ロクさんの遠めがね ~我等口多美術館館長には不思議な力がある~

黒星★チーコ

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第4話/我等口多美術館にて・その3

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 佐藤はその姿をガラス越しに見た途端、素早く頭を巡らせる。

(なんで警官が……ババアが呼んだのか! どうする、自首するか? いや、今自首したら…………のか!? ここは確実に逃げ切る事を優先すべきだ!)

 彼は傍らに置いていたコートの裏ポケットに素早く右手を突っ込む。確かな重みを探り当てたと同時に佐藤は勢いよく立ち上がり、向かい合っていたロクさんに左手を伸ばした。

「おや、まぁ」

「ロクさん、ガキどもから聞いたけど何の用……えっ!?」

 勝手知ったる我が家のように庭先から掃き出し窓を開けた大和は、応接間の様子に一瞬固まった。
 佐藤はロクさんの後ろに立ち、左腕を彼女の首のあたりに回して拘束している格好だ。右手には先程までコートのポケットに隠していた銃を握りロクさんに突きつけている。

「てっ、手を挙げて静かにしろ! ババアが死んでもいいのか!?」

「まままっ、待て! はっ話をしましょうっ!」

 佐藤も大和も想定外の事態に緊張し喉を強張らせている。話すとつかえたり必要以上に大声を出していたのだが、そこにひとりのんびりとした声が入り込む。銃を突きつけられた本人だ。

「あらあら、まぁまぁ。二人とも落ち着きなさいな。やっくんはまず応援を呼んだら?」

「黙れババアッ!」

「ろ、ロクさん、彼を刺激しないで……!」

「大丈夫よ。これモデルガンだもの」

「「!?」」

 警察官と銀行強盗犯は同時に度肝を抜かれた。動揺した佐藤の腕が僅かに弛む。ロクさんはその拍子に首を回し右手を顔に当てる。指の間から銃を見た。

「……レッドスリースター社製、型番FA12-KEね。改造はしていないし弾もプラスチック製。あぁ、良かった。改造していたら危ないし罪も更に重くなるからそれだけは心配していたの」

「なっ、ななな」 

 何故。
 何故この銃とは無縁そうな老女には見ただけで改造の有無そんなことまでわかるのか。皿や壺だけではなく、こんな物まで鑑定できるほどあらゆる物に精通しているのか。
 いや、ポケットから取り出した銃を見た時から老女はモデルガンだと見抜いていた。だから落ち着いていたのだ。
 何故、何故、何故。

 佐藤の頭の中で目まぐるしく展開する疑問の数々は、そのまま視界とともにぐるりと回転する。

 ドッ
 
 気づけば床に散乱している元オブジェだった石や枝が目線の先にあった。

「ごっ、午前10時38分、……き、強要未遂の現行犯で逮捕する!」

 大和が窓から飛び込むように部屋に入り佐藤の腕を掴んで銃を取り上げ、暴れて抵抗する彼を床に組伏せたのだ。そこまでは良かったが慣れない行動に焦る大和。
 捕り物で散乱し壊れたオブジェの散る応接間の真ん中で、時刻を読み上げる彼の声はかなりどもっていた。


 
  ◇ ◇ ◇


 ロクさんの家の前に通る細い小路にはパトカーが入れなかったので近くの大きな通りに停められたのだが、それでも騒ぎを聞き付けたのか何人かの野次馬が塀の外に集まり始めていた。
 そんなひとの目がある中で、先輩の巡査長に叱られてしゅんとする大和。

「馬鹿野郎! ひとりで突っ走りやがって。万が一銃が本物だったらどうなっていた!?」

「……申し訳ありませんでした!」

 大和を庇い、ロクさんがとりなす。

「ごめんなさいねぇ。私が安全だと見抜いたからなのよ。やっくん……大和さんは私の言うことをいつも信じてくれるから。ね?」

「しかし……」

「実際にモデルガンだったでしょう? 私はちゃんと判っていたし、大和さんも私を信じたからこそ最善の行動を取ってくれたのよ。だから叱るなら大和さんをそそのかしたわたしにして下さいな」

 にこにこして巡査長にお願いするロクさん。大和はホッとしつつも自分の不甲斐なさに少しだけ悲しくなった。
 先輩の言うことも、ロクさんの言うことも真実だし正しい。
 ただ、この一見して害の無さそうなおばあちゃんがモデルガンを見抜くと信じる人はあまりにも少ないだろう。大和はその数少ない人間のひとりとして彼女を守ろうと思っていたのに、逆に庇われてしまったのだ。

 ロクさんには不思議な力がある。

「はあ、まあ……ご協力ありがとうございました。あとは署でお話を伺えますか?」

 先輩は困ったような顔で、叱責は無しにして話を進めた。彼はロクさんの事を知ってはいるが彼女の不思議な力の事は知らないだろう。

「勿論ですとも。あっ、やっくん。ちょっと」

 ロクさんは快諾して巡査長についていこうとして、ふと廻れ右をした。大和の手を握る。

「ありがとね。とても助かったわ」

 そのまま大和の手の中にメモを押し込みながら他の人には聞こえないぐらいの小さな声で呟く。

「後で警察署でも言うけど、多分うまく説明できないと思うから」

 それだけ言うとロクさんは巡査長のもとへ戻ってしまった。
 大和はそのメモを開いた。恐らく驚くような内容だとは予想していたが、そこには走り書きのような字で想像の遥か上を行くものが記されていた。


 ========

 ・私が聞いたこと
 名前:佐藤さん
 借金:100万円
 銀行強盗の運転手役 分け前:200万円


 ・私が見たもの
 名前:芦田川瞠志朗 ※他偽名多数
 年齢:26歳
 職業:なし
 所持金:200万3562円
 借金:30万円(✕✕ローンより借入)
 所持品:車の鍵 家の鍵 スマホ モデルガン 財布
 銀行強盗の首謀者 ※他余罪多数


 ・私のカン
 多分橋の下の一本桜の木の根元を掘ってみたら良いと思う

 ========


「マジかよ……」

 大和は足が震えそうになった。確かにこんな事は聴取では上手く説明できなさそうだ。というか、説明したところで誰も信じないのではないか。だが大和は疑うことすらしない。

 ロクさんの不思議な力。それは指の間から見た人や物のステータスがわかるのだ。

 ステータスとは名前や年齢、職業。所持品や、残っている仕事や宿題なんかもわかるらしい。
 物ならさっきのモデルガンのように型番や名称、金銭価値などだ。
 人が嘘をついているかを見抜ける能力ではないが、そのステータスから矛盾点を推測できる事もあるのだそうだ。長年そんなことをしているせいか、異常にカンが良い。

 大和は小さい頃からイタズラや悪さを何度もロクさんに見抜かれていた。なんでわかるのかと訊くと、ロクさんはチラシや新聞の筒を手にこう説明していた。

「これは魔法の遠めがねだからねぇ。色んな事が見えるのよ」

 今でもロクさんは近所の子供たちに同じ説明をしている。子供の頃はそれを信じていても、大人になると皆「年の功」や「経験に基づいた予測」だと思ってしまう。
 だが大和は違った。ロクさんにしつこく食い下がり、この秘密を教えてもらったのだった。

 秘密を知った時、最初はカッコいい! とワクワクした。次いで、この能力を活かせば大儲けをしたり、世の中の役に立てるのに何故使わないのだろうと思った。
 それはいずれも浅はかな考えだと直ぐにわかった。

 彼女の力を知れば皆不気味に思ってロクさんから逃げるだろう。誰しも隠し事や借金のひとつやふたつあるものだ。自分のステータスを見られるなんて良い気持ちはしない。
 そうなれば彼女に近づこうとするのは、その力を利用したい人間ばかりだ。

 以前ロクさんが妙ちきりんなオブジェを作りながら「枝や石って、から楽なの」と言うのを聞いて、彼女がそれまでの人生をどれだけ他人の嘘に気づき、けれども一つ一つそれと向き合って「おせっかいおばあちゃん」として生きてきたのか大和は思い知らされたのだった。







 ◆ ◆ ◆ ◆

※読者の皆様へ、筆者より※

ミステリージャンルでありながら、所謂「ステータスオープン」ができるチートなど反則だ!と思われた方、申し訳ありません。
しかし、佐藤(芦田川)や、ロクさんの言動に謎はまだ残っています。
ロクさんのカン(チートではありません。あくまでもカンです)で、桜の木の下を掘ってみたら良いと思ったのはなぜか。
次の最終話で種明かしをします。


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