愛する夫が催眠術で私に「貴方を愛することはありません」と言わせようとしている

黒星★チーコ

文字の大きさ
5 / 7

第5話 一年前

しおりを挟む
 ◇◆◇

 私の家、イーデン伯爵家の持つ領地の一部に、最近魔硝石の鉱脈が発見された。魔硝石はとても貴重で、害獣と戦う際には不可欠な火の魔法に必要な材料でもある。

 勿論我が家は上を下への大騒ぎ。領地の主な産業は農業で、代々のんびりと過ごしてきたイーデン伯爵家には、突然降って沸いた魔硝石の扱いなんてよく分からない。ただ凄く価値があるのと、簡単には他家や他国に渡してはならないものだと言う事だけはわかっている。

 鉱山が見つかったタイミングと、私が成人を迎えるタイミングがたまたま近かったせいで私と結婚したいという申し入れは驚くほど沢山来た。両親とお兄様は頭を抱えたみたい。

 今まで田舎伯爵としてのんびり過ごしてきた為、それほど数多くの貴族と積極的に交流をしていなかった事が災いして、申し入れをしてきた家を良く知らないというケースが多かったせいなの。
 もしも裏で悪事をはたらいたり、王家転覆を計ったりするような家に魔硝石を渡すわけにはいかなかったから。
 数ヶ月前のデビュタントボールや先日のお茶会で私に少々のトラブルが起きた事もあって、お父様はかなり神経質になっていた。

「ああっ、ダメだ! どいつもこいつも怪しく見えてきた……!!」

 元々腹の探りあいが得意ではないお父様にとって、多くの家を調べ疑いながら婚姻の申し入れに対する返事を引き伸ばすのはかなり辛い作業だったと思う。そこにロドフォード侯爵家からの申し入れがあったのは、天の助けに見えたに違いない。

「リエーラ、大変かもしれないがロドフォード侯爵家に嫁入りを……」
「ええ!! 勿論ですわ! 嬉しい!!」

 今にも踊り出しそうな私を見てあんぐりと口を開けるお父様とお母様。

「本当にいいのか? お前にとっては重責かもしれないぞ?」
「驚いたわ。リエーラ、貴方にそんなに上昇志向があるとは思えなかったのに」

 確かに私はお父様から青い目だけでなくのんびりした性格を受け継いでいるから、侯爵家に嫁入りなんて身の丈に合わないと思う。けれど愚かな私は、裏事情など何もわからずに一も二も無くこの申し出を受けた。ただただ、シリウス様側から婚約を申し込まれた事に夢中で浮かれていたの。

 そして婚約はつつがなく執り行われ、書類にサインを済ませた後。二人きりで庭園を散歩しようと誘われて、やっぱり私は夢見心地でふわふわと宙を浮いている気分のまま、彼の後ろをついて行った。周りにひとけが無くなったのを確認して、シリウス様がこちらを振り返る。

「リエーラ嬢」
「はっ、はいっ!」

 私はドキドキしながら彼を見上げる。けれど彼はこちらを苦い薬でも見る様な表情をしてから、プイと顔を背けて言ったの。

「君としても不本意極まりないだろうが、これが最善なんだ。一年間我慢してくれ」
「え?」
「一年間の婚約期間で時間を稼げば筈だ。その間にロドフォードの家から魔硝石に関する技術提供も可能だし、王家も君の家をじっくり吟味して翻意が無いと判断してくれると思う。勿論その間に君には指一本触れないし、必ず君を守るから俺を信じてほしい」
「え? あの……」

 今、なんて言ったの? シリウス様は最初に「君として不本意」と言ったわ。つまり……

「シリウス様も、この婚約には不本意なのですか?」
「!」

 その瞬間、ざあっと風が吹いて私たちを煽った。私は自分の茶色の髪が風になびくのを押さえながら、その隙間から彼の顔を見る。彼の黒髪もなびいて、前髪で隠された右目が露わになっている。その下の頬に少し赤い傷跡が見えたような気がした。
 次の瞬間、風はおさまっていて。彼の右目と右頬も、そして酷く焦ったような表情も見えなくなっていた。

「……勿論、本意のわけがないだろう。俺の立場をわかっていたんじゃないのか」
「それは」

 ロドフォード侯爵領には古くから魔硝石の鉱山が多数あり、魔硝石の加工や扱いのノウハウを抱えている。当然ながら火魔法の扱いができる者も多いけれど、王家への忠誠心が篤く、また王家からの信頼も篤い名門。
 その嫡男のシリウス様と私が結婚すれば、我が家は魔硝石についてのノウハウを教えてもらえるだろうし、侯爵家や王家からすれば魔硝石を悪用や他国に密輸される心配も極めて低くなる。もしかしたら王家から「イーデン伯爵家を探れ」と密かな命を受けたのかもしれないわ。

 つまり、私にとっては片想いの相手であるシリウス様との結婚は。
 両家にとって、ひいては王家や国にとってもメリットのある、どこからどう見ても政略結婚だったという訳。私はこの場でシリウス様にここまで言われてやっとその事に気がついた。

「はい……シリウス様のお立場では仕方ありませんね」
「ああ、絶対悪いようにはしないから」
「よろしくお願い致します」

 私は深く頭を下げた。顔が真っ青になっている気がしたから、それを見られないように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」  煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。  普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。  何故なら———、 (罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)  黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。  そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。  3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。  もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。  目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!  甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。 「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」 (疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載しております。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

処理中です...