「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら

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上書きをしてくれないか

 カナリーが、ビクッと身体をすくませる。

 だが、声を出す前にクラウディオが動いた。

「夜間に王太子の執務室に忍び込んだ侵入者がいる! 誰もいないのか!」

 へたり込むカナリーの横をすり抜けて、扉を開け放つ。

 まだ足元はおぼつかないが、声はしっかりしていた。

 しかし廊下はシンと静まり返っていて、動くものはない。

「おかしい。これだけの声を上げても、兵士はおろか使用人の一人も来ないとは」

 クラウディオは苦々しく吐き捨て、今度は部屋の中から窓の外へ呼びかける。

「執務室に曲者だ! 誰でもいいから早く来い!」

「まって、クラウディオさま……」

 カナリーが蚊の鳴くような声で訴えたが、クラウディオは聞く耳を持たない。

 するとようやく、階下から廊下を叩く靴音が響き始めた。

 衛兵に突き出されると悟って、カナリーの顔色は真っ青になる。

「お待ちください。私は何もしておりません。ただ、クラウディオ様がお疲れのご様子だったから……」

「黙れ。深夜に無断で王太子の部屋に侵入したお前は立派な曲者だ」

 必死の抵抗に、クラウディオは厳しい目つきで睥睨する。

 そうしている間に、衛兵たちが到着した。

「どうされました、クラウディオ殿下!?」

「執務室に曲者が忍び込んだ。直ちに引っ立てて投獄しろ」

 到着した衛兵は2人、どちらも今日の夜番を担当する騎士団員だった。

 衛兵はクラウディオと現場の様子を、松明を掲げて見定める。

 夜警で用意していたものを引っ掴んで、急いで駆けてきたのだろう。

 その場にいるのはクラウディオと下着姿の女に、レオノールだけだ。

 しゃがみ込む女に手を伸ばそうとしたところで、はっと手を止めた。

「違うの。ただの……誤解です。勘違いです、本当に……」

 女は声を震わせて、訴えかけた。

 衛兵の腕に縋る女が誰かに気づき、衛兵は息を呑む。

「お前は……、カナリー公爵令嬢では」

「カナリー様が、一体なぜ……!?」

 階級差に敬語になってしまったが、困惑は深いようだった。

「そいつが俺の部屋に侵入した曲者だ。連れて行け」

 クラウディオはキッパリと命じる。

 だが、相手は下着姿の公爵令嬢だ。衛兵たちは真っ先に浮かべた疑いを否定しきれずに惑乱している。

 クラウディオの婚約者候補として有力だったカナリー嬢とクラウディオが逢い引きしていたのではないか。

 だが、レオノールが居合わせる意味が不明だ。

 もしもカナリーが不埒な目論見でクラウディオの部屋に侵入したのだとしても、投獄などしたら父であるベラスコ公爵が黙っていないのではあるまいか。

 そんな迷いを抱いている様子がまざまざと伺えた。

「その女は俺を眠らせ、寝首を掻こうとした間者だ。何を弁明しようと信じるな。連れて行け」

 だからこそクラウディオは、敢えてはっきりと断言した。

 残念ながら、レオノールも憐憫の情は抱かない。

 狙いがクラウディオの命ではなく貞操だったとしてもだ。

 いや、レオノールの中ではどちらが重いとか軽いなどない。

 彼の命と貞操には、等しく価値がある。

(……あ、ダメ。考えようとすると余計に)

 指示を受けても相手は下着姿の公爵令嬢だ。

 衛兵たちが躊躇っているので、レオノールは床に落ちていたガウンを拾う。

 怒りと動揺が頭に上りすぎて、思考がぼんやりと霞み始める。

 ゆらりと、緩慢な動きでカナリーに歩み寄った。

「ここに留まるより、牢のほうが安全だと思うけど……?」

 ガウンを手渡してやりながら、底冷えのするほど低い唸り声が漏れた。

 途端に、カナリーの瞳いっぱいに膨れ上がり、そのまま溢れた。

 コクコクと何度も首を上下に振り、ガタガタと震える手で身体にガウンを巻きつける。

 有無を言わさぬ圧力に、衛兵たちも固まった。

「連行しろ」

 クラウディオが再度命じると、ようやく衛兵たちはカナリーを拘束して、地下牢へ向かった。
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