【R18】異世界でもキャリアアップを望む

遙くるみ

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本編

事変(2)

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 私を襲ってきたのはボブだった。

 ミシェルに私を襲うように言われたらしい。

 私をレイプすることで、心身ともに痛め付け、そのままこの屋敷から追い出す魂胆だったという。

 頼まれたからと言って、その通り襲ってくるというのはどうなのだろうと疑問しかないが、ボブはミシェルに好意を抱いていたみたいで、言うことを聞く代わりに、今度デートをする約束をしていたらしい。

 デートするために襲われたんじゃ、割に合わない。いや、どんな理由があるにせよ、決して許されることではないけれど。思考が安直で短絡的だと常々思っていたけれど、まさかこう来るとは思ってもみなかった。

 この世界では、女性の地位は低いし、人権なんていう言葉はもちろん概念すらない。さらに私は黒髪で、人買いに攫われた異民族という設定だ。
 ミシェルとボブは、金に近い茶色の髪をしているので、自分達は上位に位置しているというプライドがあったのだろう。
 それは、普段の態度からも見てとれるし、実際、生家は富裕層だという。
 なので尚更、最下層に位置している私のことが気にくわなかったのだろう。

 そこら辺は私もちゃんと分かっていて、気を付けていたつもりだった。だったのだけど、まさかここまでするとは思わなかった。
 むしろ、私の存在は彼女達にとって、そんな簡単な理由で傷付けられるほど、どうでもいいものだったのかと思い知らされた。
 私は彼女達を対等に見ていたが、彼女達からすると、人と犬くらいかけ離れたものだったのだろう。

 完全に認識の甘かった私の自業自得だ。

「ミシェルとボブが二人で何か企んでるのはわかってたんだ。だけど、なかなか尻尾がつかめなくて。あの時も、二人がいないのにもっと早く気付いていたら、こんな痛い目に合わせることもなかったのに。本当に、ごめん。俺のせいだ」

 ジョセフは私が落ち着くまで、優しく抱き寄せてくれ、少しずつ何があったのか教えてくれた。
 私の左頬は、軟膏を塗ったあとガーゼのようなものを貼って、腫れているのがわからないようになっている。

「そんな、ジョセフは何にも悪くないよ。むしろ、私のこと助けてくれてありがとう。……私、何にも分かってなかった。ジョセフは私に気を付けろって言っていたのに、本気にしてなかったの。ううん、自分では気を付けていたつもりだったんだけど、まさかあんなことされるなんて……」

 さっきの出来事がフラッシュバックして、身体が震える。もし、ジョセフが来てくれなかったらーーそう思うと、嫌な汗が止まらない。

「私、そんなに悪いことしたかな?って思ったんだけど、違うんだよね。私なんてどうなってもいい存在だったから、軽い気持ちでやったんだよね」

 もしかしたら女性を暴行すること自体、この世界ではよくあることなのかもしれない。この世界の人達にとって、気に食わない相手を暴力でねじ伏せるのは、ごく普通の思考なのかもしれない。
 ここは、そういう世界なのかもしれない。
 異世界という場所の本当の恐ろしさが、今になってようやく理解できた。

 怖い、こんな所にもういたくない、帰りたい。日本に、帰りたい。

 ガタガタと震えつづける私の肩に、そっと力が込められる。項垂れた頭をゆるりと上げると、ジョセフが眉を顰めていた。心配そうな、苦しそうな、それでいて私を丸っと包みこむような瞳。
 そんなことないよって言ってくれているようで、私の心がじんわりと満たされる。

「私が思ったよりももっと、私の存在ってちっぽけなものだったんだね。ただ黒髪で異民族ってだけで、なんであんなに酷いことされなきゃいけないんだろうって思ってた。でも、黒髪で異民族ってことは、この国ではものすごく大きな問題なんだよね。でも、そのせいで一人の人間として認めてもらえないなんて、悔しいよ。どう足掻いても、絶対にそこは変えられないじゃない」

 ジョセフは私を宥めるように、そっと背中を撫でてくれる。ジョセフに触れられた場所から、震えがなくなっていくようだ。あんなに寒くて寒くて仕方なかったのに、今では少し温かい。

「表向きはこの国では差別をしてはいけないと言っているけれど、昔からの考えは未だ根深く残っている。それが富裕層になればなるほどね。でも、確実に差別意識は減少してきてるし、見た目や生まれじゃなく、人の中身を見ている人はたくさんいる。特に、今回の聖女様は黒髪だっていうし、今はかなり黒髪差別をなくそうという動きが強い。この屋敷の人たちだって、サトゥが一生懸命仕事をしていることは知ってるし、だからこそ女中長にだって認めてもらえたんだろ。ミシェル達みたいな考えは完全に少数派だよ」

 一度話を止めて、背中に回した手を離される。
 フッと温もりが消え、離れがたくなるが、ジョセフは代わりに私の握りしめた拳をそっと両手で包んでくれた。
 私の手がジョセフの大きな手にすっぽりと隠される。
 大きくてゴツゴツしてて、私とは全然違う、男の人の手。温かくて、私を守ってくれる、優しい手。

「それに。俺はサトゥが誰よりも頑張ってる所をずっと見てきたよ。何もわからない環境で、たった一人努力して。どんな時も諦めないで前を向いて。そんなサトゥを見て、いつも凄いなって思ってた。一人の人間として、尊敬してる。サトゥに比べれば、この屋敷にいる人間なんて、誰一人頑張ってないグータラだらけだよ」

 ジョセフの言葉がじわじわと胸に染みて、心臓がギュッと締め付けられる。また目頭が熱くなり、抑えきれなくなって涙が溢れた。

「……あと、サトゥの黒髪はとても綺麗だよ。艶があって真っ直ぐで。まるで、始まりの女神アリティアスのようだ。誰に何て言われても、どう思われていようと、俺は好きだってこと、絶対に忘れないで」

 ボロボロに崩れそうになった自尊心が、ジョセフの一言一言で修復されていく。
 全否定された私の存在が、ジョセフのお陰で、ここにいてもいいって、私は間違ってないって認められているみたいで、安心する。
 
 日本にいたときに比べれば、パサパサになってお世辞にも艶があるとはいえないのに。私のために誉めてくれるのが分かるから、単純にその気遣いが嬉しい。

 誰か一人に認められることがこんなに嬉しいなんて、知らなかった。
 ううん、違う。ジョセフに認められたからこそ、こんなに嬉しいんだ。

 嬉しい、ありがとう…………好き。ジョセフが、好き。

 一気に感情が溢れて、止められない。
 重なった手が、見つめられている場所が、ジョセフの吐息が、全部が熱くて苦しくって、居たたまれない。

 一度その感情を認めてしまうと、もうなかったことはできなかった。

 口を開くと何かを勝手に口走りそうで、ぎゅっと口を引き結ぶ。そのかわり何度も何度も頷いて、私の涙が止まるまで暫く二人で手を重ねていた。



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