84 / 115
復讐
9
しおりを挟む
「フィリップ様が私を厭っていらっしゃらないことだけは、伝わりました」
「そんなはずがないだろう。あの晩にも話したが、私は二人を等しく愛しているんだ。君を軽んじている訳ではないんだよ」
「そうですか、フィリップ様は懐の広いお方なのですね」
どうにも言い訳できない展開だったので、花を向けてやると、フィリップは顔を輝かせた。
この素直さを「可愛い」と勘違いしていたとは、自分は本当にどうかしていた。
「では、その優しさで、どうかこの一件を穏便に済ませて頂けますか」
この男に一国を預けたら、瞬く間に傾いてしまうだろう。
「勿論、君がそう望むなら」
フィリップは表情を引き締めた。
「ではお義母様たちの前で認めてくださいますか。フィリップ様が私を愚弄した故に、ヴァルデリアの王子が拳を振るったのだと」
「それは……」
フィリップは口ごもる。エミリアは嘆息してみせた。
「お隠しになるのは止めてください。私は馬車の中におりましたが……すっかり聞いていたのです。ショックでしたのよ、フィリップ様が私を心の底でどう思っていたのかわかって」
「……それを言うなら君だって。父たちの前で「私を殴ったのは自分だ」と証言したそうじゃないか。どうしてあの男を庇ったんだ」
「あの男とは、ヴァルデリアの王太子殿下ですか? あの方はフィリップ様が私を辱めたので代わりに怒ってくださったのです。それを庇っちゃいけませんでしたか?」
エミリアは努めて、無邪気さを装った。
「私は君を辱めてなどいない」
「王太子殿下に、私を預けるから、望みを遂げるといい、と仰いましたね。殿下の望みが何だとお考えだったのです?」
「それは……」
「わかっているから、提案なさったのですよね? ああ、あと、もう私を抱いたのか? とも尋ねていらした」
「まさか、そこまでは言っていない。誤解だ」
フィリップは慌てて否定したが、今更の弁解など意味がない。
エミリアはにっこり微笑んで、追い打ちをかけた。
「もう隠さなくて良いのです。皆さんのお考えは何となくわかりましたから。だから私はフィリップ様とお話をしに来たのです。蟠りを残さぬようにと。私は結婚相手以外と体の関係を持ったりしませんわ。ね、お互い心の内をさらけだして、すっきりしましょうよ」
今度はエミリアから、軽く手の甲に触れる。
フィリップは、しばし逡巡しているようだった。エミリアが彼の返答を待っていると、ゆっくりと口を開いた。
「どうして……。馬車の中まで、会話が聞こえていたのか……?」
エミリアは是とも否とも言わなかった。
ただ、こくりと頷く。
「流石はエミリア……か。しかし相変わらず可愛くないな。大人しく水に流してくれればいいのに。白黒つけずにいられないのか……」
フィリップは苦笑した。
「私は充分可愛いですよ。こうして戻って来たのが証拠ですのに、あまりな言い草ですわ」
エミリアは穏やかな口調で目を落とした。
「そんなはずがないだろう。あの晩にも話したが、私は二人を等しく愛しているんだ。君を軽んじている訳ではないんだよ」
「そうですか、フィリップ様は懐の広いお方なのですね」
どうにも言い訳できない展開だったので、花を向けてやると、フィリップは顔を輝かせた。
この素直さを「可愛い」と勘違いしていたとは、自分は本当にどうかしていた。
「では、その優しさで、どうかこの一件を穏便に済ませて頂けますか」
この男に一国を預けたら、瞬く間に傾いてしまうだろう。
「勿論、君がそう望むなら」
フィリップは表情を引き締めた。
「ではお義母様たちの前で認めてくださいますか。フィリップ様が私を愚弄した故に、ヴァルデリアの王子が拳を振るったのだと」
「それは……」
フィリップは口ごもる。エミリアは嘆息してみせた。
「お隠しになるのは止めてください。私は馬車の中におりましたが……すっかり聞いていたのです。ショックでしたのよ、フィリップ様が私を心の底でどう思っていたのかわかって」
「……それを言うなら君だって。父たちの前で「私を殴ったのは自分だ」と証言したそうじゃないか。どうしてあの男を庇ったんだ」
「あの男とは、ヴァルデリアの王太子殿下ですか? あの方はフィリップ様が私を辱めたので代わりに怒ってくださったのです。それを庇っちゃいけませんでしたか?」
エミリアは努めて、無邪気さを装った。
「私は君を辱めてなどいない」
「王太子殿下に、私を預けるから、望みを遂げるといい、と仰いましたね。殿下の望みが何だとお考えだったのです?」
「それは……」
「わかっているから、提案なさったのですよね? ああ、あと、もう私を抱いたのか? とも尋ねていらした」
「まさか、そこまでは言っていない。誤解だ」
フィリップは慌てて否定したが、今更の弁解など意味がない。
エミリアはにっこり微笑んで、追い打ちをかけた。
「もう隠さなくて良いのです。皆さんのお考えは何となくわかりましたから。だから私はフィリップ様とお話をしに来たのです。蟠りを残さぬようにと。私は結婚相手以外と体の関係を持ったりしませんわ。ね、お互い心の内をさらけだして、すっきりしましょうよ」
今度はエミリアから、軽く手の甲に触れる。
フィリップは、しばし逡巡しているようだった。エミリアが彼の返答を待っていると、ゆっくりと口を開いた。
「どうして……。馬車の中まで、会話が聞こえていたのか……?」
エミリアは是とも否とも言わなかった。
ただ、こくりと頷く。
「流石はエミリア……か。しかし相変わらず可愛くないな。大人しく水に流してくれればいいのに。白黒つけずにいられないのか……」
フィリップは苦笑した。
「私は充分可愛いですよ。こうして戻って来たのが証拠ですのに、あまりな言い草ですわ」
エミリアは穏やかな口調で目を落とした。
63
あなたにおすすめの小説
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
追放聖女35歳、拾われ王妃になりました
真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。
自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。
ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。
とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。
彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。
聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて??
大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。
●他作品とは特に世界観のつながりはありません。
●『小説家になろう』に先行して掲載しております。
“足りない”令嬢だと思われていた私は、彼らの愛が偽物だと知っている。
ぽんぽこ狸
恋愛
レーナは、婚約者であるアーベルと妹のマイリスから書類にサインを求められていた。
その書類は見る限り婚約解消と罪の自白が目的に見える。
ただの婚約解消ならばまだしも、後者は意味がわからない。覚えもないし、やってもいない。
しかし彼らは「名前すら書けないわけじゃないだろう?」とおちょくってくる。
それを今までは当然のこととして受け入れていたが、レーナはこうして歳を重ねて変わった。
彼らに馬鹿にされていることもちゃんとわかる。しかし、変わったということを示す方法がわからないので、一般貴族に解放されている図書館に向かうことにしたのだった。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。
みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。
ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。
失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。
ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。
こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。
二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる