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本編
事変(1)
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その後も嫌がらせは続いたが、物理的に何かを壊されたり危害を加えられるようなことはなかった。
基本ミシェルが揚々と嫌がらせをしてきて、ルーシーら三人はどこか乗り気ではないようだった。
ミシェルに言われて仕方なく付き合っているのだろう。やらないと多分彼女達は不利益を被るのだということが、容易に見て取れた。
所謂女子グループと言った感じで、発言権の強いリーダー格のミシェルに、他三人がご機嫌伺いしながら合わせているのが常なのだろう。
そこまでして何故一緒にいるのか私にはわからないけど、この位の年齢の女の子にはとても重要なことなのだと思う。学生時代なんて皆、類に漏れずそんなものだ。
経験上、私がこの調子で特別に反応しなければ、段々と嫌がらせも下火になってそのうち無くなるだろう。あともう少しの辛抱だ。
そう、私は楽観視していた。
◇
本格的な冬が訪れ、辺りは一面雪に覆われていた。この辺りは豪雪地帯とまでではないが、毎年ある程度の雪は降るらしい。
雪が積もると私の仕事は落ち葉掃きから、雪掻きへとかわった。
幅広のスコップで延々と雪を掻き出す。積もった雪は水を含んでいてずっしりと重く、かなりの肉体労働を課せられ、ものの数分で全身筋肉痛に見舞われた。日が昇る前から日が沈んだ後まで。一日中やっても、当然この広い屋敷はやりきれず。せっかく終わりそうだと思ったら、また雪が降って一からやり直し。
ひたすら雪を掻き続ける、疲労困憊の毎日だった。
その日は、裏庭周辺を雪掻きしていた。
裏庭は高い木が何本も生い茂り、夕方になると暗くなるのがとても早い。屋敷からも少し離れていて、花壇や物置などもないため人は滅多に通らない所だ。
屋敷周辺の雪掻きは粗方終わって、最後に残ったのがここだった。こんな所やらなくたって誰も困らないだろうに、いつもの如くミシェルによる嫌がらせで、私がやることになったのだ。
夕方の四時を過ぎたくらいなのに、もう辺りは薄暗くなってきていた。
そろそろ終わりにしようかと、雪掻きの手を休めると、裏庭の奥の方に赤い毛糸の帽子が落ちてるのが見えた。
さっき、あんなところに帽子なんて落ちていたっけ?そう疑問に思いながらもとりあえず近づいてみる。ざっざっと新雪を踏みしめ、帽子を拾うために屈もうとした瞬間。急に後ろから背中を押され、私はなすすべも無く前に倒れこんだ。
雪がクッションになったお陰で身体を打ち付けることはなかったが、後頭部を思い切り何かで殴られた。
突然襲われた強い衝撃に、頭がガンガン割れるように痛む。四つん這いの体勢のまま殴られた頭を押さえていると、布のようなもので後ろから目隠しをされた。
そして、素早く後ろ手に両手を縛られる。後ろ髪を掴まれて乱暴に持ち上げられ、強制的に立たされた。何がなんだか全く分からないうちに、状況はどんどん悪化していく。大きな木に背中を打ち付けられ、口に猿轡を巻かれ、あっという間に身動きできなくなってしまった。
急なことに全く頭が追いつかない。真っ暗な視界の中、何も見える訳がないのに、それでも私は懸命に左右を見渡し、何か見えないか探していた。
「っんーーー!っんーーーーー!!」
大きな声を出してみるも、言葉にならず、とても屋敷の方まで届きそうにない。
どうにか逃げ出したくて身体を左右に揺すると、凄い力で肩を押さえつけられた。必死にもがくも、全く歯が立たない。木の幹が食い込んで、ギリギリと肩が痛む。
気持ちばかりが焦って、どうしたらいいのか全然わからない。何も打開策が浮かばない。
足の間に太ももを捩じ込まれ、強制的に足を広げさせられた。羽織っていた厚手のケープも、その下に来ていたシャツも無理矢理破かれ、パチンパチンとボタンが飛んだ。
思いきり胸がはだけられ、曝された場所が外気によって急速に冷やされる。生理的な反射で全身が震えた。
そこまでされて、ようやく頭の思考が追い付いた。
ーーやばい、このままここで私をレイプするつもりだ!
その可能性がよぎった瞬間、寒さからではない鳥肌が全身に走った。出来る限りの抵抗を試み、足を思いきりバタつかせる。そんな私の動きに不意をつかれたのか、拘束が一瞬緩み、私の膝が男の腹にクリーンヒットした。
「っ!!っうっ。……くそっ。大人しくしてろっ!」
パァーーーン
そう聞こえた直後、左頬が急激に熱を持ち、遅れて痛みがやってきた。
あまりの衝撃に脳がぐらんぐらん揺れて、思考が止まる。男に抵抗するどころか、指一本動かせそうにない。
私が大人しくなったのを良いことに、乱暴に胸を掴まれ、スカートを捲し上げられた。その先を想像すると、心臓が直接握られたかのように苦しくなった。
ーー嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!やめろ!誰か、誰か助けて!!!
必死に叫ぼうとするも、歯の根が合わず声が出ない。猿轡をされているから出せたとしても言葉にはならないのだけど、そんなことも忘れてしまうくらい動揺していた。どうにかこの男から逃げないと。どうにかそれだけは阻止しないと。気ばかり競って上手く身体が動かない。拘束されていることすら忘れ、どうして身体が動かないんだと、さらに頭の中がパニックになる。
男の手が下腹をなぞり、さらに下へと進む。布一枚で隠された茂みへと、その手が侵入しようとしている。
や、やだやだ……お願いだから、そこだけは。嫌、嫌だ、やめろ!やめろー!
私に触っていいのはっ…………!!!
力いっぱい足を閉じようとするも、差し込まれた男の太腿が邪魔をする。そもそも、力がちゃんと入っているのかも分からない。
真っ暗な視界の中で、声が枯れるくらい叫び続けていると、走馬灯のように色んな表情のジョセフが映し出された。
優しく笑った顔、少し怒った顔、目を丸くして驚いている顔。はにかんだ、ちょっと照れたような表情で私の名前を呼び、スカイブルーの瞳がじっと私を見つめてくる。
た、助けて、助けてーーーーーーージョセフ!!
頭の中で叫び、閉じていた目を更に思いっきり瞑る。
ーー次の瞬間。
ドガッという音がし、私に覆い被さってきていた重みがなくなった。
そして、何回か同じような音が聞こえ、それが静まると、コートのようなものを肩にかけられ、途端に暖かい温もりに包まれる。フワッと安心する匂いがして全身の力が一気に抜けた。
そっと目隠しと猿轡を外される。
ゆっくり目を開けると、目の前にはさっきまでずっと頭の中で呼んでいた本人がいた。
スカイブルーの瞳は怒りと不安で大きく揺らいでいて、さっきまで頭の中に映し出されていたその人とは全く違う表情だった。
絶対に同一人物なのに、どこか別人の様にも感じられ、そのことに胸が締め付けられる。
「……ごめん、遅くなった……」
ジョセフは私の左頬にそっと触れて、今にも泣きそうな顔で私を見つめていた。
触れられた部分にピリッとひきつるような痛みが走る。ということは、見た目でも分かるくらい腫れてるのかもしれない。
ザザザッと雪を踏みしめる音がして、遠くから「大丈夫か!?」と叫ぶアークさんの声が聞こえた。
ジョセフは私の顔が見えないようにそっと私を隠してくれた。
「……こいつは俺が何とかするから、サトゥについてやれ」
「…………はい」
ジョセフは立ち上がると私の膝裏と背中を抱え、横抱きにして歩き出した。
突然体勢が変わってバランスを崩しそうになり、慌ててジョセフの胸元にしがみつく。
「あ、あの、何もされてないから降ろして。自分で歩けるから」
「黙って」
降りようと試みるが、しっかりと抱えられてしまい動けない。
ジョセフは感情のない顔で、真っ直ぐ前を見据えていた。かける言葉が見つからず、ジョセフの胸にぎゅっと顔を押し付ける。胸が痛むような沈黙の中、ジョセフの鼓動だけが鳴り響いていた。
医務室のベッドにそっと降ろされ、腰かける。
部屋には誰も居らず、二人きりだった。
ジョセフは冷えた水で絞ったおしぼりを、私の左頬にそっと当ててくれた。
一瞬痛みが走ったが、熱を持った頬が冷やされるのを感じ、ホッとため息をつく。
すると、全身の力が抜け、自分の意図とは関係無く身体全体が震え始めた。手を目の前に持ってくると、はっきりと小刻みに揺れているのが見える。
「あれ?おかしいな。なんか、震えが止まらない。私、何もされてないんだけど。どうしてだろ」
そう言いながら目頭がカッと熱くなり、気が付けば両目からは大粒の涙がボロボロと溢れていた。
「……サトゥ」
ジョセフは私の頬を冷やしながら、もう片方の手で頭を撫でてくれた。
その優しい手付きに、もう大丈夫なんだと安心したら、後から後から涙が溢れて止まらくなった。
「ぅっ……ジョセフ…こ、怖かった。怖かったよ……っうう」
嗚咽を漏らしながら言うと、ジョセフが顔をぐしゃっと歪めた。
「ごめん、本当にごめん。……俺のせいだ」
ジョセフが泣きそうな顔で私を見つめてくる。
私は軽く首を振り、小さく笑ってジョセフを見つめ返した。
「……助けてくれて、……ありがとう。本当に」
今の私は腫れた頬に、震えた歯がカチカチと鳴り、ひどい顔をしてるだろう。それを見られたくなくて、私からそっと背中に手を回し抱きつくと、ためらいながらもジョセフも優しく抱き締めてくれた。
この手は決して私に危害を加えないと、ちゃんと知っている。
いつもいつも、私に優しく触れてくれる。
安心する匂いに包まれて、心がじんわり温まる。
ジョセフじゃないと嫌だ。
あの時はっきりそう思った。
それは、契約だからではなく、心の底から感じた想いだ。
ずっと見ないフリしてた。認めたくなかった。
契約とか、歳とか。色々理由を並べてこの気持ちに向き合わないようにしてた。
でも、もうだめだ、ごまかせない。
ーー私、ジョセフのこと、恋愛感情として好きなんだ。
基本ミシェルが揚々と嫌がらせをしてきて、ルーシーら三人はどこか乗り気ではないようだった。
ミシェルに言われて仕方なく付き合っているのだろう。やらないと多分彼女達は不利益を被るのだということが、容易に見て取れた。
所謂女子グループと言った感じで、発言権の強いリーダー格のミシェルに、他三人がご機嫌伺いしながら合わせているのが常なのだろう。
そこまでして何故一緒にいるのか私にはわからないけど、この位の年齢の女の子にはとても重要なことなのだと思う。学生時代なんて皆、類に漏れずそんなものだ。
経験上、私がこの調子で特別に反応しなければ、段々と嫌がらせも下火になってそのうち無くなるだろう。あともう少しの辛抱だ。
そう、私は楽観視していた。
◇
本格的な冬が訪れ、辺りは一面雪に覆われていた。この辺りは豪雪地帯とまでではないが、毎年ある程度の雪は降るらしい。
雪が積もると私の仕事は落ち葉掃きから、雪掻きへとかわった。
幅広のスコップで延々と雪を掻き出す。積もった雪は水を含んでいてずっしりと重く、かなりの肉体労働を課せられ、ものの数分で全身筋肉痛に見舞われた。日が昇る前から日が沈んだ後まで。一日中やっても、当然この広い屋敷はやりきれず。せっかく終わりそうだと思ったら、また雪が降って一からやり直し。
ひたすら雪を掻き続ける、疲労困憊の毎日だった。
その日は、裏庭周辺を雪掻きしていた。
裏庭は高い木が何本も生い茂り、夕方になると暗くなるのがとても早い。屋敷からも少し離れていて、花壇や物置などもないため人は滅多に通らない所だ。
屋敷周辺の雪掻きは粗方終わって、最後に残ったのがここだった。こんな所やらなくたって誰も困らないだろうに、いつもの如くミシェルによる嫌がらせで、私がやることになったのだ。
夕方の四時を過ぎたくらいなのに、もう辺りは薄暗くなってきていた。
そろそろ終わりにしようかと、雪掻きの手を休めると、裏庭の奥の方に赤い毛糸の帽子が落ちてるのが見えた。
さっき、あんなところに帽子なんて落ちていたっけ?そう疑問に思いながらもとりあえず近づいてみる。ざっざっと新雪を踏みしめ、帽子を拾うために屈もうとした瞬間。急に後ろから背中を押され、私はなすすべも無く前に倒れこんだ。
雪がクッションになったお陰で身体を打ち付けることはなかったが、後頭部を思い切り何かで殴られた。
突然襲われた強い衝撃に、頭がガンガン割れるように痛む。四つん這いの体勢のまま殴られた頭を押さえていると、布のようなもので後ろから目隠しをされた。
そして、素早く後ろ手に両手を縛られる。後ろ髪を掴まれて乱暴に持ち上げられ、強制的に立たされた。何がなんだか全く分からないうちに、状況はどんどん悪化していく。大きな木に背中を打ち付けられ、口に猿轡を巻かれ、あっという間に身動きできなくなってしまった。
急なことに全く頭が追いつかない。真っ暗な視界の中、何も見える訳がないのに、それでも私は懸命に左右を見渡し、何か見えないか探していた。
「っんーーー!っんーーーーー!!」
大きな声を出してみるも、言葉にならず、とても屋敷の方まで届きそうにない。
どうにか逃げ出したくて身体を左右に揺すると、凄い力で肩を押さえつけられた。必死にもがくも、全く歯が立たない。木の幹が食い込んで、ギリギリと肩が痛む。
気持ちばかりが焦って、どうしたらいいのか全然わからない。何も打開策が浮かばない。
足の間に太ももを捩じ込まれ、強制的に足を広げさせられた。羽織っていた厚手のケープも、その下に来ていたシャツも無理矢理破かれ、パチンパチンとボタンが飛んだ。
思いきり胸がはだけられ、曝された場所が外気によって急速に冷やされる。生理的な反射で全身が震えた。
そこまでされて、ようやく頭の思考が追い付いた。
ーーやばい、このままここで私をレイプするつもりだ!
その可能性がよぎった瞬間、寒さからではない鳥肌が全身に走った。出来る限りの抵抗を試み、足を思いきりバタつかせる。そんな私の動きに不意をつかれたのか、拘束が一瞬緩み、私の膝が男の腹にクリーンヒットした。
「っ!!っうっ。……くそっ。大人しくしてろっ!」
パァーーーン
そう聞こえた直後、左頬が急激に熱を持ち、遅れて痛みがやってきた。
あまりの衝撃に脳がぐらんぐらん揺れて、思考が止まる。男に抵抗するどころか、指一本動かせそうにない。
私が大人しくなったのを良いことに、乱暴に胸を掴まれ、スカートを捲し上げられた。その先を想像すると、心臓が直接握られたかのように苦しくなった。
ーー嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!やめろ!誰か、誰か助けて!!!
必死に叫ぼうとするも、歯の根が合わず声が出ない。猿轡をされているから出せたとしても言葉にはならないのだけど、そんなことも忘れてしまうくらい動揺していた。どうにかこの男から逃げないと。どうにかそれだけは阻止しないと。気ばかり競って上手く身体が動かない。拘束されていることすら忘れ、どうして身体が動かないんだと、さらに頭の中がパニックになる。
男の手が下腹をなぞり、さらに下へと進む。布一枚で隠された茂みへと、その手が侵入しようとしている。
や、やだやだ……お願いだから、そこだけは。嫌、嫌だ、やめろ!やめろー!
私に触っていいのはっ…………!!!
力いっぱい足を閉じようとするも、差し込まれた男の太腿が邪魔をする。そもそも、力がちゃんと入っているのかも分からない。
真っ暗な視界の中で、声が枯れるくらい叫び続けていると、走馬灯のように色んな表情のジョセフが映し出された。
優しく笑った顔、少し怒った顔、目を丸くして驚いている顔。はにかんだ、ちょっと照れたような表情で私の名前を呼び、スカイブルーの瞳がじっと私を見つめてくる。
た、助けて、助けてーーーーーーージョセフ!!
頭の中で叫び、閉じていた目を更に思いっきり瞑る。
ーー次の瞬間。
ドガッという音がし、私に覆い被さってきていた重みがなくなった。
そして、何回か同じような音が聞こえ、それが静まると、コートのようなものを肩にかけられ、途端に暖かい温もりに包まれる。フワッと安心する匂いがして全身の力が一気に抜けた。
そっと目隠しと猿轡を外される。
ゆっくり目を開けると、目の前にはさっきまでずっと頭の中で呼んでいた本人がいた。
スカイブルーの瞳は怒りと不安で大きく揺らいでいて、さっきまで頭の中に映し出されていたその人とは全く違う表情だった。
絶対に同一人物なのに、どこか別人の様にも感じられ、そのことに胸が締め付けられる。
「……ごめん、遅くなった……」
ジョセフは私の左頬にそっと触れて、今にも泣きそうな顔で私を見つめていた。
触れられた部分にピリッとひきつるような痛みが走る。ということは、見た目でも分かるくらい腫れてるのかもしれない。
ザザザッと雪を踏みしめる音がして、遠くから「大丈夫か!?」と叫ぶアークさんの声が聞こえた。
ジョセフは私の顔が見えないようにそっと私を隠してくれた。
「……こいつは俺が何とかするから、サトゥについてやれ」
「…………はい」
ジョセフは立ち上がると私の膝裏と背中を抱え、横抱きにして歩き出した。
突然体勢が変わってバランスを崩しそうになり、慌ててジョセフの胸元にしがみつく。
「あ、あの、何もされてないから降ろして。自分で歩けるから」
「黙って」
降りようと試みるが、しっかりと抱えられてしまい動けない。
ジョセフは感情のない顔で、真っ直ぐ前を見据えていた。かける言葉が見つからず、ジョセフの胸にぎゅっと顔を押し付ける。胸が痛むような沈黙の中、ジョセフの鼓動だけが鳴り響いていた。
医務室のベッドにそっと降ろされ、腰かける。
部屋には誰も居らず、二人きりだった。
ジョセフは冷えた水で絞ったおしぼりを、私の左頬にそっと当ててくれた。
一瞬痛みが走ったが、熱を持った頬が冷やされるのを感じ、ホッとため息をつく。
すると、全身の力が抜け、自分の意図とは関係無く身体全体が震え始めた。手を目の前に持ってくると、はっきりと小刻みに揺れているのが見える。
「あれ?おかしいな。なんか、震えが止まらない。私、何もされてないんだけど。どうしてだろ」
そう言いながら目頭がカッと熱くなり、気が付けば両目からは大粒の涙がボロボロと溢れていた。
「……サトゥ」
ジョセフは私の頬を冷やしながら、もう片方の手で頭を撫でてくれた。
その優しい手付きに、もう大丈夫なんだと安心したら、後から後から涙が溢れて止まらくなった。
「ぅっ……ジョセフ…こ、怖かった。怖かったよ……っうう」
嗚咽を漏らしながら言うと、ジョセフが顔をぐしゃっと歪めた。
「ごめん、本当にごめん。……俺のせいだ」
ジョセフが泣きそうな顔で私を見つめてくる。
私は軽く首を振り、小さく笑ってジョセフを見つめ返した。
「……助けてくれて、……ありがとう。本当に」
今の私は腫れた頬に、震えた歯がカチカチと鳴り、ひどい顔をしてるだろう。それを見られたくなくて、私からそっと背中に手を回し抱きつくと、ためらいながらもジョセフも優しく抱き締めてくれた。
この手は決して私に危害を加えないと、ちゃんと知っている。
いつもいつも、私に優しく触れてくれる。
安心する匂いに包まれて、心がじんわり温まる。
ジョセフじゃないと嫌だ。
あの時はっきりそう思った。
それは、契約だからではなく、心の底から感じた想いだ。
ずっと見ないフリしてた。認めたくなかった。
契約とか、歳とか。色々理由を並べてこの気持ちに向き合わないようにしてた。
でも、もうだめだ、ごまかせない。
ーー私、ジョセフのこと、恋愛感情として好きなんだ。
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