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もういない

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 翌日、アルバイトが終わったあと携帯電話を見たら、12件も不在着信が入っていた。

 知らない番号だったので首を捻りながら折り返したら、役所の男の人が出て、ふみちゃんが死んだと言うことを教えてくれた。

 自殺だったそうだ。

 訓練用の銃を勝手に持ち出して、宿舎の裏の草むらで頭を撃ち抜いたそうだ。

 信号無視すらしない真面目なふみちゃんの、多分、一生に一度の法律違反だった。

 岡山さんという名前の、役所の係の人にお礼を言ってから電話を切った時、僕はまだコンビニのバックヤードのロッカーの前にいて、やっと私服に着替えた状態のまま、座り込んでいた。

 死んだのか。                 

 本当に死んだのか。

 まだ、戦争にも行っていないけれど。
 いつのまにか誰かが持ち込んだ子ども向けのモンスターアニメのキャラクターシールは、いつもと変わらず、端が少しめくれた状態で灰色のロッカーに貼り付いているのに。

 日本国内で死んだので、遺体はいったん遺族である僕の元に戻されるそうだ。

 これが、結婚していない状態であれば、ふみちゃんの両親の方に先に連絡がいったという。ふみちゃんは家族とあまりうまくいっていないようだったから、連絡が僕の方に来て、よかったと思う。

 葬儀社を決めて、どこにふみちゃんの遺体を連れていくかを岡山さんに伝えたら、あとは、葬儀社の人と一緒にふみちゃんを迎えに行けばいいそうだ。

 どうすればいいのかよく分からないので、とりあえず家に帰ったらネットで調べようと思った。携帯電話で調べても良かったけれど、出来れば、少しの間は何も考えたくなかった。

 なんとか立ち上がった時、居残りでポップを作っていた釜田が、バックヤードに入って来た。

「あれ、まだいたの」
「うん」
 僕はそれだけ言って部屋を出ようとした。

 そうしたら空気を読まない釜田が、
「メシ行かねぇ?」
 と、話しかけて来た。

「今日はやめとく」
「あ、そう?」
「僕の彼女……いや、奥さんか。奥さんが死んじゃったから、しばらくバイト休むと思う。店長に言っといてくれるかな?」
「まじか」
「うん、まじ」
「そっか……」
 さすがにそれ以上は何も言えなかったようで、釜田は黙って僕を見送った。

「じゃあ」
「おう」

 僕もあまり話すと泣いてしまうんじゃないかと思ったから、慌てて店を出た。

 外に出ると、冷たい風がぴゅうと襟の中に吹きつけてきて、思わず首をすくめた。

 不思議と涙は出なかった。

 でも、ふみちゃんのご両親に連絡することを考えると、気が重たかった。

 
 それから一週間ほどのことは、思い出したくもない。

 ふみちゃんのご両親は、娘の死を知って、怒り狂った。

 当然のことだった。ふみちゃんは、戦争に行くことをご両親に告げてすらいなかったのだ。

 僕は全ての犯人であるかのようになじられ、実際にお母様には「あなたが史子を殺したようなものです」と面と向かって言われた。

 ご両親の気持ちを考えれば、仕方がないことかもしれなかった。

 確かに僕はお金のない、病気持ちのフリーターだし、ふみちゃんのご両親はお金持ちの、社会的な地位の高い人たちだ。
 僕はふみちゃんが戦争に行くことを止めることができなかったけれど、ふみちゃんのご両親なら、ふみちゃんが戦争に行くことを現実に、止められたのかもしれないのだ。

 お葬式は、本当なら国から出ていたふみちゃんのお給金の残りと、僕の少ない貯金で出せる範囲の、質素なものにしようと思ったんだけれど、ふみちゃんのご両親は許してくれなかった。

 ふみちゃんを迎えに行って、葬儀社に遺体を運んだ後は、ふみちゃんの身体は強制的にご両親の管理の下に置かれ、そのまま僕を閉め出した状態で葬儀社の担当者が呼ばれ、いつのまにか立派な祭壇の前に、棺に入れられたふみちゃんが運ばれていた。どうやったのかも分からないけれど、ふみちゃんの遺体は綺麗にされていて、脳みそが吹っ飛んでいるっていうことを示すのは、棺の中のふみちゃんが、ニットの帽子を被っていることくらいだった。

 夫だからという理由で、一応僕は親族席に場所を与えられ、お坊さんの読経を近くできくことが出来たけれど、お通夜やお葬式の前後も、食事の時間も、誰も僕には話しかけなかった。聞こえよがしに僕の悪口を言う人ばかりだった。

 でも、そういうことはどうでも良かったんだ。

 ただ、亡くなった後でまで、こんな風に悪口ばかり聞かされるふみちゃんが可哀想だった。僕はなんとなく耳に入ってくる悪口に胸を痛めながら、お花や祭壇で非現実的に飾り立てられた式場の椅子に座って、ぼーっとしていた。

 お通夜はいつの間にか終わって、たくさんの人たちが僕の目の前で泣いたり挨拶をしたりしながら流れていき、少し静かになり、僕は一晩を式場の椅子で過ごした。お葬式もいつの間にか始まって、お経も、気がついたら終わっていた。僕の手には百合の花が渡され、ふみちゃんの腰の当たりにぽとりと落とした。もう一度だけ、あの滑らかなお腹に触りたいと強烈に思ったけれど、ふみちゃんの親戚の人たちの視線を考えたら出来るはずもなくて、すぐに蓋は閉じられて、もう、二度と、開けられなかった。

 ふみちゃんは行ってしまった。黒い大きな車に乗せられて。

 ふみちゃんがあまり好きでなかった、親族の人たちが、マイクロバスに乗ってたくさん着いて行った。僕は、ふみちゃんが火葬場の釜におさめられるところなんて見たくなかったし、骨になったふみちゃんの姿なんてもっと見たくなかったから、お葬式が終わったら、すぐに家に帰った。それも、ふみちゃんの親族の人たちから考えると有り得ないことらしくて、霊柩車の中から、僕の事をすごい顔で睨みつけているふみちゃんのお母さんの顔が見えた。

 ごめんなさい。

 と、思ったけれど、もう、どうでもいいような気もした。

 帰りにお腹が空いて、マクドナルドに寄った。朝から何も食べていなかった。
 家に帰ってハンバーガーの包みを開いて、立ったままかじりついた。

 大切な人が側にいなくてもお腹が空く自分が情けないと思った。

 ハンバーガーは時間が経って冷めていて、バンズが妙に実感を持ってモゴモゴと動いた。

 僕は泣いた。
 泣きながら、口の中にハンバーガーが残ったまま、僕はポテトを口の中に3本入れた。

 口の中がしょっぱいのは、自分の涙の味なのか、ポテトについた塩の味なのか、僕はよく分からなくなってきて、ますます、泣いた。
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