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本編
転機(1)
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「と、言うわけで。あなたもよく頑張ってるから、皆と同じお給金に上げるわ。これからも精進なさい」
「はい、ありがとうございます。では、失礼します」
音をたてないよう、静かに扉を締める。女中長の部屋を後にし、長い廊下をやや早足で歩く。
やった!やった!昇給だ!
心の中で私は颯爽とスキップを踏んでいた。
といっても、研修期間が終わって、正社員になったようなものだけど。
それでも、ようやく他の皆と同じラインに立てたのは嬉しい。今まで新人は私だけだったので、色々良いようにこき使われていたのだ。
顔がにやけそうになるもいつも通りの無表情を維持し、自分の部屋を目指す。
階段を下りたところで、同僚の女中四人組に声をかけられた。
「あら、サトゥじゃないの。外掃除がまだ終わってないみたいよ。こんなところでフラフラしてないで、早く掃除しなさいよ」
「そうよ。それにタオルだってまだたたんでなかったわ。仕事が遅くてこっちはいつも迷惑なんだけど」
そうよそうよ、と後から後からヤイヤイ文句を言われ、私は心の中で大きなため息をついた。
彼女たちはまだ十五、十六歳位で、この屋敷に来て一年そこらの私と対して変わらない新人女中だ。確か町の裕福な家庭で育てられ、行儀見習いを兼ねてこの屋敷で雇われてるとか。
はっきり言って、彼女達は仕事ができない。というかやる気がない。
今だってここに四人集まって、いったい何をしていたのだ。どうせしょうもない話をしていたんだろうけど。
今までは私が一番の新人という立場だったので、何か理不尽なことを言われても反論せず全部飲み込んできた。が、たった今から同じ立場の同僚だ。もう言われるままハイハイ言う必要はない。
顔をきっと上げて、「お言葉ですが」と真っ正面から彼女達を見る。
「私の今日の分の仕事はとっくに全て終わらせましたし、ここにいたのは女中長に呼ばれていたからです。そして、たった今見習いは卒業しましたので、あなた方とお給金は同じです。今までは言いませんでしたが、これからは同僚として、思ったことはきちんと申し上げますね。 まず、今日の外掃除の担当はミシェルさんですし、タオルを畳むのは洗濯担当のルーシーさんです。あなた達こそこんなところで何をしているんですか?早くしないと勤務時間は終わってしまいますよ?」
ワンブレスでツラツラと言い切り、最後に「それでは、私はこれで」と殊勝な態度のままペコリと頭を下げる。ゆっくり一拍おいて顔を上げると、指摘したミシェルとルーシーの顔がみるみる赤く、目がつり上がっていった。
「!!っちょっ!あんた何よ急に!生意気言って!」
「そ、そーよ!あ、あんたがやってきなさいよ!下っぱなんだから!」
わーわーヒステリックに捲し立ててくるが、高校一年生の女子に言われていると思うと全く怖くない。むしろ、可愛いとさえ感じる。社会の荒波に揉まれまくったアラサーキャリアウーマン舐めんなよ。
でも、彼女達の方が先輩なのは変わりないので、きちんと敬語は使う。年齢と職歴をきっちり分けるのが、模範的な社会人なのだ。
「という訳で、私がやらなければいけない理由はありません。時間がなくて自分達だけでは終わらないので手伝ってほしい、と言うのであれば、私はただ働きになりますが手伝ってあげてもいいですよ?」
「っ!なっ!あんた!なにその上から目線!そんな口のきいていいと思ってんの!?……っ奴隷上がりのクロチプリのくせに!!」
「ちょっ、ミシェル、それはちょっと」
「何を大きな声を出して騒いでいるのです。ここはお客様も通るところですよ。人前で声を荒げては立派な淑女にはなれませんよ」
「っ!女中長!」
声のする方を振り返ると、先ほどまで話していた女中長がこちらに向かってきていた。
するとミシェルは慌てて女中長の前まで駆け寄って行き、一転しおらしい態度をとる。
「違うんです。私たちは仕事をサボっていたサトゥを見つけて、注意していたんです。なのにサトゥは頑なに否定して言い訳ばっか言い連ねて。終いには絶対にやらないって言うので。つい、カッとなってしまい。……すみませんでした」
おおー、何て変わり身の早さ!女中長の前ではいい子ちゃんなんだよなぁ、この子。急に優等生を装う変わり身の早さに、関心してしまうほどである。
「サトゥ、あなたさっき今日の分は終わったと言っていなかった?」
「はい、終わりました」
「嘘です!まだ外掃除が残ってるのに、一人だけ部屋に戻ろうとして。私たちに仕事を押し付けようとしているんです」
ミシェルは迫真の演技で、目に涙を貯めて女中長に訴えている。あるはずのないスポットライトを当てられているかのようだ。
「とにかく、まだ残っている仕事があるのなら全員でやってしまいなさい。もうじき外も暗くなることですし」
女中長の言葉に自分の意見が汲まれたと思ったのか、ミシェルは私の方をちらりと見ると満面の笑みを浮かべ、勝ち誇ったかのようにフンッと鼻をならした。
なんだか私がサボったことになってしまったが、経験上こういう時は余計なことは言わない方がいい。
反論はせず、コクリと頷く。
どっちにしろ手伝うことになりそうだったので、仕方ないということにしよう。とっても腑に落ちないけれど。
話は終わりかと思いその場を後にしようとすると、「それと」と女中長が口を開いた。
「ミシェル。伯爵様は人種差別反対運動に賛同されている方ですよ。伯爵様に雇われている私達がそのような発言をするなんて、伯爵様の顔に泥を塗ることになるのです。反省なさい」
「っ!!!」
そう言うと女中長は踵を返して、また部屋に戻っていった。
ミシェルはプルプルと身体を震わせ、顔を真っ赤に染め上げ、私をキッと睨み付け、そのままどこかへ早足で行ってしまった。
「あっ、ミシェル!待って!」
その後ろを三人が慌てて追いかける。この後、素直に外掃除をやるとは到底思えない。というか、外掃除をする気が本当にあるのならば、全く反対の方向である。
結局、掃除は一人でやることになりそうだ。
一人その場に残された私は、やれやれと大きなため息をついた。
「はい、ありがとうございます。では、失礼します」
音をたてないよう、静かに扉を締める。女中長の部屋を後にし、長い廊下をやや早足で歩く。
やった!やった!昇給だ!
心の中で私は颯爽とスキップを踏んでいた。
といっても、研修期間が終わって、正社員になったようなものだけど。
それでも、ようやく他の皆と同じラインに立てたのは嬉しい。今まで新人は私だけだったので、色々良いようにこき使われていたのだ。
顔がにやけそうになるもいつも通りの無表情を維持し、自分の部屋を目指す。
階段を下りたところで、同僚の女中四人組に声をかけられた。
「あら、サトゥじゃないの。外掃除がまだ終わってないみたいよ。こんなところでフラフラしてないで、早く掃除しなさいよ」
「そうよ。それにタオルだってまだたたんでなかったわ。仕事が遅くてこっちはいつも迷惑なんだけど」
そうよそうよ、と後から後からヤイヤイ文句を言われ、私は心の中で大きなため息をついた。
彼女たちはまだ十五、十六歳位で、この屋敷に来て一年そこらの私と対して変わらない新人女中だ。確か町の裕福な家庭で育てられ、行儀見習いを兼ねてこの屋敷で雇われてるとか。
はっきり言って、彼女達は仕事ができない。というかやる気がない。
今だってここに四人集まって、いったい何をしていたのだ。どうせしょうもない話をしていたんだろうけど。
今までは私が一番の新人という立場だったので、何か理不尽なことを言われても反論せず全部飲み込んできた。が、たった今から同じ立場の同僚だ。もう言われるままハイハイ言う必要はない。
顔をきっと上げて、「お言葉ですが」と真っ正面から彼女達を見る。
「私の今日の分の仕事はとっくに全て終わらせましたし、ここにいたのは女中長に呼ばれていたからです。そして、たった今見習いは卒業しましたので、あなた方とお給金は同じです。今までは言いませんでしたが、これからは同僚として、思ったことはきちんと申し上げますね。 まず、今日の外掃除の担当はミシェルさんですし、タオルを畳むのは洗濯担当のルーシーさんです。あなた達こそこんなところで何をしているんですか?早くしないと勤務時間は終わってしまいますよ?」
ワンブレスでツラツラと言い切り、最後に「それでは、私はこれで」と殊勝な態度のままペコリと頭を下げる。ゆっくり一拍おいて顔を上げると、指摘したミシェルとルーシーの顔がみるみる赤く、目がつり上がっていった。
「!!っちょっ!あんた何よ急に!生意気言って!」
「そ、そーよ!あ、あんたがやってきなさいよ!下っぱなんだから!」
わーわーヒステリックに捲し立ててくるが、高校一年生の女子に言われていると思うと全く怖くない。むしろ、可愛いとさえ感じる。社会の荒波に揉まれまくったアラサーキャリアウーマン舐めんなよ。
でも、彼女達の方が先輩なのは変わりないので、きちんと敬語は使う。年齢と職歴をきっちり分けるのが、模範的な社会人なのだ。
「という訳で、私がやらなければいけない理由はありません。時間がなくて自分達だけでは終わらないので手伝ってほしい、と言うのであれば、私はただ働きになりますが手伝ってあげてもいいですよ?」
「っ!なっ!あんた!なにその上から目線!そんな口のきいていいと思ってんの!?……っ奴隷上がりのクロチプリのくせに!!」
「ちょっ、ミシェル、それはちょっと」
「何を大きな声を出して騒いでいるのです。ここはお客様も通るところですよ。人前で声を荒げては立派な淑女にはなれませんよ」
「っ!女中長!」
声のする方を振り返ると、先ほどまで話していた女中長がこちらに向かってきていた。
するとミシェルは慌てて女中長の前まで駆け寄って行き、一転しおらしい態度をとる。
「違うんです。私たちは仕事をサボっていたサトゥを見つけて、注意していたんです。なのにサトゥは頑なに否定して言い訳ばっか言い連ねて。終いには絶対にやらないって言うので。つい、カッとなってしまい。……すみませんでした」
おおー、何て変わり身の早さ!女中長の前ではいい子ちゃんなんだよなぁ、この子。急に優等生を装う変わり身の早さに、関心してしまうほどである。
「サトゥ、あなたさっき今日の分は終わったと言っていなかった?」
「はい、終わりました」
「嘘です!まだ外掃除が残ってるのに、一人だけ部屋に戻ろうとして。私たちに仕事を押し付けようとしているんです」
ミシェルは迫真の演技で、目に涙を貯めて女中長に訴えている。あるはずのないスポットライトを当てられているかのようだ。
「とにかく、まだ残っている仕事があるのなら全員でやってしまいなさい。もうじき外も暗くなることですし」
女中長の言葉に自分の意見が汲まれたと思ったのか、ミシェルは私の方をちらりと見ると満面の笑みを浮かべ、勝ち誇ったかのようにフンッと鼻をならした。
なんだか私がサボったことになってしまったが、経験上こういう時は余計なことは言わない方がいい。
反論はせず、コクリと頷く。
どっちにしろ手伝うことになりそうだったので、仕方ないということにしよう。とっても腑に落ちないけれど。
話は終わりかと思いその場を後にしようとすると、「それと」と女中長が口を開いた。
「ミシェル。伯爵様は人種差別反対運動に賛同されている方ですよ。伯爵様に雇われている私達がそのような発言をするなんて、伯爵様の顔に泥を塗ることになるのです。反省なさい」
「っ!!!」
そう言うと女中長は踵を返して、また部屋に戻っていった。
ミシェルはプルプルと身体を震わせ、顔を真っ赤に染め上げ、私をキッと睨み付け、そのままどこかへ早足で行ってしまった。
「あっ、ミシェル!待って!」
その後ろを三人が慌てて追いかける。この後、素直に外掃除をやるとは到底思えない。というか、外掃除をする気が本当にあるのならば、全く反対の方向である。
結局、掃除は一人でやることになりそうだ。
一人その場に残された私は、やれやれと大きなため息をついた。
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