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本編
建国祭(2)
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大広間に着くと、そこにはもうすでにたくさんの従業員が集まっていて、各々好きな時間を過ごしていた。
男性も女性も皆着飾っていて、会場内はキラキラと輝きに満ち溢れている。
「おっ、ようやく来たな。もう始まってるぞ」
早速、ワイシャツの上にベストを着たバルトに話しかけられる。普段跳ね放題の短い髪も整髪剤で撫で付けられ、一瞬誰だかわからなかった。手に持った皿の上には、もうすでに様々な料理がこれでもかと山のように盛られている。
「ちょっと遅くなっちゃった。伯爵様のご挨拶は終わっちゃった?」
「いや、まだだぞ。それより皆随分めかし込んで、気合い入れまくってんな。特にサトゥ、誰だかわかんなかったぞ」
バルトが私を覗き混み、意地の悪い笑みを浮かべる。
分かってる、自分でも若作りしすぎだって分かってるから。わざわざ指摘しないでくれ!
まじまじと見られたくなくて、ルーシーの後ろにさっと隠れる。
「ふふふ、そうでしょう!」
「私達もこんなに綺麗になるなんて思わなかったわ!」
三人がどーだ!とばかりに胸を張るけど、決してバルトは誉めてるわけではない。
やめてくれ、惨めになるだけだから。もう私のことは放っておいて欲しい。
こんなピチピチの美少女三人と一緒になんて、とてもじゃないが並べない。何これ、羞恥プレイ?罰ゲーム?それとも、新手の仕返しですか??
いたたまれなさに耐えられなくなって、四人がやいやい言い合っている隙に逃げるようにその場を離れた。
とりあえず、こんな日にしか食べれないような御馳走がたくさん並んでいるので、覗きに行ってみる。
大広間の一角にずらりと食べ物や飲み物が並んでいて、好きなものを好きなだけ自分お皿に取っていく、いわゆる立食パーティー形式のようだ。
肉の塊に、謎の野菜に、不思議な形の焼き菓子に。
色とりどりの様々な料理がテーブル一杯に並び、どれにしようか迷っていると後ろから声をかけられた。
「僕のおすすめはこれかな。はい、あげる」
ニコニコと人好きのする笑みを貼り付けた青年が近寄ってきて、私のトレーに料理をのせてきた。
「それにしてもびっくりしたよ!こんなに可愛くなるなんて!いつもと全然ちがうじゃないか!」
この国の男性は、女性に対してまずお世辞を言って外見などを誉めてくる傾向にあるけど、今のはむしろ貶してない?いつもは可愛くないと言ってるようなものだぞ、それ。
「はあ」
気のない返事をして、青年がどこかへ行くのを待つ。
青年おすすめの、肉をめっちゃ細かくして丸くして焼いた何かをモグモグと食べながら、誰だっけこの人と頭を巡らせる。
あ、これ結構おいしい。さすがおすすめ。
この人何となく見たことある気がするだけど、いかんせん普段と服装が違うからよく分からない。
確か料理人の一人だったような……でも、名前が一向に出てこない。何だっけな、と一瞬だけ考えて放棄した。
「ほら、あっちのテーブル行こう。」
さりげなく腰に手をまわされそうになって、すいっと避ける。そういうボディタッチは好きじゃない。ていうか、嫌いだ。
不快感を込めて眉間を寄せると、青年は心外だと言いたげに眉を上げた。Mr.豆、みたいに。
いやいや、その反応。私の方こそ心外ですから。
「やあ、サトゥ!凄い綺麗じゃないか!一人かい?こっちに来て一緒に食べよう」
今度は従者のロイが声をかけてきた。
会えば挨拶をする程度(世間話など一切なく本当に挨拶だけ)の仲なのに、急に馴れ馴れしくされてびっくりする。
「おい、今は僕が誘ってるんだけど。邪魔しないでくれる?」
「ははっ。嫌がってたじゃないか。大人しく身を引きな。さ、サトゥ行こう」
いやいや、あなたの所にも行く理由はありませんので。
二人がやいやい言い合ってる間に、また横から別の人物に声をかけられた。
「どこの美しいレディかと思ったら、ひょっとして、まさか、あの、サトゥなのかい!?全っ然!気がつかなかったよ!アハハ」
……いい加減、ムカついてきた。
普段の私は一体彼らの目にどう映っていたんだ。ていうか、もしかしてイジられてる?そういうネタ?
それにしてもさっきから一体何なんだろう。今日は必ず女性に声をかけなきゃいけない決まりでもあるのだろうか。それとも、どれどけ多くの女性と踊れるか競ってるとか。男の矜持ってやつ?
そういうの本当にいらないから。私の関係ない所で勝手にやって欲しい。
うんざりして、この場をどう離れようか悩んでいたら、大きな声で名前を呼ばれた。
「サトゥ!見違えたな!こんなに綺麗になって!さあっ、おじさんの相手をしてくれよ」
ドカドカと大きな身体を揺らして、アークさんが一直線に近づいてくる。
「なっ!アークさん!今は俺らが誘ってたんだから!」
「そうですよ!ちょっと邪魔しないでくれますか?」
「まあまあ、ここは寂しいおじさんに譲ってくれ。さあ、あっちにおすすめのうまいもんがあるんだ!」
そう言って私の腕をつかみ、男の輪からぐいっと引き抜いてくれた。
私よりも身長の高い男の人に囲まれて困っていたので助かった。ある程度離れたところでホッと息を吐き、アークさんにお礼を言う。
「ありがとうございます。困っていたので助かりました。今日はいつも以上にお世辞が凄くって。やっぱり建国祭だからですか?」
「はははっ!あいつらだってこういう時じゃなきゃサトゥに話しかけられないもんで必死だったんだろ。しかも、今日のサトゥはまるで始まりの女神アリティアスのように美しい」
「アークさんまで、そうやって。私にはそういうのいらないって、いつも言ってるじゃないですか。それにその、始まりの女神って何なんですか?この前ジョセフにも言われたんですけど」
アークさんは「へえ、ジョセフがねえ」と意味ありげにニヤニヤしながら、饒舌に話し続けた。これはもうすでに一杯引っ掛けてきたな。
「アリティアス様は、絹糸のように艶やかで真っ直ぐな漆黒の髪の毛でよ、それでいて肌は雪のように白い、それはそれは美しい女神様だ。天上から地上に降り立ち、人々に知恵を授け、あるべき場所へと導いてくださった。だから始まりの女神な。近くの神殿にアリティアス像があるぞ。今度行ってみるか?」
「まあ、一度は行ってみたいですけど。そんな凄い女神様を持ち出さないでください。逆に私に失礼ですよ、揶揄われてるみたいで」
「そっか、すまんすまん。別に揶揄った訳でもお世辞な訳でもないが、サトゥがそう思うならもう言わないでおくか。それより酒でも飲もう!もう成人してんだろ?」
「はい。じゃあ少しだけ」
お酒が特別好きだという訳ではないが、特に酔ったりもしたことないので付き合う程度なら飲める。
おじさんの相手も、大切な飲みにケーションだよね。
アークさんが楽しそうに話すのを、私はウンウンと相槌を打ちながら聞いていた。
「師匠!サトゥ!」
暫く二人でお酒を飲んでいると、息を切らしたジョセフがやってきた。その姿に目を奪われた。
ジョセフは真っ白なシャツに藍色のベストを重ね、同色のスラックスを履いていた。靴もいつもの作業用ではなく、きちんと手入れされている革靴で、シャンデリアの光を反射し艶めいている。
髪の毛もいつものラフな感じではなく、整髪剤でまとめて横に流していて、普段あまり見ることのできない額に、整った精悍な眉が晒されていた。
……か、格好いい……
いつもと違う正装のジョセフ、やばい。やばすぎる。完全に私を殺しにかかってきてる。いや、世の女性全員対象か。ジョセフを中心に半径二メートル以内がキラキラと輝いていて、直視できない。なのに、魔法にかかったかのように、ジョセフから目を逸らせない。
固まった身体とは反対に、心臓は煩いくらいに跳ねていた。レッツサンバカーニバル!
「遅かったじゃねぇか。とっくに始まってるぞ」
「ちょっと捕まってしまい、なかなか抜け出せなくて。それより師匠、ありがとうございました」
「いいってことよ。危なかったけどな」
私がぼーっと見とれていると、キラキラモードのジョセフと目が合った。あわわわ。どうしていいのか訳わかんなくなって、挙動不審に視線が泳ぐ。
するとジョセフは途端にムッとしたように顔をしかめ、不機嫌さをあらわにした。
「何、その格好。そんな服持ってなかったよね。誰からもらったの?」
「……え、えっと、ルーシーのお姉さんのものを、もらって」
「おいおい、そんな言い方はねえだろ。よく似合ってるじゃないか」
「そーよ!ジョセフさんいきなり何なんですか!?」
すかさずルーシーが駆け寄ってきて、私を庇うように前に出た。
ジョセフは身体は私に向けたまま、ルーシー達を一瞥し、冷たく言い放つ。
「余計なことしないでくれ。サトゥ、あっち行こう」
二の腕をぐいっと捕まれ、ジョセフの方へと引き寄せられる。そのまま強い力で引っ張られ、会場の外まで連れて行かれた。
後ろの方でルーシー達が何か言ってるのが聞こえる。多分、ジョセフへの文句を投げつけているのだろう。でも、私はそれどころではなかった。
どどど、どうしよう、ジョセフが怒っている!
バクバクとさっきとは全く違う理由で、心臓が不穏なリズムを刻む。イッツジョーンズ。
掴まれた腕が痛い。それよりももっと、胸が締め付けられて痛い。あまり聞いた事のない、ジョセフの冷たい低い声が、何度も頭の中でリピートされていた。
裏庭のバビオの木の前まで行くと、ようやくジョセフが足を止めた。ふっと私の手を離し、 息苦しい沈黙がこの場を支配する。
ジョセフは背中を向けたまま動かず、私の方を見てくれない。どうにかしないと、という焦燥感でいっぱいになる。
「あ、あの。約束してたのに先に行ってごめんなさい。探してくれてたの?」
怒っている理由を恐る恐る聞いてみるも、ジョセフは何も言ってくれない。
「……私の格好変だった?だから怒ってるの?」
怒る理由があとはそれくらいしか思い当たらない。ジョセフを不機嫌にさせるくらい似合わないというのも悲しいけど。
「……違うよ。ごめん、ちょっとカッとなっちゃって」
ゆっくり振り向いた顔からはさっきまでの怒りは消えていて、私の知ってるいつもの優しいジョセフの顔だった。
なんだかわからないけど、もう怒ってないようでそのことにホッとする。
「……これ、三人が着せてくれたんだけど、自分でもビックリするくらい似合ってなくて。若作りがバレバレだよね!もう、皆からかってくるし恥ずかしくてたまらなかったよ。あ、そうだ。もう出てきたんだし早く着替えなきゃー」
会話の途中でジョセフにギュッと抱き締められる。
「……ごめん、すごく綺麗だよ。よく似合ってる。綺麗すぎて、ムカついた。そんな綺麗なサトゥ、他の男に、いや誰にも見せたくないのに。そのドレスもどこかの男にもらったのかと思ったら、ついあんなこと……ねえ、もっとよく見せて」
ジョセフの顔が離れ、至近距離で上から下までじっくり見られる。
「そ、そんなに見ないで。恥ずかしい…」
「だめ、ちゃんとこっち見て」
恐る恐る顔をあげてジョセフを見ると、真剣な表情でじっと私を見ていた。
スカイブルーの瞳が私を捕らえると、金縛りにあったかのように目が逸らせなくなる。いや、金縛りだとジョセフが妖怪みたいになっちゃうから、やっぱ魔法にしよう。うん、ジョセフはイケメンすぎる魔法使いだ。
見つめあったままジョセフの顔がゆっくりと近付き、唇が重なった。
熱い。かかる吐息も、唇も、触れられてない頬も身体も、二人を取り巻く空気すら。全てが熱くて、きゅんてなる。
はじめは啄むような軽いキスを繰り返し、次第に角度をつけ、あっという間に貪り食むような激しいものへと変わっていった。
徐々に息が上がり苦しくなると、それを分かっているかのように、またゆっくりとしたリズムのキスになる。
身体をぴったりとくっつけ合ってキスを繰り返していると、下腹部にもどかしいほどの熱が集まってくるのがわかった。他のどこよりも熱くって、特別なやつ。
苦しくて、気持ちよくて。止めたいのに、もっとしたくて。
キスに夢中になっていると、ジョセフがふいに唇を離した。
鼻と鼻が触れあいそうな距離で止まり、今にも泣き出しそうな情欲を含んだ瞳で射抜かれる。締め付けられていた胸が、さらに締め付けられるようだ。
「……まだ、怖い?もう、俺限界かも」
苦しさを滲ませたジョセフの言葉に、さらに顔が赤くなる。
絶対無理だと何度も思っていたのに、熱に浮かされた頭ではもう何も考えられなかった。
「……ジョセフが怖かったことなんて一度もない。私もしたい」
気付いたらそう呟いていた。
男性も女性も皆着飾っていて、会場内はキラキラと輝きに満ち溢れている。
「おっ、ようやく来たな。もう始まってるぞ」
早速、ワイシャツの上にベストを着たバルトに話しかけられる。普段跳ね放題の短い髪も整髪剤で撫で付けられ、一瞬誰だかわからなかった。手に持った皿の上には、もうすでに様々な料理がこれでもかと山のように盛られている。
「ちょっと遅くなっちゃった。伯爵様のご挨拶は終わっちゃった?」
「いや、まだだぞ。それより皆随分めかし込んで、気合い入れまくってんな。特にサトゥ、誰だかわかんなかったぞ」
バルトが私を覗き混み、意地の悪い笑みを浮かべる。
分かってる、自分でも若作りしすぎだって分かってるから。わざわざ指摘しないでくれ!
まじまじと見られたくなくて、ルーシーの後ろにさっと隠れる。
「ふふふ、そうでしょう!」
「私達もこんなに綺麗になるなんて思わなかったわ!」
三人がどーだ!とばかりに胸を張るけど、決してバルトは誉めてるわけではない。
やめてくれ、惨めになるだけだから。もう私のことは放っておいて欲しい。
こんなピチピチの美少女三人と一緒になんて、とてもじゃないが並べない。何これ、羞恥プレイ?罰ゲーム?それとも、新手の仕返しですか??
いたたまれなさに耐えられなくなって、四人がやいやい言い合っている隙に逃げるようにその場を離れた。
とりあえず、こんな日にしか食べれないような御馳走がたくさん並んでいるので、覗きに行ってみる。
大広間の一角にずらりと食べ物や飲み物が並んでいて、好きなものを好きなだけ自分お皿に取っていく、いわゆる立食パーティー形式のようだ。
肉の塊に、謎の野菜に、不思議な形の焼き菓子に。
色とりどりの様々な料理がテーブル一杯に並び、どれにしようか迷っていると後ろから声をかけられた。
「僕のおすすめはこれかな。はい、あげる」
ニコニコと人好きのする笑みを貼り付けた青年が近寄ってきて、私のトレーに料理をのせてきた。
「それにしてもびっくりしたよ!こんなに可愛くなるなんて!いつもと全然ちがうじゃないか!」
この国の男性は、女性に対してまずお世辞を言って外見などを誉めてくる傾向にあるけど、今のはむしろ貶してない?いつもは可愛くないと言ってるようなものだぞ、それ。
「はあ」
気のない返事をして、青年がどこかへ行くのを待つ。
青年おすすめの、肉をめっちゃ細かくして丸くして焼いた何かをモグモグと食べながら、誰だっけこの人と頭を巡らせる。
あ、これ結構おいしい。さすがおすすめ。
この人何となく見たことある気がするだけど、いかんせん普段と服装が違うからよく分からない。
確か料理人の一人だったような……でも、名前が一向に出てこない。何だっけな、と一瞬だけ考えて放棄した。
「ほら、あっちのテーブル行こう。」
さりげなく腰に手をまわされそうになって、すいっと避ける。そういうボディタッチは好きじゃない。ていうか、嫌いだ。
不快感を込めて眉間を寄せると、青年は心外だと言いたげに眉を上げた。Mr.豆、みたいに。
いやいや、その反応。私の方こそ心外ですから。
「やあ、サトゥ!凄い綺麗じゃないか!一人かい?こっちに来て一緒に食べよう」
今度は従者のロイが声をかけてきた。
会えば挨拶をする程度(世間話など一切なく本当に挨拶だけ)の仲なのに、急に馴れ馴れしくされてびっくりする。
「おい、今は僕が誘ってるんだけど。邪魔しないでくれる?」
「ははっ。嫌がってたじゃないか。大人しく身を引きな。さ、サトゥ行こう」
いやいや、あなたの所にも行く理由はありませんので。
二人がやいやい言い合ってる間に、また横から別の人物に声をかけられた。
「どこの美しいレディかと思ったら、ひょっとして、まさか、あの、サトゥなのかい!?全っ然!気がつかなかったよ!アハハ」
……いい加減、ムカついてきた。
普段の私は一体彼らの目にどう映っていたんだ。ていうか、もしかしてイジられてる?そういうネタ?
それにしてもさっきから一体何なんだろう。今日は必ず女性に声をかけなきゃいけない決まりでもあるのだろうか。それとも、どれどけ多くの女性と踊れるか競ってるとか。男の矜持ってやつ?
そういうの本当にいらないから。私の関係ない所で勝手にやって欲しい。
うんざりして、この場をどう離れようか悩んでいたら、大きな声で名前を呼ばれた。
「サトゥ!見違えたな!こんなに綺麗になって!さあっ、おじさんの相手をしてくれよ」
ドカドカと大きな身体を揺らして、アークさんが一直線に近づいてくる。
「なっ!アークさん!今は俺らが誘ってたんだから!」
「そうですよ!ちょっと邪魔しないでくれますか?」
「まあまあ、ここは寂しいおじさんに譲ってくれ。さあ、あっちにおすすめのうまいもんがあるんだ!」
そう言って私の腕をつかみ、男の輪からぐいっと引き抜いてくれた。
私よりも身長の高い男の人に囲まれて困っていたので助かった。ある程度離れたところでホッと息を吐き、アークさんにお礼を言う。
「ありがとうございます。困っていたので助かりました。今日はいつも以上にお世辞が凄くって。やっぱり建国祭だからですか?」
「はははっ!あいつらだってこういう時じゃなきゃサトゥに話しかけられないもんで必死だったんだろ。しかも、今日のサトゥはまるで始まりの女神アリティアスのように美しい」
「アークさんまで、そうやって。私にはそういうのいらないって、いつも言ってるじゃないですか。それにその、始まりの女神って何なんですか?この前ジョセフにも言われたんですけど」
アークさんは「へえ、ジョセフがねえ」と意味ありげにニヤニヤしながら、饒舌に話し続けた。これはもうすでに一杯引っ掛けてきたな。
「アリティアス様は、絹糸のように艶やかで真っ直ぐな漆黒の髪の毛でよ、それでいて肌は雪のように白い、それはそれは美しい女神様だ。天上から地上に降り立ち、人々に知恵を授け、あるべき場所へと導いてくださった。だから始まりの女神な。近くの神殿にアリティアス像があるぞ。今度行ってみるか?」
「まあ、一度は行ってみたいですけど。そんな凄い女神様を持ち出さないでください。逆に私に失礼ですよ、揶揄われてるみたいで」
「そっか、すまんすまん。別に揶揄った訳でもお世辞な訳でもないが、サトゥがそう思うならもう言わないでおくか。それより酒でも飲もう!もう成人してんだろ?」
「はい。じゃあ少しだけ」
お酒が特別好きだという訳ではないが、特に酔ったりもしたことないので付き合う程度なら飲める。
おじさんの相手も、大切な飲みにケーションだよね。
アークさんが楽しそうに話すのを、私はウンウンと相槌を打ちながら聞いていた。
「師匠!サトゥ!」
暫く二人でお酒を飲んでいると、息を切らしたジョセフがやってきた。その姿に目を奪われた。
ジョセフは真っ白なシャツに藍色のベストを重ね、同色のスラックスを履いていた。靴もいつもの作業用ではなく、きちんと手入れされている革靴で、シャンデリアの光を反射し艶めいている。
髪の毛もいつものラフな感じではなく、整髪剤でまとめて横に流していて、普段あまり見ることのできない額に、整った精悍な眉が晒されていた。
……か、格好いい……
いつもと違う正装のジョセフ、やばい。やばすぎる。完全に私を殺しにかかってきてる。いや、世の女性全員対象か。ジョセフを中心に半径二メートル以内がキラキラと輝いていて、直視できない。なのに、魔法にかかったかのように、ジョセフから目を逸らせない。
固まった身体とは反対に、心臓は煩いくらいに跳ねていた。レッツサンバカーニバル!
「遅かったじゃねぇか。とっくに始まってるぞ」
「ちょっと捕まってしまい、なかなか抜け出せなくて。それより師匠、ありがとうございました」
「いいってことよ。危なかったけどな」
私がぼーっと見とれていると、キラキラモードのジョセフと目が合った。あわわわ。どうしていいのか訳わかんなくなって、挙動不審に視線が泳ぐ。
するとジョセフは途端にムッとしたように顔をしかめ、不機嫌さをあらわにした。
「何、その格好。そんな服持ってなかったよね。誰からもらったの?」
「……え、えっと、ルーシーのお姉さんのものを、もらって」
「おいおい、そんな言い方はねえだろ。よく似合ってるじゃないか」
「そーよ!ジョセフさんいきなり何なんですか!?」
すかさずルーシーが駆け寄ってきて、私を庇うように前に出た。
ジョセフは身体は私に向けたまま、ルーシー達を一瞥し、冷たく言い放つ。
「余計なことしないでくれ。サトゥ、あっち行こう」
二の腕をぐいっと捕まれ、ジョセフの方へと引き寄せられる。そのまま強い力で引っ張られ、会場の外まで連れて行かれた。
後ろの方でルーシー達が何か言ってるのが聞こえる。多分、ジョセフへの文句を投げつけているのだろう。でも、私はそれどころではなかった。
どどど、どうしよう、ジョセフが怒っている!
バクバクとさっきとは全く違う理由で、心臓が不穏なリズムを刻む。イッツジョーンズ。
掴まれた腕が痛い。それよりももっと、胸が締め付けられて痛い。あまり聞いた事のない、ジョセフの冷たい低い声が、何度も頭の中でリピートされていた。
裏庭のバビオの木の前まで行くと、ようやくジョセフが足を止めた。ふっと私の手を離し、 息苦しい沈黙がこの場を支配する。
ジョセフは背中を向けたまま動かず、私の方を見てくれない。どうにかしないと、という焦燥感でいっぱいになる。
「あ、あの。約束してたのに先に行ってごめんなさい。探してくれてたの?」
怒っている理由を恐る恐る聞いてみるも、ジョセフは何も言ってくれない。
「……私の格好変だった?だから怒ってるの?」
怒る理由があとはそれくらいしか思い当たらない。ジョセフを不機嫌にさせるくらい似合わないというのも悲しいけど。
「……違うよ。ごめん、ちょっとカッとなっちゃって」
ゆっくり振り向いた顔からはさっきまでの怒りは消えていて、私の知ってるいつもの優しいジョセフの顔だった。
なんだかわからないけど、もう怒ってないようでそのことにホッとする。
「……これ、三人が着せてくれたんだけど、自分でもビックリするくらい似合ってなくて。若作りがバレバレだよね!もう、皆からかってくるし恥ずかしくてたまらなかったよ。あ、そうだ。もう出てきたんだし早く着替えなきゃー」
会話の途中でジョセフにギュッと抱き締められる。
「……ごめん、すごく綺麗だよ。よく似合ってる。綺麗すぎて、ムカついた。そんな綺麗なサトゥ、他の男に、いや誰にも見せたくないのに。そのドレスもどこかの男にもらったのかと思ったら、ついあんなこと……ねえ、もっとよく見せて」
ジョセフの顔が離れ、至近距離で上から下までじっくり見られる。
「そ、そんなに見ないで。恥ずかしい…」
「だめ、ちゃんとこっち見て」
恐る恐る顔をあげてジョセフを見ると、真剣な表情でじっと私を見ていた。
スカイブルーの瞳が私を捕らえると、金縛りにあったかのように目が逸らせなくなる。いや、金縛りだとジョセフが妖怪みたいになっちゃうから、やっぱ魔法にしよう。うん、ジョセフはイケメンすぎる魔法使いだ。
見つめあったままジョセフの顔がゆっくりと近付き、唇が重なった。
熱い。かかる吐息も、唇も、触れられてない頬も身体も、二人を取り巻く空気すら。全てが熱くて、きゅんてなる。
はじめは啄むような軽いキスを繰り返し、次第に角度をつけ、あっという間に貪り食むような激しいものへと変わっていった。
徐々に息が上がり苦しくなると、それを分かっているかのように、またゆっくりとしたリズムのキスになる。
身体をぴったりとくっつけ合ってキスを繰り返していると、下腹部にもどかしいほどの熱が集まってくるのがわかった。他のどこよりも熱くって、特別なやつ。
苦しくて、気持ちよくて。止めたいのに、もっとしたくて。
キスに夢中になっていると、ジョセフがふいに唇を離した。
鼻と鼻が触れあいそうな距離で止まり、今にも泣き出しそうな情欲を含んだ瞳で射抜かれる。締め付けられていた胸が、さらに締め付けられるようだ。
「……まだ、怖い?もう、俺限界かも」
苦しさを滲ませたジョセフの言葉に、さらに顔が赤くなる。
絶対無理だと何度も思っていたのに、熱に浮かされた頭ではもう何も考えられなかった。
「……ジョセフが怖かったことなんて一度もない。私もしたい」
気付いたらそう呟いていた。
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