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同じ空の下
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ある日、ふみちゃんからメールが来た。
『明日、仕事?』
ふみちゃんからこんな短文のメールが来るのは珍しいことだった。
『うん。遅番だから夕方からだけど。ふみちゃんは?』
不思議に思いながら、メールを返すと、すぐに返事がきた。
『私も明日休み。ちょっとお話してもいい?』
『うん、電話かけようか?』
『メールがいい。彩ちゃん寝てるから』
彩ちゃんというのは、ふみちゃんのルームメイトだ。
『いいよ。ふみちゃんは眠くない? 大丈夫?』
『大丈夫。公介くんは大丈夫?』
『大丈夫』
ここでしばらくメールが途切れた。
僕は、ふみちゃんが寝てしまったのかと思って、携帯電話を置いて漫画を読むことにした。
10分くらいして新しいメールが着た。
『公介くん、今日、家の窓からはどんな景色が見えますか?』
僕は再び首を捻った。
なんでそんなことを聞くんだろう。
それでも、僕はがらがらとアパートの窓を開けて、外の景色をメールで伝えることにした。
『もう真っ暗なので、あまり遠くまでは見えませんが、お隣の家は電気が着いています。黄色いカーテンの奥で、テレビを見ているようで、四角い画面がぼんやりと光っています。月の光で辛うじて電信柱が見えます。こうやってしみじみ眺めると、電線ってたくさんあるんですね。こちらはよく晴れています。余談ですが、窓の桟に埃が溜まっていて、窓を開ける時に手が黒くなりました。明日掃除しておきます』
どうして敬語になったのかは分からないけれど、なんだか結局ポストに投函出来ずに捨ててしまった手紙を送れたような気がして、悪くないなあと思った。
返事はすぐに来た。
『ありがとうございます』
そっけない返事。でも、なんだか会話を途切れさせたくなくて、僕は質問を送ることにする。
『ふみちゃんの住んでいるところの窓からは何が見えますか?』
『彩ちゃんを起こしてしまうので、外を見ることが出来ませんが、お昼なら訓練所の柵が近くにあって、その向こうには幼稚園が見えます。お昼は飛行機の音がうるさいことも多いのですが、訓練所の近くに住宅地があって、ここに来た初めの頃はびっくりしました。たまたまだと思いますが、背の低い建物が多いので、空がとても広く感じられます』
『住んでいる人は大変だね』
『慣れているのかも。公介くん、明日の朝ご飯は何を食べるの?』
なんでそんなことを聞くんだろう? と思いながら僕は返信する。
『目玉焼きと、今日の晩ご飯の残りのお味噌汁の予定。具はじゃがいもとちくわ。葱をたくさん入れて、ごま油をちょっとだけ垂らしました。ふみちゃんにこの食べ方を教えてもらってから、本当にお味噌汁が好きになりました。卵は冷蔵庫にハムが残っているので、ハムエッグにしても良いかなぁ』
『いいなぁ。公介くんと一緒にお味噌汁が飲みたい』
『もしかしてホームシック?』
『うん、ちょっとお家に帰りたいかも。あのね、詳しくは言えないんだけど、紛争地域に行く日が決まりました。外国に行ったらメールが出来ないと思うから、途切れたら私は戦争に行ったのだと思ってもらえたらと思います』
ふみちゃんのメールの中に『戦争』という文字を見つけて、僕はずきりと胸が痛くなった。
まだ本当のことだとは思えなかった。でも、確実に何か嫌な物が近付いてきている。
『気をつけて。本当に、気をつけて』
『ありがとう。まだ本当のことだとは思えなくて。ただ、一つだけのことが、怖くて。人を殺さないといけないなんて。自分が死ぬよりも、正直、それが怖いです。人を殺してしまったら、自分の中の何かが決定的に変わってしまうんじゃないかと思って』
すぐには返事を打てなかった。
ふみちゃんは、暗い部屋で携帯電話の明かりに照らされながら、この文章を打ったのだろう。
『ごめんね。ふみちゃんは、きっと僕からは想像が出来ないくらい辛い思いをしているのだろうから、簡単に気持ちがわかるよなんて言えない。でも、ふみちゃんが何をしても、人を殺さざるを得なくなっても、僕は、ふみちゃんのことが一番大切です。ごめんね、本当に何もかも上手く言えないんだけど』
送信ボタンを押した。
携帯電話を持っている手が、途中で少しだけ震えた。
返信がくるまでに、また、少しだけ時間がかかった。
『ありがとう』
画面に表示された言葉は、これだけだった。
『会いに行こうか?』
『遠いし、お金かかるし、いいよ。本当にありがとう』
『気をつけてね』
『うん。明日お仕事なのにごめんね。本当にありがとう』
『ううん、明日また電話しようか?』
『大丈夫だよ~。おやすみ』
『おやすみ』
『ありがとう』
メールのやりとりが終わってからも、しばらくは眠れなかった。
『明日、仕事?』
ふみちゃんからこんな短文のメールが来るのは珍しいことだった。
『うん。遅番だから夕方からだけど。ふみちゃんは?』
不思議に思いながら、メールを返すと、すぐに返事がきた。
『私も明日休み。ちょっとお話してもいい?』
『うん、電話かけようか?』
『メールがいい。彩ちゃん寝てるから』
彩ちゃんというのは、ふみちゃんのルームメイトだ。
『いいよ。ふみちゃんは眠くない? 大丈夫?』
『大丈夫。公介くんは大丈夫?』
『大丈夫』
ここでしばらくメールが途切れた。
僕は、ふみちゃんが寝てしまったのかと思って、携帯電話を置いて漫画を読むことにした。
10分くらいして新しいメールが着た。
『公介くん、今日、家の窓からはどんな景色が見えますか?』
僕は再び首を捻った。
なんでそんなことを聞くんだろう。
それでも、僕はがらがらとアパートの窓を開けて、外の景色をメールで伝えることにした。
『もう真っ暗なので、あまり遠くまでは見えませんが、お隣の家は電気が着いています。黄色いカーテンの奥で、テレビを見ているようで、四角い画面がぼんやりと光っています。月の光で辛うじて電信柱が見えます。こうやってしみじみ眺めると、電線ってたくさんあるんですね。こちらはよく晴れています。余談ですが、窓の桟に埃が溜まっていて、窓を開ける時に手が黒くなりました。明日掃除しておきます』
どうして敬語になったのかは分からないけれど、なんだか結局ポストに投函出来ずに捨ててしまった手紙を送れたような気がして、悪くないなあと思った。
返事はすぐに来た。
『ありがとうございます』
そっけない返事。でも、なんだか会話を途切れさせたくなくて、僕は質問を送ることにする。
『ふみちゃんの住んでいるところの窓からは何が見えますか?』
『彩ちゃんを起こしてしまうので、外を見ることが出来ませんが、お昼なら訓練所の柵が近くにあって、その向こうには幼稚園が見えます。お昼は飛行機の音がうるさいことも多いのですが、訓練所の近くに住宅地があって、ここに来た初めの頃はびっくりしました。たまたまだと思いますが、背の低い建物が多いので、空がとても広く感じられます』
『住んでいる人は大変だね』
『慣れているのかも。公介くん、明日の朝ご飯は何を食べるの?』
なんでそんなことを聞くんだろう? と思いながら僕は返信する。
『目玉焼きと、今日の晩ご飯の残りのお味噌汁の予定。具はじゃがいもとちくわ。葱をたくさん入れて、ごま油をちょっとだけ垂らしました。ふみちゃんにこの食べ方を教えてもらってから、本当にお味噌汁が好きになりました。卵は冷蔵庫にハムが残っているので、ハムエッグにしても良いかなぁ』
『いいなぁ。公介くんと一緒にお味噌汁が飲みたい』
『もしかしてホームシック?』
『うん、ちょっとお家に帰りたいかも。あのね、詳しくは言えないんだけど、紛争地域に行く日が決まりました。外国に行ったらメールが出来ないと思うから、途切れたら私は戦争に行ったのだと思ってもらえたらと思います』
ふみちゃんのメールの中に『戦争』という文字を見つけて、僕はずきりと胸が痛くなった。
まだ本当のことだとは思えなかった。でも、確実に何か嫌な物が近付いてきている。
『気をつけて。本当に、気をつけて』
『ありがとう。まだ本当のことだとは思えなくて。ただ、一つだけのことが、怖くて。人を殺さないといけないなんて。自分が死ぬよりも、正直、それが怖いです。人を殺してしまったら、自分の中の何かが決定的に変わってしまうんじゃないかと思って』
すぐには返事を打てなかった。
ふみちゃんは、暗い部屋で携帯電話の明かりに照らされながら、この文章を打ったのだろう。
『ごめんね。ふみちゃんは、きっと僕からは想像が出来ないくらい辛い思いをしているのだろうから、簡単に気持ちがわかるよなんて言えない。でも、ふみちゃんが何をしても、人を殺さざるを得なくなっても、僕は、ふみちゃんのことが一番大切です。ごめんね、本当に何もかも上手く言えないんだけど』
送信ボタンを押した。
携帯電話を持っている手が、途中で少しだけ震えた。
返信がくるまでに、また、少しだけ時間がかかった。
『ありがとう』
画面に表示された言葉は、これだけだった。
『会いに行こうか?』
『遠いし、お金かかるし、いいよ。本当にありがとう』
『気をつけてね』
『うん。明日お仕事なのにごめんね。本当にありがとう』
『ううん、明日また電話しようか?』
『大丈夫だよ~。おやすみ』
『おやすみ』
『ありがとう』
メールのやりとりが終わってからも、しばらくは眠れなかった。
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