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34 幸せのかたち
しおりを挟む庭の花々が美しく咲き誇り、暖かな日差しが室内に入り込む。
「エリー、この間のイグリール領の整備の事なんだが・・・」
「そうですね~、この前お茶会にいらした隣の領の伯爵と話したのですけど折角ですから一緒に整備事業をしようと誘われましたわ」
「ほう・・・?あそこの伯爵は頑固では無かったか?」
「そんな事ありませんよ?理にかなった案を否定する方ではございませんから」
「・・・あそこの伯爵は奥方を亡くされて1年になるな・・・エリー・・・?」
「そういえば、私に会うまで御婦人に人気のある当主の家での茶会にばかり行っていたな・・・。私達に飽きたのではあるまいな?」
「なっっっ!!お寂しい様でしたがまだ奥様の事を愛されてますわっっ!!そ・・・それにお二人に愛されて・・・いや愛で潰されそうなのに他所の愛は要りません!!」
この一年で更に家族で過ごす事が多くなり、ヴィルヘルムとエミリヤもお互いを愛称で呼ぶ様になった。談話室で3人で話しているとスチュアートがピンクの服を着た赤ちゃんを抱いて部屋に入って来た。
「エミリヤ様、そろそろミルクをあげる時間でございます」
「もうそんな時間なのね、ヴィル様お仕事の話はまた後で」
「あぁ、仕事の話は後にしてマッサージをしないとね。さぁ、エリー私に寄り掛かると良い」
ソファーの隣に座るヴィルヘルムがエミリヤの肩に優しく手を置き引き寄せる。イグリール公爵家では当たり前の光景となっていてエミリヤも、もう疑問にさえ思わなくなっている。
「スチュアート、ミハエルはどうしている?」
「ミハエル坊っちゃまはお昼寝の時間ですので執事が見守っていますよ」
「そうか・・・今日はヴィルの誕生日だが、何が欲しい?」
エミリヤを自分に寄っかからせて胸をマッサージしているヴィルヘルムにソファーの反対に座るギルベルトが尋ねる。スチュアートから赤ちゃんを受け取りミルクを与え始めたエミリヤの腹部に腕を回し、ヴィルヘルムは欲しいものを考える。
「そうですね、では絵描きに家族5人の絵と使用人の絵を描いて欲しいです」
「私達もですか?」
「えぇ、仲間であり友人であり家族に近い存在ですから残しておきたいんです」
「良いですわね!!是非そうしましょう!!スチュアート早速手配頼めるかしら?」
「お任せ下さい」
スチュアートは他の執事を呼び指示を出した。その日の内に手配が済み、翌週の休日から絵描きが来る事に決まった。
今回の誕生日は赤ちゃんがいるので特に誰も呼ばず、内輪だけで誕生日を祝う。そのかわり貴族から贈り物を沢山頂いた。ヴィルヘルムはだいぶん角が取れた為に多くの友人が出来て、政敵も減り仕事を次々と成功させている。ギルベルトはほとんどの領主の仕事をヴィルヘルムに移譲し、エミリヤと子供達を連れて出かけたり子育てを教育係に任せっきりにしたくないと言うエミリヤと共に子育てにも参加し毎日一緒に過ごしている。
エミリヤは子育ての合間にお茶会を催し、様々な貴族の奥方様と繋がりを持ちヴィルヘルムの仕事の手助けをしている。
香水は中々新作を作る時間がない為、年に一回新作を発表しているがその時期は貴族のステータスとばかりに多くの貴族の婦女子達がこぞって買い求める。
夕方はお祝いも込めていつもよりも豪華な料理がテーブルに並んだ。食後エミリヤはギルベルトと共に選んだプレゼントを渡す事にしていた。
「ヴィル、誕生日おめでとう来年は爵位を譲るから忙しいぞ」
「まだまだ父上の教えを請わなければならない半人前ですので、これからも見ていてください」
「ヴィル様お誕生日おめでとうございます。これはかなり自信作の刺繍入りハンカチですわ!!それとこれはギルと一緒に選んだループタイですわ、どうぞ受け取って下さいませ!」
「・・・皆に祝ってもらえる事が1番の贈り物ですよ・・・」
俯き肩を震わせるヴィルヘルムにスチュアートが近付き、耳元で囁く。
「・・・これだけ見事な刺繍を入れているハンカチーー邪な気持ちで汚さないで下さい・・・ね?」
その後スチュアートに激怒するヴィルヘルムを、ギルベルトとエミリヤは堪えきれず笑ってしまう。
空に星が輝き出した頃ギルベルトはエミリヤをテラスに誘った。
「エミィ、君が以前社交界で幸運の妖精と呼ばれていたのは本当だったな。まさか我が家が笑い声の聞こえる家になるとは全く思ってもみなかったよ」
「私はギルと一緒に今を生きられる事が幸運です。前世で倒れた私の手を握ってくれた瞬間心の中に熱が一気に溢れたんです。きっと一目惚れだったんでしょうね・・・。今でもギルの側にいると恋する乙女の様に胸が高鳴る事ばかりなんですよ?気付いてないでしょ?」
ギルベルトがエミリヤを抱きしめた。ギルベルトはエミリヤが子を産んでからも、子育てに参加してくれている為に子供達の事を考えて香水はずっと付けていない。今ではギルベルトの何も付けていない匂いがエミリヤは何より好きになった。
大好きの気持ちが爆発して思わずエミリヤはギルベルトの胸に頬を擦り寄せる。
「・・・困ったな・・・もう少しエミィと話をしようと思っていたのに・・・」
困った様に照れ笑うギルベルトはエミリヤを優しく抱きしめ返す。
「ーーーベッドの上でもお話出来ますよ?」
「ーーー無理だろ?今日は誕生日だから恐らくアイツは、いつもよりねちっこく攻めてくるぞ・・・」
「えー?そうですか?親子だから分かるって事ですか?」
「そういう事だ。子供達におやすみを言ったら寝室に行くぞ。もうすぐアイツも贈り物の御礼状を書くのに区切りを付けて寝室に来る頃だろう」
「ヴィル様はずっと1人にしたら拗ねちゃいますからね!!戻りましょう!!」
最初は書類上だけの夫婦でギルベルトとの関係を誤魔化すの事は上手くいかないのでは?といういつバレるか分からない不安のある生活であったが、その内にギルベルトとヴィルヘルムの子を成し2人の歪な親子関係もいつの間にか解消した。
ヴィルヘルムとエミリヤはおしどり夫婦と社交界で知れ渡る程外でも仲睦まじく、ギルベルトとエミリヤは外では仲の良い親子の様に過ごし家では恋人の様に時間を大切にしている。
「今日はエリーはお茶会でしたね?父上は本を読まれているのですか?お暇でしたら一緒にお茶でも飲みませんか?」
談話室で本を読んでいたギルベルトにヴィルヘルムが話しかけてきた。今日はエミリヤは呼ばれた茶会へ執事を連れて、他の執事達は子守を行っている者もいる為使用人をほとんど見かけない。
「あぁ、構わんよ。ーーそれよりお前はいつまで隠し通す気だ?」
「・・・何のことですか?」
「エミィを、いや・・・仕事帰りの彼女を刺したのはお前だろう・・・?」
ヴィルヘルムは顔を変えることは無かった。
「・・・いつ気が付いたんですか?貴方はエリーが知っている前世を覚えていなかったでしょう?」
諦めた様に対面のソファーにヴィルヘルムは腰を落とした。
「ーーとぼける気が無くて何よりだ。前世の事は半年前に急に思い出した。何となく逃げて行く犯人の雰囲気がお前に似ている事をな。確信を持ったのは3人で寝る様になって時折寝言で誰かに必死で謝っていたことと、その頃を境にお前が護身用のナイフすら持たなくなったことに気づいたからだ」
ギルベルトは本に目を向けたまま話す。
「良く気が付きましたね。護身用のナイフを持たなくなった事に・・・持つのを止めたのはその前日の夜に前世を思い出したからです。彼女を殺したのが自分だと思い出したら怖くなって・・・」
「何故彼女を殺した?」
ギルベルトの声は少し棘があった。
「ーーーー貴方の知っているお姫様は私の元に嫁いで来たのです。彼女は冷血な独裁者だった私が民に討たれる事がない様に嫁いできてから、必死に国民の為臣下の為に寝る間も惜しんで働いてくれました。私が自らの過ちに気がついた時には既に遅く、元臣下により討たれました。彼女もその時に亡くなったのでしょう・・・。目障りだったら消そうと思っていた程度の政略結婚でした。それなのに私はただ1人自分の為に必死に走り回ってくれる彼女に段々と心が惹かれて行きました。心を許して裏切られた時の事ばかりを考え、自分が傷付く事ばかりを恐れた臆病者の私は彼女に何もしてやる事が出来ないまま終わりました」
「そして前世で彼女に会った」
ギルベルトは本を閉じてヴィルヘルムに向き直った。
「えぇ、彼女に出会う以前から自分が多くの人間を手にかけてきた光景、人間不信から始まった圧政、そして最後は自分が殺されるところで目が覚める夢を見続けていました。そして彼女に町中ですれ違った瞬間彼女は自分が討たれる前に会っていた事を思い出しました。」
「それは・・・」
「そうです。彼女が私を殺す手引きをした人間だと勘違いしたんです・・・。あの頃その夢ばかり見て睡眠不足になり、それによって仕事を失い、その間に片親が病気で亡くなったりと色んな事が重なり夢と結びつけて彼女が原因だと思い込みました。彼女の跡を付け職場と住所を調べあの日決行しました」
「・・・・・・」
「牢の中でやっと全てが繋がった夢を見ました。恋した女性を自分で殺した絶望でおかしくなるのには時間が掛かりませんでした。その後の事は覚えていません」
ヴィルヘルムが膝の上で組んだ手が震えている。
「私はその後の事を知っている。ニュースで流れたからな。お前は舌を噛み切って牢屋の中で亡くなっていたそうだ。被疑者死亡のまま起訴されていた」
「そうでしたか・・・結局私は前世も逃げたのですね・・・」
「エミィには話さないのか?」
「・・・卑怯だと思いますか?」
「ーーいや、ただエミィも薄々自分と距離を置かれている事に気が付いていると思うぞ?今は私がいるから良いが、私が居なくなった後このままでは上手くはやっていけないだろう」
「貴方の最愛の人を2度も奪った私の事まで気にかけて頂き感謝します。私も言わねばならないと思っていますーーただ彼女に告げるのはもう少し落ち着いてからにしようかと」
「そうだな、爵位を継いでから彼女も暫くは忙しくなるからな・・・考える時間があった方が良いだろう」
「ーーーもし彼女が話した上で私を拒絶しても受け入れます。それに今世ではあの頃の臆病者にはなりたく無いので貴方が居る間に伝えます」
ヴィルヘルムは決意した目でギルベルトを見つめ返した。
「覚悟をしているのなら、もう何も言うまい」
再び本を開いたギルベルトはそれ以降その話はしなかった。
彼女の中で既にその過去は2人に出会う前から済んだ過去になっていた事を2人はまだ知らない。
済んだ過去に楽観的な彼女の性格を知る事になるのはもう少し先である。
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