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本編
建国祭(4)
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よく晴れた青空の下、辺り一面に咲いたアリオスの花に囲まれて。ジョセフと二人ベンチに座り、カプリを食べながら何でもないお喋りを交わす。
ジョセフはずっとニコニコと笑っていて、私もつられて笑っていた。
ポカポカの昼下がり、私の心も暖かかった。
◇
そっと目を開けると辺りは暗くなっていた。
どうやら少し眠ってしまったらしい。
目の前には眠っているジョセフの顔。スースーと穏やかな寝息が聞こえる。眠っているのをいいことに、ジョセフをじっと観察してみる。
スッと通った鼻に長い睫毛、唇はちょっと薄め。こめかみにホクロ発見。右頬にはうっすらと傷跡もあった。いつもはキリッとしてる眉毛も今は少し下がっていて、普段より幼く見える。
私の好きな人、格好いいなぁ…
窓からわずかに差し込む月明かりに照らされて、一枚の絵画を見ている様だ。
ドキドキしながら見つめていると、閉じていた目蓋がゆっくり開き、スカイブルーの瞳と目が合った。
ついさっき夢で見ていた、雲一つない青空と同じ色に包まれる。
起きたばかりで半分くらいしか目が開いていない、そんな顔も格好良くて堪らない。
ジョセフはまだ頭が働いていないのか、ぼんやりと焦点の定まらない瞳で私を見つめていた。
「……はよ」
「……おはよ」
何だかこっ恥ずかしい。
そういえばいつもセックスの後はすぐに部屋に戻っていたので、こうやってベッドで二人横になることなんてなかったっけ。ジョセフの寝顔だって、初めて見た。
そう思うと、途端に特別に思えてきてドキドキが止まらない。
「今、何時かな。もう戻らないと」
軽く身体を起こそうとするも、ぎゅっと引寄せられて素肌が密着する。セックスしてる時以外に肌を合わせることだって、これが初めてだ。
「だめ、今日はこのままいて。明日は仕事もないんだし」
「でも」
「どうせ皆夜遅くまで飲んで踊って、明日は昼過ぎまで寝てるよ」
「でも……っあ、ジョセフの用事はいいの?夜は毎日予定があるって」
「うん、サボっちゃった」
「サボったって!大丈夫なの?」
「まあ大丈夫でしょ。それよりもうちょっとこのままでいたい。いい?」
当事者のジョセフがそう言うのだから、いいのかな?ていうか、そんな子犬がおやつをねだるような顔されたら、だめなんて言えるわけがない。
ずるい、と思いながらも私も同じ気持ちだったのでコクンと頷く。
ジョセフの胸元に頬を寄せると、トクトクと規則的にリズムを刻む心臓の音が聞こえてくる。
ジョセフが生きてる音。温かくて、すごく安心する。
私を抱き寄せた腕が私の背中をゆっくり撫でる。気持ちいい、すごく。心地よい眠気が押し寄せウトウトすると、次第に目蓋が重くなってきた。
「もうちょっと寝よ。お休み、サトゥ」
重い瞼に逆らうことなく目を閉じると、ジョセフはそう言って頭の天辺にキスをしてくれた。
◇
次の日の朝、ジョセフはいつものように私を部屋まで送ってくれた。
もう辺りは明るくなってきているというのに、屋敷はどこもシンと静まりかえっていて、不思議な感覚に襲われる。
普段なら厨房からいい匂いがしてくる時間なのに、本当に皆まだ寝ているようだ。
二人手を繋いで、私の部屋のある建物までゆっくり歩く。
時間が止まっている世界に、私達二人だけ動いているような、そんな錯覚に襲われる。
それはすごく特別で、素敵なことに思えた。
ヴリリの木まで来ると自然と足が止まり、二人手を繋いだまま向き合った。
……離れがたい。
あんなに一緒にいたのに、全然足りない。
言葉が出ないまま下を見ていると、ジョセフがギュッと繋いだ手に力を入れた。
「昨日は行けなかったけど、今夜は一緒に建国祭まわらない?今夜もみんなで火を囲んで踊ったり歌ったりするし、町の方にキャラバンが来てるからそこに行ってもいいし。サトゥと一緒に、新年を迎えたい」
「……うん、行きたい」
嬉しくって顔を上げると、優しく微笑むジョセフと目が合った。
幸せすぎて、本当にこれが現実かと疑いそうになる。まだ夢の中にいるんじゃないかって気さえする。それくらい、今までの私では考えられない状況だった。
「じゃ、暗くなる前にまた迎えに来るよ。それまでゆっくり休んで。身体、辛いでしょ?」
ジョセフの意味深な台詞にさっきまでの濃厚な行為が思い出され、顔面がかぁっと火照る。
あの後まだ暗い時間に目が覚めれば、私は後ろからジョセフに覆い被され、熱く元気を取り戻したものに貫かれていた。
寝起きで何がなんだかわからないうちにガンガン突かれ、よくわからないうちに昂められ、果てて。今度は身体を入れ替えて上から突かれて、また果てて。結局、その行為は朝方まで延々と続いた。
はっきり言って身体はボロボロである。喉も若干掠れている。今まで経験したことのないところが筋肉痛になって、ぶっちゃけ歩くのも辛い。
「じゃあ」
恥ずかしくなって素っ気ないくらい簡単に挨拶を済ませ、足早に裏口へと向かう。明るい場所では、とてもじゃないけど顔が見れないし見せれない。
二階の自分の部屋に入り扉を閉めると、自然とため息が漏れた。
それは、寂しいから、疲れたから、安心したから、幸せだから。色んな感情がごちゃ混ぜになった、深い深いものだった。
興奮気味の頭とは反対に、身体はあり得ない位疲れていた。ベッドに潜ればすぐにでも寝てしまいそうだ。フラフラと覚束ない足取りでベッドへと向かう途中、ふと窓の外が気になってそっとカーテンを開けてみた。
すると、さっき別れたヴリリの木の隣にジョセフがいた。しかも視線は真っ直ぐ、私の部屋の方に向けられている。
まさかいるとは思わなかった。じわじわと胸が温かいもので締め付けられる。
距離があるので本当に私のことを見てるかはわからない。試しに軽く手を振ってみると、ジョセフも同じように手を振り返してくれた。
……やっぱり私の部屋を見てたんだ。
嬉しくってもう一度手を振る。 するとジョセフもそれに応えるように、また振ってくれた。しばらく手を振り合っていると、ジョセフが困ったように笑って(遠くて表情は見えなかったけど多分)、踵を返して帰っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで、私はずっとジョセフを見つめていた。
◇
自分のベッドでぐっすり眠ったため、身体の疲れは大分取れた。流石にお腹が減ったので、簡単に身だしなみを整えて食堂へと向かう。
もうすでにお昼の時間は過ぎていたが、人はまばらでいつもあるはずの大皿料理も並んではいなかった。パンとスープだけが用意されていて、セルフサービスで好きに取っていいようだ。食べれそうな分だけ適当にお盆に盛って、席につく。
温くなった野菜スープを一口飲み、パンを齧る。お腹がすごい減っていたと思っていたけど、胸が一杯でもうこれ以上食べられそうもない。スプーンを置いて、ふうと息を吐く。
やばい。これは完全に恋する乙女だ。恋の病とはうまいことをいう。動機、息切れ、目眩、食欲減退。恋をしてなかったら、即大学病院行きの要精密検査レベルだよ。
でも、頑張ってもうちょっと食べようか。持ってきた分を残すのは良くない。日本にいた頃からそう思ってたけど、こっちに来てさらに、食べられることの有り難みを身に染みて感じていたから。
そう思ってもう一度パンに手を伸ばすと、ふいに声をかけられた。
「サトゥ、ちょっといいかしら」
顔を上げると、テーブルを挟んで正面に女中長が立っていた。
「はい。どうぞ」
慌てて手を引っ込め、姿勢を正す。
「伯爵様がお呼びよ。ご飯を食べたら執務室まで来るように、とのことです」
「……伯爵様が、ですか」
思わず嫌な声が出た。見えないけど多分、嫌な顔にもなっている。
「急ぎではないとおっしゃってたので、ゆっくり食べなさい」
「……はい、かしこまりました」
そう言うと女中長は、真っ直ぐ背筋を伸ばしたまま扉へと向かい、食堂を後にした。完全にいなくなったのを確認してから、重い息を一回吐く。
やだな、今更私に何の用だろう。あまり関わりたくないのに。
一気に気分が落ち込み、さっきまでとは別の理由で食欲が無くなる。勿体ないけど、とてもこれ以上は食べれそうもなかった。
ジョセフはずっとニコニコと笑っていて、私もつられて笑っていた。
ポカポカの昼下がり、私の心も暖かかった。
◇
そっと目を開けると辺りは暗くなっていた。
どうやら少し眠ってしまったらしい。
目の前には眠っているジョセフの顔。スースーと穏やかな寝息が聞こえる。眠っているのをいいことに、ジョセフをじっと観察してみる。
スッと通った鼻に長い睫毛、唇はちょっと薄め。こめかみにホクロ発見。右頬にはうっすらと傷跡もあった。いつもはキリッとしてる眉毛も今は少し下がっていて、普段より幼く見える。
私の好きな人、格好いいなぁ…
窓からわずかに差し込む月明かりに照らされて、一枚の絵画を見ている様だ。
ドキドキしながら見つめていると、閉じていた目蓋がゆっくり開き、スカイブルーの瞳と目が合った。
ついさっき夢で見ていた、雲一つない青空と同じ色に包まれる。
起きたばかりで半分くらいしか目が開いていない、そんな顔も格好良くて堪らない。
ジョセフはまだ頭が働いていないのか、ぼんやりと焦点の定まらない瞳で私を見つめていた。
「……はよ」
「……おはよ」
何だかこっ恥ずかしい。
そういえばいつもセックスの後はすぐに部屋に戻っていたので、こうやってベッドで二人横になることなんてなかったっけ。ジョセフの寝顔だって、初めて見た。
そう思うと、途端に特別に思えてきてドキドキが止まらない。
「今、何時かな。もう戻らないと」
軽く身体を起こそうとするも、ぎゅっと引寄せられて素肌が密着する。セックスしてる時以外に肌を合わせることだって、これが初めてだ。
「だめ、今日はこのままいて。明日は仕事もないんだし」
「でも」
「どうせ皆夜遅くまで飲んで踊って、明日は昼過ぎまで寝てるよ」
「でも……っあ、ジョセフの用事はいいの?夜は毎日予定があるって」
「うん、サボっちゃった」
「サボったって!大丈夫なの?」
「まあ大丈夫でしょ。それよりもうちょっとこのままでいたい。いい?」
当事者のジョセフがそう言うのだから、いいのかな?ていうか、そんな子犬がおやつをねだるような顔されたら、だめなんて言えるわけがない。
ずるい、と思いながらも私も同じ気持ちだったのでコクンと頷く。
ジョセフの胸元に頬を寄せると、トクトクと規則的にリズムを刻む心臓の音が聞こえてくる。
ジョセフが生きてる音。温かくて、すごく安心する。
私を抱き寄せた腕が私の背中をゆっくり撫でる。気持ちいい、すごく。心地よい眠気が押し寄せウトウトすると、次第に目蓋が重くなってきた。
「もうちょっと寝よ。お休み、サトゥ」
重い瞼に逆らうことなく目を閉じると、ジョセフはそう言って頭の天辺にキスをしてくれた。
◇
次の日の朝、ジョセフはいつものように私を部屋まで送ってくれた。
もう辺りは明るくなってきているというのに、屋敷はどこもシンと静まりかえっていて、不思議な感覚に襲われる。
普段なら厨房からいい匂いがしてくる時間なのに、本当に皆まだ寝ているようだ。
二人手を繋いで、私の部屋のある建物までゆっくり歩く。
時間が止まっている世界に、私達二人だけ動いているような、そんな錯覚に襲われる。
それはすごく特別で、素敵なことに思えた。
ヴリリの木まで来ると自然と足が止まり、二人手を繋いだまま向き合った。
……離れがたい。
あんなに一緒にいたのに、全然足りない。
言葉が出ないまま下を見ていると、ジョセフがギュッと繋いだ手に力を入れた。
「昨日は行けなかったけど、今夜は一緒に建国祭まわらない?今夜もみんなで火を囲んで踊ったり歌ったりするし、町の方にキャラバンが来てるからそこに行ってもいいし。サトゥと一緒に、新年を迎えたい」
「……うん、行きたい」
嬉しくって顔を上げると、優しく微笑むジョセフと目が合った。
幸せすぎて、本当にこれが現実かと疑いそうになる。まだ夢の中にいるんじゃないかって気さえする。それくらい、今までの私では考えられない状況だった。
「じゃ、暗くなる前にまた迎えに来るよ。それまでゆっくり休んで。身体、辛いでしょ?」
ジョセフの意味深な台詞にさっきまでの濃厚な行為が思い出され、顔面がかぁっと火照る。
あの後まだ暗い時間に目が覚めれば、私は後ろからジョセフに覆い被され、熱く元気を取り戻したものに貫かれていた。
寝起きで何がなんだかわからないうちにガンガン突かれ、よくわからないうちに昂められ、果てて。今度は身体を入れ替えて上から突かれて、また果てて。結局、その行為は朝方まで延々と続いた。
はっきり言って身体はボロボロである。喉も若干掠れている。今まで経験したことのないところが筋肉痛になって、ぶっちゃけ歩くのも辛い。
「じゃあ」
恥ずかしくなって素っ気ないくらい簡単に挨拶を済ませ、足早に裏口へと向かう。明るい場所では、とてもじゃないけど顔が見れないし見せれない。
二階の自分の部屋に入り扉を閉めると、自然とため息が漏れた。
それは、寂しいから、疲れたから、安心したから、幸せだから。色んな感情がごちゃ混ぜになった、深い深いものだった。
興奮気味の頭とは反対に、身体はあり得ない位疲れていた。ベッドに潜ればすぐにでも寝てしまいそうだ。フラフラと覚束ない足取りでベッドへと向かう途中、ふと窓の外が気になってそっとカーテンを開けてみた。
すると、さっき別れたヴリリの木の隣にジョセフがいた。しかも視線は真っ直ぐ、私の部屋の方に向けられている。
まさかいるとは思わなかった。じわじわと胸が温かいもので締め付けられる。
距離があるので本当に私のことを見てるかはわからない。試しに軽く手を振ってみると、ジョセフも同じように手を振り返してくれた。
……やっぱり私の部屋を見てたんだ。
嬉しくってもう一度手を振る。 するとジョセフもそれに応えるように、また振ってくれた。しばらく手を振り合っていると、ジョセフが困ったように笑って(遠くて表情は見えなかったけど多分)、踵を返して帰っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで、私はずっとジョセフを見つめていた。
◇
自分のベッドでぐっすり眠ったため、身体の疲れは大分取れた。流石にお腹が減ったので、簡単に身だしなみを整えて食堂へと向かう。
もうすでにお昼の時間は過ぎていたが、人はまばらでいつもあるはずの大皿料理も並んではいなかった。パンとスープだけが用意されていて、セルフサービスで好きに取っていいようだ。食べれそうな分だけ適当にお盆に盛って、席につく。
温くなった野菜スープを一口飲み、パンを齧る。お腹がすごい減っていたと思っていたけど、胸が一杯でもうこれ以上食べられそうもない。スプーンを置いて、ふうと息を吐く。
やばい。これは完全に恋する乙女だ。恋の病とはうまいことをいう。動機、息切れ、目眩、食欲減退。恋をしてなかったら、即大学病院行きの要精密検査レベルだよ。
でも、頑張ってもうちょっと食べようか。持ってきた分を残すのは良くない。日本にいた頃からそう思ってたけど、こっちに来てさらに、食べられることの有り難みを身に染みて感じていたから。
そう思ってもう一度パンに手を伸ばすと、ふいに声をかけられた。
「サトゥ、ちょっといいかしら」
顔を上げると、テーブルを挟んで正面に女中長が立っていた。
「はい。どうぞ」
慌てて手を引っ込め、姿勢を正す。
「伯爵様がお呼びよ。ご飯を食べたら執務室まで来るように、とのことです」
「……伯爵様が、ですか」
思わず嫌な声が出た。見えないけど多分、嫌な顔にもなっている。
「急ぎではないとおっしゃってたので、ゆっくり食べなさい」
「……はい、かしこまりました」
そう言うと女中長は、真っ直ぐ背筋を伸ばしたまま扉へと向かい、食堂を後にした。完全にいなくなったのを確認してから、重い息を一回吐く。
やだな、今更私に何の用だろう。あまり関わりたくないのに。
一気に気分が落ち込み、さっきまでとは別の理由で食欲が無くなる。勿体ないけど、とてもこれ以上は食べれそうもなかった。
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