捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら

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ヴァルデリア

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「甘い! どうしてなの? ちっとも酸っぱくないわ」

「でしょう? さ、こっちはどうですかな」

 エミリアの感想に気を良くした農夫は更に、大粒の黒葡萄を運んでくれた。

「こちらはね、ようやく完成した新しい葡萄です。皮のまま食べられますよ」

「とうとう完成させたのか! 何年も実がつかないと苦労していたのに。私にも味見させてくれ」

「もちろんですとも」

 エドワードは目を輝かせ、掌を差し出して黒葡萄の受け渡しを待った。

 一粒、二粒。大ぶりの粒を受け取って、一つを摘まみ上げる。

「新品種の味を一番に見る栄誉は、エミリアにお譲りしよう」

「私が先でいいの……?」

 エミリアは迷ったが、育ての親である農夫婦も期待の目を向けている。

 彼らはどちらが先でも気にしていない。

 葡萄の粒を口元に運ばれて、躊躇いながらも……エドワードの手から直接、実を口に含んだ。

「……どう?」

 プツッと皮が弾けて口内に果汁が溢れた。先程よりも濃厚な甘みと独特の香りは、確かに格別に感じられた。

 先程までの一瞬で過ぎ去る甘さとは桁違いだった。果汁は喉を伝って全身へ染み渡るようだった。

 声も出せずに芳醇な果汁を飲み干していると、エドワードも葡萄を口に運ぶ。

 似たような感覚だったのか、片手で口元を押さえている。

 ごくり、と果汁を飲み干した喉仏が上下する。

 表情はどこか陶酔するようで、一度唇を開いても、言葉を発するには少し時間が必要だった。

「なんという……ことだ。言葉に出来ないほど、美味しい」

「ふふ、でしょう? お二人の表情を見るに大成功ね! ねっ、あなた。来年はもっと増やして、たーくさん出荷しましょう」

「しかし、メアリー。この葡萄は果汁が多い分足が早い。沢山作っても、方々に出荷するには無理があるだろう」

 農夫の妻メアリーは誇らしげに胸を張ったが、夫の一言でしゅんとしぼんでしまった。

「しかし、味は良いのだし、絞った果汁を出荷する手もある。煮詰めてジャムにしても」

 エドワードは慰めたが、メアリーの返事は芳しくない。

「……メアリーさんは私たちが味わった感動を、もっと沢山の人達に味わってほしいのですよね?」

「ええ、お嬢様、その通りです。でも」

「皮も薄いし輸送には向かない。ここらの人間で楽しめばいい。こないだそう話し合ったじゃないか」

 エミリアは一旦、メアリーに同情して意見を代弁した。

 しかし熟考して、核心に至る。

 エミリアが声にならないほど感動したのは、あの食感とはじけるような瑞々しさだ。

 唯一無二の果実。流通すれば驚くべき価値が付く。

 メアリーは手を広げたいと熱意を持っている。みすみす埋もれさせることもない。
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