【R18】異世界でもキャリアアップを望む

遙くるみ

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後日談

初めての恋敵

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「そういえば、ジョセフの用事はいいの?」

「ああ、そうだね。そろそろ行かないとか。ほら、あそこ」

 《真ん中パン》を食べて、また手を繋ぎながら立ち並ぶ露店を一通り散策して。

『わあ、これジョセフに似合う!』
『本当?でもエィミの方がよく似合ってるよ』
『ええ、そうかなあ』
『すみません、これください』
『そんな!いいよ、私自分で払うから』
『可愛い彼女にプレゼントくらいさせてよ。デートの時くらい格好つけさせて』
『(これ以上格好良くなって私をどうする気じゃー!モガモガ)』

 ……なんて。
 文にしてしまえばこの上なくつまらなく、でも実際には最高に楽しすぎるテンプレデートを満喫しまくっていた訳だけど。
 そういえばデートに来たわけではなかったことをようやく思い出した。
 まだまだ明るいが、日は少し傾き始めている。楽しい時間っていうのは本当に過ぎるのが早い。
 ちょっとは空気読め、と時間に一言言ってやりたいくらいだ。
 ジョセフが示した先、今いる通りの奥の方には、一際大きく、それでいて豪華に飾り立てられた建物がある。

「あの建物に行政の中心である庁舎や商工会が入ってるんだ。レイフォードに頼まれた仕事っていうのは、この街の町長を治めているドット男爵に兄さんの親書を届けて、ついでに俺と顔を合わせるのが今回の目的」

「じゃあ、その間私はどこかで待ってたほうが良いかな」

「何言ってるの。エィミを一人で出歩かせるわけないでしょ。エィミも一緒に行くんだよ」

「え?……でも。いいのかな」

 当たり前だと言いたげなジョセフに不安がよぎる。
 それってつまり、彼氏の仕事について行くって訳で。彼氏が商談相手の会社に彼女を連れて行くって、相手側としてはすごく微妙じゃない?
 え、こいつ彼女つれてきて何のつもり?仕事しに来たんだよね?ってドン引き間違いなしだと思うんだけど。

「何を心配してるのか知らないけど、俺がいいって言ってるんだからいいの。もう。エィミはたまによくわかんないこと気にするな」

 ジョセフが呆れたようにため息を吐く。
 いや、ものすごく真っ当なことだと思うんだけど、こちらでは大したことないんだろうか。でもまあ、こちらの常識が日本と同じだとは思っていないし、ジョセフにそう言われたらそれに従うしかない。だって、こちらの世界の人から見れば、私の方が文化が違う異世界人だからね。
 私の常識はこちらの常識ではない。そういう常識ものかと適当に納得しないとやっていけないのが現状なのだ。

 目的地である庁舎に着き彫刻で飾り立てられた豪勢な門をくぐると、警備員のような人がさっそく近付いてきた。ここは自由に誰でも入れるようだが、簡単なチェックはされるらしい。ジョセフがマントを留めているブローチを見せると、警備員はすぐにうやうやしくお辞儀をし、丁重に中へと案内された。
 警備員の後ろについて沢山の人で賑わったロビーを通り抜け、一般の人が入るのことのできないような特別な部屋に通される。いわゆる応接室だろうか。一段と豪華な扉の先の部屋には、伯爵邸に負けるとも劣らない位の豪華な家具や調度品が並べられていた。

「これはこれはジョセフ様。ようこそお越しくださいました。お待たせしてしまい、申し訳ありません」

 少し待ったところで扉をノックする音が聞こえ、従者と共に初老の男性が入ってきた。多分というか間違いなく、この人が町長であるドット男爵だろう。立派に蓄えた髭に派手な服装、そして恰幅のいい体形から、庶民ではないことは一目瞭然だ。

「いえ、とんでもございません。早めに来て久しぶりの街を堪能してしましたので、お気遣いなく」

「それはそれは。さあ、どうぞ。おかけください。今、娘も来ますので」

 ジョセフが帽子を取ってお辞儀をし、外向きの笑顔を見せる。促されたソファに座ろうとするジョセフの後ろで、どうするべきなのか困惑していると、動かない私を不審に思ったのかジョセフが振り向いて怪訝な顔をみせた。

「サトゥ、ほら、こっちへ来て」

 ジョセフに手招きされ、迷いながら前に足を進めれば、そこでようやく私の存在に気付いたらしいドット男爵と目が合った。

「おや、そちらの女性は?」

「ああ、この人はー」

「ああ!ジョセフ!!久しぶり、会いたかったわ!ずっと待っていたのよ!」

 ジョセフが何かを言いかけた時、その言葉を遮るように、バアン!と大きな音を立ててドアが開き、勢いよく一人の女性が入ってきた。その女性はわき目も振らず一直線にジョセフの元に近付いて、そして思いきりジョセフに抱きついた。腰まで伸ばされた波打つ金髪が、ふわりと揺れる。

「……な」

「ああ!会いたかったわ!ようやく迎えに来てくれたのね!」

「……テレスティア」

 ジョセフが困ったような顔をしながら、そっと抱きつかれた腕を離し、その女性と距離を置く。
 テレスティアと呼ばれた女性は、それでもジョセフの腕に手を添え、目をウルウルさせて見つめていた。まるで、ジョセフ以外は眼中にない、と言わんばかりに。そしてドット男爵はそんな娘を咎めることもせず、仕方ないなとばかりに目を細めて二人を見守っている。

 ………一体これは。
 今の状況にまるでついて行けない私は、ただただ呆然と立ち尽くして、そんな三人を眺めることしかできなかった。

「もう!手紙を送っても全然返してくれないんだもの。酷いわ、ジョセフ」

「こら、テレスティア。挨拶もしないで行儀が悪いぞ」

「あら、お父様。いらしたの?ジョセフが来たっていうから嬉しくって嬉しくって、全然気付かなかったわ。でも、そうね」

 そこまで言うとその女性は一歩下がって、「御機嫌ようジョセフ様。お会いできて光栄ですわ」とスカートを軽くつまんで膝を落とした。それは私が思わず見とれてしまうほどの、とても綺麗な淑女の所作だった。目の前の女性はニコリと可愛らしく笑い、そのまま甘えるように頬をふくっと膨らませた。

「婚約者をずっとほったらかしにして、悪い男ね。そんなに忙しかったのかしら?」

「婚約者…」

 無視できない単語が飛び出し、無意識のうちに私は口走っていた。私の呟きが耳に入ったのだろう。その女性は私の方を一瞥し、心底不思議そうに首を傾げた。

「あら?どなた?」

「彼女僕の婚約者、サトゥです。何か勘違いをされているようだけど、僕はテレスティアとは婚約していないし、その約束だってした覚えはないよ」

「……え?」

 ジョセフにぐっと腰を抱かれ、隣に密着する様に引き寄せられる。
 目の前の女性は動きを止め、信じられないものを見たとばかりに目をみるみる見開いた。先ほどまで見せていた笑顔は消え、次第に顔がしかめられていく。不穏な空気が漂い隣のジョセフを見上げれば、ジョセフはその顔から表情を消し、オルレイン様によく似た冷え冷えするアイスブルーの瞳でその女性を見据えていた。

「ドット男爵。あなたもそう認識されていらしたんですか?」

「え?はは、ああ。……いやあ、娘がそう言ってたんでてっきりそうなのかと思っておりましたが、どうやら娘の勘違いだったようですな。あっははは。いやあ、残念だ。誠に残念でありますが、致し方ない」

「なっ!お父様!」

「ささ、ジョセフ様。どうぞこちらへ。伯爵様からの親書を拝見いたしましょう。さあ、テレスティア。いい子だからお前は外に出ていなさい」

 ドット男爵はジョセフの問いに焦ったように言い連ね、ごまかす様に大声で笑った。どうやら立場は完全にジョセフの方が上らしい。ジョセフの、というよりはオルレイン様の機嫌を損ねない様にしているのがよくわかる。まあ、それは当たり前か。貴族といっても男爵ならば当然伯爵よりも格下となるし、町長といっても《真ん中街》は伯爵領内の街の一つなのだから。

「ちょっと!まだ話は終わってないわ!どういうことよ、ジョセフ。納得いかないわ。私ずっとあなたと結婚するために、この二年間他の方の求婚も断ってきたのよ!?今更婚約はなかったことになんて言われて、わかりましたなんて言えるはずないでしょ!?」

「テレスティア!なんて口の利き方を!ジョセフ様、申し訳ありません。娘がとんだ失礼を」

「いえ、構いません」

 声を荒げてジョセフに詰め寄ろうとする女性を、ドット男爵がきつく叱る。腰を深く折る父親とは反対に女性は背筋をピンと伸ばし、ジョセフと私を憤怒の形相で睨みつけていた。
 目上の人に対する許しがたい態度であることは明らかだったが、ジョセフはそれを咎めるどころか反対に綺麗な笑みを浮かべた。そんなジョセフを見てドット男爵はホッと肩を撫で下ろし、女性はフンっと勝ち誇ったように口角を上げた。

「でもね、テレスティア。君と僕が恋仲だった事実はないし、もちろん将来の約束もしていない。それはわざわざ今僕が言わなくても、君が一番よくわかってるよね?一体どうしてそんな勘違いをしてしまったのか、僕には全く理解できない。確かに僕らは何回か顔を合わせているし、僕らが婚姻を結ぶことで街同士の結びつきは強くなって利益が出る人もいるのかもしれないけど」

 そこまで言って腰を抱いているジョセフの力が更に強まる。不安を覚えて隣のジョセフを見上げれば、ジョセフはその綺麗すぎる完璧な笑みを一瞬弛め、そして、女性に視線を戻すとスッと表情を消した。

「そんなもの僕には関係ないことだし、兄であるウインドバーク伯爵もそんなことは望んでいない。彼女は貴族ではないけれど、とても頭の良い優れた女性だ。将来的には僕とともに領地運営に携わることも決まっているし、仕事上でも書類上でも僕らはパートナーとなる。まだ、内密だけどね。兄にはそれら全てを踏まえて、僕らの結婚に同意を貰っている。……テレスティア、それにドット男爵。それでもまだ、僕の婚約者だとかふざけたことを言い張る気?」

 ジョセフのその言葉に二人が同時に息を呑む。ドット男爵は気まずいのか視線を逸らし居心地悪そうにハンカチで首を拭ったが、娘の方は負けじときつくジョセフを睨み返した。なかなか芯の強い、というかプライドの高い人だ。
 あまりの視線の強さに、私の方が一瞬身じろぎしてしまった。

「…それでジョセフは私ではなく、そこの侍女風情と結婚するという訳?全然笑えない冗談だわ」

「笑わなくていいし冗談でもない。それに彼女は侍女ではない。僕の婚約者だとさっきはっきり言ったつもりだけど」

 顔を見なくてもジョセフが怒っているのがひしひしと伝わってくる。というか怖すぎてとても顔を見ることなんてできない。部屋の空気はピリピリと張り詰め、息をすることすら苦しくなってきた。

「侍女でないのなら下女かしら?」

「テレスティア、いい加減にさなさい!……ま、まあまあ。ジョセフ様、娘の言うことは聞き流していただきたい。娘も長年ジョセフ様のことを想い続けていたので急なことに混乱しているのです。さあ、テレスティア。お前は先に家へ帰ってなさい。これから私はジョセフ様と大事な仕事の話をするのだ。いいね?」

「……何よ、何よ!」

 宥める父親の言葉は全く響いていないようで、その女性は怒りに身体を震わせ、キッと鋭く私を睨みつけた。

「あんたジョセフにいくら払ったのよ!いくらでジョセフに抱いてもらったの!?いくらで結婚してもらうのよ!」

「「テレスティア!!」」

 ジョセフとドット男爵が同時に名前を呼ぶ。

「ねえ、ジョセフ。私はその女の倍は払うわ。お父様も、いいわよね?だから、お願い」

 私に向けていた敵意を消して、おねだりをするような甘い声を父親にかける。ジョセフもドット公爵も彼女の言動に呆気に取られているようだった。

「……君は一体何を言ってるんだ?」

「テレスティア、落ち着きなさい。誰かいるか!娘を外へ連れてってくれ!」

 ドット男爵の呼びかけに外に待機していた衛兵が二人入室し、女性を挟むように両側に立ち、その腕を取った。

「ちょっと!離しなさいよ!!」

「大変不愉快な思いをさせてしまい申し訳ございません。ジョセフ様」

「……いや」

 喚き散らす自分の娘に変わってドット男爵がジョセフに深く頭を下げる。女性は衛兵に退出を促されてもなお抵抗を続けていて、そのなりふりを構わない必死さが私にはとても怖く思えた。

「ねえ、ジョセフ!!いくら払えばいいの!?昔は一回抱いてもらうのに、確か100エルズだったかしら?結婚だったら1000?2000?とてもそこのみすぼらしい女にそんな金額が払えるとは思えないわ。それとも何?なにか弱みでも握られているの!?むしろ、その女に手切れ金としていくらか払えばいいのかしら。そうしたら、ジョセフは自由になる?私と結婚してくれる!?あなたを手に入れるためなら、私いくらでも払うわ!それ位あなたを愛しているのよ!」

 衛兵に取り押さえながら叫ぶ女性は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。
 居ても立っても居られなくなって隣のジョセフを見上げると、ほんの微かに、でも確実に、スカイブルーの瞳が揺れた。
 図星なのか、彼女の想いを聞いて心が揺れたのかはわからないけど、彼女の言ったことに対してジョセフは後ろめたい何かがあると、直感でそれを察した。

 ーーーーは?何それ。

 その瞬間。私の中の何かがブチっと音を立てて切れた。

「……何か勘違いしているようですが」

 つかつかと扉へと一直線に歩みを進み、その女性の目の前に立つ。至近距離で顔を合わせると塗り重ねられた化粧でわからなかったが、思った以上に幼い顔立ちをしている。おそらくケイトやアリスと同じくらい。そんな少女に十以上年上である私が詰め寄るなんて可哀そうな気もするが、そんなこと気にしてられなかった。
 完全に、頭に血が上っている。

「私はジョセフにお金なんて払っていません。あなたの予想通り、ただのしがない女中である私が彼に抱かれるためにそんな大金払えませんしね。一回100エルズですって?はっ!ちゃんちゃら可笑しいわ。そんなお金あったらもっと有意義なことに使います。私はお貴族様とは根本的に違う、根っからの庶民ですから、お金の大切さは身に染みて理解しています。これからのご時世、自分を小綺麗にすることに必死になって散財するご令嬢より、見た目が地味でも賢く慎ましい女の方が領地にとってプラスになると、伯爵様は判断されたのではありませんか?」

 ワンブレスで一気に言い連ねる。ポカンと口を開けて私を見るその女性、もとい少女は私の言った言葉が全く理解できていないようだった。

「それに、いくら見た目が可愛らしいと言っても、自分の思い通りにならなかったからといって父親の大事な仕事の場で癇癪を起すような周りの見えない小娘を嫁にもらいたいと思う男性は、誰もいらっしゃらないと思いますよ」

「なっ!!」

 説教臭くそう言えば、少女は頬をみるみる紅潮させ、怒りを露わにした。それを確認してから、私は少女に向かってこれぞ悪女というような厭らしい笑みを浮かべてみせる。

「ああ、でも。彼に抱かれてるのは事実です」

「……は?」

「私、ジョセフに勉強を教えてもらってるの。でも、あなたの仰る通りお金なんてないものだから、仕方なく私の身体を差し出して、その対価としているわけ。……私の言ってる意味わかります?」

 少女の顔色から赤みが引き、青白さを増していく。言いすぎだ、もうやめた方がいいと理性的な私がそう言っているけど、それでも私は大人の余裕を振りかざして何でもないかのように言葉を紡いだ。

「私が求めてるんじゃない。私がジョセフに求められてるの。一体いくらならジョセフはあなたと結婚すると言うんでしょうね。聞いてみたら?でも、必死に汗水流して働いて納めたくもない税金を仕方なく納めたというのに、その使い道がそんなものだと街の人々に知られたら。皆さん、怒り狂うと思いますよ。私だったら耐えられません。そしてその矛先は当然、あなたのお父様に向けられ、町長としての信頼は底辺まで失墜し、その先はーーーご自分で想像なさって下さい」

「まあ、私には関係ありませんけどね」と捨て台詞を吐き捨て、くるりと振り返ってドット男爵とジョセフに向かい合う。笑顔を浮かべ綺麗に一礼すれば、二人は目を丸くして私を見つめていた。

 呆然と立ち尽くす彼らを置いて、私は背筋をピンと伸ばしてその部屋を出た。


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