐えろ、耐えるんだ映見。
 そう自分に言い聞かせて、心を落ち着ける。
 しばらく動かないでいると、ジョセフは諦めて顔を離してくれた。
 何とかやり過ごせたようで、ホッとする。

「………ちぇ、だめか。っていうかそれ本当なの?妊娠しやすい日としにくい日があるって」

 離れたといっても顔だけで、ジョセフは私を抱き込んだまま話しかけてくる。
 至近距離すぎてとてもじゃないけど直視できず、逃げるように机の上の植物図鑑に視線を移した。

「……本当。詳しいことは私もよくわかんないけど、月経の後決まった周期で排卵するから、その時は危険。逆に月経直後や直前は大丈夫。私周期あんまり乱れないから、そこは安心して」

「……安心て。別に俺はできてもいいけど」

 できてもいいってどういう意味?ちょっと、意味深な発言はいろいろ考えちゃうから控えてほしい!

「だから、私が嫌なの。今日は絶対だめ。ていうか、いつも中には出さないでって言ってるでしょ。多分大丈夫だと思うけど、絶対じゃないんだから」

「ははっ、ごめん我慢できなくて」

 本当に?我慢どころか、いつもあの最中は余裕すら見える気がするんですけど。疑いの眼差しを向けると、白々しくニコリと返された。

 避妊の概念は日本では常識だったけど、こちらの世界ではあまり浸透していないようだ。避妊具なんてものはない。いや、あるのかもしれないけど、庶民の間では全く知られていない。

 ちなみに私が異世界人だと言うことは伯爵以外知らない。はずだ。
 側近くらいは知っているかもしれないけど、今の所誰かから聞かれたことはない。
 なので、私もバレないように会話には気を付けている。

「じゃあ、キスはいい?」

「………ま、まあ、それくらー」

 話の途中で強引に唇を塞がれ、言葉を遮られる。やや乱暴なようで、それでも歯が当たらないように優しく食まれ、一瞬で頭が逆上せてしまう。

 ……本当にこの男は、ずるい位にキスが上手い。
 抱きしめられたまま濃厚なキスを交わし、しばらくすると満足したのか、そっと顔が離れた。

「っはぁ、っ」

「ふふ、やりたくなった?足もじもじしてるよ」

「……してません。やりたくなんてありません。いつもだって、やりたくてやってるんじゃなくて、契約だからしてるんです。勘違いしないで」

「……まあ、そういうことにしておこうか」

 あんまり納得してなさそうだけど、何とか言いくるめられたようだ。まあ、本当のことなんだけどね。
 この心臓のバクバクは、ジョセフのキスが思ったより深くって驚いたからであって、決して好きだからとかこの先を期待してとかではない。決して。

 誰に言うわけでもないけど、心の中でしっかりと否定する。

「じゃあさ、もうちょっと勉強する?」

「するっ!!」

 セックスなしだともう部屋にもどらないといけないかと思っていたので、その提案が嬉しくてつい大きな声が出てしまった。

「あ。ご、ごめん。うるさかったね」

「ぷっ。……はははっ」

 耐えきれないとばかりに、ジョセフが顔をくしゃくしゃにして笑う。一気に子供っぽくなり(私よりも実際にかなり若いんだけど)、私の頬もつられて緩む。

 いつも一歩引いた人間関係を築く私の壁を、ジョセフは難なく壊してしまう。異世界こちらに来てからは特定の人と仲良くなりたくないと今まで以上に気を張っているのに、気が付けば素の自分が出てしまっている。

「じゃあ、歴史の話ね。この前の続きだと…」

 ジョセフとの関係は楽だ。最初に契約した通り、勉強とセックス、需要と供給の割り切った関係だし、何より会話が楽しい。

 それに、ジョセフは私が思ったよりも博識だった。
 初めは最低限の字だけ教わればいいと思っていたけど、一般教養はそつなく知っているし、疑問をぶつければわかりやすく丁寧に説明してくれた。それこそ新川の先生なんかよりも全然上手に。あまり興味のなかった植物の世界の素晴らしさだって教えてくれたし、今では自分の部屋でジョセフのくれた観葉植物を何鉢か育てるまでだ。

 今のところ、恋人を作る気配もないし(女の人とどころか同僚と喋っているところも見たことがない)、いつかジョセフにパートナーができて関係を解消する時までに、教われることは全部教わりたいと思っている。

 この異世界でも、一人でちゃんと暮らしていけるように。

「あ、もうこんな時間か」

 低音の鐘の音が屋敷内に静かに鳴り響く。時計は高価なものなので、この世界では鐘の音を目安に行動している。この鐘が鳴るのは大体夜の十時ってとこだろう。

「明日も仕事だし。じゃ、帰るね。ありがと」

「行こう」

 そう言ってすっと手を差し出された。
 えっ?繋ぐってこと?
 フリーズしていると手を握られ、ジョセフのコートのポケットに一緒に入れられる。

「…………外、寒いから」

「いや、誰かに見られると嫌だから離して」

「こんなん普通だって。寒い冬だとみんなやってるよ。それこそ同性同士でも」

 ええっ?そうなの?同性って男同士でも??
 ムキムキのお兄さん二人が仲睦まじく手を繋いでいる所を想像してみる。……おおう、すごいな。カルチャーショック。

 フッと笑う気配がして隣を見上げると、ジョセフがなんでもない顔をして歩き始めた。
 頭の中はクエスチョンマークで一杯だったけど、あれこれ言うとボロが出そうなので、私も一緒に歩き出す。ジョセフがそう言うなら、そう言うことにしておこう。

 繋いだ手は熱く、反対の手はとても冷たかった。



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